IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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39.箒と旅館と地震

自室のキッチンで一夏がチャーハンを炒めていると、扉がノックされた。

 

「一夏、すまないが取り込み中なんだ。出てくれ」

 

南のくぐもった声がする。

 

フライパンを振っていた一夏は眉を顰めた。

 

「いや、俺も今は……チャーハン作ってるし……」

 

「トイレで格闘中なんだ。頼む」

 

どうやらトイレの中からの声らしく、一夏の表情が益々曇った。

 

「飯作ってるんだぞ! わざわざ言わなくていいよ!」

 

「なら早く出てくれ」

 

「ああもう! いっそ強盗だったらいいのに。勝手に入って来てくれ」

 

そう言いながら一夏は火を止めて、フライパンを置いた。

 

エプロンを外しながら扉の方へ小走りで向かう。

 

「強盗に俺はトイレだって言うなよ」

 

南の声を無視して扉を開ける。

 

「はいはい、どちらさ―――あれ、箒か」

 

「一夏」

 

腕を組んで立っていたのは幼馴染の箒だった。

 

夏休み前の臨海学校の時に、南によって渡されたリボンをしている。

 

その頬は若干赤い。

 

「どうしたんだ?」

 

「南に用があるんだが」

 

「あー、今ちょっと格闘中で……」

 

一夏が目を泳がせながら言った。箒の目が細まる。

 

「またゲームをしているのか?」

 

「い、いやそういうわけじゃ……まぁ入ってくれ」

 

箒を招き入れ、扉を閉めた一夏は「適当に座ってくれ」と言いながらトイレの方へ。

 

「南、箒が用だってさ」

 

「そうか。すぐ出る」

 

「トイレだってことは隠しておいたぞ」

 

「それをトイレに向かって言ったら意味ないだろ」

 

南の呆れた声がした後、水が流れる音がする。

 

「まったく……」

 

扉を開けながら南がぼやいた。

 

「晩御飯もうちょっとで出来るから、箒にも食べるか聞いてやってくれ」

 

一夏は再びエプロンを付けた。

 

フライパンを火にかける。

 

「おいおい、おかわりが出来なくなったら困るな……」

 

南の心配そうな声に、思わず噴き出した一夏は「大丈夫だよ」と笑った。

 

「一人増えたくらいじゃ変わらないさ」

 

「お前のチャーハンは絶品だからな」

 

「ありがとよ」

 

手を揉み合わせながら南は、箒が待つ部屋へ。

 

箒はベッドにちょこんと座っており、南の姿が見えるや否や笑顔になる。

 

「どうした箒」

 

「う、うむ……その、だな……」

 

「ん?」

 

俯きながらもじもじと身を捩る箒。

 

少しして、ポケットから何やら券を取り出した。

 

「今日、買い物に行ったんだが……その時に福引でこれが……」

 

「……温泉旅館一泊二日ペアチケット?」

 

箒の手からソレを受け取った南は、大きく書かれている文字を読み上げた。

 

「当たったのか。それは凄い」

 

「そ、それでだな……良かったら私と行かないか?」

 

「良いのか!?」

 

ガバッと身を乗り出した南。

 

思わず体をのけ反らせた箒は小刻みに頭を縦に振る。

 

「温泉か……やったぜ。ありがとう……楽しみだ」

 

「あぁ!」

 

箒は、今日一番の笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

そうして迎えた土曜日。

 

午前中で授業が終わるため、二人はホームルームが終わると同時にそそくさと教室を出た。

 

セシリアやシャルロット、ラウラが「南はどこだ」と騒ぎ立てる様子は、まさに魔女狩りのようだった。

 

箒に急かされ、匍匐前進一歩手前くらいの姿勢で寮まで戻り荷物を取る。

 

電車とシャトルバスを乗り継ぐこと二時間。

 

山中にある大きな旅館に到着した。

 

「おお、立派な所じゃないか」

 

南は建物を見上げて声を漏らす。

 

箒も満足気に頷いた。

 

大きなガラスの扉をくぐると浴衣姿の女将が出迎えた。

 

歳は四十を過ぎたくらいだろうか。学生への対応とは思えない接客に、二人して萎縮しながら後をついて行く。

 

部屋は二人で使うにはあまりに広かったが、立派な内装と窓から伺える景観が二人を落ち着かせた。

 

「それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 

女将はそれだけ言うと、襖を閉めて部屋から出た。

 

「女将に部屋まで案内されるとは……初めての経験だ」

 

「そ、そそ、そうだな……」

 

遂に二人きりになった緊張で、箒の声は上擦る一方だった。

 

肩に力が入り、手が震える。

 

そんな箒には目もくれず、南は「こっちにも部屋が……」「部屋にも露店風呂があるじゃないか」とウロウロしていた。

 

「さて……折角来たし、ゆっくりするか」

 

南はしばらく部屋を物色した後、テーブルの前の座布団に腰かけ、お茶を淹れ始めた。

 

「ん? 座らないのか?」

 

荷物を持ったまま固まっている箒に声をかけると、ビクッと肩を振るわせ、落ち着かない様子で辺りを見渡した。

 

南は小さな湯呑にお茶を淹れ、自分の対面に置く。

 

「立派な部屋に緊張しているのか? まぁ気持ちは分かるが」

 

そこまで言われて箒は荷物を適当に置いて、南の対面に正座する。

 

「す、少し落ち着こう……うん、緊張することはない……うん……」

 

ブツブツと一人で言いながら、箒は湯呑を掴んだ。

 

南は盆に並べられたお菓子を手に取る。

 

「聞いてるか?」

 

返事がない箒に、南は覗き込むようにしながら言った。

 

「ど、どうした!? 何か言ったか!?」

 

「何か言っただろ、何か。俺のことだから」

 

上擦った箒の声とは対照的に、極めて落ち着いた南の声が返る。

 

「そう緊張することはない。窓を見てみろ……綺麗な紅葉じゃないか。あの深紅の葉が舞い散る様子を見ながら、お茶を啜る……至福とはこのことだ」

 

「年寄りじみたことに、詩人のような言い回し……お前は本当に高校生か?」

 

ようやく南の落ち着き具合を見て、自分を取り戻したのか箒が言った。

 

いつもの声音に、南も小さく笑う。

 

「さて、風呂に入るには早いし……散歩でもするか」

 

南は一気に湯呑を傾け、立ち上がった。

 

「そうしよう」

 

簡潔に言った箒と並んで部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

旅館の裏手に続く並木道は紅葉で染まっており、赤や黄の明るい葉が眼前いっぱいに広がっていた。

 

二人しかいないそんな道を、まったりと歩く南と箒は、ふぅと息を吐いた。

 

「箒、本当にありがとう……これは綺麗だ」

 

「ああ、秋を感じるな……」

 

自然と優しくなる声。

 

風で葉が揺れる音しか聞こえない静けさと辺りの雰囲気に、箒は自然と自分の腕を南の腕に絡ませた。

 

あまりに自然な動きに自分でも一瞬何が起こったのか分からなくなった。

 

「ん? どうした、腕なんか組んで」

 

「え、いや……これは……そ、そう! セシリアだ、セシリアが言っていた。男は女をエスコートするものだと」

 

事の重大さに気付きながらも、もう後には退けない箒は必死に言葉を探す。

 

「おいおい、女子と二人でいる時に、別の女子の名前を出すのは感心しないな」

 

「それは私が言う台詞だろう!」

 

「その通り」

 

南は深く頷きながらも、歩く速度だけなく歩幅も箒に合わせた。

 

少し頬を赤くして、箒は腕に込める力を少し強くする。

 

「私が、今何を考えているか分かるか?」

 

箒が唐突に、南へ問いかけた。

 

「もちろんだ。温泉が楽しみだ、だろ?」

 

思わず頭から倒れてしまいそうな回答に、ため息をついた箒。

 

南は「それか晩飯が楽しみか」と嬉しそうに言っている。

 

「はぁ……お前は何でもお見通しだな」

 

皮肉を込めて言うが、南が気付く様子はない。

 

「そのうち地震が起きるのも、分かるんじゃないか?」

 

「俺が無言で荷造りをはじめたら、気を付けた方がいいぞ」

 

 

 

 

 

旅館に戻った二人は、そのままの足で大浴場へ向かう。

 

男湯と女湯にそれぞれ別れ、十分に満喫して先に上がった箒は、ラウンジで南を待っていた。

 

お茶のサービスで喉を潤し、置いてある姿見で変な所がないかを確認したり、とにかく南を待つ。

 

時間にして一時間弱。

 

そろそろ人を呼ぶべきかと検討し始めた頃、ようやく浴衣姿の南が現れた。

 

「入りすぎだ……」

 

箒が入浴していた時間と合わせると、相当風呂に浸かっていた南。

 

低い声で責めるも、南は赤くなった顔を満足そうに緩めるだけ。

 

「いやー、すまない。しかし、ここの露天風呂は最高だな」

 

二人並んで部屋に戻ると食事の用意がされており、地元の料理に舌鼓を打った。

 

その後、窓を眺めながら談笑し、夜が更けること午後十時。

 

箒が小さく欠伸をした。

 

「そろそろ寝るか」

 

「そうだな……明日はもう帰らなければならないし……」

 

月明りに照らされた景色を惜しみつつ、二人は布団が敷いてあるという別室に。

 

襖を開けると、ピッタリ少しの隙間もなく並べてある布団が目に飛び込んだ。

 

「広い部屋なんだから、もう少し余裕を持って敷いてくれてもよかったのに……」

 

そう言いながら布団をずらそうとする南の手を、箒がガッと掴んだ。

 

「折角敷いてもらったのだから、このままでいい」

 

「いや、でも……」

 

「こ、の、ま、ま、で」

 

「はい……」

 

有無を言わせない箒の圧力に、南はこれ以上何も言う事が出来なかった。

 

そうして、二人は互いの吐息が聞こえるほどの距離で一夜を明かした。

 

 

 

 

 

IS学園の校門前。

 

昼前のこの時間は、休みということもあり生徒もまばらにしかいない。

 

「帰ってきたな」

 

「ああ、いい旅行だった。箒、誘ってくれて本当にありがとう」

 

「ま、また……」

 

箒が少しだけ控えめに言う。

 

「また、行ってくれるか?」

 

そんな弱々しい声に、南は笑顔を作った。

 

鞄を持ち直し、大きく頷く。

 

「当然だ。一夏でも断らないぞ」

 

「男子と二人でいる時に、別の男子の名前を出すのは感心しないな」

 

昨日の南の言葉を言い返してやったと笑う箒だが、南は鼻で笑った。

 

「まだまだだな」

 

偉そうに言って寮の方へ歩き出した南。その後を箒も追う。

 

「み~~なーーーみ~!!」

 

ふと遠い前方から聞こえる怒声に目を向けると、寮から一夏を除く専用機持ちが走ってくるのが見えた。

 

「貴様、箒と二人で温泉とは……覚悟しろぉ!」

 

ラウラが鬼の形相で迫って来る。

 

隣を走るシャルロットは笑顔だった。

 

そう、笑顔だった。

 

それなのに何故だか、セシリアや鈴、ラウラ、簪より怖い。

 

「不味いな」

 

足を止めた南は、顔が強張っていた。

 

地響きを起こしながら迫ってくる彼女達から、助けを乞うべく箒を見る。

 

「凄い足音……まるで地震だな。荷造りは出来ているか?」

 

今度は上手いと南が指さした瞬間、飛びかかる五つの影が二人を覆った。

 

 

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