「あれ? 一夏は……帰ってないのか」
南が寮の自室に帰ってきたのは、十七時を過ぎた頃だった。
一緒に寮まで来た箒と簪と夕飯を食べる約束をしてすぐの事であり、そこに一夏を誘う予定だった南は、部屋の電気を付けながら頭を掻く。
「てっきりもう帰ってると思っていたが……」
そう言いながら、夕飯の前にシャワーを浴びるべく浴室に向かい、制服を脱ぎ捨てた。
簡単にシャンプーとボディソープを纏わせ、サッと洗い流す。
バスタオルで水気を切り、ドライヤーで髪を乾かした後、部屋着になるべくタンスを開けた。
お気に入りのバンドTシャツにジャージを履いた南はスマホを操作。一夏に連絡を入れた。
次の日の授業の準備をして、しばらく漫画を読んだ所でスマホが連絡を通知した。
画面には箒からのメッセージが表示されている。
『そろそろどうだ?』
そんな簡単なメッセージに軽く笑みを浮かべた南は、『行こうか』とだけ返信し、もう一度、一夏に連絡を入れた。
しばらくしてノックが聞こえると、南は手早くサンダルを履き、扉を開いた。
制服のままである箒と簪に「着替えなかったのか」と言いながら鍵をかける。
「織斑くんは?」
寮の廊下を歩いていると、簪が首を傾げた。
「それが連絡したんだが返事がなくてな……放課後に教室を出た時にはいたんだが」
「……そう言えば、布仏と一緒に教室を出たのを見たぞ」
南の言葉に、箒が答えた。
「のほほんさんと?」
南の表情は変わらない。
件の事件から二週間が経った今では、南も本音のことを注視することはなくなった。
「まぁ、事件に巻き込まれていないならそれでいい」
ポケットに手を入れて、天井を仰いだ南は息を吐いた。
食堂に着くと、カウンターで料理を注文し、受け取り口で盆を持つ。
夕食時である食堂には、そこそこの生徒が食事をしており、ちょうどいい席を見つけるため少し歩いた。
すると、食堂の端の方から何やら騒がしい声が聞こえ、首を向けるとセシリアと鈴が何やら言い争っているのが見えた。
同じ席に、まぁまぁとなだめるシャルロットと、興味なさげに茶を啜るラウラも確認できる。
「どうした、喧嘩するな二人とも」
南はラウラの隣に腰かけてテーブルに盆を置いた。
その隣に簪が座り、歯ぎしりしながらセシリアの隣に箒が座る。恨めしそうな視線が簪を襲うが涼しい顔でそれを受け流していた。
「落ち着け落ち着け、いいか―――」
ぎゃあぎゃあと騒ぐセシリアと鈴に、また適当なことを言うべく人差し指を立てたが、二人は同時に南を睨む。
「南はどう思う!? この前作ってあげた青椒肉絲!セシリアのスパゲティなんかより美味しかったわよね!? お礼なんていいのよ!」
「まぁ、『スパゲティなんか』とは何ですの! 『なんか』とは! それに、あれはパスタですわ! 南さん、料理の腕が日々上達しているわたくしのパスタの方が美味しかったですわよね!? お礼なんて結構ですわ!」
勢いよく詰め寄る二人に、苦笑しながらため息をついた南。
そこに、シャルロットが割って入った。
「じゃあ、今度は同じものを作って、食べ比べてもらったらいいんじゃないかな? そしたらハッキリすると思うよ」
優しく諭すシャルロットの提案に、セシリアと鈴が頬を膨らませたまま座り直す。
「上等ですわ!」
「こっちこそ!」
「助かった、シャルロット」
両手を合わせて小声で言う。
そんな南に、シャルロットは片目を閉じた。
「お礼はいいよ」
楽しそうに笑う彼女に、南も軽く指さすだけ。
「嫁は、いい香りがするな」
すると、隣のラウラが鼻をすんすんと動かしながら、南に体を寄せる。
「そうか? シャワーを浴びたからだろうな」
「な、嫁の部屋のシャワーは水に香りが付いているのか!?」
「いや、そんな訳ないだろ。シャンプーとボディーソープの匂いだよ」
ラウラの頭に軽く作った拳を当てた南は、味噌汁を啜った。
「あ、一夏だ」
少ししてシャルロットが指をさす。
その方向には確かに一夏が居て、その隣には本音の姿が見えた。
「本音も、一緒……」
「距離が……近いですわね……」
簪とセシリアが言うと、南は小さく笑った。
「ほう、一夏にも春が来たんだな」
うんうんと頷いた南に、鈴が体を乗り出した。
「へぇ、まさか布仏さんとね~。ちょっかいかけに行かないと」
「やめておけ、鈴」
二ヒヒと歯を見せて笑う鈴の首根っこを、箒が目を閉じたまま掴む。
夕飯を摂り、部屋に戻ると一夏が部屋におり、何やらごそごそと鞄をまさぐっていた。
「一夏、居たのか」
「お、南。おかえり」
「連絡くらい返してくれ」
苦笑いしながら南が言うと、「えっ!?」と驚いた顔をしながら一夏がポケットをまさぐった。
スマホを取り出し、ホームボタンを押しているが反応はない。
「ごめん、充電なくなってた」
「全く……」
南がベッドにダイブすると同時に一夏が立ち上がる。その肩には鞄をかけていた。
「どこか行くのか?」
「ん? ああ、のほほんさんって生徒会の役員らしくてさ。その手伝いに」
「そうか……」
「だから、先に寝ててくれ」
一夏はそれだけ言うと、軽快に部屋を飛び出した。
ゲームに誘おうと思っていた南は、途端に退屈になる。
「一人でするのもなぁ……」
そんな独り言が淋しく漏れた。
それからというもの、一夏と南との距離が空いた。
喧嘩をしたわけでも、何か気まずいことがあったわけでもないが、一夏のすぐそばにはいつも本音が居た。
楽しそうに話す一夏と本音の間に入るわけにも行かず、南は専用機持ちと話すことに。
それが嫌なわけではない。むしろ、彼女達との会話は楽しいものだった。
しかし、いつも頼んでもないのに会話に入ってくる一夏が、全く話しかけてこないというのは妙な寂しさを覚える。
食事はもちろん、部屋に帰っても、生徒会の手伝いをしていると言う彼は居ない。
決まって南が眠った頃に扉を開け、翌日の朝に「おはよう」と声をかけられる。
その日の放課後も、一夏はホームルームが終わるや否や、本音と教室を出た。
「今日もか……」
「織斑一夏と喧嘩でもしたのか?」
ふと漏れた声に反応したラウラが鞄に教科書を詰めながら言った。
「最近、アイツと話せてなくてな……喧嘩したわけじゃないんだが」
「ふっ、織斑一夏と話せなくて寂しいのなら、私がその寂しさを埋めてやろう。さぁ、私の胸に飛び込んで来い!」
両手を広げ、小柄な体を伸ばしたラウラは満面の笑みで南を捉える。
「いや、胸には飛び込まないが……そうだ、今日俺の部屋に遊びに来いよ」
「ふむ……やはり嫁も大きな胸がいいのか……くっ、シャルロットや箒、セシリアには勝てん………………………へっ?」
しばらく、ごにょごにょと何かを言っていたラウラだったが、目を丸くして南を見た。
「ん? だから、部屋に遊びに来ないかって……何か用事があるならいいが……」
「な、ない! 用事などないぞ!」
勢いよく立ち上がったラウラに肩を震わせた南。
「そうか、じゃあ後で部屋に来てくれ」
「わ、分かった……」
ラウラの頬が真っ赤に染まったのは、教室に差し込む夕日のお陰で、南にはバレていない。