「じゃあ、今日はこれくらいで終わっておきます。次、ISの実習なんでしょう? 二組と合同で。遅れないようにね」
国語の担当教諭が、そう言って教室を出て行く。
南は大きく息を吐きながら天井を見上げた。
「実習か……」
「南。女子が着替え始めちゃうから、僕たちは別で着替えるんだよ」
呟くと同時にシャルルが声をかけた。手には小さな入れ物を持っている。
「ああ……」
ISスーツが入っているんだなとすぐに理解した南は、自分もと鞄の中から取り出して席を立った。
「それじゃあ、行こうか」
「頼む」
短く言って、シャルルに続く。
廊下に出ると一夏はすでに待っていて、「お、来たな」と笑った。
三人並んで更衣室へ行き、服を着替える。
制服の上着を脱ぎ、シャツを脱いでいて、南は気付く。
「ん? シャルルはどうした」
「いるよ~」
隣で同じようにシャツを脱いでいた一夏を見ると、シャルルの声がロッカー越しに聞こえた。
「どうして向かい側のを使ってるんだ?」
「なんか、着替えを見られるのが嫌なんだと……何回か、隣で着替えてたこともあるんだけど、よっと……」
一夏は頭からISスーツを被り、袖を通す。
「着替えるのも凄く早くて、気付いたらもう着替え終わってるんだ……別に見たいって訳じゃないけど……なんか気になるよなぁ?」
南も同じように袖を通していた。
シューズも履き替えて、トントンとつま先を床で叩く。
「見られたくない傷があるとか、一夏が嫌いとか色々原因は考えられるけどな」
「そっか、傷か……って! 俺、嫌われてるのか!?」
一夏の悲痛な叫びが響いた。
「コラ」
南の背後から、頭に軽いチョップが当てられる。
頭に手を置く程度のものだった。
「適当なこと言わないの。見られたくない傷もないし、一夏のことも嫌いじゃない」
「知ってる」
南は淡々と答えて、悪びれもなくペットボトルの水を傾けた。
「冗談だ一夏。お前は皆から愛されているぞ」
「それ、俺の目を見て言えるか?」
「お前は皆から愛されている」
南はペットボトルをロッカーにしまいながら、一夏の方を見ることもなく、同じことを言った。
グランドに出た南たちであったが、早く着いたのかグランドの生徒はまばらだった。
「あ、アンタが三人目の男操縦者ね!」
活発で、明瞭な声が南の背後からして、三人は同時に振り返る。
その先には、ツインテールがよく似合う女子が、腰に手を当てて立っていた。
「紹介するよ。こいつが神代 南。で、こっちは凰 鈴音だ。鈴って呼んでやってくれ」
「よろしくね!」
一夏の紹介に合わせてくる手を差し伸ばす鈴。
なるほど、コイツは二組かと南は内心で思いながら手を伸ばした。
「ああ、よろしく」
「鈴はこう見えて、中国の代表候補なんだぜ?」
「ほう、凄いじゃないか」
一夏が指を鈴に向けながら言った。
「こう見えては余計よ!」
「よし、授業を始める! クラスごとに並べ!」
南の感心する声と、鈴の声が被った。
さらに千冬の号令も響く。
「南。こっちだぞ」
一夏を頼りに、南は一組の列へと向かった。
「よし、今日は専用機持ちに実演戦闘を行ってもらう。その後、各班に分かれてISを動かせ……そうだな……」
千冬の視線が動く。
ぼんやり立っている一夏。ピンと背筋を伸ばすセシリア。優等生らしく腕を後ろで組むシャルル。険しい表情のラウラ。自信ありげに笑う鈴。そして、あくびをしながら頭を掻いている南。
ふっと笑った千冬は、指をさした。
「神代……それとボーデヴィッヒ。お前ら二人だ」
「はっ!」
とっさの指名にもすぐに返事をするラウラ。南からの返事は聞こえない。
「え、俺か……」
テンポが少し遅れて、南は伸びをする。
「うっす」
「二人とも返事は、はいだ」
千冬のため息交じりの言葉に、二人は何も言わず前に出る。
「えっ。神代くんとボーデヴィッヒさんって……」
「大丈夫かな……」
「神代君ってそんなに強いの?」
クラスメイトの女子が囁く。
「気をつけろよ南。お前のISを見たこと無いけど……うん。とにかく気をつけろ」
「何に気を付ければいいか、結局分からないじゃないか」
南は笑いながら、手を軽く振った。
「一夏くん、君の言っていることは実に曖昧で分かり辛い。登山道と同じだ、全貌が全く見えない」
芝居ががかった南の台詞に、一夏の不安は増すばかりだった。
「……南、頑張ってね」
シャルルも少し心配そうに南を見つめ、鈴に関しては、先程の明るい表情は消えていた。箒とセシリアもまた苦い表情だ。
「なんだ?誰か死者でも出たのか?」
少しだけ不安になった南が言うが、すっかりグランドの離れた所まで来てしまい逃げ場はない。
「神代 南……織斑一夏よりは楽しませてくれよ?」
ラウラが嗜虐的に笑う。
と、同時にISを展開。
ドイツの第三世代型で、肩の大型レールカノンが目立つ漆黒のIS。
南はそれを見届けた後、自身のISを展開。
光の粒子が南を包むと同時に、展開は終わった。
ISとは、飛行機能を備えた、究極の搭乗型機動兵器である。
シールドエネルギーによるバリアーや「絶対防御」などによって、あらゆる攻撃に対処できる。そのため、操縦者が生命の危機にさらされることはほとんどないことからも、兵器としての性能の高さが伺える。
装着時の全長はISによって当然異なるが、大体は三mを優に超える。
しかし、南のISは前述した兵器を体現するには些か小柄であった。
極限まで軽量化した……というわけではなく、「初めからこのようなIS」であるようだった。
ラウラと比べても、やはり一回りか小さく見える。
そんな南を見て、ラウラは笑った。
「はっ、随分と可愛らしいISではないか」
「巨人に昇れば、巨人より遠くが見える」
「なに?」
南の言葉に、ラウラは顔をしかめた。
変わらない表情、変わらない口調で南は続ける。
「自分より大きな力を借りれば、成長できるって意味だ」
「私を利用することなど許さん……振り落としてやる」
ラウラの表情は険しい。
「それでは、はじめっ!」
千冬の声と同時に、ラウラは肩のレールカノンを放った。
南は右に飛ぶ。
転がり避けた先で、顔を上げると既にラウラは次発を放っていた。
「うおっと!」
それをジャンプで躱す。
着地と同時だった。
「はぁっ!」
ラウラの手首から展開されたプラズマ手刀が直撃する。
「ふんっ、他愛のない」
ラウラは無表情のまま、吹き飛ぶ南の方を睨んだ。
滑るように転がり、倒れ込んだ南を見て、一夏を含む一・二組の生徒は肩を震わせる。
もう終わっちゃった……と誰かが小さく呟いた。
「ほう、中々の威力だ」
声がする。
「なっ!?」
ラウラの表情がそこで初めて変わった。
南は何事もなかったように立ち上がったのだ。
「だが、そんなんじゃ俺は倒せない」
南はそう言って、どこからともなく不思議な形状の刃が付いたナイフを取り出した。
「さぁ、皆の手本となるような実践にしようじゃないか」
両手を広げる南。
ラウラには、一瞬だけ見えた。
「お前のシュ……ヴァア……なんとかかんとか…………シュークリーム・レーズン? と」
その背後に大きな『蜘蛛』の影が……。
「俺のIS、フィアー・スパイダー・ロージングでな」
―――蜘蛛の糸は、
同じ太さであれば鋼鉄をも凌ぐ、自然界最強のファイバーである。それはナノ単位で構成された天然の複合材。
人工繊維を遥かに凌ぐ靭性を活かし、海外の軍事産業においては、様々な研究が進んでいる。
そんな蜘蛛の糸を、対IS兵器用に適応させたのが、南のISを完成させた『組織』であった。
全身にその糸を無数に束ねて作られた鎧は、南を甘く見ているラウラの攻撃など通さない。
南のISは、蜘蛛をモチーフにした……のではない。
「くそっ! 私に本気を出させたことを、後悔させてやる!」
蜘蛛そのものなのだ。
「そうか」
突進してくるラウラに対して、南は取り出したナイフを向けることもなく、立ち尽くす。
またも、プラズマ手刀が直撃する寸前……
「!?」
ラウラの攻撃が、虚空で弾かれた。
弾かれた反動で体が大きく開く。
「がら空きだぞ」
南は身を低くして、容赦なくラウラを切りつけた。
「があっ!」
声を漏らしたラウラが後退する。南はその隙を逃さない。
「よいしょ―――」
「調子に乗るな!」
追撃に走った南の動きが止まった。
それは、ラウラが右手を伸ばしたのと同時だった。
「おお、動けねぇ」
南に驚いた素振りはない。
「AIC……」
一夏が苦々しく歯を軋ませる。
セシリアも同様だった。
「対象を任意に停止させることができるなんて……一対一では反則的な能力ですわ」
「まぁ、私たちはそんなのあんまり関係なくやられたんだけど……実際、一対一じゃなかったし」
鈴がボソッと呟いた。
「鈴さん、余計なことは言わなくていいですっ」
右手を伸ばしたままで、レールカノンの照準が南を捉える。
「この距離での砲撃にも、そんな余裕な顔が出来るかっ!」
ラウラが叫ぶと同時に射出。
しかし、爆発したのは南ではなく、レールカノンそのものであった。
「くっ!? 暴発だと!」
後ずさるラウラに南は突進する。
「蜘蛛はいつだって罠を張っている……」
「うぐっ」
南の突進を受けて後退したラウラはそこで、ようやく気付いた。見えてしまった。
「なぁっ!?」
ISのハイパーセンサーは、どれだけ小さくても、どれだけ目視が難しいものでも無慈悲に見通す。
しかし、熱くなり冷静さを失っていたラウラには、気付くことができなかった。
自分の正面だけでなく、今立っている地面にまで張り巡らされた無数の蜘蛛の糸に……。
「なんだ、この糸は……一体、いつ……」
動揺するラウラに対して、南は冷静だった。
「初めからだよ……俺が巨人云々言ってた時から、すでに準備は始まっていた」
南は続ける。
「さっきお前の手刀が弾かれたのも、お前の肩のゴツイのが暴発したのも……全部俺が仕掛けた
ラウラは混乱と同時に、自分の心臓がこんなにも早く動くのかと、少し冷静な分析も出来た。
(空中に張られているだけでなく、私の武器にまで糸を……何重にも張っていたというのか……)
ラウラはそこまで結論に至って―――
「あ、あああああああ!!」
考えることをやめた。
それでいて慎重だった。
何も考えずに弾けるように跳ぶのではなく、張り巡らされた糸を躱し、躱し……
それでも南は立ち尽くす。
―――蜘蛛は構えない。
人は戦闘時に、普段とは違う姿勢で挑むが、蜘蛛は違う。
むしろ普段通り。
攻めの気配を消し、獲物が近づいてきたところで……
「ふんっ!」
牙を剥く。
「ふぐっう!」
ラウラの姿勢が、南の打撃で崩れた。
そして打つ、撃つ、討つ……
これが蜘蛛である「フィアー・スパイダー・ロージング」の戦闘。
ドサッと倒れこんだラウラを見て南は……
「どうだ?俺を肩から落とせそうか?」
と、呟いた。返事はない。