簪と合流した六人は、その足で箒が見つけたという和菓子屋を訪れた。
八つ橋をパクリと一口食べた簪は、幸せそうに頬を緩める。
「そういや、四組は班で行動しなくていいのか?」
箒に白玉あんみつを一口食べさせてもらった南が、口を動かしながら聞いた。
セシリアとシャルが、次は自分が! と競り合ってるが、当の本人に気付く様子はない。
南が口を付けたスプーンを見つめていた箒は、ゆっくりとそれを口元に持って行き……ラウラに手を掴まれた。
「それを寄越せ」
「なっ、ふざけるな。これは私がっ」
「私は、付いて回ってただけだから……ちゃんと、皆には一言かけたよ?」
騒々しい四人を無視して、一夏を含めた三人で呑気にお茶を啜る。
「落ち着くなぁ」
一夏がのんびり言いながら、自分が注文した和菓子の乗った皿を手に取った。
散々揉めていたラウラだったが、一夏が口に運ぶ和菓子を見て視線を釘付けにされる。
「うーん、美味い!」
満面の笑みで言う一夏。
ラウラはゆっくりとその、うさぎの形をした和菓子の方へと歩み寄っていく。
「こ、これは……」
「ん? 良かったら、一つ食べるか?」
一夏が皿をラウラに差し出した。
一瞬驚いたような表情をしたラウラだったが、甘い香りとその形の可愛らしさに頬を染める。
「う、うう……」
ラウラは、じっと皿の和菓子を見つめながら、しばらく困ったような顔をしていた。
見かねた南は、苦笑しながら一夏の隣に腰かける。
「それ、中のあんこが美味いんだ。食べてみたらどうだ?……まぁ、ずっと見てたい気持ちも分からんではないが」
南の言葉に、ラウラは意を決したのか手を伸ばした。
目を強く瞑って、一口で頬ばった。
「お、美味しい……」
感激しているラウラを見て、南と一夏、簪が優しく微笑む。
セシリアとシャルは、どちらの菓子を南に食べさせるのが適しているか、食べ比べをしており、箒は解放されたスプーンをまだ見つめていた。
陽が傾き始め、辺りがオレンジに染まる頃。
IS学園一同は、清水寺を訪れていた。
有名な舞台からの景色に、自然と大勢の吐息が漏れる。
そんな眺めももう幾度となく見ていた南は、周りにバレないよう息を吐いた。
不意に頭を軽く叩かれ、ゆっくりと振り返る。
「織斑先生」
その正体に、南は少しだけ警戒した。
今度は何で叱られるのか、そして何をやらされるのか、そればかりが頭に浮かぶ。
「折角来たんだ。お前も少しは楽しそうな顔をしたらどうだ」
千冬は小さく笑いながら南の隣に立つ。
そのずっと背後では、ボロボロになった鈴が、セシリアとラウラに介抱されていた。
何があったのかは怖くて聞けない。
「いや、もう何度も来てるんでね……」
「問題は何度来たか、ではない。誰と来たか、だ」
千冬の口調はいつになく優しかった。
そんな千冬の言葉を、南はただ黙って聞いている。
とても、いつものような軽口が叩く気分にはならなかった。
夕日に照らされる千冬の横顔は、あまりに美しい。
「そうですね」
静かに頷いた南は、千冬と同じ方に目をやった。
しばらく黙り込んでいた二人だったが、千冬はゆっくり息を吐いて歩き出す。
「モノレールの時間には遅れるなよ」
それだけ言って南の傍を離れた千冬の背中を、南はしばらく見つめていた。
「ふぅ、間に合った」
一夏はズボンのチャックを上げながら呟くと、手を洗ってトイレを出た。
清水寺でトイレを探してウロウロしているうちに、よく分からない所まで来てしまったらしく、周りには誰もいない。
「早く戻らないと、皆に迷惑かけちゃうな」
そう言って駆け出そうとした瞬間、冷たい視線を感じた。
振り返ると、階段の先に誰かが立っている。夕日の逆光でシルエットになっていたが、右手をかざすことで、その姿は簡単に確認できた。
緊張が一気に駆け抜ける。
「お前は……!」
「織斑一夏……お前の命を、貰う」
小さく呟いた亡国機業のエムは両手を広げる。
「来い、黒騎士!」
まばゆい光に、一夏の表情が引き締まった。
「ん、セシリア。そろそろ集合時間だというのに、どこへ行くんだ?」
箒は、辺りを見渡しながら軽く走るセシリアに気付いて、声をかけた。
少し怒った顔でセシリアが立ち止まり、振り返る。
「一夏さんの姿が見えなくて、織斑先生が探して来いと……わたくしは、クラス代表ですから……くっ」
「一夏が……よし、私も探すとしよう」
先ほどまで溢れるように点在していたIS学園生は、すっかりその姿を消していた。
辺りに誰もいなくなった裏道を、一夏の名を呼びながら走る二人。
すると突然、砲撃が二人を襲った。
「あはははっ! おらおら、専用機持ち共! あのクソガキはどこだぁ?」
砲撃を放った張本人、亡国機業のオータムは歪んだ笑みを浮かべている。
モノレールには、一般客も乗車していた。
というのも、本来は貸し切りを予定していたのだが、一夏の姿が確認できず、時間差で移動するべく急遽二組に分けたからだ。
その結果、一方はモノレールを、もう一方はバスで移動することになった。
南はモノレールの座席に深く腰かけながら、簪と話していた。
千冬と真耶が、一夏と箒、セシリアが戻らないと話しているのが聞こえる。
バス組が移動して三十分弱が経過した頃、千冬が席を立った。
「山田先生、先に行っててくれ。アイツらを見つけてから……」
千冬が小声で指示した瞬間。
モノレールの扉が突然閉まり、電光掲示板の表示が砂嵐のようになる。
「あ? 一夏達は見捨てられたのか」
南は呑気に笑うが、簪は辺りの混乱に不安そうな顔をした。
すると次の瞬間、モノレールが一気に加速を始めた。
急な発車に、乗客全員の姿勢が崩れる。
「どうなってる……更識!」
千冬が怒鳴る。
真耶は必死に生徒を、そして一般客を落ち着かせようと慌ただしくしていた。
「は、はいっ」
「急いで、制御システムに侵入しろ! 動き出した原因を探れ!」
「分かりました!」
コンソールを展開した簪は、忙しなく指を動かす。
隣の席から飛び出すようにした鈴が、その様子を覗き込んだ。
「山田先生。至急、学園に連絡を……アイツを呼んでください」
「分かりました!」
「デュノア! ボーデヴィッヒ! この車両の全員を、すぐに降りられるよう出入り口付近に誘導しろ……怪我人だけは出すな!」
「はい!」
「了解しました!」
二人の声が重なった。
素早く動き出したシャルは、一般客を中心に誘導を開始した。
ラウラは、生徒に指示を出しながら駆ける。
「更識、どうだ。止められるか?」
「駄目です、システムごと乗っ取られています!」
「手の込んだことを……」
千冬から思わず舌打ちが出た。
さらに、簪が悲鳴を上げる。
「お、織斑先生! この車両に爆発物反応があります!」
「なっ! ば、爆弾ってこと!?」
鈴の言葉に、混乱していた車内が更に恐怖に包まれる。
千冬が顔を顰めると同時に、生徒の一人が窓を指さした。
「ね、ねぇ……あれって……織斑くんじゃない?」
「あっちには、篠ノ之さんとオルコットさんが!」
車窓から覗くと、一夏はエムと、箒とセシリアはオータムと戦闘していた。
激しい光が幾度となく飛び散る。
「亡国機業……」
真耶が震える声で呟いた。
すると、シャルがそっと千冬の方へ歩み寄る。
「あ、あの……織斑先生」
「なんだ!」
その怒声に、シャルが肩を震わせる。
千冬は少し後悔の表情を浮かべ、息を吐いた。
「すまない……どうした?」
「いえ……あの、あちらの男性が、自分は動かないと言い張っていて……」
シャルが指をさした先には、白髪の男が腕を組んで座席に腰かけていた。
乗客が一か所に集まる中、その男だけは微動だにしていない。
「この忙しいときに……」
歯を食いしばりながら、千冬は大股で男の方へ向かう。
すぐそばに立つと同時に、不機嫌を隠すこともなく口を開いた。
「IS学園教員の織斑千冬と言います。この車両には爆発物もあり、大変危険ですので、どうか一か所に」
「知らん。俺はこのまま目的地に行く」
「そうは言いましても……」
「女尊男卑だかなんだか知らんが、男なら誰でも女に従うと思うな。ISがなんだ、そんなもの俺には関係ない」
男は強く言い張ると、更に腕を強く組んだ。
思わず千冬は、胸倉を掴みそうになる。
しかし、そっと肩に置かれた手のぬくもりに冷静さを取り戻した。
振り返ると、そこにはいつもの笑みを浮かべる南の姿があった。
この状況でも、何一つ動じていない。
「織斑先生。ここは俺が」
そう言うと、一歩前に出て軽く咳払いした。
「おほん。あー、もしもし?」
自信満々に話しかけると、男は何も言わずに南の方を見た。
話を聞く気はあるらしい。
「賭けてもいいですが、この車両には爆弾が仕掛けられています。政治家が、形勢逆転のために隠し持つバクダンだとか、野球選手が肘に抱えるバクダンだとか、そういう比喩ではなく、本物の爆弾ですよ。ですが、ご安心を……こんなことが起こってしまったのだし、電鉄会社は、運賃くらい返してくれるでしょう。こんな乗り心地の悪いモノレールなんて何度だって乗せてくれますよ、それこそあなたの気が済むまで。だから、今は逃げた方が賢明です」
南は舌を噛むこともなく続ける。
相手の男は何かを言おうと口を開くが、それよりも先に言葉を投げかけた。
「それでもここを離れないというなら、ご自由にどうぞ。その代わり爆弾が爆発したらあなたは二度とこのモノレールには乗れません。その座席は何番ですか? ここは三号車で、前から九列目ですから『3―9』ですね。あなたの座っている『3―9』にはきっと花束が供えられるでしょう」
「もういい、分かったから黙れ……まったく、やかましいガキだ。アンタも教師ならちゃんと指導しておけ」
男は南に負けずとも劣らない早口で言うと、渋々立ち上がり、ラウラの方へと歩いていった。
「よくやった、神代」
千冬の表情がようやく少し落ち着く。
「こんな時こそ落ち着いて、一つ一つ対処していかないといけない。とりあえず、頑固おやじは片付きました……次は爆弾の処理と、これを止める作業だ」
南はそこで初めて表情を引き締めた。
「簪、いけるか?」
「もう少し……」
南の対応を見ていた簪の指はスムーズに動いていた。
先ほどまでの焦りの表情はない。
「一夏、箒、セシリア。すぐに行くから、もう少し遊んでてくれ」
『早く来てくれよ! こっちだって……うおっ!?』
切羽詰まった一夏の声が、通信システムを通して聞こえてくる。
『南さん、急いでくださいまし!』
『そうだぞ! 大体、お前はだな……』
「まぁまぁ、落ち着け。俺だって今、おじさんを一人倒したところなんだ」
ため息交じりに言うと、一夏の声がまた響く。
『こっちは学園祭の時の亡国機業なんだぞ! 大体、お前は……』
「分かった分かった。俺の悪い所については、今度、ゆっくり聞こうじゃないか。多分、その時には、俺も罪を償う覚悟が出来てるはずだ」
そう言う南に、一夏が『ああ』と頷いた。
『そうだな、今度……いや、これが終わったら聞いてもらうぜ! うおおおお!』
激しい衝突音が鳴った。
同時に、空気を切り裂く音もする。
「いけるっ!……全てのロックは解除しました! 出撃可能です!」
「鳳、デュノア、ボーデヴィッヒ! 車両を止め、爆弾の処理に向かえ!」
返事をする間も惜しい三人は何も言わずに駆け出した。
知らぬ間に、いつものナイフを手にしていた南は、簪の肩を叩く。
「簪は行かないのか?」
「私は、爆弾を見つける……絶対」
「もう見つけたぞ」
「……え?」
簪の目が丸くなった。
不敵に笑う南は、車両の後ろの方を指さす。
「糸が教えてくれた。天井部の中だ……急げ。俺のISじゃ間に合わない」
それだけ聞いた簪は、すぐに三人の後を追う。
一夏と箒、セシリア……そして、亡国機業のエムとオータムはそれぞれ合流し、対峙していた。
「車両には手出しさせねぇ!」
そう叫ぶと同時、一夏が速度を上げてエムに突っ込む。
それに続くように箒とセシリアも飛んだ。
エムは腕部のガトリングガンを連射しながら、一夏をあざ笑うかのように舞う。
そして、オータムもまた、乱雑にレーザー砲を放ちながらも、箒とセシリアの猛攻を寄せ付けなかった。
弧を描くように飛び、時に激しく刃を交える。
一夏は、学園祭の時とは違うエムのIS、そしてその強さに歯を強く噛んだ。
「うおおおお!」
雪片を振り上げ、勢いよく叩きつけるように斬りつける。
しかし、エムは余裕の表情を浮かべたまま、大剣でその一撃をいなした。
交戦の中、背後で爆発音が鳴り響いた。
その音に、五人は動きを止め、音の方へ振り返る。
モノレールを包むように噴き出ている煙に、一夏は眉を下げた。
「そ、そんな……」
「ぎゃはははは! ざまぁねぇな、おい」
オータムが下品な笑い声を上げ、エムは二対の槍を一夏に向ける。
「死ね」
小さく、しかしハッキリと告げた瞬間。
その先端からビームが……射出される寸前で、何かがその槍を弾いた。
エムの表情が驚きで歪む。
「甘いわね」
エムの攻撃を弾いた張本人は素早く蹴りを放ち、距離を開けた。
ワンテンポ遅れて振り返った一夏は、その姿に目を丸くする。
「はあい、一夏くん。楯無おねーさん、参上!」
蒼流旋を肩にかけた楯無は、いつもとは違う笑みを浮かべていた。
「楯無さん!」
「もう、一夏くんったら駄目じゃない。敵に背中を向けちゃ」
「で、でも……そうだ、南!」
「大丈夫よ。あの子たちが簡単にやられるわけないでしょ」
モノレールを包んでいた煙が晴れ、その中から鈴とシャル、簪が飛び出した。
八つの装甲脚で、器用に箒とセシリアを掴んでいたオータムに向けて、一斉に各々の遠距離武器を放つ。
モノレールの天井部には、ラウラが息を大きく吐きながら右手を伸ばしている姿が見えた。
周りの空間の揺れが、AICの使用を一夏に理解させる。
そして、咳き込みながら出てきた南を見て、一夏はパッと表情を明るくした。
「南!」
「ごほっごほっ!……凄い煙だな」
既にISを展開していた南は、ナイフを片手にラウラと共に駆け出した。
「はぁっ!」
「ぐっ!」
楯無の攻撃を受け、エムが地面に叩きつけられた。
その隙を逃さない楯無は、蒼流旋を構える。
「これで終わりよ!」
ミストルテインの槍を縮小した一撃は、されど確かにエムに放たれた。
「なっ!?」
しかし、楯無の表情が晴れることはない。
エムを庇うように覆われた金のISの存在に、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「あなたは……」
「ふふ……そんな攻撃じゃ、物足りないわ。更識楯無さん」
それは、学園祭時にオータムを回収したスコールだった。
合流したオータムも合わせ、亡国機業の部隊、三名が揃う。
同時に、南を合わせたIS学園専用機持ちも集結し、一堂に会する。
「エム、織斑一夏は任せたわよ」
スコールが言うと、エムは不気味に笑いガトリングガンを放ちながら一夏へ突進した。
差し込まれるように身を引きながら、一夏が背後に飛ぶ。
「箒ちゃん、鈴ちゃん、ラウラちゃん! お願い!」
楯無が素早く指示を出すと、三人はその後を追った。
スコールとオータムはその間も、微笑を浮かべていた。
「よぉ、神代 南ぃ」
オータムが口の端を持ち上げた。
南は無表情のまま、ただ二人を睨む。
「てめぇのせいで、スコールの私に対する評価も地に落ちちまった」
学園祭の時の事を言っているのだろう。南は、そこでふっと笑った。
「さっき何か踏んだと思ったら、それだったのか」
余裕の笑みを浮かべる南に、オータムの頬が引き攣る。
「てめぇ……ISもどきしか使えないガキがよぉ! よくも、このオータム様が今まで築いてきた功績を無下にしてくれやがったな……ぜってぇ、殺す」
「お前の功績?」
南は一瞬だけ首を傾げて、すぐにああ、と頷いた。
「そうだな、すごい功績だ。特別な人間でなくても、ISを動かせることを証明した」
「その減らず口、叩けなくしてやるよぉ!」
「待ちなさい、オータム」
姿勢を低くし、吠えるように言ったオータムに、スコールはその手で彼女の動きを制した。
スコールの全てを見透かしたような視線が、南を貫く。
「そうやって挑発すれば、敵が突っ込んでくれたのよね……今までは」
ゆっくりとスコールは地面を指さす。
「糸、張ってるんでしょう? その手は、私には通用しない」
「ほう、分かってるな」
「ええ……私はね、あなたの『組織』と繋がりがあったのよ? 戦法なんてお見通し……さらに言えば、弱点も知っている」
「試してみるか?」
南は言うと同時に駆け出した。
オータムが反応すら出来ないほどの俊足。
楯無ですら、気付いた時にはもう、スコールに向かって飛びかかっていた南の姿しか捉えられない。
ナイフの刃がスコールを切り裂く直前。
背中から伸びた尾のような装甲が、南の身体を弾き飛ばした。
「ぐふっ」
地面に叩き付けられた南は、元の位置に滑り込むように転がった。
「南っ!」
シャルが悲鳴にも似た声を上げた。
対してオータムは、愉快そうに笑っている。
「不味いな」
南がそっと呟いた。
「勝てないぞ、これ」