IS学園一年生の修学旅行先である京都へ向かう新幹線の車中。
シートを四人で向かい合う形にした箒とセシリア、シャル、ラウラは楽しそうにトランプをしていた。
「うーん。これかな?……やったぁ、揃った! これであと三枚だよ」
「くっ、流石シャルロットさん。負けてられませんわ……ラウラさん、参ります」
「ふむ、引くがいい」
(私のババはいつになったら引かれるのだろう……)
この四人が仲睦まじく、余裕たっぷりに過ごしている理由は簡単で、車両の一番後ろの席で寝ている南と同じ班だからである。
「鈴と簪には悪いが、同じ班というのを、こうもアッサリ決められたのは良かったな」
「通常なら記念写真は、クラス代表であるわたくしが撮ることになっていたので、皆さんとは別行動だったのを、新聞部の黛さんがカメラ担当として同行してくれることになるなんて……ふふっ。運が良いですわ」
「セシリアが撮ると、南の写真ばっかりになっちゃいそうだもんね」
(やはり、一枚だけ少し浮かせておくか……いや、裏をかいて全く関係ないカードを浮かせておくのも手だな……)
このババ抜きも既に三回戦である。
車両の中ほどで白熱する四人、その二つ後ろの席では本音が一夏にお菓子を食べさせていた。
「はい、いっくん、あーん」
「ちょ、ほんちゃん。皆、見てるから」
「むー。いいのいいの~。ほら、あ~ん」
「……あ、あー」
トッポを咥えた一夏は、恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
本音はその様子を嬉しそうに眺めている。
クラスメイトは冷やかすのに必死かと思われたが、羨ましすぎて、そしてこの空気の甘さにそれすら忘れていた。
そして、一組の車両の一番後ろの席で寝ていた南は、箒の「負けたー!」という叫び声に、肩を震わせながら目を覚ました。
「あ、起きた?」
本来、南の隣はクラス一のしっかり者、鷹月静寐だったのだが、無理を言ってこっそり車両を変えた鈴が座っていた。
静寐は二組の友達と談笑している。
「んあ、鈴?……鷹月はどうした」
「二組の車両よ。友達がいるんだって。だから変わってもらったの」
「そうか……今どこだ?」
「まだ、静岡を過ぎた所」
南は大きく欠伸をしながら髪をガシガシと触り、首を回す。
そして、置いてあったペットボトルの蓋を開けた。
「京都か……」
「何、嫌なの?」
鈴が読んでいた雑誌を丸めながら聞いた。
水を一口含んだ南は、ぷはぁと息を吐いた後、伸びをする。
「俺の母ちゃんの実家が京都なんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「だから小さい頃から何度も行ってるし、何なら今年の年始にも挨拶しに行ったんだぞ。一週間も滞在した」
「それは、確かに別の所に行きたいわね」
「慰めてくれ」
南は背もたれに身を預け、また大きく息を吐く。
「はいはい、それでも折角なんだし、楽しみましょ?」
鈴は南の頭を撫でながら言った。
必死に優しく笑いながら手を動かしているのだが、内心はそれどころではない。
(きゃー! み、南の頭をわ、あたしが撫でてる……これは貴重だわ……本当は撫でて欲しいけど、こういうのも悪くないわね……うへへ)
緩み切った表情をついに隠せなくなった鈴が、その視線に気付いたのはそれから数秒もしない後だった。
ゆっくり見上げると、箒とセシリア、シャル、ラウラが鬼のような表情で立っている。
更に、背筋に寒気を覚えて振り返ると、車両のデッキに繋がる扉の小さな隙間から、簪が睨んでいた。
「こわっ」
思わず声に出した鈴は、苦笑いで南の頭から手を退ける。
「もっと撫でてくれていいぞ、鈴……意外と気持ちいい」
目を閉じたままだった南は、そんな視線に気付くこともなく呑気に言った。
小さく笑みを浮かべながら鈴の方へ体を向ける。
嬉しいのだが、非常に危険な状況に、鈴は涙目になる。
ふと、箒が笑顔になった。
何かを思いついたような表情をした後、周りの三人に耳打ちをする。
それを聞いたセシリアとシャル、ラウラは邪悪に笑った。
鈴の不安は増すばかり。
四人はタイミングを合わせることもなく、しかし、同時に勢いよく手を挙げた。
「織斑先生!」
「二組の鳳 鈴音さんが!」
「何故か一組の車両にいます!」
「勝手な座席移動は禁止のはずでは!」
箒が「織斑先生!」と呼んだ瞬間には、鈴は勢いよく座席から飛び出したのだが、当然四人によってブロックされていた。
車両の前の方を見ると、千冬がずんずんとこちらに歩いてきている。
周りの空気が歪んで見えるのは恐らく気のせいではない。
「地獄に落ちろ、鈴」
ラウラが冷たく言い放つが、鈴も負けるわけにはいかなかった。
近接格闘術を惜しみなく活用し、四人のブロックを突破。
急いで二組の車両に帰るべく、デッキへの扉の取っ手に手を伸ばす。
しかし、忘れていた。
その扉の先に、もう一人復讐に燃える悪魔がいたことを。
「簪……」
鈴が呟くと、簪はニッコリと笑った。
その笑顔からは考えられない力で、扉を押さえつけている。
「くっ、開けなさい! 開けろぉ!」
千冬が近づく足音は既にその耳に届いていた。
隙間から見える簪の声は、厚い扉を通しては聞こえない。
しかし、そのハッキリとした口の動きは確かに「サヨナラ」と言っていた。
それを理解した瞬間。
鈴の肩がポンと叩かれ、同時に諦めたように脱力する。
「はい、いっくんあーん」
「も、もう、お腹いっぱいだって!」
それから数時間後。
一行は宿泊する宿に到着していた。
箒とシャルが感嘆の声を上げる少し後ろで、南は辺りを見渡していた。
「ここは初めて来るかもな……京都にもまだ来てない所があったか」
「南さん、見てください、池に魚が泳いでますわよ!」
袖を引っ張って指をさすセシリアに、南は優しく頷いた。
「初めて見るだろう? あれは錦鯉だ」
「これが……わたくしの祖国、イギリスでも人気でしてよ。噂には聞いていましたが、綺麗ですわ」
うっとりするセシリアの隣で、ラウラがガッカリするように言った。
「それにしても、京都には寺や神社が溢れていると聞いたが、そうでもないな」
南は思わず苦笑する。
「いや、そこら中に落ちてるわけじゃない」
クラスメイト達は、その間を全速力で走り抜けながら、宿の外観に感動していた。
「皆さん、いいですか~?各班ごとに自由行動になりますからね~」
数分後、適当に纏まった生徒を前に、真耶が片手を大きく上げて言った。
「夕方の清水寺の拝観は、集団行動だ。その時間までには現地に集合すること。分かったな? では、解散!」
千冬が続けて言うと、大きな返事が響く。
「南、昼飯行こうぜ」
一組の専用機持ちが集まって話していると、一夏が南の肩を叩いた。
隣に本音の姿は見えない。
「のほほんさんはどうした?」
「明日、一緒に回るんだ。今日は班の娘とだって」
気楽に笑いながら一夏が言った。
箒が腕を組む。
「お前は班行動しなくていいのか?」
「ああ、千冬姉が好きにしていいってさ」
「何で一夏だけ……」
南が肩を落とした。
そんな南に、シャルは意地の悪い笑みを浮かべる。
「南は問題を起こしそうだから、僕たちの監視が必要なのかもね」
「何を言ってるんだ。常に冷静で、周りがよく見れてる優秀な生徒の一人だろう。ほら、ラウラ、背中に落ち葉がついてるぞ」
取って付けたように世話をしだす南に、皆は苦笑いしか出来ない。
「箒も、払い損ねたお菓子の食べかすが制服に」
「優秀な生徒というより、お母さんみたいだな」
一夏が笑った。
それから、何かを思い出したようにポンッと手を叩く。
「あ、ほらほら、昨日言ってた美味いつけ麺の店。行こうぜ」
「まぁ、腹も減ってきたし……皆も行くか? 湯豆腐とか食べたかったら別の店にするが」
皆の方を向き直った南が言うと、四人は首を振る。
「南さんがオススメするお店なら、是非、行ってみたいですわ」
「そうだね。湯豆腐は今日の晩御飯に出てくるってしおりに書いてたし」
「私も構わない」
「つけ麺……ラーメンとは別物か?」
それぞれの反応に満足した南は先頭で歩き出す。
「それじゃあ、行こうか」
「楽しみだな~」
そうしてゾロゾロと歩き出した背中を鈴が悔しそうに見つめていた。
背後には千冬が笑って立っている。
「さぁ、鳳。私と回ろうか……車両を行き来する元気があるならついて来られるだろう」
涙目の鈴は、ゆっくりと引っ張られていく。
「ここだ」
京都の中でも、そこそこ大きな私鉄の駅から歩いて五分ほど。
裏道を進んだ所に、その店はあった。
初見では見つけられないような、屋敷の裏手と見まがうほどの小さな木の扉を南が開ける。
小柄なラウラですら屈まなければ入ることが出来ないほどの高さだった。
入ってすぐは通路になっていて、奥に進むとタッチパネルの券売機がある。南は迷うこともなくお金を入れると、手早く券を購入した。
それを見ていた一夏も、事前に何を食べるのか決めていたのか、南とは違うものにしながらも、迷う様子はない。
箒とラウラは南と同じものを。セシリアとシャルはまた別のものを購入する。
券売機の隣にある扉を開けると、中庭になっていて、L字型になっている大きなベンチで順番を待った。
十分もしないうちに、中に通され、南は店員に食券を渡した。
「いらっしゃいませ……あ、どうも」
「ども」
店員は、何度か訪れている南を覚えていたのか、食券を預かりながら小さく笑った。
南も小さく会釈する。
「麺はどうしましょ?」
「柚子で」
慣れたように言いながら腰かける。
一夏達は、麺が二種類から選ぶことが出来る説明を受けていた。
大人しめな照明の中、待つこと十分弱。
着丼したつけ麺に、一夏が声を上げた。
「おお~、美味そうだ」
「あれ? お箸は……」
シャルがキョロキョロとしながら呟いた。
「ああ、箸はここだ」
小さく笑いながら南が引き出しを開けた。箸や調味料が入ったその棚に、シャルが目を丸くする。
「す、凄いね」
「いただきます」
驚いたシャルを尻目に、一夏は早くも麺を啜っていた。
一心不乱に平らげた南達は、また頭をぶつけないように屈みながら店を出た。
「ふぅ、やっぱり美味いな」
南が息を吐きながら言った。
隣の一夏も満足そうに頷いている。
「雰囲気も良かったし、流石は南だな」
そう微笑んだ箒に、南は「だろ?」と得意げに胸を張る。
「それじゃあ、今度はどこ行こうか」
「ここからだと……あ、僕、この神社に行ってみたいな」
一夏が言うと、シャルがパンフレットを指さした。
パンフレットを覗き込むセシリアとラウラにそっと小声で何かを言っている。
「な! ほ、本当か」
「こ、これは……」
二人は驚きに顔を染めた後、南の方を睨むようにしながら大股で駆け寄って行く。
「南っ!」「南さん!」
声が重なった。
南は困惑しながらも、首を傾げる。
「行くぞ!」「行きますわよ!」
そう言って南を引っ張りながら歩いて行く。
取り残された一夏と箒、シャルはその後を追った。
「どこの神社に行くのだ?」
実家が神社の箒がどこか対抗心を燃やすように言った。
一夏は苦笑している。
「ほら、ここだよ、ここ……恋愛成就で凄く有名なんだって」
シャルが跳ねるように足を前に運ぶ。
「ここなら、一夏も布仏さんに何か買ってあげられるんじゃない? 二人の仲がずっと続くようにっていうお守りもあるみたいだよ」
「へぇ、それはいいな」
「ふん。すっかり、恋人持ち気分だな」
箒がからかうように言うが、一夏は気にしない。
神社に到着した六人は、IS学園生の多さに驚くことになる。
「あはは……皆、考えることは同じなんだね……」
シャルが肩を落とす隣で、ラウラは鼻息を鳴らしながらずんずんと歩いて行った。
負けじとセシリアも続く。
「わ、私も行くぞ!」
箒が慌ててその後を追い、一夏はフラフラとお守りを見に行ってしまった。
「俺達も行くか」
「そ、そうだね……ところで、南。ここが何で有名な神社か知ってる?」
シャルが緊張気味に聞いた。
一瞬だけ固まった南だったが、急いで頷く。
「当たり前だ……商売運だろ?」
「全然違う……れ、恋愛成就だよっ」
「……そう言わなかったか?」
悪びれもなく言った南は、シャルの緊張などお構いなしに辺りを見渡していた。
ため息をついたシャルは、静かに息を吐く。
「はぁ……」
しばらく参拝したり、色々と見て回っていると、見知った顔を見つけた。
「お、簪」
「ひゃっ……み、南」
両手で何かを握りしめていた簪は、肩を震わせて振り返る。
南はポケットに手を入れたまま笑った。
「何だ、見られて困る物でも買ったのか?」
「い、いやそんなんじゃ、ない……」
(恋愛成就のお守りを買った瞬間に南が……こ、これは効果あるかも……)
簪は後ろから箒たちの姿が見えるまでの間、それはそれは嬉しそうに南に笑いかけた。