IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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31.惨劇の始まり

南が逃げ回っているステージは広く、普段ISの特訓に使われるようなグランドに跨いで使われている。

 

開閉ドーム式になっており、太陽を隠すように屋根が閉じたことに加え、明かりが届かない箇所まで来た南は、周りの暗がりに身を潜めていた。

 

「これのどこが劇なんだ」

 

誰にも届かない愚痴を溢したところで、袖のカーテンが揺れる。

 

「っ!?」

 

またも自分の王冠を狙う女子の先鋭かと、身構える南。

 

しかし、揺れたカーテンから姿を現したのはたこ焼きを手に口をもごもごと動かしている一夏だった。

 

「一夏か」

 

「おう、南。ここは……何だ? 適当に歩いてきたんだけど……」

 

先程までの南の苦労など知らない一夏は呑気に辺りを見渡した。

 

何も言う気になれず南は首を振る。

 

「世の中には知らない方がいいこともある」

 

「てか、どうしたんだよ、その恰好。王子様みたいだぞ……誰かに着せられたのか?」

 

「世の中には知らない方がいいこともある」

 

笑いを堪えながら言う一夏に、南は同じ言葉を繰り返した。

 

「とにかくここを出よう……またいつシンデレラが襲ってくるか―――」

 

一夏の肩を押して、ステージから退散しようとした時、爆発音が鳴り響いた。

 

二人の顔が引き締まる。

 

「南」

 

「ああ、学園祭の花火ではなさそうだ」

 

そう言って二人同時に駆けだした。

 

出口に向けて速度を上げる。

 

すると、急に床が一か所開き、一夏の足首が掴まれた。

 

「うおっ!?」

 

バランスを崩した一夏が情けない声を出す。

 

振り上げられた両手を南が掴み、床下から一夏の足を引っ張る謎の人物と、それを食い止めるべく腕を引っ張る南の構図が出来た。

 

「南、いいから手を―――」

 

「いや、お前は早く皆と合流して、さっきの爆発を探れっ……こいつは、俺が引き受ける」

 

そう言うと同時に、床下に向けてナイフの刃を射出。

 

くぐもった女性の声が聞こえ、一夏を引っ張る腕の力が緩まった。

 

その隙に一夏の足を掴んでいる腕に向けて滑り込みながら落下。

 

「行け、一夏」

 

床下へと消えていく南を、歯を食いしばりながら見届けた一夏は再び走り出す。

 

「また南に助けられちまった……」

 

そんな後悔の声が、ステージの暗闇に吞まれた。

 

 

 

 

 

 

「何なのよ、こいつら……」

 

「ど、どうなさってしまったの……」

 

鈴、セシリアは目の前の光景が理解出来なかった。

 

それはまるでゾンビ映画のような光景。

 

学園祭を包んでいた先程までの明るい祭の空気は、明らかに悪い変化を遂げていた。

 

廊下を歩いてくるのは、舌をだらしなく垂らし、その先端から滴る涎を拭くこともせず歩くIS学園の生徒達。

 

その数はおよそ五十。中には、つい先程、クラスの出し物の出店に来ていた上級生の姿もあった。

 

綺麗に並び、まるで行進しているかのように足を動かす彼女たちは、無表情のまま視線を動かすこともない。

 

「セシリア……どうする?」

 

「ここはひとまず、南さん達と合流しませんと……」

 

「賛成」

 

鈴はそれだけ言うと、踵を返して走り出す。

 

しばらくの間、その行列を厳しい表情で見ていたセシリアだったが、少し遅れて鈴に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

ある生徒の拳が、シャルロットの腹部を抉った。

 

「うぐっ!」

 

「シャルロット!」

 

先程の鈴とセシリアとは違い、シャルロットとラウラは意識があるようで無い生徒と混戦していた。

 

突如として現れたゾンビのように意識が読み取れない彼女等の急襲を受け、応戦を強いられていたのだ。

 

「くそ、離れろ!」

 

ラウラの蹴りが生徒の頭を弾く。

 

「うっ……はぁはぁ……駄目だよ、ラウラ……乱暴にしちゃ……」

 

「しかし!」

 

「あまり考えたくはないし、現実的でもないけど……これは一種の洗脳状態……手荒には出来ないよ」

 

シャルロットは腹部を抑えながら、顔を歪めた。

 

無表情のまま二人を襲う生徒の数は数人だが、ISを使うことも出来ず、また容赦なく打撃を与えることも出来ない。

 

また一人、生徒が飛びかかった。

 

「すまないシャルロット。私は、手加減しない!」

 

軽いフットワークで体を反らし、生徒を避けたラウラはそのまま腕を掴み、本来曲がってはいけない方へ折り曲げる。

 

骨が折れる音と感触に、ラウラは顔をしかめるが、容赦していては埒が明かない。

 

この信じがたい光景を打破するには、仕方のない手段だった。

 

「な、なにっ!?」

 

ラウラが困惑と共に、飛び退いた。

 

腕を折り曲げたはずの生徒は、悲鳴を上げるどころか、痛みを感じていないかのような動きでラウラへ追撃してきたのだ。

 

「どうなってる……」

 

頬を伝う汗を拭うことも忘れて、ラウラは顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刃と刃がぶつかる音がする。

 

紅椿の近接主力武器、「雨月」と「空裂」が激しく入り乱れるも、イギリスの第三世代型IS『サイレント・ゼフィルス』は余裕を持ってその攻撃を避けた。

 

同時に大型のライフル「スターブレイカー」を取り出し引き金を引く。

 

「ぐっ!」

 

箒が身を引き、体勢を立て直そうとするが、謎の襲撃者はそれを許さなかった。

 

顔を隠すように装着された頭部装甲から一瞬覗く視線は鋭い。

 

「ふん、弱い。弱すぎる」

 

「なんだとっ!? 舐めるな!」

 

機体を大きく旋回させ、再度攻撃を仕掛ける箒。

 

刺突攻撃の際に生じるレーザーで牽制し、斬りかかる。

 

しかし、小型レーザーガトリングでその攻撃をいなし、桃色の刀剣を抜き箒に向けて振るう。

 

怯んだ隙を逃さず、蹴りを放ち吹き飛ばした。

 

地面に叩きつけられた箒の苦悶の表情をあざ笑うかのように、「スターブレイカー」のBTエネルギー弾を浴びせた。

 

「第四世代もそんなものか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!」

 

倒れ込んだ楯無の体を揺さぶる簪の目に涙が滲んだ。

 

ISスーツは既にボロボロになっており、いつもは綺麗にセットされている髪も、ボサボサに乱れていた。

 

うつ伏せに倒れ込んだまま、楯無は動かない。

 

「ふん、その程度で最強名乗んなっつーの」

 

楯無を倒した張本人である女性は、持っていた長柄の十字槍をクルクルと回した。

 

ウェーブ掛かったショートボブの毛先を弄る。

 

「『最強』舐めんじゃねーよ」

 

そう言うと、歯を見せて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南が落ちてきたのは、いつもよく使う更衣室だった。

 

いつもは明るく、たくさんのロッカーが並ぶ様子が見えるこの部屋も、今日は電気も付いておらず暗い。

 

「へっ、男だったらどっちでも良かったが……織斑一夏だと、スコールに褒めてもらえたのによぉ」

 

一夏の腕を引っ張っていた女性は、ISを展開していた。

 

しかしこの暗がりでは、ISを用いなければ、それがどのような形をしているのか皆目見当もつかないだろう。

 

そんな暗闇でも南はポケットに手を入れたまま、声の方を睨む。

 

「まぁお前でもいい。『組織』とかいう胡散くせー奴らの代わりにお前を始末するのは気が進まねーが、報酬はたんまりらしいからなぁ」

 

邪悪に笑った女性が搭乗するISはまさに蜘蛛をモチーフにしており、名もギリシャ語で蜘蛛を表す『アラクネ』といった。

 

「それじゃあ、神代 南クンよぉ……亡国機業(ファントム・タスク)のオータム様の手で……死ねぇ!」

 

そう言いながら女性……オータムは自身が展開するISで攻撃を仕掛けた。

 

荒い言葉遣いではあるものの、その頭の中で立てられている計画は極めて緻密だった。

 

亡国機業とは、裏の世界で暗躍する秘密結社である。第二次大戦の頃より長くテロ行為を続ける謎多き集団であり、ISの登場以降も、その活動は衰えることなく続いている。

 

そんな亡国機業の実働部隊、オータムが『組織』のある人物より手渡されていた資料。

 

そこには、南の蜘蛛としての能力。そして、ISに備わっている基本的な装備の有無が記されていた。

 

飛ぶことも出来ず、ハイパーセンサーもないその機体は、およそISというよりは、ただ運動能力を他のISに近付ける程度のものであることが分かる。

 

(蜘蛛の力だとか何とか、嘘くせぇとは思うが……スコールが「信じろ」と言うなら仕方ねぇ。それに、もし情報が正しければ、この暗闇の中……位置を探る手掛かりは声だけ。だが、残念……)

 

オータムはほくそ笑む。

 

背中に展開された八つのピットが、オータム自身から離れた位置にそれぞれ構えられている。

 

(その声の方から攻撃は来ないッ……間抜けな顔晒して、くたばれ!)

 

それぞれのピットが攻撃を始める。

 

乱れ撃たれるエネルギー弾の嵐。

 

その一つ一つが南を捉えた。

 

「はんっ、他愛もねぇ……こんなガキ、エムにでもやらせときゃいいのによぉ」

 

下品に笑い、オータムはアラクネの展開を解除しようとした。

 

しかし、その瞬間。

 

確かにエネルギー弾が降り注いだ位置から、刃が射出された。

 

オータムの顔面を狙った一閃。

 

それを何とかギリギリで躱した彼女は舌打ちする。

 

「チッ、どうなってる……ISのハイパーセンサーもなく、この暗がりで見えるわけが……」

 

「見えてるぞ」

 

南は刃を柄に戻しながら笑った。

 

「アンタの顔も、ISも、攻撃も……全部見えてる」

 

―――暗視スコープを備えている蜘蛛が、存在する。

 

『メダマグモ』

 

アジアやアフリカ、オーストラリアなどの、熱帯雨林域に生息するその蜘蛛は、名の通り、大きな単眼を二つ持っている。

 

特殊な獲物の捕らえ方をするのだが、驚くべきはその視力。

 

造網性であるにも関わらず、異常に発達した目は、暗闇の中でも例外なくその視力を発揮することが出来る。

 

それは他の夜行性動物や、人間が用いる道具を遥かに凌ぐ暗視性能であり、メダマグモは先の見えない闇の中でも狩りを行うことが出来る、生粋の暗殺者なのである。

 

「蜘蛛を模したIS。中々、センスがあるじゃないか……だが、今は急いでるもんでな……」

 

南は走り込みながらまたもナイフを振るう。

 

「さっさと終わらせる」

 

「うるせぇ!」

 

射出された刃を弾いたオータムは、闇雲にエネルギー弾を撃ち込んだ。

 

柄を振りながら糸を仕掛けようと動く南だが、出鱈目に攻撃されているのでは、罠を仕掛けようにも仕掛けられない。

 

また、激しい攻撃は反撃の余地も与えられないことから、接近戦にも持ち込めないため、南は走り回るしかなかった。

 

「はははっ! オラオラどうした、逃げてばかりじゃ、さっさと終わらねぇぞ、おい!」

 

エネルギー弾が乱れる更衣室。

 

やがてその攻撃が止む頃、南の姿は見えなくなっていた。

 

「あ? 逃げたのかよ」

 

オータムは顔を歪めて、一歩踏み出す。

 

辺りを見渡しながら南を探すが、散乱したロッカーが転がっているのみ。

 

しかし、そんなロッカーの一つに、糸が付着しているのが見えた。

 

南が蜘蛛の能力を有していることを知っているオータムはほくそ笑み、また一歩踏み出した。

 

「へっ、お得意の罠もかけられず、とりあえずロッカーに糸巻いて隠れたか……ご苦労さん」

 

そう言いながら、脚部装甲からブレードを抜き、振りかぶる。

 

「今度こそ、終わりだぁ!」

 

振り下ろしたそれは確かにロッカーを切断。

 

真っ二つに割れ、同時に南も血を噴き出して倒れている姿を想像していたオータムは、目を丸くした。

 

「い、いねぇ……」

 

「わざわざご苦労だったな」

 

南の声が背後からしたと同時に、オータムの体は宙に浮いた。

 

足にかかっていた糸が、その体を縛り上げたのだ。

 

―――蜘蛛を専門に捕食する蜘蛛が、存在する。

 

『オナガグモ』

 

細長く伸びた、一本の棒のような姿をしているこの蜘蛛は、網らしい網を張らない。

 

松葉のような針葉に擬態し、条網と呼ばれる糸を一本張っておくのみ。

 

多種の蜘蛛が、その糸を伝ってやってくると、後肢で別の糸を投げかけて捕食する。

 

このことから、オナガグモの糸はそれだけで罠として完成しており、正確に網を造る必要はないことが分かる。

 

見慣れた糸だと思い、伝うのは愚弄。それは、死へと通じる一本道でしかないのだ。

 

「くそがっ! こんなのいつの間に仕掛けてた!」

 

「これか? あれは……数日前だな」

 

「はぁ!? ふざけんな!」

 

「ふざけてない。ちょうどその糸に、この学園の生徒会長が足を引っかけたんだ」

 

オータムの出鱈目な攻撃に若干の焦りを覚えながらも、何とか罠を張ろうと動く南がそれに気が付いたのは偶然だった。

 

この更衣室が、数日前に楯無と初めて出会った場所だったこと。

 

そして、その際に仕掛けた糸が未だ張っている状態にあったこと。

 

後はそこに誘導するよう新たに糸を伸ばしておくだけだった。

 

「その糸は絶対に切れない。操者である俺が「指示」を出さない限り、切れることも、緩むこともない。足掻けば足掻くほど、体力を奪うだけだ」

 

「黙れ! さっさと降ろしやがれ!」

 

「本当は色々と聞きたいんだがな。さっきも言ったが急いでるんだ……戻ってくるまで大人しくしてろ」

 

それだけ言うと南は、オータムに背を向けた。

 

『アラクネ』の展開を解除するも、糸は彼女を締め付けるだけ……隙などない。

 

更衣室を出ると、一人の少女が後ろ向きで立っているのが見えた。

 

「おい、こんな所で何してる」

 

南がその少女の肩に触れると、その娘はこちらをゆっくり振り返った。

 

見慣れた顔に安堵した南は、頬を緩める。

 

「ここは危ないぞ。中に口の悪い女がいる……早く安全な所へ、のほほ―――」

 

南の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

「んむっ」

 

薄く笑っていた少女は、両手を南に回し、その口を唇で塞ぐ。

 

いきなりの事に南は押し返す間もなく、舌を強引に入れた。

 

唾液と唾液が入り混じる感覚。

 

いやらしく響く水音。

 

強い力で南を離さないよう抱きしめる少女は、何度も角度を変えてその唇を当てた。

 

やがて、力をこめて少女の肩を押していた南の力は抜けていき、だらんと垂れ下がる。

 

目が閉じられ、立っていられなくなり、少女の胸に倒れ込んだ。

 

「ふっふーん。みなみんもゲットなり~。案外チョロかったねぇ~」

 

長い袖で南の頭を撫で、少女はほくそ笑んだ。

 

「それにしても、みなみん。専用機持ちの相手したり、色々言い返すのは上手だけど……キスは下手っぴだね~」

 

しかし突然、興味……否、愛着などない物を捨てるように手を放し、ポケットの中の小瓶を捨てた。

 

どこまでも間延びした声に緊張感などなく、この状況を楽しんでいるように見える。

 

「みなみん。最強の虫はね……クモでもハチでもないんだよ」

 

少女……布仏本音は、普段開かれていない目を薄く開き、笑った。

 

「だって、最強は……『軍隊蟻(グンタイアリ)』に決まってるもん」

 

本音の言葉にも、南が動くことはなかった。

 

 

 

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