「か、勝てないって……」
南が思わず呟いた一言に、簪が顔を強張らせた。
ゆっくり立ち上がる南に、スコールが追い打ちをかける様子はない。
余裕の表れに、セシリアがスターライトを構える。
「オータム!」
「ちっ! 神代 南の相手をしたかったが、仕方ねぇ……オラァ!」
スコールの声に、オータムが素早く反応した。
セシリアがトリガーに指をかけると同時に、突っ込んでくる。
八本の脚部装甲からレーザーをばら撒いた。
「くっ!」
背後に飛びながらセシリアが表情を歪めた。
簪が慌てるように援護に向かう。
「勝てないとか簡単に言わない! 男の子でしょ!」
そんな妹の背中を尻目に、楯無が南に言った。
スコールを睨みつけながら、南は弱気な声を出す。
「いや、これ無理だ……オータムの相手を俺が……」
「させないわよ!」
南が足を向けた瞬間、スコールが跳んだ。
両肩に備わっている鞭を展開し、叩きつける。
シャルと楯無が左右に回避する中、南はそのスコールに向かってナイフの刃を射出。
背部から伸びる尾でそれを弾いたスコールは、そのまま南の前に着地した。
南は刃を戻しながら駆ける。小さく振りかぶり、その脚部を狙う。
しかし、ナイフが当たる寸前に、またも尾の一撃が南の腹部を殴打した。
「ぶぐっ」
体内の空気が全て抜き出るような衝撃。
それでも南は、両足で体を支え、再びスコールへと飛びかかった。
「ふふっ……分かってるでしょう? 神代 南くん。私が『組織』と手を組んだ際に与えられた力……それは『サソリ』。『蜘蛛』じゃ勝てないのよ!」
―――クモとサソリは同種である。
かつては蛛形綱と呼ばれた大きなグループの中に両者は分類され、体の様々な機構において、共通点が多い。
時を経て、分化が生じたクモとサソリの力関係は歴然。
同じ「待ち伏せ」を戦法としながらも、クモが糸を利用し、空中の獲物を捕られるよう進化したのは、サソリから逃れるためだと言われている。
「はあぁ!」
スコールが両手を伸ばし、火の粉を凝縮した超高熱火球を、両サイドから迫るシャルと楯無に発射。
二人は体を捻じってそれを避ける。
―――サソリは、最強の虫という終わりなき議論でも、度々その名を覗かせる。
その理由として挙げられるのは、確立され、完成された攻撃方法。
真正面に捉えていたとしても、上部から襲い掛かる尾針の攻撃は、完全に死角をついており、対策を持つ昆虫は皆無。
そしてサソリには、それを裏付ける多くの戦績がある。
VSカマキリ、サソリの勝ち。
「シャルロットちゃん! 攻撃の手を緩めないで!」
「はい!」
VSカブトムシ、サソリの勝ち。
「よりによって、どうして『サソリ』なんだ……」
「ふふふ……あなたを殺すため、かもしれないわね」
VSハチ、サソリの勝ち。
他にも様々な虫を戦せた結果、その全てがサソリの前にひれ伏すことになる。
当然、その中にはクモの姿もあり、地上にて正対するならば、サソリとクモの対戦は、必ずサソリが勝つ。
(なんとか糸を……)
南は焦りに表情を染めながら、突破口を探し駆け回る。
ふと、背後で起きた四つの衝撃に、南は視線を向けた。
一夏と箒、鈴、ラウラが地面に叩きつけられたものだった。
エムは空中に鎮座し、静かに笑う。
しかし、援護に行くことも出来ず、南は楯無の背後から飛び出した。
「ふん!」
手に糸を巻き付け、鋭く振るう。
放たれた手刀はしかし、スコールの跳躍であっけなく躱された。
上空で待ち構えていたシャルの一撃……を、受けるよりも先に、件の尾を突き刺す。
シャルは腹部にそれを受け、一夏たちの方へと落ちた。
一瞬で高度を上げた楯無が、蒼流旋に内蔵されているガトリングガンを放つ。
冷静なスコールは、機体の周囲に熱線のバリアを張り、楯無を迎え撃った。
隙を突かれた楯無は、至近距離で熱球を連続で浴び、最後は蹴りによって地面に叩きつけられる。
「お姉ちゃん!」
簪の視線が、楯無の方へ向いた。
「うぐっ!」
それと同時に、ラウラが呻き声を上げる。
オータムによって弾き飛ばされ、そのまま簪と接触。
間髪入れず撃ち込まれた砲撃に、二人は沈む。
「はんっ! そんなものかしら?」
スコールがあざ笑うと、空中で亡国機業の三機が、それぞれの武器を向けた。
一か所にうずくまる一夏達へ、無慈悲に放たれる攻撃。
「くっ、間に合え……っ」
南は歯を剥き出しにして腕を振った。
数多の衝撃が轟く。
粉塵が舞う中、箒は思わず閉じた目を薄っすら開いた。
スコール達の爆撃によるダメージはない。
「み、南……さん……」
セシリアの震える声が聞こえる。
嫌な予感がした。
「ぐ、がばっ」
口から血を垂れ流した南は、両手を広げ、八人に覆いかぶさるようにしていた。
三者三様の攻撃全てを、背中一つで受け止めたのだ。
「お、おぅ……だい、じょう……ぶ……か……?」
まともに発せられない声に、簪の目から涙が零れる。
一夏は悲痛に表情を歪めていたが、次の瞬間には怒りに顔を赤くし、上空へ飛んだ。
「ああああああ!!」
鈴とラウラも飛び出す。
膝をついて倒れ込む南を、楯無が支えた。
「南くん!」
「南!」
楯無は体を揺すり、箒が呼びかける。
しかし、南が目を開けることはなかった。
「ど、どうして……南……あ、あんな攻撃、一人で受けきれるわけないじゃない!」
シャルが涙交じりに叫んだ。
すると楯無の腕の中で、南が口を小さく開く。
その端がわずかに持ち上がった。
「おれ、は……お母さん、だから……な……こど、も、を……まもる、の、は……とうぜん……だ……ほら、シャル……かおが、よごれてるぞ……ふいて、やろう……か……?」
―――子の為に、文字通り命を懸ける蜘蛛が、存在する。
『Stegodyphus lineatus』
ムレイワガネグモの一種である。
イスラエルの砂漠に分布するこの種の母蜘蛛は、昆虫などから栄養を十分に蓄えると、それを境に何も口にしなくなる。
自らの内臓……腸を与える為に、溶かす作業に入るからだ。
生まれてきた子蜘蛛に、液状になった内臓を食事として提供し、果ては心臓以外の全ての臓器を差し出す。
子の生前から比べると、その体重減は95%にも上り、子蜘蛛によって食い尽くされた後に残るのは、空の外骨格だけである。
「そ、そんな……馬鹿な……」
箒が顔を覆った。
京都に着いた直後に一夏が言った冗談を、こんな状況でも言って笑う南に、箒は拳を握りしめる。
「馬鹿者!……お前は、本当に……くっ……」
「そう、おこるな…………はやく、おわら、せて……きてくれ」
それだけ言うと、南はプッツリ糸が切れたように動かなくなった。
楯無は静かに南を寝かせると、ゆっくり立ち上がった。
「箒ちゃん、セシリアちゃん、シャルロットちゃん……少しだけ、時間を稼いで……簪ちゃんは南くんから離れないように……頼んだわよ」
「おねぇ、ちゃん……」
簪の声が涙で震えている。
楯無はキッと妹を睨みつけた。
「泣いてる場合じゃない!」
その怒声に、簪は目を丸くした。
楯無の目が、潤んでいることに気付いたからだ。
そんな姉を見たのは、初めてだった。
「必ず……必ず仕留める……」
そう呟いた楯無は、蒼流旋のガトリングで牽制しながら、その場を去る。
「よくも……よくも南さんを!」
セシリアはブルー・ティアーズのビットを全て駆使し、スコールに向けて飛ばす。
シャルも両手にサブマシンガンを構え、上空へ。
しばらく南を見つめていた箒。
その機体が、眩い黄金に輝く。
「……はぁああああ!」
瞬時加速を遥かに上回る速度で上昇。
両肩の展開装甲をクロスボウ状に変形させ、オータムに向けた。二門の出力可変型ブラスターライフル、「穿千」の一撃が放たれる。
「なっ、なん……」
オータムは、言葉を発する間もなく吹き飛んだ。
地上で南を庇うように立った簪は、両手を広げて、切り札である「山嵐」を起動。
エムへ追尾するミサイルだったが、彼女は舞うようにそれらを避けた。
しかし、その先にいた一夏が、背後から斬りつける。
「くっ! 中々やるな」
エムが笑うが、一夏は怒りに任せて雪片を振り、雪羅の荷電粒子砲を発射する。
更にその後を追うように、鈴が龍砲を放った。
その全てを、八の字を描くように飛んでやり過ごしたエムは、大剣を構え、一夏と鈴に斬りかかる。
二人は、その乱暴なまでの剣戟に、必死に身を引いた。
そのままエムは、辺りを飛ぶブルー・ティアーズのビットの一つを掴み、セシリアに投げつける。
すかさずもう一つを、ラウラの方へ放った。
スコールの尾を避けた先で、ラウラがビットの一つに体勢を崩す。
「なっ……」
その一瞬の隙をついたスコールは、熱球をラウラに浴びせた。
箒が背後から空裂を振り上げるが、尾による刺突がそれを許さない。
七人の攻撃は、二人の敵によって完全に無力化されていた。
手の届かない歯痒さに、全員が苦い表情をする。
しかし、ヤケクソ気味に鈴が投げた双天牙月に、エムとスコール、両者が反応した。
二人の視線が交わり、動きが止まる。
「もらいましたわ!」
セシリアのスターライトが弾けた。
その一発はエムを直撃し、一夏が追撃する。
箒の絢爛舞踏により増した輝きは、エムを怯ませるのには十分だった。
スコールが援護へ向かおうと姿勢を低くしたが、ラウラの放つレールカノンを被弾。
肩の鞭を伸ばして牽制するも、シャルが機関銃を絶え間なく撃ち込み、高度を落とした。
地上に降り立ったエムの傍に、スコールは膝をつき、しかしすぐに立ち上がった後、上空に並ぶ六人を睨む。
両手を広げ、熱線を伴う衝撃波を拡散。
「ぐっ、うあああ!」
一夏を始め、全員が地面に叩きつけられた。
唯一地上にいた簪が、荷電粒子砲を向けるが、エムの一撃により、背後に転がり込む。
「ふふ……終わりね」
スコールは、金色に揺れるヴェールの中で静かに笑った。
「ええ、終わりよ」
その遥か先、何キロも離れた地点で、楯無は首を振った。
十メートルはある設置型の超大型ライフル。その照準を覗き込んだ楯無が吠える。
「いっけえええ!」
その声に反応したスコールは、楯無が引き金を引く一瞬だけ早く告げた。
「あれは不味いわね。エム!」
「ああ」
短く応えたエムと共に飛翔しようとして、スコールの顔が青ざめる。
自分の足が、動かないのである。
何かが、纏わりついていた。
「なにっ……」
混乱しながらも、スコールは体だけを捻じり、ライフルの巨大な光線を回避。
しかし、その動きも虚しく、スコールの右腕が吹き飛んだ。
「ふぐっ……」
スコールは苦しげに表情を歪めたその先に立つ人影を見て、「馬鹿な……」と呟いた。
「よぉ。やっと踏んでくれたな……俺の糸を」
嬉しそうに言う神代 南の笑顔に、スコールは言葉を発することが出来なかった。
ISを展開し、平然と立ち尽くすその姿に、エムも眉を顰めた。
「南っ!」
簪の表情が綻んだ。
同時に、熱線の衝撃波を受けながらも、なんとか立ち上がる一夏達六人が、驚きと喜びの入り混じった表情になる。
数キロ離れた所にいる楯無が、口元を抑えた。
「あなた……どうして……」
「質問は三つまで許そう」
スコールの言葉は驚きで染まっていたが、南はいつもと変わらない調子で笑い、右手で三本の指を立てた。
右手を庇いながら、スコールは吐き捨てるように言う。
「あなた、私たちの攻撃を受けたはずじゃ……どうして無傷でいられるのかしら?」
「ふっ……お前らの攻撃を受けたのは俺じゃあない……俺が作った、俺のダミーだ」
「ダミー……ですって……」
―――ゴミグモ属は、自分の食べかすを始めとする、様々なゴミを集めて網につけることで擬態することが知られている。
しかし近年、南米ペルーのアマゾン川で、葉や死んだ昆虫などを集め、巣上に自分よりも大きな「蜘蛛」を作り出す種が発見された。
八本の足までをも正確に再現したそれは、自らの巣を揺することで、あたかも動いているように見せるという。
何らかの形を作るゴミグモこそあれど、「複数の脚を持つ蜘蛛」を再現しているのが観察されたのは、これが初めてである。
鏡のない世界で、どうやって自分の姿形を認識しているのか、これは謎に包まれている。
しかし、「クモはサソリに勝てない」……そうであるが故に、発想と創造を武器にすることが出来た。これは、種の限界を超えた大きな力であることは、間違いない。
「馬鹿げてる……もし、そんなことが出来たとして、いつ用意していたの!」
「二つ目だな」
南が、立てていた人差し指に、中指を追加した。
「お前に勝てない勝てないと言いながらも、何度も向かっていきながら、俺は準備を進めていた」
「小賢しい……この糸は? いつ、足に纏わらせた?」
「簡単な話だな。その糸は、俺がオータムちゃんに仕掛けようとしていた罠なんだ……アンタに邪魔されたが、無駄にならなくてよかったよ」
「あなたは……いったい……」
スコールが震える声を絞り出した。
すると南は腰に手を当てて、自慢げに笑う。
「四つ目の質問だが、特別に答えてやろう」
そして、その表情を引き締めた。
「俺の名は『蜘蛛』……誰にも縛られることはない、自力で全てを絡め取る、『蜘蛛』だ。サソリだの尾だの言って喜んでるお前みたいなのは、『蜘蛛』からしてみれば……格好の獲物なんだよ」
種明かしを終えた南に、スコールは歯ぎしりをした。
少し後ろで黙っていたエムが、突然、スコールの脚部に槍を差し込む。
「ぐっ!」
スコールの表情が一瞬歪んだが、すぐに不気味に笑みを浮かべた。
「今日の所は退かせてもらうわ。十分な実践データは取れたしね……」
エムに抱え込まれながら言ったスコール。
二つの影は遥か彼方へと飛び去って行く。
「本当は追えたら格好良いんだろうが……糸、全部使い切ったからなぁ……もう無理だ」
南はISの展開を解除し、派手に倒れ込む。
息を切らしながら、いつの間にか暗くなった空を見上げた。
「とっくに飽きたと思っていたが……京都の夜空をこうやって眺めるのは初めてだ…………悪くないな」
遠くから一夏達が駆け寄る音がする。
南を呼ぶ声も聞こえた。
「誰と来たか、ね」
ゆっくりと立ち上がった南は、右手を軽く挙げながら、専用機持ちに笑顔を向ける。
「バッッッカじゃないの!」
旅館に帰り、風呂に入り、食事を摂った専用機持ちは、南と一夏の部屋に集まっていた。
ポテトチップスやジュースの袋が散らばるその部屋で、鈴が南に詰め寄る。
「なんで、アンタは……アンタは……作戦があるなら、ちゃんと教えときなさいよ!」
肩を振るわせ、涙交じりに言う鈴に、南は苦笑することしか出来ない。旅館の浴衣を着た鈴の肩に手を置いた。
「いや、俺も急遽思い付いたんでな……説明する時間はなかったし、あいつらに油断してもらうには、あれくらい必要だったんだ」
「何が、俺はお母さんだ! ふざけているのか!」
涙ぐむ鈴の隣から、鬼の形相をした箒が叫んだ。
こんな時、真っ先になだめる役に徹するシャルも、今日ばかりは饅頭を片手にジト目で南を睨んでいる。
「いや、まぁ……な? 皆が和むかなと思って……」
「「和むか!」」
鈴と箒の声が重なった。
すると、セシリアが首を傾げる。
「そういえば、あれは南さんのダミーなんですのよね? 普通に話していましたけど……」
「あれは糸電話の原理を利用したんだ。糸を通して、俺が話してた」
「ということは、わたくし達が必死に戦っている間、陰に隠れていた、ということですのね?」
セシリアは笑顔だった。
頬を掻きながら南が視線を逸らす。
「えっと……まぁ……ほら、バレると、作戦が台無しに……」
セシリアの表情は変わらないのに、何故だか、周りの気温は下がっていくように感じられた。
そんな笑顔から逃げるように、南が立ち上がる。
「流石に不味かったか」
ため息をつきながら、部屋の端にある冷蔵庫を開けた。
中から水を取り出して向き直ると、ラウラと簪が並んでいた。
「おう……何か飲むか?」
二人は同時に首を振る。
「南……私は信じていたぞ」
「私も……きっと大丈夫だって……でも……」
「でも?」
首を傾げた南の胸元に、簪は頭を預けた。
続けて、ラウラが南の腰に腕を回す。
「でも、やっぱり、心配した」
「生きててよかった、南」
密着する二人の頭を優しく撫でながら、南はそっと口を開いた。
「すまなかった。次からはもう少し上手くやる」
しばらく南から離れなかった二人。
その様子を、楯無が含みのある表情で見つめていた。
日が変わり、すっかり静かになった旅館の中庭で、南はそっと息を吐いた。
ラウラと簪に解放された南は、元の場所に戻ると同時に箒とセシリア、鈴に詰め寄られ、同じように頭を撫でるよう催促された。
それから数時間騒いだ後、各々が部屋に戻り、就寝することになった。
一夏は別部屋で本音と会っていたが、箒たちと入れ替わりで部屋に戻り、南にひとしきり文句を言った後、気を失うように眠りに落ちた。
すぐに眠れなかった南は、中庭に足を運び、空を眺めていた。
「南」
名を呼ぶ声に振り返ると、そこにはシャルが立っていた。
月明りに照らされた彼女の表情は、いつものように優しい。
「どうした、眠れないのか?」
「うん、なんだかね……南も?」
シャルが尋ねると、南は小さく頷いた。
すぐ隣に並んだシャルの距離は近く、少し動かすだけで手と手が触れ合ってしまう。
「あ、すまん……」
南が離れようとすると、シャルがその手を掴んだ。
「シャル?」
シャルは力強く、しかしどこか弱々しく南の手を握る。
「ちょっとだけ、こうしてて……いい?」
儚く放たれた言葉は、油断していると聞き逃してしまいそうだったが、しかし、南の耳には確かに届いた。
「ああ」
月明りが、二人を優しく照らす。
そこに、言葉は必要なかった。
「そろそろ寝るね。明日も観光だし!」
そう告げて部屋に戻ったシャルを見送り、南も部屋に戻るべく通路を歩いていた。
吹き抜けになっている通路を横切る風は冷たく、思わず身が震える。
「ん? 会長?」
角を曲がったところで、腕を組んで立っていた楯無を見つけた。
南は寒い寒いと身を擦りながら、彼女の方へと歩み寄る。
「……南くん」
楯無の声音は、いつもとは違っていた。
ふざけているわけでも、怒っているわけでもない。
そんな声を聞くのは初めてで、南は静かにその隣に立った。
「ピンピンしてるわね」
「まぁ……」
「おねーさん、騙されちゃった」
「やっぱり演技は必要なのかもな」
いつかしたやり取りに、楯無は噴き出した。
しばらく黙っていた楯無だったが、やがて意を決したように南の前にトンと足を向けた。
「次、簪ちゃんを泣かすようなことしたら許さないって言おうと思ったけど、やめたわ……もう、簪ちゃんをダシに使うようなことはしない」
楯無の目が、真っすぐ南を見つめる。
「ふふっ、覚悟してなさい」
それだけ言うと、楯無は南の頬に唇を当て、そのまま身を翻し、さっさと部屋の方へ戻って行った。
何が起こったのか分からず、南はただ立ち尽くす。