「ここか」
一夏とシャルルの助けもあり、ようやく辿り着いた部屋。
南はポケットから、山田先生に貰った鍵を取り出す……そうしてから気付いた。
「まずは、ノックだな」
呟いてから、強くドアをノックした。
が、反応はない。
「留守か?」
そう言ってから、今度はドアを軽く叩く。
しばらくして、ドアがゆっくりと開いた。
(なんだ、いるんじゃないか)
南は疲れからか、少し苛立ちながら思う。
「ごめんなさい、すぐに気が付かなくて……っ!?」
伏し目でドアを開けた少女は南を見て、大きく目を開いた。
明らかに混乱している。
「俺は神代 南。聞いてないか? 今日から、同居させてもらうことになってると思うんだが」
それでも、南は冷静さを失わない。
目の前の華奢な少女は中々、目を合わせようとしなかった。
水色のセミロングの髪は、癖毛なのか内側に向いており、少しボサついている。
「えっと……聞いては、いたけど……男だとは……」
少女は小さな声でボソボソと話す。
南は懸命に聞き逃さないように、耳に神経を集中させた。
「そうか、嫌かもしれんが今日からよろしく頼む」
「こ、こちらこそ」
まだ動揺しているのか、少女は南を見ようとしなかった。
「じゃあ、中に入ってもいいか?」
南は少し慎重に聞く。
自分から何かを言わないとダメだな、と内心で思った。
少女のどうぞ、という小さな声を聞いて、部屋の中へ。
広々とした部屋にはベッドが二つ、離れて設置されており、仕切りもあった。
その前にはテーブルに二つの椅子。入ってすぐに見えるのは簡易キッチンだろうか。
「それにしても……」
南は、使われていないことが明らかな方のベッドに鞄を置いた。
「懐かしいな。子供のころによく見ていた特撮物じゃないか」
「ああっ!」
少女の大きな悲鳴に、思わず肩を震わせた。
扉を閉めていた少女は、先に入った南を押しのけて、ベッドに散乱している特撮物のDVDをかき集める。
「そんなに焦らなくても……これとか、懐かしいな。好きだった……」
南は少女がかき集めきれなかったDVDの一枚を手に取る。
「こいつの基本形態から胸元の装甲が開いて、赤色になる形態があるだろ。アレが好きなんだ」
懐かしむ南の表情は穏やかで、パッケージの裏まで目を通した。
「わ、私も……好きっ……」
いつの間にか少女は南の目の前にいて、胸元で拳を握っていた。
「女の子でもやっぱり好きな奴は好きなのか……初めてあのフォームになった時は、ライバルが装置をくれるんだよな」
「そう、いつもは素っ気ないんだけど、その回は……」
少女は嬉しそうに話す。
南も途中で遮ることなく、彼女の熱弁を聞いていた。疲れていたことなど忘れて。
「ああ、名前を聞くのを忘れてた」
ふと、南が尋ねる。
「あ……更識……簪、です……」
簪か……
「いい名前だ」
「え……」
驚いたように顔を上げる簪。
「どうした」
「い、いえ……神代くん、よろしく」
「ああ」
初め扉を開けた少女とは思えない柔和な表情が、南の表情をも緩めた。
「すまん。自分の荷物を取りに行かないと……ついてきてもらえるか。まだ場所を把握してなくてな」
「分かった。荷物は、どこに……」
「確か……事務室って言ってたか」
「遠い……」
簪の呟きに南も肩を落とした。
「全く、転校初日で疲れているのに、部屋から離れた建物まで荷物を取りに行くことになるとは……人生は徒労だな」
南が言うと同時に、簪もため息をついた。
「荷物、結構あった……」
それから遠いと噂の事務室まで行き、荷物を回収。
こんなに荷物を持ち込んだのかと南自身でも思うくらいに荷物が多く、簪に手伝ってもらう羽目になった。
「すまないな……せっかく部屋でゆっくりしてたろうに」
「ううん。仕方ない……それに……」
「それに?」
「人生は徒労だって、さっき偉い人が言ってた……」
簪の言葉に、南は声を上げて笑った。
「そうか。まぁ、とにかく迷惑かけたな……お礼に俺が飯でも作ってやるとしよう。食堂で食べたいものがなければ、だが」
「ううん、ないよ。楽しみ……」
南がバッグを漁りながら言うのに、簪は小さく首を振って続いた。
「じゃあ、待っててくれ」
「私も、手伝う……キッチンのことまだ、分からないでしょう?」
「助かる……お、中々立派なキッチンじゃないか」
キッチンに移動しながら、南は袖を捲った。
「寮の部屋のものとは、思えないよね……」
「全くだ……腕が鳴るな。うん」
「ふふ……」
簪は小さく微笑んだ。
隣で目を輝かせて色々と見て回る南が可笑しかった。
「おっ、グリルか」
「うん、オーブン……上には、レンジもある……」
簪が指さす先を見ながら、南はふむふむと頷いた。
「電子レンジもあるのか。なんだって出来るな……じゃあ、すまないが鍋に水を入れてくれないか?」
「うん……どれくらい入れたらいい?」
簪は戸棚から、小さな鍋を取り出しながら尋ねた。
「よし、俺がいいと言うまで入れてくれ」
流しで鍋を軽く洗う簪の隣で、南は腕を組んだ。
「うん……」
鍋に水が溜まり始める。
「大体、ひたひたになるまではいらないから……もうちょっとだな」
南がボソボソと呟きながら、指示を出す。
簪は何が作られるのかを想像しながら、鍋に溜まる水を見ていた。
「だいたいアレが、ああなるくらいでいいから……」
南の呟きは止まらない。
緻密な計算がされているのかと簪の期待値は高まっていく。
「あああああああいっ!」
突然、南が大きな声で叫んだ。
もういい、という合図だった
「ひゃっ!」
簪は小さな悲鳴を上げながら、鍋を引く。
「よしよしよし」
「そんなに水の量って、シビアなの……?」
簪は驚きで高まる心臓を落ち着かせながら、尋ねた。
「当然じゃないか。これで全てが決まるんだ、味付けも何も」
簪から鍋を受け取った南が、それを火にかける。
受け渡す際に、手と手がしっかりと重なったが簪はそれどころではなく、南もまた気にした様子ではなかった。
数分後。
テーブルに向かい合う二人。
無表情でその時を待っていた。
「はぁぁぁぁああい!」
突然、またも南が大きな声で合図するが、簪はもう驚かない。
それどころか、目が少し虚ろであった。
「出来たぞカップヌードル。これでいい」
満足気に言う南の言葉は、簪には響かない。
「さぁ、食べよう」
南は簪にフォークを渡しながら、嬉しそうに蓋を開ける。
「これなら……」
簪が呟く。
「ん?」
「これなら、食堂に行けばよかった……」
その声はわずかではあろうが、明らかに怒っている。
「まぁ、そう怒るな……次は、もう少し……これよりもう少し手の込んだものを……」
「ぷっ」
思わず簪が吹いた。
笑うつもりではなかったが、くだらない一連の冗談につい笑ってしまったのだ。
肩を小さく震わせる。
「ほら、伸びないうちに食べないと」
南は勢いよく、麺を啜った。
わずかに怒っていた簪だったが、これはこれでと諦めて麺を啜った。
「美味しい……」
南に聞こえないくらい小さな声で言う。
翌朝。
「あの……お、おはよう」
時刻は午前の七時半。
簪は着替えを済ませ、朝の支度を終えたところで、南を揺さぶった。
「そろそろ、起きないと……遅刻……しちゃう」
「んんっ! んー、おはよーございます……」
もぞもぞと激しく身体を震わせた南は、目を閉じたまま言った。
「今、何時だ……」
「七時半。支度して、朝ごはん食べてたらいい時間になると思う……」
簪の言葉にも、南は掛け布団をかけ直しながら言う。
「俺、朝は食べない派なんだ……だから、もう少し……」
「昨日、誰かさんがカップヌードルしか作ってくれなかったので、お腹が空きました」
「よし飯だ、今すぐ行こうじゃないか」
南はベッドから飛び起きて、洗面台へと歩き出した。
簪は小さく笑って、その後を追った。
「ふぁぁ~~」
南は大きなあくびを一組の教室でお見舞いしていた。
普段、朝食を食べない南は小さなパンにスープで済ませ、四組だという簪と分かれていた。
そして、慣れない時間に起きたということもあり、席に着いたと同時にあくびが漏れてしまったというわけだ。
「大きなあくびだな。夜遅かったのか?」
南が声がした方を見上げる。
「篠ノ之か。いや、朝は珍しく早く起きたからな……まだ少し眠くて……」
「そんなに早く……何時に起きたのだ?」
箒が尋ねる。
「七時半だな」
南はまたもあくびを噛み殺しながら言った。
「普通じゃないか」
箒の呆れたような声に、南は反応しない。
「おはよう、南」
「おう」
箒の隣に並ぶように立ったシャルルに、南は小さく手を挙げた。
「そう言えば、朝食堂だった? 見かけなかったけど……」
「食堂だったぞ。端に座っていたが……」
「そうなんだ。同居人の人とはどう? 上手くいきそう?」
シャルルは変わらない笑顔で南に問いかける。
「あぁ、中々いい奴でな。上手くやっていけそうだ」
「よかったね」
そう言って微笑むシャルルに、今度は南の方から口を開いた。
「そうだ、ちょうどいい。篠ノ之もいることだし、軍への入隊の件を聞いてみるか」
「ちょっと、ダメだよ南!」
慌てて止めるシャルルの口元は笑っている。
「ん? よく分らんが、同居人と上手くやっていけそうなのは良かったな……部屋を共にするのだ。合わない奴とは普段の生活も過ごしにくくなるだろう……私と誰かのようにな……!」
箒は先程までとは違う、鋭い視線を向けた。
「一夏か……」
「おお、おはよ南。で、朝からそんなこと言わなくてもいいだろ、箒」
南は朝から大変だなと、他人事のように笑う。
「ふん」
そっぽを向いてしまう箒を見て、南は手を小さく叩く。
「なるほど、一夏と篠ノ之は同じ部屋だったのか」
「そう。ちょっと前までな……シャルルが転校してきたから、引越ししたんだ」
年頃の男女が同じ部屋というのは確かに問題があるだろうと、南は思う。
そして、自分も同じ状況であることを思い出して、身を捩った。
「ふむ……」
「邪魔だ。どけ」
南が頷いてると、低い声が一夏たちの背後から聞こえる。
ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
「っ! 言い方ってのがあるだろ」
「知らん。邪魔だと言っている」
一夏の言葉にも動じることなく、自分の席につくラウラ。
それを横目で見ながら南は首をコキコキと鳴らす。
シャルルが重くなった空気を変えようと口を開いた瞬間、チャイムが鳴った。
ホームルームだ。
「じゃ、また後でな南」
「それじゃあね」
「またな」
三人がそれぞれの言葉で自分の席に戻っていく。
「おう」
そして不意に気になって、隣のラウラへ目線を向ける。
なんとも怖い顔をしているなと南は思った。
(あの眼帯は……怪我でもしたのか?)
色々と考えるが答えは出ない。
「何だ」
こちらの視線に気づいたのか、一夏よりはマシといえどやはり鋭い目を向けてくるラウラに、南は「別に」と答えようとしてやめた。
「……どうして一夏をあんなに目の敵にするんだ?……そんなに悪い奴とは思えんが」
「貴様には関係ないだろう」
即答。
間髪入れずに帰ってきた返答に、南は苦笑するしかなかった。
「確かにその通りだ」
教室に入ってきた山田先生の声が、南の小さな声をかき消す。