流れるプールの終着点で、クラスメイトの女子と戯れていた一夏と合流した南達。
一夏は手を振って、プールサイドに上がった。
「おりむー、ばいば~い」
のほほんさんの間延びした声を聞きながら、南達も一夏に続いた。
「ふぅ。急だったからびっくりした」
「次はどこに行く?」
一夏がそう言ってトントンと耳を叩き、水を落とした。
シャルロットが辺りを見渡しながら言う。
「そうだな……あのジェットコースターにでも乗ってみるか」
そう言って南が指さしたのは、プール内にも関わらず設置されたジェットコースターだった。
かなりの全長に、かなりのカーブ。
プール内のアトラクションらしく、水をふんだんに利用したもので、時々悲鳴が聞こえてくる。
「いいじゃない。行きましょ」
鈴が髪をかき上げた。
そんな自然で色っぽい仕草に、南と一夏は思わず目を離せなくなってしまった。
「な、何よ」
そんな二人の視線に気が付いた鈴が頬を赤くした。
「な、何でもないぞ! な、南」
一夏が慌てて両手を振って、南の方を向く。
もちろんだ、と頷く南の頬もまた若干赤い。
「ムー」
「……」
そんな二人、というより南の様子に、シャルロットと箒がむくれた。
「嫁は、さっきの動きが好きなのか? 簪、こうか?」
「動きって……それに、そうやって髪の毛掴んじゃ、駄目……」
真似をしようとラウラが髪を触るが、慣れない仕草にぎこちない様子。
簪は、そんな彼女の手を優しく退けた。
「南さんっ」
そんな怒ったセシリアの声に、南は肩を震わせ、一夏の背中を叩く。
「よし一夏、行こう」
「そうだな、ジェットコースターなんて久しぶりだ、あははは」
一夏が渇いた笑いを浮かべたと同時に、南はダッシュ。
それに一夏が続いた。
「ちょ、ちょっと南!」
「待て!」
シャルロットと箒の声を背中に受けながら、南は速度を上げる。
「お前達、プールサイドは走るなっ」
そんな低い声に振り返ると、千冬が小さな机に設置されているソーラーパラソルの下で、仁王立ちしていた。
隣では、真耶が大きなリクライニングする椅子に座り、小さく手を振っている。
「皆さんも来てたんですね」
南と一夏に追いついた六人が挨拶をすると、千冬はげんなりする。
かけていたサングラスを水着の胸元にかけた。
「全く……こんな所にまで来て、お前らを注意しなくてはならないとはな」
「ご、ごめんなさい……」
シャルロットが眉を下げた。
そんな姿に、千冬がため息をつく。
「ほら、言った通りじゃないか」
そんな千冬に臆することなく、南が嬉しそうに言った。
「え、何が?」
鈴が目を丸くした。
「織斑先生と山田先生もいるんじゃないか、と言っただろう? どうだ、俺の推察力」
「そんなこと言ったか?」
箒がラウラに聞いた。
「どうだろうな」
ラウラが首を傾げた後、南の方に目を向けた。
「言ったのか?」
「どうだろうな」
南も自信をなくす。
「夏休みだ。息抜きするのは構わんが、迷惑がかかるようなことはするな」
千冬が言うと、真耶がまぁまぁと笑いかけた。
そして、何かを思いついた様子で、机のトロピカルドリンクに手を伸ばす。
「織斑先生? 折角ですし、一夏くんと二人で過ごされてはどうですか?」
満面の笑顔で言うと、千冬の表情が少し困惑したようになった。
「え? 俺と?」
一夏が自分を指さした。
真耶はもうストローを口に咥えている。
「んー、この夏休みはまだ家にも帰ってないし……それもアリかな」
そう言って一夏は千冬の方へ。
「どうする? 千冬姉」
「い、いや……お前は、こいつらと……」
「そういえば、ここのウォータースライダーは男女で滑れるらしいですよ」
千冬が言うと、真耶が言葉を被せた。
「お、それじゃあ行こうぜ千冬姉。皆、ちょっとごめん」
「あ、おいっ、一夏……」
一夏が、片手を南達の方に向け、もう片方の手で千冬を掴む。
「行ってしまった……よっぽど織斑先生と遊びに行きたかったんだな」
そんな二人を見て、南が腕を組んで頷いた。
「まぁ、アイツも甘えたい時があるんだろう」
「そうね」
箒が言うと、鈴も続いた。
「あ、私が一人になっちゃいました」
真耶がコップをテーブルに置いて困ったように笑う。
「俺達、ジェットコースター乗りに行きますけど、一緒に来ますか?」
腕を組んだまま横目で真耶を見た南。
すると、真耶は目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「あれ?」
「ちょ、ちょっと、南!」
シャルロットが、首を傾げた南の腕を引っ張った。
耳元に口を近づけて、ひそひそと話す。
「なんで、先生も誘うのさっ」
「いや、冗談のつもりで……どうせ、断られると思ったから……」
「先生、その気になっちゃってるじゃない」
「別にいいんじゃないか?」
「そ、そうだけど……」
シャルロットは不満そうにするが、南は再び真耶の方へ向き直った。
「じゃあ、行きますか」
「はいっ!」
南が言うと、真耶は嬉しそうに頷いて後に続く。
「はぁ、あの胸には勝てないよぉ……」
自分の胸元に手を当ててため息をつくシャルロットの背中をセシリアが撫でた。
「大丈夫ですわ、山田先生には教師という立場の壁がありますもの!」
「というより……南のこと、狙ってないと思うけど……」
セシリアが自信満々に胸を張った後、簪も補足した。
そうだよね、とシャルロットの表情が晴れた。
「神代くんは、こういう所にはよく遊びに来るんですか?」
「いや、俺は泳げないんでプールとかはあまり……」
「それじゃあ、先生が特別に教えてあげますよ、泳ぎ。これでも元代表候補生ですから!」
「へぇ、そうだったんですか。それは凄い」
仲良さそうに話す南と真耶の距離は近い。
シャルロットだけでなく、セシリアや簪の表情も曇った。
「あれでも大丈夫と言えるのか?」
ラウラが不安そうに、箒を見上げた。
「私に聞かないでくれ」
箒はため息をついて、後を追う。
「おお、結構速いな……」
ジェットコースター乗り場に続く長い通路を歩きながら、南が不安げに言った。
通路にある塀のすぐ外側には、レールの上を猛スピードで走り抜けるジェットコースターが見える。
「落ちたりしないよな?」
南はシャルロットの方を振り返った。
「南も弱気になることがあるんだね」
「四年に一度な」
「もっと頻繁に弱気になった方がいいよ、南は」
そんな言葉を無視して歩いていると、乗り場のすぐ近くで係員に止められた。
次の回に乗せられるらしい。
「では、南さんのお隣にはわたくしが……」
二人掛けのシートであるため、当然、南の隣に座ることができるのは一人。
そんな隣を確保しようと、優雅に南の隣へ歩いて行くセシリア。
それを阻止すべく、簪が手を伸ばす。
すると、手が思わず水着の紐を掴んでしまい、そのまま歩いて行くセシリアに任せて紐が解けた。
「あ……ごめ……」
簪が言うより早く、セシリアの悲鳴がする。
「きゃああ!」
ずれ落ちていく水着を手で押さえてその場でうずくまった。
「簪さん!」
「ご、ごめんなさい。わざとじゃなくて……」
オロオロと手を宙で彷徨わせる簪。
「全く、何をやっているんだ……」
箒がそんなセシリアの背後に回って膝をついた。
髪を前へ流し、手早く紐を結ぶ。
セシリアは立ち上がりながら、チラッと南の方を伺った。
幸か不幸か、南はコースターの行く先を無表情を装って見ていたため、そんな惨事に気付いている様子はなかった。
「いや、どんだけ不安なのよ」
鈴が苦笑する。
「ふむ、弱った嫁を支えてやるのも夫の務め。待っていろみな――—」
「はい、それじゃあ順番に乗ってくださいね。お兄さんと眼鏡をかけたお姉さんからどうぞ」
待っていろ南と、足を一歩踏み出した瞬間、係員の声が響いた。
「ああっ!」
シャルロットが叫ぶが、もう遅い。
真耶はしれっと南の隣に座り、安全バーを降ろしている。
当の南は安全バーを両手でガッシリ掴み、前方を見つめている……否、睨んでいた。
楽しみですね~と呑気に笑う真耶は、六人の非難の視線に気付かない。
ジェットコースターを降り、入り口の隣に設けられた出口から出てきた南は、意外と楽しかったとウキウキしていた。
それとは対照的なのはラウラだった。
顔を真っ青にして、虚空を見つめている。
「大丈夫か、ラウラ?」
南がラウラの頭に手を置いた。
「うぅ……気持ち悪い……」
「普段、ISに乗ってるじゃないか」
苦笑する南だが、ラウラの顔は晴れない。
上目遣いで、潤んだ瞳を南の方へ向けた。
「自分で動かせないと、あんなにも空が高いとは……絶対防御もないのだぞ……」
南は頭に置いていた手を優しく動かし、髪を撫でる。
「まぁ言いたいことは分かるが……休んでるか?」
「う、うむ……それじゃあ、もっと頭を撫でていて欲しい……」
微笑む南に言うラウラだったが、箒が二人の間に割り込んだ。
その勢いで、南の手が離れた。
「み、南っ、もう一度乗ろう! もう一度!」
「箒は平気だったか?」
「もちろんだ、怖くも何ともなかったぞ!」
ふふんと胸を張る箒。
その隣からセシリアが身を寄せた。
「わたくしも! わたくしも、もう一度ですわ!」
「行きましょ! 南!」
鈴が南の腕を引っ張る。
「あ、でもラウラが……」
「ラウラは僕が見ておくよ、南は乗っておいで」
「私、ボーデヴィッヒさんに何か飲み物買ってきますね」
シャルロットが腕を後ろに回して言った。
真耶もそれに続いて、売店の方に小走りで向かった。
「南、行こ」
簪にも連れられて、南は足を動かした。
足を乗り場の方へ動かしながら、南がシャルロットの方を向いた。
「すまないシャルロット。ラウラのこと頼む」
「うん、いってらっしゃい」
優しく笑うシャルロットに、南は手を振った。
「よーしっ、行くか!」
それだけ言って、また乗り場へ早足で向かう。
南、箒、セシリア、鈴、簪の姿が見えなくなると、ラウラが不安そうにシャルロットを見上げた。
「お前は、行かなくてよかったのか……? 私に気を遣う必要はないのだぞ」
「ううん、ラウラのことが心配だし、それに……」
「それに?」
「こうすれば、南に好印象でしょ?」
シャルロットの顔が邪悪に見えたラウラ。
だが一拍置いて、南の冗談を真似たのだろうと納得した。真意は分からないが……。
ぞっとするラウラの背後で、真耶がジュースを片手に駆け寄ってくる音がする。
「よし、じゃんけんよっ」
またも乗り場の手前で次の回にされた五人。
鈴が右手を引いた。
「何のじゃんけんだ?」
首を傾げる南。
「南さんは、見ててくださいまし!」
セシリアに怒られて、よく分からないまま南は一歩下がった。
じゃんけん、っと四人の声が被り、ポンッと言うと同時に右手が差し出される。
「か、勝った……」
声が震えた。
「勝ったぞぉ!」
右手を勢いよく振り上げたのは箒だった。
何度も手をピースにしたまま、よしっと噛みしめる。
「おお、良かったな。で、何のじゃんけんだ?」
「はい、それじゃあ順番に乗ってくださいね」
そんな声をかき消すように、同じ係員に、同じことを言われた。
南が乗り込む。
余裕綽々とそれに続いた箒の足取りは軽かった。
「あのじゃんけんは……」
安全バーを降ろしながら南が言うが、箒には聞こえていない。
出発を知らせるブザーが鳴り、ジェットコースターは動き出した。
初めの落下のため、ゆっくりと坂を登っていく。
「み、南っ」
「どうした?」
箒の緊張した声がした。
「あ、あのだな……す、少しだぞ? 少しだけ怖いから……その……」
歯切れが悪そうにする箒は、目を泳がした。
頬も赤い。
「て、手を……握ってくれないか?」
「でも、さっき下では怖くなかったって……」
「いいからっ、頼む」
「まぁ、別にいいが……」
南が箒の手を握った瞬間、落下が始まり、速度が上がる。
右に左に揺さぶられながらも、箒の表情は緩み切っていた。
(み、南と……手を……よ、よし……)
そして、二度目の落下で、箒は繋いでいた手を高く上げた。
何をしていますの!? とか、ちょっと放しなさいよ! や、羨ましい……と言った声するが、轟音にかき消される。
またも同じ出口から降り立つと同時に、箒は三人に詰め寄られた。
「南、もう一回行くわよ!」
楽しかった、と満足げに歩く南に鈴が言った。
「いや、流石にもういいかな……」
苦笑いしながら頬を掻く。
「やぁ、皆。楽しかった?」
「嫁よ、このジュースは美味しいぞ。山田先生に買ってもらった……嫁も飲むか?」
シャルロットとラウラが並んでくるのが見えて、セシリアが二人の方へ。
ささっと忍者のように歩くセシリアに二人は少し困惑した。
しかし、その口から先程の箒の行動が話されると、二人の表情は暗くなった。
「箒……」
「貴様……」
「わ、私は悪くない……悪くないからなぁ!」
そう言って箒が走り出した。
セシリアと鈴、シャルロット、ラウラが追いかけるべく、走り出す。
「おい! プールサイドは走るなと言っただろうが!」
しかし、十メートルも走らないうちに、いつの間にやら戻ってきた千冬に見つかり、怒鳴られる。
そんな怒声に五人が固まった。
「そうか……学園外でも、私に指導して欲しいか……」
千冬は指をパキパキと鳴らしながら、五人へ歩み寄っていく。
真耶はため息をついて、連行される五人に付いて行った。
「おいおい、皆行ってしまったじゃないか……一夏は……また、のほほんさん達と遊んでるのか」
遠くのプールでは一夏とクラスメイトが、ボールを手で弾いていた。
「簪、どうしようか。何かしたいことがあるなら、付き合うぞ」
南が振り返った先で、簪は何やら考え事をしていた。
(こ、これって……二人きり、だよね……箒もセシリアも、鈴もシャルロットもラウラもいない……織斑君も本音達と遊んでる……これは、二人きり……)
「どうした?」
南がそんな彼女の顔を覗き込む。
それでも、簪はブツブツと何か言いながら動かない。
(思えば、織斑君に邪魔をされて……浮き輪を一緒に使うのも断られて……南は鈴と山田先生に目移りして……セシリアの水着は解いちゃうし……ジェットコースターでは、二回とも南の隣になれなかったし……)
どうしたものかと、南は辺りを見渡す。
しかし、当然この状況を何とかする物はない。
(ようやく、訪れたチャンス! よしっ……)
「行こっ、南」
突然、簪が南の手を握った。
「行くってどこに?」
急なことに驚きながらも、引っ張られるまま、南は足を動かす。
バランスを崩しそうになりながら、必死に付いて行った。
「泳ぐの……私、教えてあげるから」
こちらを見ることもなく、簪は歩くペースを速めた。
ずんずんと歩いて行き、抵抗する間も与えられない。
「いや、臨海学校の時に一夏にも言ったが、この歳になって友達の……それも女の子に、泳ぎを教えてもらうのは……」
言いはしたものの、気が付けばもうプールサイドの淵まで来ていた。
一歩踏み出せば、水に飛び込める。
「南は……」
簪が潤んだ瞳で、南を見た。
「私と泳ぐの、いや……?」
「い、嫌じゃないぞ。ただほら、泳げないからどうしたものかと……」
そこまで南が言うと、簪は悪戯っぽく微笑んだ。
「オムレツを作るには、どうすればいいか知ってる?」