「さてと……おりむーはいるかな~」
本音がテーマパークに行くための待ち合わせ場所である校門前に着いたのは午前九時半、その十分前だった。
日曜日であるこの日は、他の生徒もそれぞれ私服になってどこかに出かけていく。
その姿を見送りながら一夏を待った。
約束の九時半になるが、その姿は見えない。
スマホを確認するものの、連絡は入っていなかった。
「むー。遅刻ですかな~?」
本音はそう呟きながらスマホを操作する。
一夏に電話をしようとした瞬間だった。
「おーい、のほほんさーん」
遠くから聞こえる声に、パッと顔を上げた。
その表情が綻んでいることに彼女は気付いていない。
息を切らしながら走ってくる一夏は、手を大きく振りながら申し訳なさそうな顔で駆け寄ってくる。
「はぁはぁ……すまん! 南が起きなくてさ……今日はアイツに頼んでることがあったのに」
「あはは、仕方ないなー、みなみんは」
本音は呑気に笑いながら、バスクベレー帽を被り直した。
一夏は呼吸を整えた後、ごほんとわざとらしく咳ばらいをする。
「それじゃあ、行こうか」
「おー!」
自然と近くなる距離に、二人は心臓を激しく鳴らしながら歩き始める。
「えーっと、ここで乗り換えて……」
駅に向かう道中、そしてその電車の中でも、一夏はテーマパークまでの道のりと、駅の乗り換え案内を表示したスマホを熱心に見入っていた。
昨日から入念にチェックしていたので、本当はその必要はないのだが、隣に座る本音との距離を誤魔化すように一夏はスマホを睨む。
そんな様子が面白くない本音は、特に表情を変えないまま一夏のスマホを覗き込んだ。
「どうやって行くかわかるー?」
肩が触れ合う程度の距離から、一気に顔が近くなり、一夏は動揺を隠すのに必死だった。
シャンプーなのか、香水なのか……甘い香りに、腕を回してしまいそうになるのを我慢する。
「あー、うん、大丈夫だよ。ほら、後二つで乗り換えだ」
「さっすが、おりむー」
本音は体を離しながら笑った。
少し残念に思う一夏だが、その距離を離さないように抱き寄せる度胸はない。
それから一時間弱ほどで、件のテーマパークに到着した。
日曜日ということもあってか、入場者は多く、家族連れやカップルなどの人で溢れかえっていた。
チケットを買い、入場ゲートをくぐる。
「よし、まずはどこから行こうか」
「ちょっと調べてきたんだけどねー、色んな動物を模した乗り物があるんだってー……それに乗りたいかな~」
「分かった。じゃあ、それから行こう」
そう言って二人は歩き出した。
一夏が園内のマップを見ながら指をさす。
「あれか」
「わー、すごい並んでるねー」
本音が呑気に笑いながら言った。
乗り物に乗るための列は長蛇で、最後尾は見えない。
「こりゃあ、初っ端から時間食われるなぁ」
一夏が苦笑いする。
「じゃあ—――」
別の所に、と本音が続けようとした瞬間、このテーマパークのマスコットの一人、犬の『のび犬くん』が飛び出してきた。
正式には飛び出したわけではないのだが、列を見て呆然としていた二人には突如出てきたようにしか見えなかった。
『やぁ、お兄さんたち! これあげるね!』
そう言ってのび犬が差し出したのは、今まさに諦めようとしていた乗り物の優先乗車券、いわゆる「ファストパス」だった。
「わー、ありがと~!」
本音は満面の笑みでそれを受け取る。
その様子を見て、一夏も笑顔になった。
「へー、こんなのも配ってるんだな。今日は入場者が多いからですか?」
マスコットに対して呑気に聞き出した一夏に、のび犬は明らかに動揺している。
「もー、おりむーったら~。中の人もお仕事なんだから~」
絶妙にフォローになってないが、一夏は納得したらしく、ごめんごめんと平謝りで乗り場へと歩いて行った。
様々な動物を模した乗り物は、激しさはなく、非常にのんびりとすることが出来た。
本音は子供のようにはしゃぐと思われたが、意外と一夏と同じく大人しくのんびりと楽しんでいた。
「いやー、楽しかったね~」
「ああ、あれは並んでてもおかしくないな」
二人して笑いながら、園内をまたゆっくりと徘徊する。
ふと上空から悲鳴が聞こえ、見上げればそれは、このテーマパークで一番の絶叫マシンからのものだった。
「のほほんさん、アレ行こうか」
一夏が指をさした。
意地の悪い表情で本音を見る。
「い、いいよー。全然、あんなの平気だもーん」
明らかに強がっている本音の表情と声に、一夏は笑いを堪えた。
「あはは、冗談だよ。無理しなくていいからさ、別のに乗ろう」
そう言って本音の手を引こうとするが、彼女は力強く一歩踏み出した。
「おりむー!」
「は、はい」
「あんなの怖くないよっ。いざ、乗り込むのだ~」
ズンズン歩いて行く本音。
一夏は頬を掻きながらその後を追った。
列は、先程と比べれば大したことなく、十分ほどで乗れるとのことだった。
順番を待つその間にも聞こえる悲鳴に、本音は肩を震わせる。
「大丈夫だよ、のほほんさん、心配しなくても落ちたりしないって」
「わ、分かってるよー」
何のメロディーにもなっていない鼻歌で体を揺する本音に、一夏は苦笑する。
遂に順番がやってきて、乗り込む頃には一夏のテンションは上がり切っていた。
「よしよし、行くぞ」
安全バーを降ろしながら手を揉み合わせる。
ゆっくりと動き出したマシンは、カタカタと不気味な音を立てながら高度を上げる。
本音は目をぎゅっと閉じて、安全バーを握りしめていた。
いざ、落ちるとなった瞬間。
本音は安全バーから手を放し、一夏の手を掴んだ。
「へ?」
一夏の素っ頓狂な声と同時に、マシンは凄まじい轟音と共に落下。
速度を上げながら右に左に、乗客を振り回す。
しかし、一夏は握られたその手のぬくもりに気を取られ、それどころではなかった。
本音はそれまでの態度が嘘のように悲鳴にも似た歓声を上げている。
「えへへ~、思ったより全然怖くなかったよ~」
「そ、それは良かった」
本音がスキップするように飛び跳ねる様子を尻目に、一夏は握られていた右手を見つめながらそう返した。
右手はまだ暖かい。
「もしかしたら……」
本音はくるっと半回転して、一夏の方を向いた。
「ん?」
「おりむーが、隣にいてくれたから、かも……」
顔を赤くして言った本音。
一夏も同様だった。
次の言葉を飲む二人に、通りすがりのカップルが「お腹空いたねー」と言いながら通り過ぎて行った。
「……昼食にしようか」
一夏が明るい口調で言った。
それに本音も大きく頷き返す。
「うんっ」
人通りの少ないベンチに腰かけると、二人はそれぞれバッグから弁当箱を取り出した。
「ふふ~、交換だねー」
「ああ、そうだったな」
前日に二人で決めたのは、弁当の交換だった。
それぞれがお互いの昼食を作ってくる、そういう約束。
本音は「頑張って作ったよー」と言いながら弁当箱を差し出した。
それに負けじと、一夏も手を伸ばす。
「俺も結構、頑張ったぜ」
「もー、おりむーは頑張っちゃ駄目って言ったのに~」
「はは、そういう訳にもいかないよ」
「自信なくなっちゃうなー」
本音がガクッと肩を落とした。
そんな様子を見て、一夏は笑い飛ばす。
「そんなことないって……うわぁ、美味そうじゃん!」
手間がかかるものばかりが、所狭しと並べられた弁当箱は、どこか光り輝いて見えた。
「おりむーのも、美味しそうだよ~」
本音はそう言いながら早くも、箸を片手にどれを食べようか悩んでいる。
互いに、美味しいやら絶品やらと言い合いながら食べ進め、ふと本音が思い立ったようにチラリと一夏が持つ弁当箱を見た。
嬉しそうに箸を動かす一夏は、次は卵焼きだなと言った。
その呟きを聞き逃さなかった本音は、素早く箸を動かし、一夏の持つ弁当箱から卵焼きを摘まむ。
「お、おりむー、食べさせてあげるね」
「え、いいって、そんなの……」
「ほら、あーん」
強引に箸を突き出す本音に、一夏は照れながら口を開けた。
パクリと食らいついたその様子に満足気に笑う本音と、口を動かしながら恥ずかし気に視線を動かす一夏。
そんな二人を、通行人は微笑ましそうに、または羨ましそうにしながら通り過ぎていく。
それからも様々なアトラクションに乗り込み、途中でお揃いのストラップを買ったりし、気付くと陽は傾き始めていた。
時間を忘れて楽しんでいた二人は、時計を見て、そっと息を吐く。
「もうそろそろ帰らないと、寮の門限に間に合わないな」
「うん……あと一個だけ、何か乗って帰ろうっか~」
「そうだな。何乗りたい?」
そう聞いた一夏が本音の方を見ると、既に彼女は乗り物を指さしていた。
それが観覧車であるのは、どこか予想通りで、一夏は小さく頷いてから本音と並んで歩き出す。
観覧車の中は意外と狭く、二人の吐息すら聞こえてくるようだった。
本音は外を眺めながら目を輝かせている。
しかし一夏はそれどころではなかった。
(よ、よし……言うぞ……本当は帰り道で言うつもりだったけど……もう、ここしかない!)
手が、指が震える。
声を出そうとするが、喉すら震えた。
緊張で心臓が五月蠅い。
初めて白式に乗った時も、ここまでの緊張はなかった。
(ストレートに、だよな……南、信じるぜ)
「の、のほほんさんっ」
声が裏返った。
それでも本音は肩を軽く震わせて一夏に向き直る。
「ど、どうしたのー?」
いつもの間延びした声も、どこか緊張していたが、今の一夏には関係なかった。
しばらく言葉を選んでいるように黙っていた一夏だったが、やがて意を決したのか、本音を見つめる。
「す、好きだ。付き合っ―――」
「私もです。こちらこそっ!」
「へっ?」
一夏が言い終える前だった。
言い終える前に、本音は目をぎゅっと閉じて膝に握った拳を置いていた。
「あー、えっと……のほほんさん?」
「……はえっ?」
「あのー、付き合ってくれるの……?」
「……………」
無言のままコクコクと頷く本音。
その顔は真っ赤であったが、一夏はどうにも消化不良感が拭えなかった。
「俺、まだ途中だったのに……」
「ああっ! ご、ごめんねおりむー! その、もしかしたらー、とは思ってたんだけど……本当に言われちゃったから、その、あの……」
両腕をブンブン振りながら言う本音に、一夏は小さく笑った。
その笑顔に、本音はまた俯いてしまう。
「もう一回、言っていいかな?」
そう言う一夏に、緊張はなかった。
どこかサッパリした様子で、本音と向き合う。
そして、そっと本音の両肩を優しく掴んだ。
「俺と、付き合ってください……布仏本音さん」
そんな真摯な表情に、本音は次第に涙を流し始めた。
目元を必死に拭いながら、何度も頷いている。
「あ、ちょ、のほほんさん……大丈夫?」
「うん……うん……ありがと、おりむー……改めて、よろしくね……」
「ああ、こちらこそ」
一夏が頷いた瞬間、パッと外が明るくなった。
大きな爆音を連続で轟かせながら、色とりどりの光が宙に舞う。
「綺麗……」
本音が呟いた。
「ああ、綺麗だな」
一夏はそっと本音の隣に移動し、その肩を抱き寄せる。
鮮やかに飛び散る光の向こうで、ピンクの煙がハートの形を描いた。
「すごーい!」
「ああ……でも、ありゃ何だ?」
一夏が首を傾げる。
「セシリア、違う。もっと丸く」
『これ以上速度を落とせば、バレてしまいますわ、簪さん!』
テーマパークから少し離れた空き地で簪はISを展開し、この日の為に特注した花火を打ち上げていた。
ピンクの煙でバーティカルクライムロールをしていたのはセシリアだった。
花火の照明が、ハートをより綺麗に見せている。
『はぁ……今頃、南さんは織斑先生のご自宅で厳しく指導されているのかしら……』
「南なら、大丈夫……集中して」
『この借りは返してもらいますわよ。約束通り、南さんと二人きりでお出かけ出来るようにしてもらいますわ!』
「分かってる」
いつも一緒にいてくれた幼馴染の為、簪はセシリアの協力の元、この花火とハートを描くアートを計画した。
あの時、南の誘いを断ったのは、箒や鈴のように千冬と過去に関わっていたからではなく、シャルロットやラウラのように用事があったわけでもない。
全てはこの為だった。
朝早くからファストパスを取り、のび犬に扮して一夏たちに手渡しのはセシリアだ。
当然、最後には観覧車に乗るように前日、勧めたのは簪である。
ハイパーセンサー越しに見える観覧車に乗る二人は笑顔で……親友であり幼馴染の本音に、簪は小さく笑みを浮かべた。
『あのー、簪さん? 今思ったんですが、ちゃんと二人きりにする手段は考えてありますわよね?』
セシリアの声がする。
『わたくしもしかして、都合よく使われているだけですの?』
「……聞こえちゃったかな?」
簪が舌を出す。
「と、いうことなのです」
本音はふぅと息を吐いた。
食堂には人はすっかりいなくなっており、専用機持ちしかいない。
鈴とシャルがハンカチで涙を拭いていた。
「それにしても、あの花火とハートは凄かったな……あんなのいつもやってたら大変だけど……」
一夏が首を傾げると、本音もそうだねと頷いた。
セシリアと簪はそっと視線を外す。
「いい話じゃないか。それじゃあ、今度は俺が話してやろう……あの織斑先生の家で何が起きたのかを、それはもう事細かく。昼飯のピザの味とか」
南は腕を組んで話し出すが、誰も聞いていない。
そんな南が、テーブルの下で一夏と本音の手が繋がれていることなど、気付くわけもなかった。
「俺があの家に着いたのは、午前―――」