のほほんさんこと、布仏本音は寮の廊下をスキップしながら歩いていた。
この日は一夏と夕食を摂ることは出来ないが、明日はその埋め合わせとして朝昼晩、食事を共にすることが決まっている。
「んふふ~。明日は、おりむ―――じゃ、なかった……いっくんとごはん~」
本音は小さく鼻歌を奏でながら、満面の笑みを振りまいていた。
廊下の角を曲がろうとした瞬間。
「確保ー!」
「捕まえたよ、布仏さん!」
二組のクラス代表、鈴と本音の所属する一組の専用機持ち、シャルの声だった。
同時に腕を掴んだのはセシリアと、幼馴染の簪だった。
「さぁ、参りましょうか」
「連行」
「はわわわわわ」
何が起こっているのか分からず、本音は目をぐるぐると回しながら引っ張られていく。
先頭に鈴とシャルが、両脇にセシリアと簪が、そして後ろからは箒とラウラが付いてきていた。
「安心しろ、布仏……副官が言っていたコイバナ、というやつだ」
「お前の副官は何でも知っているな」
ラウラの誇らしげな声も、箒のため息交じりの声も、もう本音には届いていない。
「はぁ……疲れた」
「全くだな」
一方、一夏と南は資料整理という名の段ボール運びをさせられていた。
一夏が本音と夕食を共にできなかった理由でもある。
「山田先生も人遣いが荒いぜ」
腰に手を当てた一夏は、汗を拭いながら言った。
秋の夜はもう気温も落ち込んでいるが、身体を動かした二人には関係ない。
「こんな日はお前の作るハンバーグが食べたいんだが」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、また今度な……流石に作れないよ」
「お前のハンバーグは五千円は取れるくらい美味いからな。食ったことあるか?」
「当たり前だろ」
一夏が苦笑する。
二人は、脱いでいた制服の上着を羽織り、資料室を出る。
すると、真耶が申し訳なさそうにしながら立っていた。
「ごめんなさい、織斑くん、神代くん。大変でしたよね」
「いやいや、全然」
「もちろん、大変な作業でした」
一夏は手を振るが、南は断固とした表情で言い張った。
眉を下げる真耶は、何やら券のようなものを二人に差し出す。
「これはご褒美です。食堂で限定販売してるプリンの無料券」
「あはは……ありがたく貰います、けどプリンじゃ南は―――」
「おおっ、ありがとうございます、山田先生! これは食べたかったんだ……一夏、飯行こう」
言うや否や、南は駆け出した。
遅れて一夏も後を追う。
「なあ、俺がハンバーグ作ってやるって言ったらプリンは後回しにするか?」
「する訳ないだろ。プリンが優先だ」
吐き捨てるように言った南にため息をついた一夏は、背後で「廊下は走っちゃダメですっ」と叱る真耶の声を聞き逃している。
食堂に着くと、いつものテーブル……食堂で二番目に大きいテーブル席に専用機持ちを見つけた。
珍しく、そこには本音の姿もある。
「おい、のほほんさんもいるぞ」
「あれ、本当だ。今日は一緒に食えなかったから、皆と食ってたのかな?」
「良かったじゃないか。彼女は食わないが、お前の食べてる姿を見てもらえるぞ。愛の力だな」
茶化すように言った南だったが、一夏は照れたように笑うだけ。
「よせよ、南」
肩を軽く叩かれ、顔を顰めるしかなかった。
カウンターでそれぞれ夕食を受け取り、皆の座るテーブルの方へ。
「うす」
南は短く言いながらセシリアの隣に腰かけた。
一夏も端のシャルの隣に座ろうとしたが、素早くシャルは立ち上がり、「駄目だよ!」と言い出した。
「いっくんは、こっちじゃないと」
シャルの意地の悪い笑みで、一夏の顔が引き攣った。
「ちょ、ちょっとデュっちー」
焦った本音の声がするが、箒やセシリア、鈴、ラウラ、簪もただ表情を緩めるだけだった。
「いっくん?」
南が首を傾げる。
「一夏のあだ名なんだって! キャー!」
鈴が叫んだ。
ヒューヒューと古い煽りまでしている。
「おりむーじゃなかったのか?」
「おりむーは、織斑からもじってるでしょ? 付き合うことにして、一夏からもじって、いっくん」
簪が微笑ましそうに二人を見る。
移動させられた一夏は、困った表情を浮かべたまま本音の隣に座り込んだ。
「いいな、いっくん。ELTみたいで」
ようやく色々呑み込めたのか、南も笑顔になる。
「なるほど、二人の話を聞いてた訳か」
「そうだ。照れているのか、誤魔化せるつもりでいるのか、中々告白の場面を話さないんだ」
「何故か出生の話から始まって、今ようやくIS学園に入学した」
箒とラウラはガックリとしながら言った。
ずっと、本題に入らない話に飽き飽きとしている様子だった。
「俺達はちょうどいいタイミングで来たわけだ。さぁ、のほほんさん包み隠さず頼むぞ」
南はそう言いながら、唐揚げを齧りついた。
一夏は本音の隣で顔を赤くしながら、魚の骨を取っている。
そんな一夏の羞恥心がうつったのか、本音も顔を赤くした。
「えっと……それで、IS学園に入学した私は、幼馴染のかんちゃんとも違うクラスになっちゃって―――」
ボソボソと言う本音の事細かな話は確かに長く、中々一夏が出て来ない。
「それで、女の子ばかりのこの学校で、顔は格好いいけど、どこか抜けてるおり……いっくんに出会うのです」
セシリアと鈴、シャルが悲鳴のような歓声を上げる。
簪に関しては何故か、涙目になっていた。
「ちょっ……どこか抜けてるって」
「まぁ待て一夏、続きを聞こうじゃないか」
南が箸を振った。
口ごもる一夏に満足した南は、米をかきこむ。
それからも、南が転校するまでの日々が語られた。
箒の同室騒ぎや、セシリアとの決闘、鈴との再会、シャルルとラウラの転校が本音視点で紡がれた。
「ヴィッヒーは凄く強くて、せっしーもリンリンも倒しちゃいます」
セシリアと鈴の表情が歪み、ラウラは得意げに笑った。
「ちょっとアンタ、何笑ってんのよ」
「あんなのは無効ですわ!」
「何を言う。あれは正々堂々……いや、お前たちは二人がかりだったか」
歯を食いしばる二人を、シャルはまぁまぁとなだめた。
「あれもいい思い出ってことで……それでそれで」
シャルが身を乗り出す勢いで聞いた。
本音はえっと……と少し間を空けた後、南の方を見て笑顔になる。
「そうして、一組に口ばっかりよく動く、みなみんが転校してきます」
「おい、のほ―――」
「まぁまぁ南、続きを聞こうぜ」
一夏がすかさず言った。
何も言い返せず、南の表情が歪む。
本音の話は続いた。
臨海学校の話すら始まらず、南は食べ終えた食器を片付けに行こうか迷う。
「嫁」
「どうした?」
ラウラが小声で言った。
「布仏は、織斑一夏に惚れているが、嫁の方が……その……恰好いいぞ」
「お、おう……」
急に何を言い出すのかと、南の頬を掻いた。
ラウラも照れたように言ったが、すぐに真顔になった。
「ということはだ、布仏が織斑一夏から嫁に鞍替えすることはあり得るんだ。すると、織斑一夏は復讐の鬼になる」
「そうしたら、気を付けないとな。枕の下に銃かチェーンソーを隠しておく」
計算通りの流れに、ラウラはもじもじしながら続けた。
顔が赤くなる。
「それか、部屋を出るのもいいかもしれないぞ……私の部屋、とか……その、来てくれて構わない」
少し考えるように顎元に手をやった南だったが、すぐにラウラに向き直った。
「……それかチェーンソーだ」
チェーンソーが気に入ったのか、南は繰り返す。
ラウラが肩を落とした。
「そ、それで……あの、いっくんに……最近できたテーマパークに誘われました」
「待ってましたーー!」
鈴が騒ぐ。
一夏は困った顔で、まだ魚の骨を取っている。