IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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42.セシリアと看病とキスの味

祝日で授業がない平日。

 

一夏はそれでも七時に目を覚まし、食堂で朝食を摂る準備をしていた。

 

ベッドで眠る南は何とも気持ち良さそうに目を閉じていて、起こすのは憚られた。

 

でも、そんなことは関係ないと、一夏は南の肩を揺らす。

 

「南ー、朝飯食いに行こうぜー」

 

間延びした声で呼びかけると、南はうめき声を上げながら目を擦った。

 

薄目を開けて、スマホで時間を確認する。

 

「今日は休みだろ……」

 

「そう、休み。だから早く飯食ってどこか遊びに行こう」

 

「悪いが、寝かせてくれ……」

 

「外は最高だぞ!」

 

一夏が声を上げると、南は鬱陶しそうに布団をかぶり直した。

 

「外が最高なら、なぜ人類は家の中を快適にするんだ?」

 

「そんな屁理屈言うなってほら」

 

布団を引き剝がしながら言う一夏。

 

観念した南は、ため息と欠伸を混ぜながら立ち上がった。

 

「お前の強引さはアレだな……休みの日に友達を無理矢理、遊びに誘うみたいだな」

 

「そのままじゃないか」

 

何の例えにもなってないと、一夏は眉を下げた。

 

「モグラ叩きでモグラが出てきたら文句言うのか?」

 

軽口を叩きながら、顔を洗う南。

 

一夏は苦笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

祝日ということもあってか、いつもは賑わっている食堂にもあまり人はおらず、その中でひと際目立つ専用機持ちは、すぐに見つけられた。

 

箒とシャル、ラウラが仲良く談笑しながら食事をしている。

 

「おはよーーございます」

 

南は眠たげな顔でシャルの隣に座った。

 

思いの外、近くに座られたからかシャルの顔が赤くなる。

 

「お、おはよう、南」

 

「嫁、近いぞ」

 

「そうだぞ、南。離れた方がいい」

 

照れながら言うシャルに続いて、箒とラウラが低い声を出した。

 

そうかと言いながら、南が距離を開ける。

 

「酷いよ、二人とも……」

 

ホロリと涙を流しながら肩を落とすシャルを見て、箒とラウラはグータッチをしていた。

 

南は眠たげにボーっとしており、それを見てはいない。

 

「一人か?」

 

箒が茶碗を持ち上げながら聞くと、南はゆっくり首を横に振った。

 

「ふむ……織斑一夏が嫁の分も取ってきている、ということか」

 

ラウラがパンを齧りながら言い、南が頷く。

 

そんな様子を見ていたシャルは小さく笑った。

 

「どうやら一夏に、無理矢理起こされたみたいだね」

 

「全く、遊びに行くって……どこに行くんだよ」

 

南は小さくボヤキながらコップに手を伸ばした。

 

自然な動きで水を飲み、元の位置に置く。

 

「あ、あの……それ、僕の……」

 

シャルが控えめに言うと、南は流石に慌てた様子で目を見開いた。

 

「悪い、本当寝ぼけてて……新しいの貰ってくる。すまん」

 

慌ただしく席を離れた南。

 

テーブルに残された三人はしばらくコップを見つめていたが、突然勢いよく手を伸ばした。

 

「これは僕のだからねっ!」

 

「いや、私が入れてやっただろう!」

 

「南が飲んだコップ、南が飲んだコップ、南が飲んだコップ……」

 

「怖いよ、箒!」

 

鬼の形相でコップを掴む三人を見て、ちょうど朝食を受け取った一夏がテーブルまで寄っており、その様子を見て固まっていた。

 

「「「あ……」」」

 

「えっと……」

 

気まずそうに盆をテーブルに置いた一夏は、鼻を触って苦笑する。

 

「俺のコップでも良かったら……」

 

控えめに言う一夏に、三人は赤面するばかり。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば他の皆はどうした」

 

すっかり目が覚めた南は、辺りを見渡しながら言った。

 

つられて一夏も首を回すが、その姿はない。

 

「えっと……鈴は二組の娘と遊びに行って、簪はISの整備をするって言ってたけど……セシリアは見てないなぁ……まぁ、今日は祝日だからね」

 

シャルが指を折りながら言う。

 

それを見て、南が一夏を箸でさした。

 

「そう、今日は祝日なんだぞ。どこに遊びに行くっていうんだ」

 

「まぁまぁ、ブラブラ買い物するのも悪くないだろ? ほら、この前言ってた加湿器の値段でも見に行こうぜ」

 

「……それは悪くないな」

 

考え込むように黙っていた南は、すぐにパッと笑顔になった。

 

分かりやすい奴だと、箒が笑う。

 

「加湿器?」

 

ラウラが真顔で繰り返すのを聞いて、南が前のめりになった。

 

「知らないのか? 日本の冬はな、空気が乾燥するんだ。だから、湿度を上げるために使われる機械がある」

 

「なるほど」

 

「俺が欲しいやつはな、空気中の菌も処理出来る最新型ので……」

 

嬉しそうに語る南の五分にも及ぶ加湿器講座に、女子三人は興味深く聞いていたが、一夏は既に七回目であり、目玉焼きを口に運びながら聞き流していた。

 

「……というわけなんだ」

 

「便利な機械だな……」

 

南が満足気に話し終えると、ラウラが呟いた。

 

「確かに便利だ。だが、気を付けないといけない」

 

「何をだ?」

 

箒が聞く。

 

「今日は加湿を促す機械だが、明日には過去に飛んでサラ・コナーを殺すかもしれん」

 

シャルが頭を抱えているのを、南は見逃している。

 

 

 

 

 

「一夏、先に準備しててくれ。セシリアの様子を見てくる」

 

「結局、食堂に来なかったもんな……分かった」

 

同級生が食堂に来ないことなど珍しいわけではなかったが、つい数週間前に起こった『グンタイアリ』の事件もあり、南は少しの胸騒ぎを覚えていた。

 

セシリアの部屋には何度か訪れており、迷うこともなく寮の廊下を進んでいく。

 

部屋の前に着いた南は、扉を手慣れた様子でノックした。

 

「セシリア、いるか?」

 

返事はない。

 

再度ノックし、扉に耳を近付けた。

 

「セシリア?」

 

呼びかけてみるが、応答はなく、扉から身を離す。

 

「いないのか……」

 

後頭部を触りながら、自室に戻ろうとした瞬間、ガタンッと何かが倒れる音がした。

 

素早く振り返り、扉を睨む。

 

いつものナイフを取り出した南は、呼吸を整えて二歩下がった。

 

「待ってろ、セシリア」

 

自分の中で、気合が入っていくのが分かる。

 

扉の先にいるセシリアを思い、姿勢を低くした。

 

「今助けるぞ」

 

勢いよく扉にダッシュ。

 

肩から突っ込み、タックルした。

 

「うがっ」

 

IS学園は、世界各国から生徒が集まっており、セキュリティー面は世界でもトップクラスを誇る。

 

鍵がかかっている寮の扉は、ISの一撃ならともかく南のタックル程度では開くはずもなかった。

 

扉に負け、廊下に倒れ込む南。

 

肩を抑えて、「あー、うぅ……」と萎んだ声を出す。

 

「助けて、セシリア」

 

情けなく漏れた声は、あまりに小さかった。

 

それと同時に、扉が開いた。

 

中から出てきたセシリアは顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で南を見下ろしている。

 

毛布を肩から掛けながら震えているようにも見えた。

 

「南……さん……」

 

鼻が詰まった声で言ったセシリアに、南は立ち上がりながらナイフをしまった。

 

「どう、しましたの……?」

 

明らかに風邪を引いているセシリアの部屋の前で、一人暴れてしまった南は、何と言えばいいか分からず目を泳がせる。

 

「遊びに行かないか? 外は最高だぞ」

 

苦し紛れの言葉に、セシリアの頭の上にハテナが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「そうか、風邪を引いたのか」

 

「ええ……わたくしとしたことが……ゴホゴホ……」

 

「まぁ寒暖の差が激しい日が続いていたからな、仕方ないだろう」

 

セシリアをベッドまで連れて行き、寝かせてから布団をかけてやった。

 

部屋にあった適当な椅子を引っ張って、すぐ側に座る。

 

「申し訳ありません……折角の、ごほっ、お誘い、ごほごほ……ですが……」

 

「無理するな。俺も行きたかったわけじゃない……話すと一夏が出てくるが、聞きたいか?」

 

「ややこしそうなので止めておきますわ」

 

「賢明だ」

 

頷いた南は、スマホを操作して一夏に電話をかけた。

 

数秒で出た一夏は呑気に「どうしたー?」と言っている。

 

「すまない。セシリアが風邪を引いてな……看病してやるから今日は中止だ」

 

『そっかー。分かった、のほほんさんを誘ってみるよ。じゃあなー』

 

何も言わせず電話を切った一夏に、元々、本音とどこか行きたかったのではないかと眉を顰めながら、南はスマホをしまう。

 

「あ、あの……南、さん……?」

 

「どうした?」

 

「あの、看病というのは……」

 

「風邪を引いた時には誰かに甘えるのが一番だぞ。俺が風邪を引いた時、母ちゃんもシャルもそうしてくれた」

 

「シャルロットさん……そういえば、そんなことも言ってましたわね……ごほっごほっ」

 

無理に喋るセシリアが、辛そうに咳をする様子に、南は心配そうに顔を歪めながら額に手を当てた。

 

「熱は……まぁまぁ高そうだな。体温計はあるか?」

 

「すみません、ありませんわ……」

 

セシリアが目を伏せる。

 

「何か飲み物とかは……」

 

「紅茶の葉なら」

 

「薬は?」

 

「いえ……」

 

「軽く腹に入りそうな食料は?」

 

「ちょうど、切らしてますの……」

 

セシリアの声はどんどん萎んでいくが、南は笑って答えた。

 

「俺が来て正解だったな。部屋から色々取ってくるよ」

 

そう言って立ち上がろうとする南の手を、セシリアが掴んだ。

 

弱々しく掴まれた手は、熱があるためか温度が高い。

 

「どうした?」

 

「あ、あの……離れて行ってしまうのが……寂しくて……」

 

いつもなら何か誤魔化した台詞も出てくるセシリアだったが、頭痛と体調の悪さに、そのままの思いを口にした。

 

それを聞いた南は、手を強く握り返す。

 

「安心しろ、ちゃんと帰ってくる。溶鉱炉に落ちたシュワちゃんが帰ってきたように」

 

「え?」

 

戸惑うセシリアを置いて、南は部屋を出た。

 

 

 

 

 

自室に帰ると、既に一夏の姿はなかった。

 

以前、自分が風邪を引いた時に一夏が買ってきた物を小さなバッグに詰めながら、再び部屋を出る。

 

急いでセシリアの元へ走り、傍に駆け寄ると、目を閉じて苦しそうに呼吸をしていた。

 

「戻ったぞ。まずは体温を測ってみよう」

 

南はセシリアに体温計を渡し、脇に挟ませる。

 

数十秒で音が鳴り、液晶を見ると三十八度七分あった。基礎体温が高い外国人でも十分、熱があると言える。

 

南は部屋から持ってきた毛布と共にシーツをかけてやり、氷嚢を頭に乗せた。

 

「よし、薬飲む前に何か食っとかないとな」

 

腕をまくりながら言った南は、キッチンの方へ歩いていき、手早く鍋に水を入れ火にかけた。

 

イギリス人が、風邪の時に何を食べるのか分からなかった南は、大人しくシャルが作ってくれたように、お粥を作る。

 

数十分かけて作ったお粥を運び、また側に座った。

 

「セシリア、俺が―――」

 

「食べさせてくれるのですか!?」

 

「どうして先に言ってしまうんだ」

 

風邪を引いているとは思えない俊敏な動きで身体を起こしたセシリアは、既に口を開けている。

 

南はスプーンでお粥を掬い、息を吹きかけてから口に運んでやった。

 

「あっ、あふっ……」

 

「どうだ?」

 

「お、おいひい、でふわ……はふ……」

 

目をぎゅっと閉じながら熱さに耐える様子を、笑顔で見守っていた南は満足気に次を掬った。

 

 

 

 

 

 

 

食事を終え、薬を飲ませた南は食器を洗っていた。

 

それが終わり、再びセシリアの元へ戻ると、彼女はちょうどパジャマをはだけさせていた。

 

「おっと」

 

慌てて目を反らし、口笛を吹くように唇を尖らせる。音は出ない。

 

「南さん……その……汗をかいてしまったので……」

 

「シャワー浴びるのか? なら、どこかで時間を……」

 

「い、いえ……ふ、拭いてくださらないかしら……」

 

「えーっと……ま、まぁ、俺で良ければ……」

 

何故か小声になりながら、南は彼女を凝視しないようゆっくりと近づいていく。

 

タンスに入っているという別のパジャマとタオルを取り出した。

 

「じゃ、じゃあ……背中向けてくれ」

 

「………」

 

風邪だからか、緊張からか、顔を赤くするセシリアの横顔を見て、南も同じく頬を染める。

 

ゆっくりとタオルを当てると、セシリアの体が小さく震えた。

 

手を動かすのだが、何とも言えない照れ臭さに、感触はない。

 

「よ、よし……拭けたぞ……」

 

「ありがとう……ございます……」

 

何とも言えない空気に、二人はよそよそしく声を振り絞った。

 

「薬も飲んだし、後は寝ていれば治るだろう。ドリンクも置いておくし、俺もそこにいてやるから、何かあったら呼んでくれ」

 

南は部屋の端を指さし、笑顔を作る。

 

そのまま移動しようとすると、セシリアの垂れた目から潤んだ視線が突き刺さった。

 

「うっ……」

 

無言の圧力に、再びその場に腰かける。

 

その様子に満足したセシリアは満面の笑みを浮かべた。

 

「南さん」

 

「どうした?」

 

「手を……繋いでてもらっても……よろしいでしょうか?」

 

弱々しく発せられた言葉だったが、南は「ああ」と頷き、彼女の手を握る。

 

「これでいいか?」

 

「ええ。わたくしが寝ても、離しては駄目ですわ」

 

「分かった」

 

優しく笑う南の手を強く握り返したセシリアは、そのまま目を閉じた。

 

片手が使えず、動くことも出来ない南はどうしたものかと息を吐く。

 

 

 

 

 

 

セシリアが目を覚ましたのは正午を少し回った頃だった。

 

薬が効いたのか、もう咳は収まっており熱もない。

 

風邪特有のだるさは残るが、このまま一日寝ていれば治ってしまいそうだ。

 

体を起こしながらふと側を見ると、南が脇に座ったままベッドに突っ伏していた。

 

その手は自分の左手と繋がれていて、それだけで心地いい。

 

「ふふっ」

 

そんな南の寝顔を見て微笑んだセシリアは、空いている手でドリンクを飲んだ。

 

名残惜しくはあるが、そろそろ解放してあげなければと、南の肩を揺さぶる。

 

「南さん、南さん」

 

「んんっ……おー、セシリア……起きたのか」

 

南は体を起こしながら大きく伸びをした。

 

その拍子に手が離れてしまい、軽くなった左手に寂しさを覚えた。

 

「まだ熱はあるか?」

 

「いえ、南さんのお陰でもう引きましたわ」

 

「そうか」

 

「ええ。だから、もう大丈夫です……まだ半日ありますし、箒さん達と遊んでいらしたらどうですか?」

 

セシリアは本当は言いたくないのを悟られないよう気丈に笑う。

 

「熱は引いてもまだ心配だしな……それに、遊ぶって言っても、なぁ?」

 

「外は最高なのでしょう?」

 

悪戯を仕掛けた子のような表情で言われ、南は苦笑しながら立ち上がった。

 

荷物をまとめて、扉の方へ。

 

「本当に大丈夫か?」

 

「ええ」

 

「何かあったらすぐに連絡しろよ」

 

最後にそれだけ言って南は部屋を出る。

 

スマホを操作して、専用機持ちで暇を持て余しているメンバーを問いかけた。

 

一旦、自室に帰るべく足を踏み出すと、背後でガチャリと音がした。

 

振り返ると、セシリアが俯き加減でこちらに歩いてくる。

 

「どうした? やっぱりまだ何か―――」

 

して欲しいことがあるのか? そう言おうとしていた南だったが、最後まで発する事が出来なかった。

 

いつものように話す口に、セシリアの唇が当てられたからだ。

 

数秒か、数十秒か。

 

唇が離れ、顔を赤くしたセシリアは俯いたまま言う。

 

「これは……今日のお礼、ですわ」

 

そのまま振り返り、パタパタと部屋に戻っていった。

 

目を丸くしたまま何も言えない南は、ただ立ち尽くすだけ。

 

お礼だと言うそのキスは、一夏の口移しではなかったが、確かにスポーツドリンクの味がした。

 

 

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