「昨日、南が寝た後、のほほんさんとビデオチャットでニ十分間見つめ合ってたんだ」
一夏が廊下を歩きながら、隣の南に言った。
それを聞いて、南は小さく微笑む。
「ほう……ロマンチックじゃないか」
茶化すようなこともせず、二人の様子を想像する南。
「……画面がフリーズしてただけだったよ」
そんな落胆するような一夏の声に、南はため息をついた。
目的の空き教室に着くと、一夏より一歩前に出て扉を開ける。
「なんだ、その話は」
呆れた声を出しながら室内に入ると、一年の専用機持ちが一斉に二人に向き直った。
「あ、南さん」
「アンタらも呼ばれたんだ」
セシリアが顔を綻ばせ、鈴も歯を見せて笑った。
南は髪をガシガシと触りながら箒とシャルの間の席に座る。
「まあな。何で呼ばれたんだ?」
一夏が南の前に座るのを見ながら、ひとりごとのように呟いた。
「なんだろうね。僕たちも聞いてないんだ」
シャルが南を覗き込むようにしながら言った。
片肘をつきながらシャルの方を向くと、お互いの顔が真正面に捉えられて何だか照れ臭い。距離が思いのほか近いのもまたその理由だった。
南は慌てて視線を外し、シャルは顔を赤くしながら目を伏せた。
その様子を、更に隣に座る簪が薄目で睨んでいる。
不意に扉が開き、千冬が入ってきた。
その手にはファイルと、何やらビニール袋が提げられている。
「よし、全員いるな」
「教官、なぜ私たちが集められたのでしょうか?」
ラウラが立ち上がりながら背筋を伸ばした。
その凛々しいまでの起立に、千冬は頭を抱える。
「織斑先生と呼べ。あと座れ……今から説明する」
千冬の返事に、ラウラは素早く席につき千冬から目を離さない。
「お前ら一年の専用機持ちに集まってもらった理由を今から説明するわけだが……まぁ、その前に……これでも飲め」
そう言いながら、千冬は持っていたビニール袋からペットボトルを取り出した。
複数あるそれを、一本ずつ取り出しながら教卓に並べる。
「ほら、好きなのを取りに来い」
皆、不審な様子で怪しがりながらも席を立ち、ペットボトルを手にしていく。
箒が教卓から離れ、最後に南と一夏が取ることになった時、千冬が首を傾げた。
「ん? 七本しかないな……一本持ってくるのを忘れたか」
千冬が言うと、南は眉を下げながら一夏の肩を叩く。
「ということは、一夏が飲めないのか。残念だ、現実は厳しい」
「って、何で俺が飲めないの確定してんだよ!」
一夏が叫ぶが、南はお構いなしに残りの一本を手にした。
それをそのまま一夏に渡す。
「冗談だ。お前が飲め」
「み、南っ。私と、は、はんぶんこ……しよ」
簪の提案は初めこそ威勢は良かったが、どんどん声が萎んでいった。
顔を真っ赤にしながら、差し出していたペットボトルを両手で揉んでいる。
「なっ、そういうことなら私のを分けよう」
「わたくしのを分けて差し上げますわ!」
「セシリアの紅茶より、あたしのウーロン茶の方がいいわよね!?」
「ぼ、僕のでよかったら……あ、先に飲んでくれていいよ! その後に、少しもらえればいいから……」
「ふん、夫婦なのだから私のを飲めばいいだろう」
「じゃあ、全員のをちょっとずつ……」
「「「「「「それはダメ!」」」」」」
六人の声が重なり、それを合図にぎゃあぎゃあと教室が騒がしくなる。
千冬は怒るのも忘れて、ため息をつくばかり。
その前で、一夏は苦笑していた。
「おい、織斑。お前らはいつもこんな調子か?」
「はは……まぁ、そうですかね」
五分経ってようやく千冬が一蹴し、教室は静まることになる。
「集まってもらったのは他でもない……まぁ、若干後悔しているが……」
千冬はスーツの襟元を正しながら言った。
すっかり各々の席についた八人は、少し減ったペットボトルを机の端に置き、話を聞いている。
「お前達に任務を与える」
「任務?」
南が首を傾げた。
「俺達は、ISの専用機を所持することを許された特別な人間なんだ。だから、国とか行政機関からの依頼を、任務って形で遂行するんだ」
そう言い出したのは一夏だった。
皆、驚いた顔で一夏の方を見る。
それは千冬も例外ではなかった。
「現に、この学園の上級生で成績が優秀な先輩は、専用機を持っていなくても現場に行ったり、整備を手伝ったりしてるんだぞ」
一通り言い終えた一夏は、満足そうに鼻をふんと鳴らした。
しかし、全員の奇異な物を見る視線に気付き、顔を顰める。
「ど、どうした?」
「いや、お前……それ……」
箒が怯えたような表情で言った。
「俺も勉強してるんだよ……まぁ、楯無さんとか本ちゃんが教えてくれるんだ、こういうこと」
「なるほど、そういう……え? 本ちゃん?」
鈴が頷いた後、間抜けな声を出した。
事態の急変について行けないラウラは、ひたすら困惑している。
「あ、いや……はは、おりむーから呼び方が変わったから、俺も皆とは違う呼び方しようってことになって……」
「やるじゃない、一夏!」
「織斑くん、すごい……」
シャルと簪がこれでもかと言うくらい笑顔を振りまいていた。
千冬は唖然としており、南も口を開けてその様子を見ている事しか出来ない。
「南さん?」
セシリアが南の肩を叩いた。
ハッと気が付いた南は、頭を振る。
「まさに、口から鱗だ」
「それを言うなら、目から、ではないですの?」
「目からじゃ足りない」
南は口から何かを吐き出すジェスチャーをしながら言った。
その様子に一夏以外の全員が納得したように頷いた。
「ご、ごほん……それで、任務の詳細だが……」
しばらく目を見開いていた千冬だったが、我に返ったのか咳ばらいをした。
全員の視線が戻る。
「来週の水曜日、小中学生を対象としたISの特別講習会がある。お前達には、その講師、指導員として出席してもらうことになった」
「うげっ……」
鈴が嫌そうに顔を歪めた。
苦々しい声が漏れる。
「近い将来……早ければ、来年にもIS学園への入学を希望する学生が集まるイベントだ。ISに関する簡単な授業、実施演習、トークライブ、在学生……まぁ、お前達への質問コーナーなど……内容はたくさんある」
千冬が意地の悪い笑顔を浮かべた。
「つまり、他の学校でいう、オープンスクールのようなものですか?」
箒が挙手をした。
千冬は何も言わず頷く。
「今年は何かと、この学園も物騒な事件に巻き込まれているからな。人に集まられると警備が薄くなる。それは避けたいが、何もしないのは、国が黙っていない。だからこういうイベントが開催されるわけだ」
ため息をつきながら千冬は、一夏の隣の席に腰かけた。
足を組みながら、同情の視線を向ける。
「お前達も学生なのに迷惑な話なのは分かっているが、これも専用機持ちの使命だ……分かるな、凰」
「え? あ、はい……」
突然、話を振られた鈴はあたふたしながらも返事をした。
「ちなみに拒否権はない。さっきのペットボトルを飲んだからな」
その様子に笑顔を浮かべた千冬は、してやったとゆっくり立ち上がる。
「このイベントは全国各地から小中学生が来るが、半端な成績では参加できない。世話が焼ける学生はいないはずだ……それでもかなりの数だが」
「織斑先生……この学園からは、わたくし達だけが参加するのでしょうか?」
セシリアが言うと、千冬はファイルに目を落としながら首を振った。
「生徒に関してはそうだ。教員は山田先生を含め、数名が同行する……昨日は激しい戦いになったぞ」
千冬の口ぶりは楽し気だったが、南たちは真耶の泣き顔が浮かぶばかりであった。
どうやら、教員間でも押し付け合いが発生したらしい。
「来週まで時間は、あるようでないからな。それぞれ何を担当するのか、そこでやる内容を決めろ……明日までだ。これに書いて山田先生に渡せばいい……それじゃあ、頼んだぞ」
それだけ言うと、千冬はシャルに紙を渡し、教室を出て行った。
扉が閉まり、しばらくすると全員の気が抜ける。
「うはぁ……」
鈴が大げさに息を吐きながら、机に突っ伏した。
ラウラがその隣に移動する。
「やけに消極的だな」
「まーねー」
やる気のない返事が、くぐもって聞こえる。
ゆっくりと顔を上げた鈴は、肘をついた。
「当日は皆で頑張ってくれない? あたし、気乗りしないのよねー。柄じゃないし」
「あら、わたくしは楽しみでしてよ」
やる気のない鈴とは違い、セシリアは腕を組んで誇らしげに笑った。
「トークって何を話せばいいんだ?」
南が首を傾げると、簪がずいっと体を寄せた。
「あの話、してあげて。ISの可動域を限界まで高めるために最近、開発された高速射性の噴射量子機で圧性反発力を四十八パーセントで保持することが出来るって……覚えてるでしょ?」
「……ああ、俺が教えてやった話だな」
ピンと来ていなかった南は、しばらく固まっていたがそう言って簪を指さした。
上手く誤魔化せたつもりの南だったが、箒は苦笑している。
「じゃあ、皆の役割を決めちゃおうか」
シャルが腕まくりをしながら言う。
「じゃんけん、だな。勝った順で、やりたいのを選んでいこう」
一夏も手を揉み合わせた。
全員で輪になり、それぞれ腕を突き出す。
「さいしょはグー……」
南が呟く。
「「「「「「「「じゃんけん、ぽんっ!!!」」」」」」」」
三十分をかけて行われたじゃんけんの結果、ISに関する簡単な授業をシャルとセシリアが担当することになった。
実施演習は簪とラウラ。トークライブは一夏と鈴。
在学生への質問コーナーは、南と箒。
ちなみに決めたのはシャル、簪、南、箒、セシリア、ラウラ……一夏と鈴は残ったトークライブに強制された。
南の後に決めることが出来た箒をセシリア達は睨んだが、気丈な振る舞いで箒は堂々と決めた。
鈴も最初こそ嫌がっていたが、「話すだけなら楽か」と吹っ切れた様子だった。
「南、質問にはちゃんとIS学園の魅力が伝わるように答えてやるんだぞ」
紙にそれぞれの名前を記入しながら、箒は嬉しそうに言った。
南が肩を落としながら、ため息をつく。
「おいおい、冗談だろ? そんなこと出来るわけないじゃないか…………この俺以外に!」
何故か落ち込む演技をした後、南はテンションを上げながらペンを手にした。
質問コーナーの担当を書く欄に、ペンを走らせる。
「楽しそうだな」
ラウラが冷静に言った。