午後八時。南と一夏は、自室でそれぞれの時間を過ごしていた。
意味もなく付けられているテレビはバラエティ番組を映していて、芸人のリアクションで大げさな笑い声が響く。
南はベッドで横になりながら漫画を読んでいた。
時々、チョコを口にしながら小さく笑っている。
そんな南とは対極的に一夏は、自分の机に向かって座り、何やら作業をしていた。
読んでいる漫画が、いよいよクライマックスだというタイミングで、一夏が大きく伸びをしながら呻き声にも似た妙な声を出す。
「よし」
そう呟いたと同時にテレビを消し、南のベッドに座り込んだ。
「なぁ、南。相談があるんだ」
「ん? どうした」
いつもより真面目に話す一夏に、南は漫画を読むのをやめ、彼と目を合わせた。
一夏の表情は落ち着いているようにも、無理して平常心を保っているようにも見える。
「俺達、親友だろ?」
「どこかで見た顔だと思ってたんだ」
南が言うと、一夏は「ウケたよ」と軽く笑い飛ばした。
息を短く吐き、呼吸を整える。
「だから相談するんだけど……その、な……のほほんさんに告白しようと思って……」
口ごもりながら言う一夏の顔は若干赤くなり、照れ臭そうに視線を泳がせた。
何を今更照れる必要があるのか、と南の表情は変わらない。
「それで?」
「だから、あの……どんな風に告白したらいいか、アドバイスをさ……」
一夏の落ち着かない視線に、南は苦笑しながら頭を掻いた。
「普通に『好きです、付き合ってください』と言えばいいだろ?」
「そ、そんな普通でいいのか!? 適当に言ってないよな?」
「言ってない言ってない」
手をブラブラさせながら適当に言う南。
しかし、一夏は頭を抱えながら「どうしよう」と悩んでいる。
しばらく、そのまま時間は流れた。
南はチョコをまた一つ口にして、一夏の言葉を待つ。
やがて、何かを思いついたのか、一夏は勢いよく顔を上げた。
「そうだ! 簪さんだ!」
「は?」
指をさしながら嬉しそうに言う一夏。
きょとんとした顔で、間の抜けた声を出す南のことなど気にしていない。
「のほほんさんと簪さんは幼馴染なんだって! だから、どうやって告白したらいいか、理想のシチュエーションみたいなのをさ―――」
「直接、ストレートに『好きです』と言えだってさ」
一夏の熱弁を聞き流しながら南は簪に連絡を送り、返信が数秒で返ってきたため、その画面を向けた。
「え、えぇ……そんな……」
「ここは女子高で男は俺とお前だけ。大抵の女子は、お前に告白されればオッケーしてくれるだろ」
「俺はそんな環境に頼りたくないんだ」
「格好良いんだが、今は最高に面倒臭いな」
拳を握って決意を固める一夏。
そんなテンションについて行けず、南はため息を漏らすばかり。
また、普通の男女二人ならまだしも、一夏と本音は両想いだ。ますます深く考えるのが馬鹿らしい。
「ああ! そうだそうだ」
「今度は何だ?」
「楯無会長だよ。あの人ものほほんさんと長い付き合いなんだった。会長のこと、たてなっちゃんとか呼んでるし」
「何だそれは。いいな、たてなっちゃん……俺もそう呼んだら怒られるか?」
「ぶっ飛ばされるだろうな……」
一夏が肩を抱いて震えた。
「それで? そのたてなっちゃんがどうした?」
「会長にも聞いてくれよ。理想のシチュエーション」
「連絡先を知らないんだ。直接、会いに行かないといけない」
「だから頼んだんだよ」
意地の悪い顔で笑う一夏だったが、南の表情は曇るばかり。
もう一度、漫画に手を伸ばしそうになるのを何とか堪える。
「お前が自分で聞けばいいだろ。生徒会室に入り浸ってるお前が……俺は学園祭以降、あの人と会ってない」
「なー、頼むよー。あの人にこんなこと聞いたら絶対、からかわれるだけで大した答えを聞けそうにないんだよ」
「それは俺も同じだろうが」
「いやいや、南の上手い口でそこをなんとか……」
両手を合わせて頭を下げる一夏。
南はどう考えても馬鹿にされているようにしか思えず、思わずベッドから蹴り落としたくなる。
「他にないそのトーク力で……な?」
「俺がやるのはどうなんだ」
「何でだよ、親友だろ? 今度、何か奢るからさ」
「ウルトラマンにジャムの蓋を開けさせるか? 役割があるだろう、役割が。俺には不向きだ」
この話は終わりと言わんばかりに南は立ち上がった。
スリッパを履きながら、トイレに足を向ける。
「……南が好きなバンドの、抽選で十名にしか当たらないポスター」
「…………」
南の足が止まった。
「あれ、欲しいか?」
試すような言い方をする一夏に、南は姿勢を向ける。
一夏はそんな彼に満足したのか、意気揚々と話し出した。
「弾の妹で蘭っていただろ? その蘭の友達が、同じクラスの男子にちょっかいかけられたらしくて、ソイツに仕返ししに行ったらしい」
「……………」
「その時に、部屋にある物を全部没収したらしくてさ。今、蘭の家にあるんだ……で、この前の休みにソレを見に行ったんだけど……あとは分かるな?」
南は始終黙っていた。
表情も動かさない。
「俺が一発電話を入れれば、三日でポスターが届く。条件は楯無会長と一緒に、のほほんさんの理想の告白を聞いてくること……どうだ?」
「期限は?」
「三日」
「一夏、困った時は助け合おうじゃないか……俺達は親友だ」
「どこかで見た顔だと思ってたんだ」
固い握手を交わした二人。
お互いの笑い声が、廊下まで響く。
「生徒会室は……ここか」
翌日。
早速、南は動き出していた。
生徒手帳の地図を頼りにたどり着いたその部屋は、扉から既に他の部屋とは違う。
そんな大きな扉を叩いた。
「どうぞー」
間延びした声が返ってきた。
数週間ぶりに聞く声だ。
「邪魔するぞ」
扉を開けながら中に入ると、真正面には楯無が座っており、他に人はいなかった。
「あら」
可愛らしく首を傾げた楯無は、扇子を取り出しながら笑う。
「珍しいお客さんね……神代 南くん」
「まあな……本当は来るつもりなんて無かったんだが……頼みがあって来た」
南はポケットに手を入れたまま、楯無の方へ歩いていく。
特に何をするでもなく、楯無は余裕の笑みを浮かべたままだった。
「生徒会は、生徒の頼みを聞くのも仕事よ」
「ほう、それは良かった。実は―――」
「でも君はダーメ」
語尾にハートが付いていそうな、きゃぴっと言わんばかりの勢いで楯無が片目を閉じた。
一瞬、何を言われたのか分からず、南は固まる。
「……理由は?」
しばらく黙ったままだった南だが、すぐに言葉を返した。
低いそんな声にも、楯無は怯む様子などない。
「だって貴方……普通の生徒じゃないでしょ?」
「まぁ、男だからな。この学園では普通じゃないだろ」
「またまた、そんなこと言って~」
楯無はヒラヒラと手を振って笑った後、表情を引き締めた。
確かに笑顔のままではあったが、目に込められた力がいつもと違う。
「貴方が『組織』の命令でこの学園に来たってことはお見通しなんだから」
何の躊躇いもなく放たれた一言に、それでも南の表情は変わらなかった。
大した問題ではないように振舞いながら、楯無の傍に腰かける。
「そんなことは妹の簪も知ってるぞ。遅れてるな、たてなっちゃん」
「くだらないことを言うのはやめなさい」
「気に食わないか? なら、たてなっちゃんの方が―――」
最後まで南が言うより先に、楯無の扇子が南の喉元に素早く向けられた。
それは、数センチの隙間を残して止められており、南は思わず口を閉じる。
「目的を言いなさい。簪ちゃんに話したことも……全部よ」
楯無の鋭い口調に、南は両手を挙げて降参の意を表した。
それから南は夏休み中、実家に帰った時に専用機持ちの皆に話したことをそのまま話した。
『組織』の目的は分からず、自分はただ束に直接渡された機体に乗っているだけだということも。
「いい話じゃない……まぁ、大体ウチで調べた通りね。虫の力というのは信じがたいけど」
全てを聞き終えた楯無は、ハンカチで目元を拭いながら言った後、腕を組んで唸った。
「そういうことだ。だから許してくれ……『カブトムシ』の姐さんから助けてやったろ?」
「助けた、というよりは勝手に向こうが帰っただけじゃないの。それに、助けてもらった訳じゃないわ」
楯無は珍しく顔を歪めた。
不機嫌そうに、そしてどこか拗ねたように唇を尖らせる。
「どっちでもいいだろ、そんなこと」
肩を落としながら言った南。
脱力していたその肩を、楯無が力強く掴む。
「私は生徒の長なのよ。弱い所は誰にも見せられないの」
「だと思ったから皆の前で負けてやったんだ」
「なっ!? やっぱり、あれはわざと負けたのね!」
「……しまった」
口を滑らせた南は苦い顔をするが、もう遅い。
楯無の顔が怒りで赤くなる。
「君のお陰で、簪ちゃんがまた話してくれるようになった。それは感謝してる……でも、生徒会長の尊厳を貶すような発言は許さないわよ」
「……ファーストフードのハンバーガ屋で、注文を取りに来ると勘違いして、ずっと座って待ってたって聞いたぞ。しかもそれを、ナイフとフォークで食おうとしたとか」
「い、今は関係ないでしょう!? ていうか、それを誰から……簪ちゃんね……それか本音……」
「尊厳もあったもんじゃないじゃないか」
「それでもっ!」
「姐さんにやられそうになったのを簪に見られてるし、無理に気を張らなくてもいいだろ」
「……くっ、そういう訳には行かないのよっ!」
楯無が机を叩きながら立ち上がった。
大きな音の後、部屋が静かになる。
「更識の者として……生徒会長として……私は……」
「なら……」
南が口を開いた。
立ち上がることは、しない。ただ楯無に視線を合わせるだけだった。
「皆の前では完璧を貫かないといけなくて、それでも、どこか抜けてる一面があるなら……」
そこで一瞬言葉を止めた。
夕暮れが生徒会室を紅く染める。
「俺くらいはそんなお前に驚かず、そんなお前を茶化さず、そんなお前も魅力だと言ってやる」
いつもと特別変わった口調ではなかった。
気兼ねなく放たれた一言に、楯無は目を見開いた。
「だから尊厳だとか、生徒会長としてだとか……そんなのはいいだろ。俺の前では素のままでいろ」
南はそれだけ言うと、大きく伸びをしながら立ち上がった。
生徒会室を去るべく、扉の方へ歩いていく。
(一夏には……適当に言っておけばいいだろ……ポスターは欲しかったが……)
そう小さく笑いながら、扉に手を伸ばした。
「頼み……」
いざ、力を込めようとした瞬間。
楯無の小さな声がした。
「ん?」
「頼み、聞いてあげる」
南が振り向くと、楯無はそう言った。
窓からの逆光でシルエットになっており、その表情は分からない。
「本当か?」
「ええ」
元の席に戻りながら、南は笑顔を見せた。
小さくガッポーズをしていると、楯無は「ただし」と付け加えた。
「ちゃんと働いてからね」
そう言って笑った楯無の表情はいつも通り。
いつも通り意地の悪い笑顔で……だが少しだけ、笑顔が輝いているようにも見えた。
それが夕日のせいなのかはともかく、働くと言う単語に嫌な予感を覚えた南は、それどころではなかった。
「働くって……」
「はーい、草むしりよ」
南が楯無に連れてこられたのは、校舎と校舎の間にある通路だった。
その脇には花壇があり、荒れ放題とまではいかないが、それなりに雑草が生えている。
「これは……俺の仕事か?」
「何でもね、用務のおじさんが腰を痛めちゃったらしいの。それで一夏くんにやってもらおうと思ったら、本音と甘~い空気ばっかり漂わせるもんだから頼みづらくて……」
楯無は大げさに肩を落としながら言った。
先ほどまで、少しシリアスな空気であったことなど感じさせない陽気さで続ける。
「だ、か、らっ! 南くん、お願い」
「あのな、俺はISの専用機持ちだぞ? 役割があるだろう、役割が。ウルト―――」
「私はウルトラマンにだって、ジャムの蓋を開けさせるわよ」
一夏から既に聞いたのか、それとも例えのセンスが同じなのか、楯無が南より先に言った。
つまらないと、南は下唇をぬっと出す。
「ほら、日が暮れちゃう前に」
楯無が手をパンパンと叩いた。
ため息をついてから、南は腕を捲る。
「あ、軍手はそこの使ってくれていいからね」
楯無はどこから持ってきたのか折り畳みの椅子を広げてそこに腰を下ろした。
タブレットを操作しながら、予算がどうのと言っている。
ブツブツと文句を言いながらも、南は雑草をむしってはゴミ袋に入れていく。
五分が経った頃、楯無がチラッと花壇の方に目をやった。
「あんまり進んでないわね」
「くそ、作業しにくい……これは軍手が滑るから悪いんだ」
南は腰を折ったまま言う。
「草むしりなんて、簡単な作業でしょ? 専用機持ちなら」
「アインシュタインも、基本の数学で落第したらしいからな」
「軍手のせいかもね」
楯無は適当に言って、またタブレットに目を落とした。
何も言い返せず、南は不機嫌になるばかり。
そんな様子を見て、楯無は微笑を浮かべた。
「よし、終わったぞ」
それから数十分。一時間足らずで南は作業を終えた。
綺麗になった花壇を見て、楯無が扇子を広げる。
「うんっ、完璧完璧。よく出来ました」
楯無は、南の頭を撫でようと手を伸ばすが、鬱陶し気にそれを躱され、手が泳いだ。
「あら、つれないわねぇ」
ゴミ袋を抱え、南は捨て場へと向かった。
少し後ろから楯無がついてくる。
「全く……お前にやらされるのは全部、役立ってるのかが分からん。あんな所にある花壇を誰か見るのか?」
「どうかしら。でも折角、綺麗にしてくれたし何か花は植えてもらうわ。園芸部に」
「学園祭の時にやらされた演劇も、何の意味があったんだ」
南は苦い思い出に顔を歪めた。
それでも楯無は、楽しそうに笑顔になる。
「あら、楽しかったでしょ? あの演劇。バッチリ王子様の衣装を着て、演技してたじゃない」
「俺の演技なんて役に立ってなかっただろ」
振り向きながら言う南の顔を見て、楯無は更に嬉しそうに笑う。
「貴方はなにやら叫びながら、糸で女の子を縛っただけだもんね」
「嫌な言い方をするな」
「それに、私が水に沈めてあげた時も、すっかりやられたフリしちゃって……あれには、騙されたわ」
「あんなのは偶然だ。もう通用しないしな……やっぱり演技なんて役に立たん」
「そんなことないと思うけどなぁ」
南は言いながらゴミ袋を所定の位置に捨てた。
手を叩きながら、楯無を見る。
「終わったぞ。頼みを聞いてくれ」
「あら、これで終わりなんて言ってないわ」
「は?」
「一夏くんが本音とイチャイチャして使い物にならないから……貴方には、まだまだ働いてもらうわよ」
「勘弁してくれ」
沈みかけの夕日に、辺りは今の南の心を映したかのように薄暗い。
「さ、次はこれよ」
「これは……」
二人がいるのは、水道の配管が設置された、IS学園のとある建物だった。
校舎からも寮からも離れたその小さな小屋のような建物は、電気をつけても薄暗い。
「どこかのボルトが緩んじゃって、水道の出が悪くなっちゃってるのよ」
「いや、本当にこれ一生徒にやらせる事じゃないだろ……」
「用務のおじさんが―――」
「腰を痛めたんだろ。分かったよ」
楯無が言い終えるより先に南は厚手の手袋をはめ、問題の配管を探す。
複雑に配置された物を、目を細めながら一つ一つ確認していった。
「それで? 頼みってなーに?」
南の背後で懐中電灯を持つ楯無が言った。
「ああ、一夏がのほほんさんに告白したいらしいんだが、何て言えばいいと思う?」
「直接、ストレートに『好きです』と言いなさい」
「簪と同じことを……」
南が顔をしかめると、楯無は軽く笑い飛ばした。
薄々、そんな答えが返ってくる予感がしていた南は、特に驚くこともなかった。
「あ、これか」
それから数分。南はポタポタと配管から水が垂れている物を見つけて呟いた。
「あったぞ」
背後に向かって言うと、楯無がボルトを締めるレンチを持ってくる。
「はい」
「よし、ここを締めれば大丈夫……だよな……」
未経験の事に、南も恐る恐る手を伸ばす。
それを見ていた楯無がからかうように言った。
「あら? 緊張してるのかしら?」
「馬鹿言うな。成功の瞬間を想像して、武者震いしてるんだ」
そう言って南は、手に力を入れた。
すると、レンチを回す方向が逆だったのか、緩まった配管のボルトの隙間から水が勢いよく噴射した。
「うおっ!」
「きゃっ!」
南の焦った声と、楯無の可愛らしい悲鳴が同時に響く。
「ちょ、ちょっと!」
「すまんすまんすまん」
早口で謝りながら、南は今度こそボルトをしっかりと締めた。
ビショビショになった二人は、水浸しになりながら言葉を飲んだ。
「とりあえず、戻りましょうか」
「ああ、そうしよう」
「寮で着替えてもいいか?」
生徒会室に戻るには、校舎に行かなくてはならないが、その前に寮がある。
二人して水浸しになっているため、水を弾く音が、歩くたびに聞こえた。
「じゃあ、私もお邪魔するわ」
「何でだよ」
「風邪引いちゃうじゃない」
「自分の部屋は?」
「貴方の部屋の方が近いのっ。ほら行くわよ」
強引に言って歩き出す楯無に、南は肩をすくめながら後を追う。
寮の自室につくと、楯無は何よりも早くシャワーを浴び始めた。
幸か不幸か、一夏はいない。
机の上にメモが置いてあり、そこには本音と晩御飯を食べている旨が書いてあった。
南はタオルを用意してバスルームの前に置き、自身も水を拭き取ってから着替えを済ませる。
二十分ほどでシャワーの音が消えた。
「ひゃー、サッパリした」
「おい、それは俺のシャツだぞ」
楯無は髪を拭きながら出てきたが、着ているのは南のお気に入りのビッグTシャツだった。
南でも余りある大きさなため、楯無はそれ一枚で体をほとんど覆い隠せてしまう。
それでも綺麗に伸びた足の白さは隠せず、それでいて温かいシャワーを浴びた後の妙な色気を放つ楯無に、目のやり場が困る。
「だって着るものないんだもーん」
楯無はそう言って、南の隣に座り込んだ。
「そんなことより、謝って」
「何でだよ」
「制服も濡れちゃったし、お姉さんに無礼な態度も取ったから」
「配水管の件は、ボルトを締めながら謝っただろ」
「あんなのは謝ったうちに入らないわ」
細長い人差し指を立てて小さく振る様子に、南は思わず舌打ちをした。
頭をガシガシと触り、仕方なく口を開く。
「本当に残念だよ。そう思っていて―——」
「駄目」
「……俺の魅力が溢れて、水も―――」
「駄目」
「人類が誕生したのは今から―――」
「南くん?」
「ごめんなさい」
楯無の低い声に観念した南は、大人しくそう言った。
それに満足したのか、楯無は跳ねるように立ち上がる。
「はい、許してあげる……それと」
南の頭に手が置かれた。
急なことに、避ける事を忘れた南は目を見開く。
「今日はありがと。助かったわ……貴方のことも知れたし、お仕事も手伝ってもらっちゃったし……感謝してる」
真面目な表情と声で言われると、南もただ頷くしかなかった。
小さく笑みを浮かべながら、手を頭の上で動かされるのが心地いい。
「南くん」
突然、楯無の声が甘くなった。
ベッドに腰かける南の膝に添うように体を密着させてくる。
「感謝してることがもう一つあるの」
「何だ?」
動揺がバレないよう、南は楯無から逃げるように立ち上がった。
身体は一瞬離れるが、またすぐに楯無は身を寄せてくる。
「貴方に言ってもらったことよ……俺の前では素でいろって……」
「あれは、頼みを聞いてもらわないと一夏との約束が果たせないから―――」
「それでも……嬉しかったわ」
楯無は首を振りながら言う。
後ずさっていた南だったが、ついに壁際まで追い込まれ、逃げ場がなくなった。
「初めてかもしれない……男の子に、こんなに興味を持つなんて」
「それは光栄だ」
「ねぇ、お礼……させて?」
楯無の顔が近づいてくる。
身体はとっくに密着しており、南は肩を押して逃げようと手を当てた。
しかし、ISを扱う屈強な生徒会長である更識楯無の身体は嘘のように柔らかく、力を込めると崩れてしまいそうだった。
女性特有の丸みを感じ、南の頬は赤くなる。
「お、お礼なら今度、ハンバーガーでも……俺が頼み方と食べ方を――—」
最後まで言う事は出来なかった。
楯無の指が、南の唇に当てられたからだ。
「今は、そういう気分じゃないな……」
楯無が目を閉じる。
唇を少し浮かせ、近付けてくる様子に、南も思わず目を閉じた。
綺麗で潤んだその唇が、南の唇に触れる寸前―――
「いてっ」
南のおでこが指で弾かれた。
デコピンをした楯無は、南から身体を離し先程までの妖艶な表情から一変、無邪気な笑みに変わる。
「なんだよ……」
南が表情を歪めると、楯無は片目を閉じた。
「ね? 演技も役に立つでしょ?」