ラウラ・ボーデヴィッヒに圧勝した南は、ISを待機状態に戻して、手をパンパンと叩いた。
「す、凄いな南!」
一夏が興奮した声を上げる。
遅れて、数名の女子も続いた。
南の表情は変わらない。
右手を小さく挙げて、声に応えるだけだった。
「おい、神代」
「へい」
「はい、だ」
「なんですか?」
千冬の声に南は振り返った。
「どれだけ強く殴ったんだ。ボーデヴィッヒが起きんぞ」
そう言われた南はラウラの方を覗く。確かに倒れたまま動かない。
「医務室まで運んでやれ」
「分かりました。医務室は……」
南はラウラを持ち上げようと膝をつきながら聞いた。
「ああ、あそこから校舎に入ってすぐ、右手の廊下沿いにある。頼んだぞ」
「うす」
短く返事をした南は、ラウラを抱きかかえて歩き出した。
「お、お姫様抱っこ……」
「う、うらやましい……」
「わ、わたしもしてほしい……」
「お、織斑くんでもいいけど……」
何故か、語頭を二度言う女子を無視して、南は歩みを進める。
「ん……んぁ……ここは……」
「医務室だ。もう四限が終わる」
「っ! お、お前……!」
目が覚めると早々に起き上がり、南を睨みつけるラウラ。
「なんだ、元気じゃないか……五限の美術には遅れないようにな」
医務室にいた教諭は、勝手にベッドを使えと南に、乱暴に言いつけたあと、医務室を飛び出した。
何が何だかわからないまま、南はラウラをベッドに寝かせ、自分もその隣に丸椅子を並べて座っていた。
「ふん、余計なお世話だ……」
悔しさからか、怒りからか……身を振るわせて目を閉じていたラウラが、もう一度目を開く。
そこにはもう南の姿はなかった。
「おう、南。どうだ? ラウラの調子は?」
医務室を出て、ロッカーで着替えたあと、教室に戻る途中で一夏が南に声をかけた。
「ああ、一応目は覚めた。起きて早々、何やら怒っていたし、すぐに良くなるだろう」
ポケットに手を入れたまま、南は答える。
そうか、と一夏が小さく笑った。
「あ、これから昼飯食いに屋上に行くんだけど、お前も来るだろ? 皆来てるぞ」
「いいのか?」
「そりゃあ、そうだろ。な、行こうぜ」
「あぁ」
皆、というのがどの範囲の皆なのかはよく分らなかったが、南は流れに任せて頷く。
途中の購買でパンを買い、屋上に向かった。
「あ。一夏~、南~」
屋上に上がると、すぐにシャルルが手を振って二人を呼んだ。
一緒にいたのは、箒、セシリア、鈴だ。
「おう、お待たせ」
「なんだなんだ、いい景色じゃないか」
パンが入った袋を置いて、南が大きく伸びをする。
「……ここって、生徒が使っていい屋上か?」
周りを見渡しても誰もいない屋上に、南が不安げに聞いた。
芝生も綺麗に敷き詰められているのだが、利用者は他にいない。
「まぁ、怒られたことないし、他の生徒も使ってるの見たことあるし……大丈夫だろ。それより、早く食おうぜ」
一夏が待ちきれない様子で座り込んだ。
「それもそうだ」
各々で自分の昼食を用意し、食べ始める。
「ほぉ……皆、見事にバラバラだな」
南はパンに齧り付きながら言った。
一夏はおにぎりを、箒は小さめの弁当、セシリアはサンドイッチ、鈴の弁当には酢豚しか見えない。シャルルはサラダとインスタントのスープだった。
「ん?」
南は目を見開く。
「鈴……その酢豚……」
「なになに、美味しそうって? そんなに言うなら、少し分けてあげるわよ。あたしの手作り酢豚」
恐る恐る口を開いた南に、鈴は嬉しそうに言った。
「パイナップルが入ってないか?」
「え? 入ってるけど……」
「考えられない……俺には、許せないものが三つあってな。ワースト三だ」
「三つ?」
箒が聞く。
「料理に入ったパイナップルと、昼寝を邪魔されることと、それから、いただきますを言うよりも先に料理の写真を撮る奴だ」
「なっ!? そこまで言うなら食べてみなさいよ!」
鈴が弁当箱を押し付けようと体を乗り出す。
「てか、鈴。弁当……酢豚だけか?」
今度は、一夏が鈴の弁当を覗き込んだ。
「何よ。いけないわけ?」
「い、いけなくは無いが……さすがに酢豚だけと言うのは……」
箒が若干引き気味に言う。
「……じゃあ、アンタのご飯ちょっと寄越しなさいよ」
そう言って鈴は、箒の弁当のご飯に箸を伸ばす。
「お、おい! これは私の分だ! 勝手に取るな!」
「ちょっと鈴さん! 暴れないでください! はしたないですわよ!」
セシリアの声にも、鈴は止まらない。
まあまあと一夏が止めに入る。
「ねえ、南」
シャルルが声をかける。
「ん、どうした」
まだありえないと、呟きながらパンを齧っていた南は、もごもごと口を動かしながらシャルルに向き直った。
「南のIS、凄いね。僕、初めて見たよ」
「そうか?まぁ、さすがに現存する全てのISを把握するのは、いかに優等生のシャルル君でも難しいだろう」
南は頬を掻いて笑う。
「うん。でもね、あそこまで軽量化された専用機は初めて見た……あれってさ……」
距離が近い。南は率直に思った。
思わず身を引く。
しかしそれにも構わず、シャルルはグイグイと体を寄せた。
「まぁまぁ落ち着け。どうした」
南はなんとか体を起こしながら、シャルルの肩を叩いた。
「ご、ごめん」
シャルルが自分の体勢に気付いたのか、顔を赤くして座り直した。
「そうですわ!神代さん!」
「アンタのIS、あれって」
「一体どうなってるんだ!」
ようやく一息ついたかと思いきや、今度はセシリア、鈴、箒だった。
「助けてくれ一夏」
「そんなこと言われてもなぁ」
一夏は苦笑いを浮かべる。
「俺も気になるし……」
「まったく、俺の許せないもののワースト三だ。料理に入ったパイナップルと、非協力的な友人と、それから『さっきのワースト三と違うじゃないか』って指摘してくる奴」
南はため息をつきながら言った。
「分かった分かった。皆、南もこう言ってるし、今日はこれくらいに……」
「あれは、糸というのは……」
「軽量化されていますが、装甲に問題は……」
「あのナイフ、あんなのでダメージに……」
「良ければ、もっと南のISについては詳しく……」
そんな一夏の言葉も虚しく、質問責めに合う南。
「待て待て。一つ聞きたいんだが……ISってなんだ?」
誤魔化してみたが、無意味だった。
「あ、神代くん……お、おかえり」
「ああ、帰ったぞ」
授業で分からないところを、山田先生を捕まえて教えてもらい、セシリアを捕まえて教えてもらいとしていたら、時刻は午後の六時を回った。
さらにその後、お礼にと自分のISについて少し話していたことで、時刻は午後の七時。
腹は減っていたが、疲れからか、食堂に行くことすら億劫で部屋に帰ってきていた。
「ん。この匂い……カレーか……?」
食欲そそるカレーの匂いに、南は鼻をすんすんと動かす。
「うん……作ってみたんだけど……た、食べる……?」
伏せ目がちに問う簪に、南は小さくガッツポーズする。
「いいのか?悪いな。実に申し訳ない……いやー、本当に。本当だ」
よく分からないことを言いながら、南は上機嫌で洗面台に向かい、その後で、部屋着に着替えた。
「できた……食べよ……?」
綺麗によそわれたカレーの隣には、小さなサラダが添えられていた。付け合わせとしてはいい具合の量だった。
「いただきます」
「きやす」
ちゃんと手を合わせて食べ始める簪と、いち早くスプーンを持って頬張る南。
「うめぇ」
小さく呟き、その時間さえ勿体無いと、更にカレーを口に運ぶ。
「そ、そう……」
若干、頬を赤くした簪も少しだけスプーンですくった。
「あ、そう言えばな……お前がこの前言ってた特撮ヒーロー、十話まで見たが信じられなかったぞ」
「え?」
一瞬で、簪の表情が固まった。
スプーンを落としそうになる。
「信じられないくらい面白い。あれをリアルタイムで見られないとは、残念だ」
「び、びっくりした……」
胸を撫でおろした簪は、いやー、アレは素晴らしいなと話す南に言った。
「早く、三十話まで……見てほしい……本当に面白い、から」
「先は長いな」
南は笑って水を含んだ。
「ふふ……」
簪も微笑みながら、またカップに手を伸ばした。
「それにしても」
南は、カレーを口に運ぶ動きを止めない。
「こう美味しいカレーを食べられるのはいいが、年頃の男女が同じ部屋で同棲というのは、どうなんだ……」
簪の頬が赤くなる。
「そ、そうだね……」
「まったく、どうなっているんだ日本は」
スプーンを置いて「別に嫌なわけじゃないぞ」と続ける南に、簪は言った。
「あ、ここは日本であって、日本じゃないよ……」
南の表情が曇る。
「哲学か?」
「ううん、そうじゃなくて……このIS学園には、特記事項というのがあって……その一つに、この土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと……学園の関係者に対しては、一切の干渉が許されないという国際規約があるの」
簪の声が段々と低くなっていくが、南は目を反らさずにソレを聞いていた。
「だから、このIS学園は日本国にあるというだけで、厳密には、日本ではない……」
言い終わると同時に、簪は息を吐いた。
南もふむ……と唸る。
「……凄い記憶力だな」
「へ……?」
素っ頓狂な声が、簪から漏れた。
まるで予期せぬ言葉だったからだ。
「よくそんなことを覚えているな……もう頭から出て行きそうだ」
南が頭を抱えながら言う。
「生徒手帳に、書いてあるよ……」
「そうか……特撮よりも先に生徒手帳を読んだ方がいいんじゃないか……」
ため息と同時にそんな言葉が出た。
しかし、同時に簪がガタっと立ち上がる。
「だ、だめ……」
「何がだ?」
「特撮が先……」
翌日。
登校してきたラウラの表情に、いつもの険しさはなく、どこか無気力だった。
千冬に呼ばれても生返事。その結果、出席簿で殴られ頭を抱えるというシーンが二度あった。
「おい、どうした。今日は」
休み時間に南は、またも考えごとをしているラウラに呼びかけた。
「ああ……」
それでも、生返事が返ってくるだけ。
いつもなら、噛み付く勢いで話しかけるなと騒ぎ出すのだが、それもない。
顎元に手をやり、首を傾げる南は尋ねる。
「なんだ、昨日俺に負けたことを気にしてるのか?」
こう言えば、多少強い口調で返事が返ってくると思ったからだ。
しかし、それでもラウラはただ頷いた。
「う、うむ……」
「あまり気にするな。俺を舐めていたから攻撃が通らなかった、それだけだ。次は分からない……それに、話は聞いているぞ。あのセシリア嬢と鈴を一人で相手して、圧勝したらしいじゃないか」
「そんなことはどうでもいいんだ……」
「どうでもいいとか言ってやるなよ」
昨日、泣きそうになりながら「負けたわけじゃない!」と騒ぐ二人の扱いがあまりに不憫で、南は涙を拭うフリをする。
「お前は……」
少し間を空けて、ラウラが口を開いた。
「お前は、何のために力を得たんだ。私は戦うために作られ、戦うために生まれ、戦うために育てられ、鍛えられた……そんな私を、お前はいとも簡単に退けた……」
ラウラの目が南を捕らえる。
真っ直ぐに。
「そんな力を一体なぜ……どこから……分かっている、私は最強ではない。教官を初め、上には上がいる……男であるお前は、何のためにISに乗ることができ、何のためにその力を得た?」
「…………」
答えは、返ってこない。
「おい」
ラウラが、目を閉じている南の腕をチョンっと触る。
「っ!? びっくりした! どうした」
「き、貴様……聞いていなかったというのか……私が、私がぁ……」
ラウラは体を震わせると同時に、立ち上がった。
「私がなんだ?」
千冬の声がラウラの頭上から降ってきた。
ビクッと、違う意味で体を振るわせたラウラは、ゆっくりと振り返った。
「きょ、教官……」
出席簿がラウラの頭を弾いた。
「織斑先生だ、何度言わせる。そして今日、何度私にお前の頭を叩かせるつもりだ?」
「も、申し訳……」
「もういい、早く座れ」
南を睨むことも忘れてラウラは席についた。
「ん、デュノアがいないな……織斑、知らないか?」
「遅れました!」
千冬が一夏に問うと同時に、扉が開く。
遅いぞ! と叱る千冬の方を、南は険しい顔で見ていた。