IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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25.短編8.プール×プール①

IS学園の夏休みも中盤を迎えた。

 

南と一夏は、寮の自室でアイスクリームを食べながら、夏のドラマスペシャルを見ている。

 

「うわ、この女優懐かしい」

 

「本当だ、若いな」

 

南が口に運ぶスプーンの手を止めることなく言った。

 

それに頷いた一夏は、テレビから目を離すことはなかった。

 

すると、部屋のチャイムが鳴る。

 

二人して、ドアの方に目を向けた。

 

「俺が出よう」

 

南はテーブルにアイスクリームを置いて、軽快に歩いて行った。

 

ドアスコープを覗くと、そこに立っていたのは簪だった。

 

「おお、簪。どうした?」

 

南がドアを開けながら言うと、簪は少し肩を震わせた。

 

「あ、えっと……えっとね……」

 

何かを言いたげな表情をするが、言葉が出てこない様子。

 

久しぶりに会った訳でもないのに、何かを言い辛そうにしていた。

 

「そんなに緊張することないだろう?」

 

そんな様子が可笑しくて、南はつい笑ってしまった。

 

顔を赤くして俯く簪は、もじもじと体を揺らしている。

 

「……簪、こんな諺を知ってるか?」

 

「え?」

 

一拍置いても口を開かなかった簪に、南が助け船を出した。

 

簪が俯いていた顔を上げる。

 

「卵を割らなければ、オムレツを作ることはできない」

 

聞き慣れない諺に目を丸くした簪は、首を横に振った。

 

人差し指を立てて、南は自慢げに続ける。

 

「何かを成し遂げたいなら、行動しろって意味だ……オムレツが作りたいなら、卵を割るしかない。用があるなら、遠慮なく言ってくれ」

 

南がそう言って優しく笑うと、簪は意を決したようにポケットに手を入れた。

 

素早い動きで手を引き抜くと、そこにはチラシが握られていた。

 

「こ、これっ……」

 

それを受け取って、ゆっくりと開く。

 

そこには、ニューレインボーアイランドプールと大きく書かれており、水着の女の子三人が嬉しそうにポーズをとっている。

 

「こ、ここにっ、良ければ二人で……」

 

「おおっ! これって今年できたアミューズメントプールじゃないか!」

 

簪が何か言いかけたが、南の肩に手を置いて、一夏が覗きこんできた。

 

その勢いに南は姿勢を崩しそうになる。

 

「そうみたいだな……これに行きたいのか?」

 

チラシを一夏に渡し、腕を組んで壁にもたれかかった。

 

簪が頷く。

 

「でも俺、泳げないからな……」

 

「あ、あのね……」

 

「ここアトラクションもたくさんあるから、泳げなくても楽しめるのが売りみたいだぞ。行ってみたかったんだよなー!」

 

またしても簪の言葉に一夏が被せた。

 

「じゃあ、行ってみるか……皆も誘うだろ?」

 

南が聞くが、簪はオロオロして目を回していた。

 

一夏はお構いなく、テンションを上げている。

 

「箒は道場にいるだろうし、セシリアも一昨日イギリスから帰ってきたしな……鈴とシャルロットとラウラ、部屋にいるといいが……」

 

「で、でもっ」

 

ハッと何かを思いついたような簪は、拳を胸の前で握った。

 

「み、皆……用事があるかも」

 

「それもそうだが、聞いてみないと分からないだろ? 卵を割らないとオムレツは作れないんだぞ?」

 

何が嬉しいのか分からないが、南が歯を見せて笑った。

 

焦る簪は必死に言葉を探すが、いい選択肢が見当たらない。

 

「お、オムレツ……食べなかったら、いいのに……」

 

「俺は食べたいんだ」

 

そう言いながら、南が預けていた壁から体を離して部屋に戻る。

 

「鈴の部屋に行って聞いてくるよ」

 

呆然としている簪と、部屋に戻る南を交互に見ながら一夏が言った。

 

一歩踏み出した瞬間、簪がその足を思いっきり踏みつけた。

 

「いぃっ!?」

 

「私には、あなたを殺す権利が、ある」

 

「え……」

 

光沢の消えた目で、ゆらりと一夏を睨んでいた。

 

(せっかく、南と……二人きりで……ううぅ……)

 

「もうっ!」

 

そう言って再び足に力を入れると、一夏が「おうっ!?」と情けない声を出す。

 

 

 

 

 

「まったく、油断も隙もないんだから」

 

「本当、一夏がいてよかったよ」

 

鈴とシャルロットが、簪を責めた。

 

件のプールに向かう道中。

 

すっかり気分も沈んでしまっていた簪は、言い返すこともなくただ俯いていた。

 

「ごめんなさい……」

 

小さく言う彼女の肩にラウラが手を置いた。

 

「プール……私は楽しみだぞ」

 

「よかったね……」

 

慰めになっていない慰めに、声をさらに暗くする簪。

 

「抜け駆けは良くないぞ、うん」

 

箒が腕を組んで言った。

 

それに続いて、鈴とシャルロットが同時に頷く。

 

「あれは抜け駆けにならないのか?」

 

ラウラが指をさす方へつられて向くと、前方を歩くセシリアが南と何やら楽しそうに話していた。

 

「ああっ!」

 

「敵が多すぎるよぉ……」

 

「くっ、おいセシリア!」

 

「排除、しないと……」

 

四人の鬼のような目線を気にすることなく、南とセシリアは会話を続けていた。

 

一夏は地図を見ながら、その少し前を歩いている。

 

「そうか、大変だったな」

 

「いえ……オルコット家の者として当然ですわ」

 

南のそんな言葉に、セシリアは胸を張った。

 

夏休みということもあり、イギリスに帰って代表候補生の職務、そして実家の仕事を終わらせてきたというセシリアに、南は感心する。

 

「今日は存分に楽しんでくれ」

 

「ええ! 何せ今から行く施設は、来場客の満足度が、今のところ九十六パーセントだそうですもの。きっと楽しめますわ」

 

楽しそうに言うセシリアに、南が自慢げに口を開いた。

 

「セシリア、お前の祖国の政治家が言っていたぞ」

 

南が意気揚々と続ける。

 

「嘘には三種類ある。嘘、大嘘、そして統計だ」

 

「たぶん」

 

セシリアが言った。

 

「それ自体が、嘘ですわ」

 

 

 

 

 

 

プールに到着し、男女で別れた更衣室に入った頃。

 

南と一夏は、寮から着ていた水着になるべく、上から履いていた短パンを降ろす。

 

「今日こそ俺が泳ぎを教えてやるぞ、南」

 

「遠慮しておくよ、『素早いトビウオ』さん」

 

南は適当に言って、鞄から空気の入っていない浮き輪を取り出した。

 

一方、女子更衣室では、セシリアが財布を取り出して五人の方を振り返っていた。

 

「わたくし、今、物凄く機嫌が良いので、皆さんにお好きな浮き輪を買って差し上げますわ!」

 

そんな上機嫌な言葉を聞いても、箒と鈴、シャルロット、簪の表情は晴れなかった。

 

「南と随分楽しそうに話していたからな……」

 

「そりゃあ、機嫌も良いはずよ」

 

箒が言うと、鈴も続いた。

 

それでもそんな非難の視線を華麗に受け流し、セシリアは売店の浮き輪コーナーを見ていたラウラに声をかけた。

 

「ラウラさんはどれがよろしくて?」

 

「うむ……これにしよう!」

 

手に取った丸いダルマの浮き輪を見て、セシリアが顔をしかめた。

 

「それ、浮きますの?」

 

そう言ってから振り返ると、なんだかんだ言いながら他の四人も浮き輪を選んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

一夏と並んで女子たちを待っていた南は、自分の浮き輪に腕を通して肩にかけ、縁石に腰かけていた。

 

「あ、来た来た。おーい、こっちこっちー」

 

女子六人が歩いてくるのが見えたのか、一夏が手を振った。それに続いて南は立ち上がる。

 

「さて、行くか」

 

「そうだな」

 

南の声に、一夏が体を伸ばしながら言った。

 

「そう言えばさ……」

 

どこから遊びに回るか決めかねていた八人が、プールサイドを歩いていると、鈴が南の肩をちょんちょんと突いた。

 

「アンタ、泳げないんでしょ? プールに来て何するつもり?」

 

「流れるプールで流れてたり、あそこのウォータースライダー滑ったり、泳がなくたって何だって出来るじゃないか。暑い中、水に入るのは好きだぞ」

 

南は辺りを見渡しながら答える。

 

そうして、ふと箒の手元が目に映り、他の皆が持っている浮き輪に目を通していった。

 

「なんだなんだ。皆、いい浮き輪持ってるな」

 

箒はイルカ、鈴はバナナ、シャルロットは星柄、ラウラはダルマ、簪は剣の形をした浮き輪をそれぞれ持っている。

 

自分の持っていた普通の青い浮き輪を見て、南が羨ましそうにした。

 

「み、南っ……私の浮き輪は大きいからな。い、一緒に使ってもいいぞ!」

 

「なっ……わ、私のだってっ」

 

そう言って浮き輪を差し出した箒に、負けじと簪がずいっと体を寄せた。

 

「二人で使ったら沈んでいきそうだし、やめておく」

 

両手を広げて南が苦笑し、ラウラの方を向き直った。

 

「それにしてもラウラ、その小さなダルマで体が浮くのか?」

 

南が、セシリアと同じことを聞いた。

 

「心配するな、嫁よ……それに、コイツは日本の心を宿している!」

 

目を閉じて満足そうにダルマの浮き輪を差し出すラウラ。

 

南は何を言っているんだと、頬を掻く。

 

「まぁ、確かに日本っぽいと言えば、そうだよね」

 

シャルロットがフォローすると、一夏が頷いた。

 

「ああ、ラウラもそういうの選ぶってことは、日本人の感性に馴染んできたってことだよな」

 

「俺のおかげかもしれないな。自分の影響力が怖い」

 

南が誇らしそうに言う。

 

どう考えても、反面教師的な意味にしか捉えられない七人。

 

「朱に交わっても、赤くならなかったって訳ね」

 

鈴が肩をすくめた。

 

やれやれと首を振る。

 

「逆だろ? 俺のような立派な和の心を持つという意味では、朱に交わってちゃんと赤くなったんだ」

 

「たまに……南がどこまでそういうことを本気で言っているのか、分からなくなることがある……」

 

簪が困った顔をして言った。

 

「私もだ」

 

「俺もだ」

 

箒が頷くと、南も続いた。

 

全員が「お前が言うなよ」と心の中で叫ぶが、南は涼しい顔をしている。

 

「あー、おりむーだぁ」

 

そんな間延びした声に振り返ると、そこにはのほほんさんを筆頭に、クラスメイト数人の姿があった。

 

流れるプールを大きなバナナボートに跨り、のんびり流れてきている。

 

「おう、のほほんさん」

 

一夏が笑いかけ、南は軽く手を挙げた。

 

楽しそうに流れているクラスメイトの顔を見るのは、夏休みということもあってか久しぶりだった。

 

「みなみんもいる~」

 

「専用機持ちの皆も一緒ね!」

 

のほほんさんに続いてそう笑った、クラスメイトの谷本癒子は南達の方に指を向ける。

 

「IS学園の娘、結構来てるからねー。皆もいると思ったよ」

 

「そうか……なら、織斑先生とか山田先生がいてもおかしくないな」

 

「千冬姉が? どうだろな」

 

一夏がきょろきょろと辺りを見ていると、プールサイドに上がってきたのほほんさんが、一夏の腕を掴んだ。

 

「おりむーも、一緒にあそぼ~」

 

「え、いや、ちょっ」

 

何かを言う隙も与えず、一夏は流れるプールに引きずり込まれていった。

 

「わー! 織斑君の襲来だー!」

 

そんな声を皮切りに、一夏がどんどん流れていく。

 

手を振ってそれを見送っていると、クラスメイトも手を振り返した。

 

「惜しい奴を亡くした」

 

「ねぇ、南」

 

苦笑すると同時に、背後からシャルロットの声がした。

 

どこか嫌な予感を覚えながら振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべる六人が。

 

その笑顔は非常に可愛らしいが、不安は募っていくばかり。

 

「えへへ……えいっ」

 

シャルロットが笑うと同時に南の胸元を押す。

 

「お、おいっ」

 

さらに連続して皆に押され、南は為す術もなくプールに落ちた。

 

大きな水飛沫が飛び散り、快活な笑い声した。

 

続いて六つの水音が響き、水飛沫が飛ぶ。

 

水面に顔を出した南は手で水気を拭った後、両手で六人に水をかけた。

 

小さくも楽しそうな悲鳴を合図に、水がまた飛び交った。

 

『プールには飛び込まないでください』と係員が、拡声器越しに怒鳴っている。

 

 

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