「南―、風呂入っていいぞー」
一夏の声が部屋に響く。
アイスを食べながらドラマを見ていた南は、適当に返事を返した。
「入らないのか?」
「あと十分で終わるから見てしまう」
食い入るようにテレビ画面を見つめる南に苦笑しながら、一夏は着替えを済ませた。
夕飯を専用機持ちの皆と済ませた後の金曜日。
一夏は宿題をするべく机に腰かけ、ノートを開いた。
しばらくして、南がテレビを消しながらスッと立ち上がった。
「面白かった……まさか、死んだ母親が生き返るとは」
「どんなドラマ見てるんだよ」
南は一夏が笑い飛ばすのも無視して風呂に入る。
数十分ほどで上がった南に、一夏はノートをしまいながら声をかけた。
「なぁ、南」
「何だ?」
「のほほんさんとさ、今度出掛けるんだけど……」
「デートか」
この日二つ目のアイスの蓋を捲った南が、何の躊躇もなく言い放つ。
すると一夏は顔を赤くしながらも、戸惑ったような顔をした。
「そ、そんなハッキリ言わなくても……」
「で? どこに行くんだ?」
「それを今悩んでるんだよ……一応、いくつか決めてはいるんだけど」
「じゃあ、そこに行けばいいじゃないか」
話の本筋が見えず、南は苛立ちながら言った。
スプーンに込める力が強くなる。
「でも、結構候補があって……だから、下見に付き合ってくれないか?」
「……何で俺が、お前とのほほんさんのデート場所の下見に付き合わないといけないんだ」
「こんなこと頼めるのは南くらいなんだって」
一夏が懇願する。
両手を南の前で合わせ、頭を下げた。
「シャルに頼めばいいだろ? アイツなら俺より的確なアドバイスが貰える」
「いやー、女子に聞くのはちょっと……恥ずかしいし」
げんなりして肩を落とす南。
アイスを食べ終え、ゴミ箱に放り込む。
「分かった。行けばいいんだろ」
「本当か!?」
「その代わり、交通費と食費は出せよ」
「おう、出す出す」
一夏が嬉しそうに何度も頷く様子は、憎たらしい犬が餌の時だけ従順なようで、やはり腹立たしい。
日曜日。
箒や簪の誘いを断ったにも関わらず、南は出掛ける準備をしていた。
新しく買ったパーカーを着込みながら、一夏を恨めしそうに睨む。
当の本人は、鈴に借りたという、偏差値が二十くらいしかなさそうな雑誌を熱心に読んでいた。
「よし、行けるぞ」
南は靴を履きながら声をかけた。
「あれ? いつもしてるアクセサリーとかは付けないのか?」
既に準備していた一夏は、素早く部屋を出て鍵を取り出した。
変な所には敏感なのかと、南がため息をつく。
「あのな、お前と出掛けるだけならまだしも、お前とのほほんさんとのデートの下見に、何で気合を入れないといけないんだ」
不機嫌なまま部屋を出た南。
部屋に鍵をかけながら一夏が続く。
「あれは気合を入れて付けてたのか」
ポケットに手を入れた南は、もう一度ため息をついて、廊下を歩き出した。
電車に乗ること三十分。
街の方まで出てきた二人は、ゆっくりと歩きながら、デートに相応しいスポットがあるかを物色していた。
「この辺まであんまり来ないから気付かなかったけど……結構、雰囲気はいいな」
「そうだな。あの公園なんかいいじゃないか。紅葉で綺麗だ」
部屋を出て、電車に乗ると流石に機嫌も落ち着いたのか、南は指をさしながら目ぼしい物を提案していく。
歩いているのは若いカップルばかりで、女の子同士で歩いている二人組はあれど、男二人で歩いているのは南と一夏だけだった。
「こんな道をさ、のほほんさんと話しながら歩けたら最高だろうなー」
大通りを外れ、裏道に入るとまた違った雰囲気になり、落ち着いた様子に一夏がポツリと漏らした。
「そうだろうな」
南はキョロキョロ辺りを見渡しながら興味なさげに言う。
「どんな話をすればいいかな」
「共通の趣味について話したり、お前の好きなことを教えてやればいいだろ。そしたら、のほほんさんの好きなことを聞ける」
特に何かを考える素振りもなく淡々と述べる南に、一夏は感心しながら頷いた。
何やらメモまで取り出して、書き殴っている。
「よくこんなこと思い付くな。南なのに」
無神経な一夏の言葉に、南は眉をひそめる。
「どうしてお前に恋人が出来ないんだ?」
「それは……皮肉か?」
「よく分かったな」
適当に返した南に、一夏は苦笑するしかなかった。
しばらく歩いていると、しゃれた外観の店を見つけた。
どうやらパン屋らしく、中には食事も出来るスペースがある。
「こことかどうだ? 適当なチェーンのカフェに入るなら、こういう店の方が落ち着けるだろ」
「おおっ、入ってみようぜ」
カンパーニュを始め、ブリオッシュや様々なデニッシュの香りに包まれた店内は広々としており、レストランに負けずとも劣らない内装だった。
若い女性客数名が、優雅にパンを選んでいる。
「セシリアがいそうなパン屋さんだな」
一夏の何気ない一言が、何となくズレており、その度に南はため息をつくしかない。
「お前、それのほほんさんと来た時に絶対言うなよ」
「え? 何でだよ」
「いいから」
「あ、ああ」
何が腑に落ちないのか、一夏は首を傾げた後、店内を見て回る。
南もそれに続いた。
いつまでも居られそうな落ち着いた雰囲気と、たくさんの種類のパンに二人は驚くばかり。
「なぁ一夏」
「ん?」
何故か小声になりながら、南が一夏の背中を叩く。
「あそこに置いてあるのは、試食か?」
「多分……そうだろ」
「でもそのつもりで食べてだな、店員に『はぁ? 何してんの?』って言われたら立ち直れそうにない」
「じゃあ諦めるしかないな」
「でも、食べたいんだ」
一夏がガクッと肩を落とした。
気付いた時には、既に試食を手にしており、調子に乗ったのか次々と手を伸ばしていた。
「パンも食えたし、お土産まで買えてしまった。いい店だったな」
「ああ。のほほんさんも喜んでくれるはず」
結局、一時間ほど居座った二人は、イートスペースで軽く食事をした後お土産のパンまで買ってから店を出た。
雲一つない快晴も後押ししたのか、一夏のテンションが上がった。
次は、一夏が事前に調べていた店に向かうらしく、二人並んでのんびり歩いて行く。
「こうやって二人で歩いてたらさ、変な噂とか流れないかな?」
そう笑う一夏に、南は苦虫を噛み潰したような顔をする。
わざとらしく大げさに眉を顰めた。
「そうなると最悪だな……だが、噂というのは思わぬ形で流れるからな。油断できない」
「というと?」
「俺が転校した先の中学で出来た友達はな、噂話が聞きたくて学校中を歩き回った事があるらしい」
「それで?」
「不審者が歩き回ってるって噂が広まったんだ」
「なるほど。ソイツが不審者になっちまったってわけ」
一夏が鼻で笑うと、南は頷いた。
しばらく歩いていると、目的の場所に着いたのか、一夏の足が止まった。
「こんな所に神社があるのか」
看板に十分ほど歩くと見えてくると書いてあるその神社は、割と広大な土地なのか確かに道が続いている様子しか見えない。
綺麗に紅葉した木々に囲まれている道は、確かに二人の距離を縮めるのに適している。
そんな道を歩きながら、一夏がポンと手を叩いた。
「そうだ。今日は千冬姉に晩御飯を作らないといけないんだった」
「あの人も大人なんだし、自分でどうにかするだろ」
「まぁなー。十回に九回は問題ないんだけど……」
「残りの一回は?」
「問題あり」
簡潔に言った一夏の顔は真顔で、南は、晩御飯を作らないとどうなるのかまでは怖くて聞けなかった。
更に歩き続け、ようやく拝むことが出来た神社を前に、二人してベンチに座り込んだ。
「無駄に疲れたぞ。歩きにくい道だったな」
「ここは外しとくか……」
一夏がメモ帳に大きくバツを付けている。
その後も、様々なスポットを歩き回り、早い時間にIS学園に帰ってきた二人。
千冬の晩御飯を作るという一夏に合わせて、何故か食料品を買うのにまで付き合わされた南は疲れ切っていた。
「はぁ、疲れた……やっと帰って来たな」
IS学園の門をくぐり、寮までたどり着いた時、南が大きく息を吐きながら言った。
「悪いな、付き合ってもらって」
「今更だな……」
もう呆れる元気もない南は、トボトボと歩く。
廊下の曲がり角で、一夏が手を挙げた。
「じゃあ、千冬姉の部屋に行くから、先に帰っててくれ」
「分かった」
そうして二人は背中を向け、反対方向に歩いて行く。
しかし、南はすぐに振り返った。
「一夏」
「ん?」
「上手くいくといいな」
普段、一夏には言わないような優しい口調だった。
一夏が目を見開く。
「お前なら大丈夫だ」
それだけ言うと、返事も待たずに背中を向けた。
そのまま部屋に向かっていたが、しばらく固まっていた一夏の視線を感じたのか、再び振り返る。
「今のは皮肉じゃない」
指をさして笑った南の背中に、一夏はありがとうと、そっと呟いた。