平日の昼休みはいつも、南達専用機持ちは手早く昼食を済ませた後、雑談や色々な遊びをして、午後の授業に備える。
しかし、午前中で授業が終わる土曜日は別だ。
午後からは自由であるため、食後もまったり何かに急いて過ごすことはない。
いつも昼食を摂るメンバーから一夏を除いた七人は、件の土曜日と言うこともあり、食後の幸せに満たされていた。
一夏は、生徒会室へ本音と向かうのを最後に、姿は見ていない。
その日は、陽がよく照っていて暖かく、食べた直後ではあるものの非常に眠気を誘う。
「…………ん」
楽しそうに会話をしている専用機持ちを尻目に、うたた寝をしていた南は、ついに隣に座る鈴の肩に頭を預けた。
一瞬にして会話が止まる。
「り、鈴さん!?」
「ズルいよ!」
セシリアとシャルの悲鳴が響いた。
南が起きる様子はない。
肩だけでなく、身体もほとんど密着しているその状態に、鈴は半身に全神経を注ぎ込んでいた。
「悔しいけど、静かに……南が起きちゃう」
簪は眉を下げ、拳を握りしめながら言った。
歯を食いしばり、必死に耐えているのが分かる。
「何が問題なんだ。起こせばいいだろう……鈴、調子に乗るなよ」
ラウラが南に手を伸ばした。
その手を箒が掴む。
「簪の言う通り、寝かせてやろう。昨日、一夏の相談に夜遅くまで付き合ってやったらしい」
「織斑一夏の……?」
「ああ、布仏さんのことだね」
ラウラが首を傾げながら手を降ろすと、シャルがポンと手を叩いた。
悔しそうな表情を消し、視線を漂わせる。
「上手くいくといいね、あの二人」
「あたしは今、上手くいってるけど」
「告白とかしてさ、付き合ったりするのかな~?」
「南はもうあたしの肩を枕にしちゃってるから。これもう付き合ってるみたいなもんじゃない?」
「そしたらデートとかにも行くんだろうね」
「今、南はあたしとデートしてる夢を見てるに違いないわ!」
「もう、うるさいなっ!」
鈴の言葉を無視して、うっとりしていたシャルだったが、遂に我慢できなくなった。
「昨日、新しい装備が届いたんだ。南が起きたら調整に付き合ってもらうからね」
「ほう、それはいいな。私もぜひ、一緒しよう」
シャルの嗜虐的な笑みに、箒が続いた。
鈴は慌てて口を閉じ、そっぽを向く。
すると、慌ただしく食堂を走り抜ける音がした。
六人の視線がそちらに向き、その正体が一夏であることは一目で分かった。
「南、南、南!」
起こさないように小声で会話していた全てを無駄にする大音量で名前を呼ぶ一夏に、専用機持ちの表情が暗くなる。
「なぁ、南ってば」
七人が座るテーブルまで駆け寄った一夏は、寝ているのもお構いなしに肩を揺さぶる。
「ちょっ、ちょっとアンタねぇ―――」
「んんっ……なん、だ……」
鈴が文句を言うより先に、南は表情を歪めながら片目だけを開いた。
暖かい気温だからか、汗を一筋垂らしながら息を荒げている一夏が、少し笑顔になる。
「寝てたのか?」
「悪夢を見てる所だ。昼寝の邪魔するな」
鬱陶し気に言う南だったが、一夏はまるで気にしない。
「明日は日曜日だろ? だから、のほほんさんを遊びに誘ったらオッケーしてくれてさ!」
「ああ」
南が、聞いているのか聞いていないのか分からないうめき声で頷く。
「だから明日、二人で出かけるんだ。最近できたテーマパークに」
「俺も行くんだ。向こうで会おう」
「ちょ、ちょっと最後まで聞いてくれって! それでさ、明日、告白しようと思うんだ」
一夏が声を小さくして言った。
箒とセシリア、シャル、簪が「おお~」と声を上げた。
ラウラは興味なさげに腕を組んでいたが、少しだけ視線を一夏に向けた。
鈴はまだ不機嫌である。
「……遂にか」
流石の南も、長く相談を受けていたことの進展に身体を起こした。鈴に寄りかかっていたことに気付いている様子はない。
まだ眠たげではあったが、置いてあったお茶を一口に飲み、目を覚ます。
「それで? わざわざ告白すると言いに来たのか?」
「いや、実は頼みがあって……」
嫌な予感がする、と重たい瞼に逆らわず南が目を閉じた。
天井を仰ぎ、息を吐く。
「何だ」
「明日、本当は千冬姉と実家の掃除をすることになってたのをすっかり忘れててさ……代わりに行ってくれないか?」
「なんで俺なんだ」
心底嫌そうに顔をしかめた南は、そのまま机に突っ伏した。
その反応に、一夏が苦笑いする。
「い、いやー、頼めるのは南しかいなくて……」
「箒、幼馴染だろ」
南は素早く身体を起こし、箒に鋭い眼光を向けた。
「い、いや……日曜日に二人きりなど……気が休まらん!」
「そこまで言うか……ということは、鈴も……」
「パスパスパスパスパスパスパスパスパス」
強い口調で言う箒と、尋常じゃない速さで首を振る鈴。
続いて南は、シャルを見るが、既に彼女はラウラと腕を組んでいた。
「ごめんね、南。明日はラウラとお出かけなんだ」
「ふむ……教官と嫁、三人で過ごせるのは魅力だが、何でも新しい服を買いに行くらしい。シャルロットには世話になっているし、付き合ってやらんといけないのだ」
南が何かを言う前に、セシリアが口を開いた。
「わたくしも、明日は簪さんとISのことで色々と……」
「そう……稼働データをお互いに参照して装備の確認をした後、私たちも出掛ける……」
「ってことで、な? 南、頼むよ」
簪が言い終えると、一夏は再び手を合わせて頭を下げた。
始終、嫌そうに表情を歪めていた南だったが、告白するなら仕方ないと息を吐いた。
「分かった。日曜日の休みに、友達の姉で、同時に担任の先生の実家を掃除してくるよ」
「凄い状況だな」
ラウラが真顔で言った。
「で、でも……南さんは、織斑先生に何かとお叱りを受けてますし……」
「そうだな、ゴマをすっておくのも悪くないだろう」
セシリアと箒が、フォローになっていないフォローをする。
すると、南はゆっくりと首を振った。
「いいや、それとこれとは関係ない。俺はちゃんと成績で評価してもらう。これはただ友人に頼まれたから行くんだ」
「立派だね」
力強い口調で言う南に、簪が微笑んだ。
しばらく、良いことを言ったと満足気に鼻息を鳴らしていた南だったが、しばらくして何かを思いついたように顔を上げた。
「……ひょっとして、これはただ要領が悪いだけの愚か者か?」
「あ、聞こえちゃった?」
鈴が嬉しそうに言う。
日曜日。
IS学園を離れ、必要のない休暇を取ることになった千冬は、車を走らせて実家に帰っていた。
下着を除く洗濯物を詰め込んだ大きな袋が二つ、助手席に積まれている。
家の前まで来ると、車を停め、手ぶらで玄関へゆっくり歩いて行く。
ドアに手を伸ばし、軽く力を入れると既に開いていることが分かった。
「もう帰っているのか」
千冬は小さく呟いて、家の中へ。
ヒールを脱ぎ捨てると、見慣れない靴が置いてあることに気付いた。
初めて見る黒のドレープブーツは、秋らしさはあれど、一夏らしさはない。
それでも千冬は小さく笑い、リビングの方へと進む。
(ふっ、アイツも色気付き出したか)
リビングの扉を開くと、そこで千冬は目を見開いた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
不機嫌なようにも見える不気味な笑みを浮かべながら立っていた南は、掃除機を片手に何故かエプロンをしている。
「貴様、何をしている」
自分でも驚くぐらい低い声が出ていた。
南は、そんな様子に肩を振るわせて掃除機を片付ける。
「あなたの弟さんがね、出掛けるって言うもんだから、俺が代わりに……って、聞いてないんですか?」
「初耳だぞ……ん? ちょっと待て」
千冬はため息をついた後、ポケットからスマホを取り出した。
以前、真耶に無理矢理付けられたストラップが揺れる。
「電源が切れている……」
そう言ってから起動し、数秒待つ。
すると、すぐにスマホがバイブし、メールの受信を知らせた。
すぐに開くと、確かにそこには一夏から、この日の掃除は南に任せたと言う旨のメールが届いている。
「メールで連絡してくるとは珍しい……」
「どうして姉弟揃って、連絡がちゃんと行き届かないんだ。何のためのスマホだ」
南は小言を言いながら、今度は雑巾を絞った。
自由に使っていいと言われている掃除用具の中から、洗剤スプレーを取り出し、窓を拭き始める。
「ふん……まぁいい。一夏の代わりだというなら、しっかり働いてもらおう」
「少しは手伝ってくださいよ」
「アイツはな、私がたまに皿洗いを手伝うと言うと断ってくるぞ」
「隠れて皿でも舐めてるんじゃないですか?」
南は適当に言いながら、窓を手早く拭き終えた。
せっせと動く南を尻目に、千冬はソファに座り込む。
「あ、そうだった」
そんな千冬を見て、南は慌ただしく冷蔵庫へ向かい、麦茶を出してくる。
盆に乗せて、そっと彼女の前に差し出した。
「どうぞ」
「ほう、気が利くじゃないか」
「当然でしょう。あなたの自慢の教え子は、日曜日も優秀です」
「一夏に言われただけだろ」
冷たく言い放った千冬は、コップを片手に豪快に飲み干した。
息を大きく吐くと、口元を拭う。
「おい、ビールも入ってただろ」
「日曜の昼間から飲むのはどうなんですかね」
「それも一夏に言われたか?」
「普通、誰でもそう思いますよ」
それから数分して、千冬は思い出したように立ち上がった。
「神代」
「はい?」
「ちょっと付いてこい」
南は捲っていた袖を降ろしながら後を追った。
廊下に出たかと思えば、そのまま玄関からも出た。
追いついたと同時に、千冬は車から大きな袋を二つ取り出し、南にその一つを押し付けた。
「洗濯物だ」
「多すぎるだろ……」
げんなりとしながらも、南は家の中へ戻る。
夏休み中に一度、この家は訪れており、部屋の配置は覚えていた南は迷わず洗濯機のある洗面所に向かった。
「よし、頼んだぞ」
千冬はそれだけ言うと、袋を置いてさっさとリビングに戻る。
「一夏も大変だな」
昨日の態度を反省しながら、南は洗濯機を開けた。
袋の中は衣類で溢れていたため、一度では全てを洗えず、第一陣を終えた南はリビングに入った。
千冬は新聞を読んでおり、いつの間に入れたのかコーヒーも手元にあった。
少し離れた位置に、もう一つカップがあり、南は怯えた様子で千冬に声をかける。
「この家、幽霊とかいるんですか?」
「いない」
「じゃあ、なんでもう一つコーヒーが……」
南が言うと、千冬はため息をついて新聞を折り畳んだ。
隠れていた顔が見えたが、その表情は面倒臭そうに歪んでいる。
「お前の分も淹れてやったんだ……分かるだろ」
「お、俺の為にですか? 織斑先生が?」
「そうだ」
「……優しい所もあるんで―――しょっぱ! 辛い!」
南は笑顔を隠さずにカップに口をつけたが、一口啜った瞬間に、せき込みながら舌を出した。
「ん? 砂糖と塩を間違えたか」
「アンタ、ちゃんと生活出来てんのか!? 寮でも山田先生に面倒見てもらってるとかないだろうな!」
敬語を忘れて水を飲み込んでいく南に、千冬は涼しい顔をしていた。
自分はしっかりブラックであるため、ふっと一息つく。
「なんて教師だ」
南は苦い表情のまま、再び掃除に取り掛かった。
リビングの埃が溜まりやすい場所を、ワイパーで拭き取っていく。
「先生、曲とか聴くんですか?」
棚の上に置いてあったプレーヤーを見て、南は興味津々で尋ねた。
ノートパソコンで何やら作業をしていた千冬は、画面から目を離さずに口を開く。
「それは同僚の先生に貰ったものだ。ほら、お前たちの物理を担当している」
「なるほど……かけても?」
「好きにしろ」
南は頷いて、プレーヤーを再生した。
部屋に落ち着いたメロディが流れる。
それは三十年は前に流行った曲だった。
しばらくは掃除を続けていた南だったが、サビの部分に入ると軽くそれを口ずさむ。
二度目のサビでは、千冬がいることも忘れて、寮の自室で歌い上げるくらいの声量になった。
「お前、よくこんな曲知っているな」
千冬が少し驚いた表情を見せた。
いつも見る教師の顔ではなく、実家にいる安心感が生んでいる表情に、南は気付かない。
「まぁ……母ちゃんが好きだったんで」
その後も、年配の先生に押し付けられたというCDの曲も歌い上げた南は、その度に千冬に驚かれた。
そうしている間に洗濯物を取り込み、第二陣を開始。
もう一度回す必要があるな、と南は肩を落としてリビングに戻った。
「昼にしよう。何が食べたい?」
「俺が決めていいんですか?」
「早く決めろよ」
千冬が脅すように言うと、南は少しだけ考えて、電話近くに置いてあったチラシに目をやった。
「宅配ピザとか……」
「構わん。注文しろ……私はなんでもいい」
そう言った千冬は、どこからか一万円札を取り出し、南に手渡す。
「かっけぇ」
ダイヤルを押しながら呟いた南は、意気揚々とピザを注文した。
「それじゃあ、織斑先生……いただきます」
「ああ」
南がそう言う頃には、既に千冬は一枚手に取っていた。
負けじと南も一枚を手にし、齧りつく。
妙な静けさは、鳥の鳴き声さえ響くようで、南はもくもくと口を動かした。
「あー……神代」
「はい」
居心地悪そうに目を泳がせた千冬は、ピザに大量のタバスコを振っている。
「一夏は、誰と出掛けた?」
「のほほんさんですよ。本音さん」
「布仏か」
「今日、告白するらしいです」
「ぶっ!」
「汚いな!」
告白という言葉にピザを噴き出した千冬に、南は悲鳴に近い声を上げた。
ティッシュティッシュと呟きながら、汚れたテーブルを拭き取る。
「そ、そ、そうか。アイツもそんなことをするようになったか」
「俺は随分、話に付き合わされましたからね……やっとかというのが正直なところです」
「私には、何の相談もなかったぞ」
千冬の拗ねたような声が珍しく、つい南の手が止まった。
勘違いかもしれない微かな変化だったが、確かにそれを感じ取った。
「俺に兄弟はいないですけど、姉がいたってそんなこと相談しませんよ」
しかし、それを茶化すこともなく、南はまたピザを齧る。
「お前はどうなんだ。専用機持ちの小娘共といつもいるだろう」
「皆、俺みたいなのには勿体ないですよ」
今度は千冬の手が止まった。
南の口からそんな発言が出るとは思わず、つい視線を外せなくなる。
「そう自分を悪く言うな。お前はよくやってる」
「褒めるのが上手になるジュースでも飲みましたか?」
南は照れ臭いのを隠すように言った。
「それにしても、アイツにも遂に彼女というのが出来るのか」
「やっぱり姉としては寂しいですか?」
「ふん。どうだろうな……アイツの……私たちの家族のことを?」
「聞いてます。物心つく前に両親に捨てられて、ずっと二人で暮らしてきたんですよね」
「そうだ。アイツには苦労をかけたからな……これで少しでもいい方向に進むのなら、布仏に任せて、私は退くとしよう」
「……アイツには、先生が必要ですよ。のほほんさんと付き合うから、先生が必要なくなるとか、そんなんじゃない」
いつにない南の眼差しに、千冬はしばらく黙っていた。
しかし、しばらくすると小さく笑って手をウェットティッシュで拭いた。
口元も拭い、立ち上がる。
「私に説教するするとは……偉くなったな、神代」
「え、いや、説教って……」
「特別な場所を掃除させてやる……来い。二階だ」
千冬は答えも待たずに、リビングを出た。
慌てて南も後を追う。
二階に上がり、いくつかある部屋の一つの前で、千冬は足を止めた。
「これなんだがな」
勢いよく開けられた扉の向こうは、散乱とした部屋が広がっていた。物置のような雑多具合に南の表情が引き攣る。
家族といっても、一夏と二人暮らしであるはずのこの家に、何故この量の物があるのかが分からず、南は困惑するしかない。
足の踏み場などなく、箪笥からは服などが溢れていた。
「これを整理してくれ」
「勘弁してくれよ……」
南の口から思わず弱音が出た。
「人に見られたら困るだろう」
「誰も呼ばないでしょうが……それに、こんな所開けませんよ」
「トイレを探して開けるかもしれない」
「この中にトイレが埋まってたりして」
「ここは私の部屋だ」
「…………………」
口をあんぐり開けた南。
千冬は特に表情を変えることもなく、取り掛かってくれと言うだけだった。
物置……ではなく、千冬の部屋を掃除し始めること数十分。
ようやく床から物が消え、あとは棚を整理するだけになった。
「一夏が定期的に掃除してるんじゃなかったのか」
「私の部屋には入らないように言ってある……ふっ、お前が私の部屋に入った初めての男だ」
「嬉しくないな」
南は特に隠すこともなく言い放った。
それでも千冬は軽く笑い飛ばして、階段を下りていく。
棚の整理を終え、箪笥の服を整理していく。
ハンガーにかけている最中に、ふと思い立ち、階段を降りて一階へ。
リビングにいた千冬は、静かにコーヒーを啜っていた。
「先生、服は色で分けますか? それとも季節ごと?」
「……色だな」
「不正解、季節ごとだ」
素早く言うと、二階に駆け上がり、作業を再開する。
千冬は呆れて物も言えない様子だった。
それから更に数十分。
再びリビングの扉が開き、南が入ってくる。
その表情はどこか険しかった。
気付けば時刻は夕方で、赤い夕陽がリビングを染める。
「先生」
「終わったか? ご苦労だった。私はこの後―――」
「先生の部屋からこんなのが……」
南が掲げたのは一枚の手紙だった。
封筒に入っているそれを見た瞬間、千冬の血相が変わる。
『蜘蛛』である南であっても追えないような速度で接近し、勢いよく手紙をひったくった。
空いた手で、胸倉を掴まれる。
「……読んだか?」
「いえ」
南は表情を変えなかった。
しかし千冬はすぐにその手を放し、小さな声で「すまない」と謝った。
「お前のつまらん冗談はすぐに分かるが、嘘は簡単に見抜けそうにないな」
自虐的に笑った千冬。
何も言う事が出来ない南は、ただその様子を見ていた。
「これは……見なかったことにしろ」
千冬はそう言うと、小物がしまってある入れ物からライターを取り出した。
火をつけ、手紙に当てる。
やがて火は炎となり、手紙を焼き尽くしていく。
台所に投げ捨て、水をかけた後、千冬はしばらく動かなかった。
「折角の日曜日なのに悪かったな。今日は、もう帰れ」
「……うす」
南は小さく言うと、織斑家を後にした。
IS学園の寮。
南は自室で、一夏の帰りを待っていた。
すっかり暗くなり、冷え込みが厳しくなる時間。
いつもならベッドで横になり、ダラダラと過ごしている時間だった。
寮の門限から遅れること十分。
部屋の扉が開く。
「ただいま」
一夏の声が響いた。
素早く室内に入り込んだ一夏は、いち早く南の前に座り込み、笑顔を振りまく。
「なぁ、南! 聞いてくれよ、俺ついに――—」
「一夏」
南の低い声が、一夏の声を遮った。
嬉々とした表情の一夏とは、対極に南の表情はどこか暗い。
「な、なんだよ。俺より先に話したいことか?」
一夏は努めて明るく言う。
そんな様子に、南はゆっくりと立ち上がって、彼を見下ろした。
「一夏、お前に話すことがある。お前の……家族のことについてだ」
その瞬間、一夏の表情が、笑顔のまま固まった。