京都での激しい戦闘の翌日。
不幸中の幸いと言うべきか、市街地ではなく、緑生い茂る高原での戦いであった為、京都の街に被害はなく、IS学園生は引き続き修学旅行を楽しむことになった。
楯無の強い要望により、専用機持ちは自由行動が許されたが、一夏は本音と過ごすためにクラスでのプログラムに参加した。
一行が出発した三十分後、南達八人は宿を出た。
「さぁ行くぞ、南!」
「時間は、有限」
箒と簪が南の腕を力強く引っ張る。
突然のことに、南には何が起こっているのか分からない。
「え、いや、皆は?」
引きずられながら振り返ると、取り残されたセシリア達が恨めしそうにこちらを睨んでいた。
「昨日決めたんだ。私達は二人ずつに分かれたから、南には今日、とことん付き合ってもらうっ」
「順番は、私達二人の後、セシリアとラウラ、それから鈴とシャルロット」
箒は慣れた様子でタクシーを呼び止め、そそくさと乗り込んだ。
有無を言わせぬ早さで、南も詰め込まれる。
行き先を告げた簪に、運転手は短く返事をすると、タクシーはゆっくりと走り出した。
「それはひょっとして、俺がかなり忙しいことになるんじゃ……」
「文句あるのか?」
「昨日、余計に心配させたこと……忘れてないよね?」
両サイドから凄む箒と簪に、南は思わずため息をつく。
それと同時に、タクシーは目的地に着いたのか、緩やかに速度を落として停車した。
「まずはここだ」
降り立ったのは、伏見稲荷大社だった。
伏見区にある単立神社は、観光客に大変人気があり、この日も多くの人で賑わっていた。
「一度、訪れたかったのだ。この千本鳥居を拝みに」
「行ったこと、なかったから」
箒と簪も、他の観光客と同様に目を輝かせた。
一日の覚悟を決めた南は、二人の頭に手を乗せ大股で歩き始める。
「それじゃあ、行こうか」
優しく言った南に満足した二人は、笑顔で頷いて後を追う。
鳥居の連続を歩き始めてすぐに、参道が左右に分かれていた。
南は一度訪れているため、二人に視線をやる。
「どっちに行きたい?」
「うむ、どちらでもいいが……」
「じゃあ、左に」
簪が言って足を踏み出した。
しばらく歩くと、木々に囲まれ、観光客で賑やかだった参道が途端に静かになる。
周りには南達以外、誰もいない。
箒は、興味深そうに視線を上に左右に向けながらゆっくり歩く。
木々をすり抜けて差しこむ陽は暖かく、南は小さく欠伸をした。
穏やかに過ぎる時間は、昨日のことなどなかったかのようであった。
「今日はあったかいな」
「うん、過ごしやすいね」
南がポツリと漏らすと、簪が頷いた。
そんな二人の距離の近さに、鳥居に夢中になっていた箒が気付き、ムッとした表情になる。
「ほら、南。見てくれ……見事なものだな」
先程から散々見ている鳥居を指さして箒が言った。
同時に、その腕を南の腕に絡ませる。
今度は簪が表情を変え、南の腕を掴んだ。
「南……寒いから、くっ付いてて、いい?」
「さっき過ごしやすいって……」
「さ、む、い、か、ら……くっ付いてて、いい?」
「どうぞ」
簪が腕に力を込める。
蛇が獲物を絞め殺すように力を入れた。
南の腕から血が引き、だんだん感覚がなくなっていく。
「おい、簪。南が歩きにくいではないか。もう少し離れたらどうだ?」
「箒こそ。南を離してあげて」
二人は、南の腕をそれぞれ左右に引っ張りながら言った。
もう鳥居なんてチラリとも見てはいない。
そうして容赦なく南を引っ張る箒と簪だったが、箒の力の方が強かったのか、簪の腕から南の腕がすっぽり抜けた。
懸命に引っ張っていた箒は止まらず引っ張り上げていた為、南は勢いよくバランスを崩した。
箒とぶつかる直前で足を上手く滑らせ、直撃を回避。
「おっと」
そのまま一本の鳥居の方へよろけて行った。
南がぶつかる鈍い音と、ガリっという嫌な音がした。
「あ……」
簪が素っ頓狂な声を出し、箒が口をあんぐり開ける。
制服の何かがかすったらしく、鳥居に小さな傷が出来ていた。
幸い、既にボロボロの鳥居であった為、一見すればどの傷かは分からない。
しかし三人は、冷や汗を垂らしながら固まった。
「これは……」
「なんと罰当たりな……」
他人事のように言う箒。
「で、でも……古くなって老朽した物は取り換えるって、パンフレットに書いてたし……」
「誰に謝れば許してもらえるんだ?」
簪がフォローすると、南はよろけた体勢のまま言った。
「……ま、まぁ! 私達は昨日、この地の為に闘ったのだ。『昨日、京都を救った者です』と参拝すれば、許してもらえるだろう」
「試してみるか?」
「言った瞬間、神様の拳が降ってきたりして」
簪の低い言葉にすっかり意気消沈し、三人は稲荷伏見大社を後にした。
気を取り直して、次に訪れたのは鹿苑寺こと金閣寺だった。
リクエストしたのは簪らしいが、何も近くで見たいのではなく、鏡湖池からの逆さ金閣が見てみたいのだと言う。
「ほぁー……これが……」
感嘆の声を上げる簪は、キラキラとした瞳で金閣を眺めた。
その隣では、箒も満足気に頷いている。
先ほどまで南を取り合っていた二人とは思えない距離で、仲睦まじく並んでいた。
「お二人さん、写真を一枚……まぁ、スマホのカメラだが」
南が背後から声をかけると、二人は同時に振り返った。
金閣寺をバックに、笑顔を作る。
「撮りますよー。『なぬねの』、足りない一文字は~?」
「「にー」」
カシャッ! と大きなシャッター音が響く。
それに満足した三人は、ベンチに腰掛け、時間を忘れて優雅に過ごした。
静かに過ごす三人の間に会話は必要なく、肩を寄せて座っていた。
すると、先程写真を撮ったスマホが振動し、南はポケットから取り出す。
画面に表示されている名前を見て表情を歪めた。
「いまだかつて、嬉しい電話をかけてきたことがない友人からだ」
「誰?」
簪は、なんとなく察しがついたが、訊ねてしまう。
「一夏だ」
電話に出ると、開口一番、嬉しそうな一夏の声がした。
『あ、南? 後ろ、振り返ってみてくれ』
「後ろ?」
言われた通りに振り返ると、そこには一夏と本音の二人が立っていた。
他のクラスメイトの姿は見えない。
「お前達も来てたのか……クラスの皆は?」
「いや、俺とほんちゃんも途中から別行動することにしたんだ。千冬姉が許してくれた」
「千冬姉ちゃん、弟に甘すぎるだろ」
南がげんなりして言うと、一夏が軽く笑った。
本音は嬉しそうに簪に抱きついている。
「あ、そうだ。ほんちゃんと写真撮ってくれよ」
一夏がポンと手を叩いて言った。
断る理由もなく、南は一夏のカメラを受け取る。
「よし、金閣寺をバックにだな……もう少し右……もう少し……よし、そこだ」
南は片手でオッケーマークを作り、その後、両手でカメラを構えた。
一夏と本音がピースする。
「『なぬねの』、足りない一文字は~?」
「「……?」」
先程と同じ台詞を言うが、箒と簪とは違い、一夏と本音は困惑していた。
それもお構いなしにシャッターを切った南。
「よし、上手く撮れた」
「いやいやいやいや、もっとだな!」
一夏が詰めよると同時に、どこからともなくセシリアとラウラが現れた。
急なことに、南の後ろで箒と簪が驚いた声を上げている。
「時間ですわ!」
「写真なら、箒か簪に撮ってもらえ」
ほんの五秒だった。
忍者のような俊敏さで、南は拉致に近い形で連行された。
「正直、助かったぞ二人とも。あのままだと、一夏に延々と写真を撮らされていたかもしれん」
南は、セシリアとラウラの後を追いながら呑気に言った。
昔ながらの建物が並び立つ通りを歩く。
「それは良かったですわ……さぁ、南さん。今度はわたくし達にお付き合いしていただきます」
「よし……で、どこに行くんだ?」
「それは着いてのお楽しみ、というやつだ」
ラウラが笑顔を振りまきながら言った。
よほど楽しみなのか、かなり機嫌が良かった。
歩くこと三十分弱。
たどり着いたのは、ガラス張りで、店内がよく見える奥行きのある店だった。
店内には、着物がズラリと並んでいる。
「ここは……」
「舞妓さん体験ですわ!」
セシリアが両手を広げた。
満面の笑みを浮かべる二人に、南はどこか納得したように頷く。
「なるほど。まぁ、女性なら確かにやってみたいと思う気持ちは分かる。俺の母ちゃんも昔なりたかったらしいし」
それだけ言うと、ラウラが自信満々に胸を張った。
「楽しみにしておけ、南……「おやめください、お殿様」「よいではないか、よいではないか」「あーれー」を、させてやる」
「クラリッサを呼んで来い。今すぐだ」
ラウラはそんな南の低い声を無視して、さっさと店に入ってしまう。
頭を抱えた南も後に続いた。
いつの間に予約したのか、店員に一言二言告げたセシリアは、ラウラと共に奥の部屋に案内されていった。
突然放置され、南は何をしていいのか分からず店内の浴衣をウロウロと見て回ることにした。
すると、南の背後から店員が声をかけてくる。
「お客様も着物体験されますか? 今ですと、すぐにご案内できますよ」
「俺も?」
思わず府抜けた声が出たが、特にすることもなかった南は、よく分からないままセシリアとラウラが入って行った、店の奥へと足を運ぶ。
「ラウラさん。お着物、似合いますわね」
「そうだろう。これで南も私に夢中になるはずだ」
「ふふふ、それはどうかしら……わたくしだって、ほらっ」
「む……中々やるな」
一時間強かけてメイクや着替えを終えたセシリアとラウラは、鏡に自分を映しながらくるくると回る。
煌びやかでありながら上品さも兼ね備えている姿は、英国貴族になり切れない節があるセシリアや、小柄なラウラの幼さを隠していた。
「それでは、参りましょうか」
「うむ。これ以上待たせると、『着替えるのにそれだけ時間がかかるということは、本物の舞妓さんは、着物のまま寝てるのかもな』とか言い出しかねん」
「あら、あのうるさい方は、お知り合いですの?」
「さあな」
どこか穏やかに冗談を言い合う二人は、しかし足早に部屋を出た。
店員が、南が待っているという別の部屋に案内する。
「お待たせしました、南さん」
「すまないな。これでも急いだ方なのだ」
セシリアとラウラは堂々と部屋に入って行った。
「着替えるのにそれだけ時間がかかるということは、本物の舞妓さんは、着物のまま寝てるのかもな」
予想通りの台詞を言った南だったが、二人は目を丸くした。
着物姿の南が、その視界に飛び込んできたからだ。
若旦那風の出で立ちに、しばらく言葉が出て来なかった。
「どうだ、似合うか?」
本当はセシリアやラウラが先に言うはずの台詞を、南は恥ずかしげもなく言った。
「俺は別に良かったんだが、店員さんが勧めてきてな……二人もよく似合ってるぞ」
予定していた展開にならず、二人は顔を赤くしながら俯く。
撮影スタッフが、店内に用意された背景で写真を撮るプランらしく、三人は呼ばれるままパネルの前に並んだ。
「どうして、お前も着替えるんだ!」
「そうですわ! 折角のお披露目でしたのに……台無しですわ……」
何故か怒られた南は、困惑しながらも笑う。
「まぁ、そう言うな。お陰で三人で写真を撮れるじゃないか……俺は撮るより、撮られる方が好きなんだ」
南は、こうか? いや、こうだな、と自分で勝手に角度を付けながらポーズを取る。
腑に落ちないセシリアとラウラだったが、これが南だなと無理矢理に納得することにした。
背景を変えたり、立ち位置を変えて撮影すること三十分。
後は時間までのんびりして欲しいと言われ、三人は畳の敷かれた部屋で、お座敷遊びに使われる道具を観察したりして過ごした。
ふと、何かを思い立ったのかラウラが南の肩を叩く。
「どうした」
「いや、やはり例のアレをやって欲しいと思ってな」
「例のアレ?」
「『よいではないか』と言いながら、帯を引っ張る……アレだ」
南が首を傾げると、ラウラはうずうずしながら言った。
再び頭を抱えた南だったが、興味が全くないと言えば噓になる。
仕方ないと言いながら腰を上げ、手を揉み合わせた。
「いいのか? 帯の巻き方とか知らないぞ?」
「うむ。どうせ、そろそろ鈴とシャルロットに交代する時間だ」
「よし……」
南が結えてある帯の端を掴んだ。
わくわくした様子を隠さず、ラウラが口を開く。
「おやめください、お殿様」
芝居がかったように言ったが、南のテンションを上げるには十分だった。
一拍置いて、帯を持つ右手に力を込める。
「よいではないか、よいではないかっ!」
言いながら思いっきり帯を引っ張ると、畳で滑る足元で器用にくるくると回りながらラウラはゆっくり倒れ込んだ。
白の肌着が見えたが、ラウラが気にする様子はない。
「中々いいものだな!……少し、興奮した」
顔を紅潮させながらポツリと呟くラウラに、南も満足気に頷いた。
「こんな感じなのか」
「……ごくり」
そんな二人を端から見ていたセシリアが喉を鳴らした。
少し戸惑う様子を見せたが、やがて意を決して一歩踏み出した。
「み、南さん!」
声が裏返る。
「ん?」
「わ、わたくしにも……あの……」
「……やるか?」
南が訊ねると、セシリアはコクリと小さく頷いた。
ラウラの時より慣れた手つきで、セシリアの帯の端を持つ。
「よし、いいぞ」
「はい……おやめください、お殿様ぁ!」
「よいではないか、よいではないっかぁ!」
力を込める。
一度でコツを掴んだのか、力が上手く伝わり、ラウラより高速でセシリアは回った。
数回転した後、膝をついたセシリアは、潤んだ瞳と赤くなった顔で南を見つめた。
しかし当の南はそっぽを向いている。
「お前な……本当、気を付けてくれよ……」
南の言っていることが理解できず、セシリアは首を傾げた。
すると、ラウラが目の前で仁王立ちする。
「流石はセシリア。クラスの女子がエロいというだけのことはある」
「エロくありませんわ! 大体、何を根拠に―――」
「自分の身体を見てみろ」
「身体……?」
言われるがまま視線を下げると、ラウラの白とは違い、肌の色が見えた。
セシリアは着物を除くと、下着しか付けていなかったからだ。
ようやく事態の急変さに気付くと、顔を真っ赤にして、声にならない悲鳴を上げた。
再起不能になったセシリアを慰めるラウラ。
そんな二人より先に店を出ると、鈴とシャルが飛び出してきた。
「うおっ、ビックリした」
南は、思わずのけ反る。
「次は僕達の番だよ」
「しっかりエスコートしなさいよね!」
店の中で沈む英国淑女の様子は気になったが、ドイツの軍人に任せることにし、南は頷いた。
「それで、どこに行くんだ? 箒と簪とは伏見大社と金閣寺、セシリアとラウラはさっきの舞妓体験……他に行きたいところがあるのか?」
三人並んで歩きながら、南が鈴とシャルに視線を向けた。
すると、シャルが一歩前に出て、南の方を向き直る。
「ううん。僕たちは違うよ」
「違う?」
「アンタが行きたい所、おすすめの所に付いて行くの。エスコートしなさいって言ったでしょ?」
笑顔を浮かべながら言う二人に、南は腕を組んだ。
「行きたい所……おすすめの所……」
「何度も来てるんでしょ? 期待してるわよ」
「そう言われてもな……俺は散歩が好きだから、適当にブラブラ歩けるような所しか知らないぞ……折角来たのに、それじゃあ勿体ないだろ?」
「僕はそれでもいいけど……」
「うーん……少し遅いが飯行くか? 親子丼が美味い店があるんだ」
「いいじゃない。はい、けってーい」
鈴は南の手を握り、そのまま引いた。
バランスを崩しがらも、南は足がもつれないよう必死に動かす。
趣のある、旅館のような外観の建物が南の言っていた店だった。
築何十年と経っているだろう店構えは立派で、夜は鳥の水炊きの店になる。
「ここだ」
迷うこともなく入っていく南に続き店内に入ると、そのまま二階に案内された。
箸入れが立っているだけの質素なテーブルの前に腰かけ、ふぅと息を吐く。
「南は、こんなお店いっぱい知ってるんだね。昨日のつけ麺もそうだし」
「そうか? 本当はカフェとかも知ってるんだがな。まぁ、折角なら京都っぽい店の方がいいだろ?」
「ふぅん。南にしてはちゃんと考えてるじゃない」
鈴がからかうように言った。
軽く睨みつける南だったが、鈴は気にしなかった。
「京都って言うと、日本古来の建物とかがたくさん並んでるかと思ってたけど、以外とそうでもないんだね……ハンバーガーとか、コーヒーのチェーン店がいっぱいあって驚いちゃった」
シャルが言う。
すると、鈴も頷いた。
「それは全部、アメリカが悪いんだろう。何でもかんでもアメリカじゃないか。世の中の犯罪や生活の大半がアメリカ流で、ややこしいことになるのもあの国だ。そもそもコロンブスが大陸を発見したのが悪いんだな。恨むべきは、コロンブスの双眼鏡だ」
南は自信たっぷりに言うが、鈴とシャルはため息をついた。
頭を抱えながら、シャルが口を開く。
「僕たちがフランスと中国の代表候補生で良かったね……ここにアメリカの代表候補生がいたら、撃ち殺されてるかも」
「そうすると、全世界の人が、悪いのは意味不明なことを言うこの男であって、これで世界は平和になるって、抱き合って喜ぶかも」
嬉しそうに言う鈴に、シャルが笑った。
そうかも、と楽しそうに笑い合う二人に、南は下唇をぬっと出す。
「それにしても、店員来ないわねー。まだ注文してないのに」
ひとしきり笑った鈴は、キョロキョロと辺りを見渡した。
シャルが店員を呼ぼうと手を挙げようとした瞬間。
「お待たせしました~!」
店員が盆に三つの親子丼とスープを運んできた。
その様子に、二人は目を丸くする。
どんぶりというよりは、少しだけ大きめの茶碗。その蓋を開けながら南は箸を手にした。
「どうした、食わないのか?」
「いや、僕たち、注文してないよ?」
「この店はな、昼は親子丼しかやってないんだ。だから、人数分勝手に持ってくる」
ポカンとする鈴とシャルを尻目に、南は茶碗を持ち上げた。
中央に鎮座するウズラの生卵を割る。
玉ねぎすら入らないシンプルな親子丼を、三人は一心不乱に頬張った。
「食った食った」
「ありがと、南。凄く美味しかったよ!」
「ええ、満点ね!」
「それは良かった。じゃあ、デザート食いに行くか」
食べてばかりだなと笑う南だったが、鈴とシャルは笑顔で付いて行く。
移動してきた先は、細い路地を進んだ先にある古風な民家のような印象の店だった。
しかし、中に入るとそのイメージは一変。
西洋風に纏められた内観は、シャンデリアが特徴的で、中は大勢の女性客で賑わっていた。
チョコレート店としてだけでなく、喫茶スペースもあり、店員に案内されるまま席に腰かける。
「アンタ、なんでこんな店まで知ってんのよ」
鈴が何故か小声になりながら言った。
落ち着いた照明の店に慣れないのか、どこか肩を狭めているように見える。
「いや、京都は何回も来てて―――」
「それはもう聞いたわよ!」
「まぁまぁ。ほら、どれにするんだ? 俺は、チョコレートローズとティラミスのプレーン」
「男の子が食べるメニューには聞こえない……」
シャルが肩を落とした。
ああでもない、こうでもないと悩みながら、二人は慎重に注文を決めた。
デザートを堪能した三人は、箒達と合流するべく、大通りを歩きながら駅に向かう。
その途中で見つけたブランド店が気になったのか、鈴とシャルはすぐ戻るからと言い残して、店内に入って行った。
歩道の端にあるガードレールに体重を乗せた南は、腕を組んで二人を待つことにする。
すると、突然視界が真っ暗になった。
誰かが、南の目を手で覆ったからだ。
特に焦ることもなく、南は「おっ?」と呑気に声を出す。
「だーれだ?」
楽しそうに笑う声は特徴的で、その正体はすぐに分かった。
「なんだ、会長か」
「もうっ、なんだとは何よ、なんだとは」
楽しそうな声から、低い声に変わり、手が退けられた。
南は振り返ることもしない。
ガードレールを回り込んできた楯無は、何も言うことなく南の腕を強引に自分の腕と絡ませた。
「え、ちょ……」
「はーい、最後は楯無おねーさんでーす!」
まだ続いていたのかと落胆する南だったが、これまで散々、皆に振り回されたこともあり、諦めて楯無と並んだ。
鴨川の土手沿いを、二人は腕を組みながら歩く。
ただ腕を絡ませるだけでなく、頭まで南に預けた楯無。
南は特に何も言わず、夕日に染まる鴨川に目をやった。
「会長は鴨川に来たかったのか?」
「つーん」
南が聞くと、楯無はそう分かりやすくそっぽを向くだけで、何も言ってこなかった。
「なんだよ」
思わず噴き出しそうになるのを堪えながら聞く。
すると楯無は少し怒った顔で南を見上げた。
「会長じゃなくて、名前で呼んでくれないと返事してあげない」
「楯無」
「呼び捨てかい」
思わず突っ込んだ楯無だったが、南は呼びにくいなと首を捻る。
「会長でいいだろ。皆、そう呼んでるし……実際、生徒会長だし」
「だーめ。名前じゃなきゃやだ……簪ちゃん達だけ、ズルいじゃない」
拗ねたように言う楯無が珍しくて、南は空いた手で髪を触った。
どうしたものかと息を吐く。
「俺が転校してきたその日から付き合いがある簪と、夏休み明けからの会長じゃ―――」
「ふん」
「……今更、さん付けなんて出来ないけど、それでもいいか? 楯無」
南がポツリと言った。
しかし、それだけで十分だったのか、楯無は少し黙った後、ゆっくり頷く。
その頬が赤く見えるのは、夕日のせいではなかった。
「それにしても、鴨川なんて一人でも歩けるだろ。それこそ、愛しの簪ちゃんとでも」
「……南くんと歩きたかったって言ったら、どうする?」
楯無が控えめに聞いた。
どこまでも、らしくないなと思いながらも、南は無視することも出来ずに考え込む。
「どうするって……こうして歩けてるから良かったんじゃないか?」
「はぁ……」
わざとらしく大きなため息をついた楯無は、足を止めた。
南達が歩いていた丸太町コースと呼ばれる道は、見通しの良い広々とした道で、全長は二・五キロ程度である。
その中央辺りに佇む二人は、どこか外界から遮断されたような絵のようだった。
「んっ、これで分かる?」
楯無は組んでいた腕を解き、素早く南の腕を再び掴んだ。
それをそのまま自分の胸元へ持って行く。
「お、おいっ」
「凄くドキドキしてるでしょ? 私は、あなたとこうしていられるだけで……」
「わ、分かった。分かったから……」
南が言うと、楯無は手の力を緩めた。
ゆっくりと手を離し、南の手は行き場を失ったように、少し宙を彷徨う。
「さっきのは、演技じゃないわ」
「あ、ああ……そうだろうな」
何と返していいか分からず、南は何度か頷く。
しばらく沈黙が続いたが、楯無は少しして吹っ切れたように頷いた。
「ま、今はこれくらいで許してあげるかな」
「……」
南は黙っている。
「私、演技はするけど、嘘はつかないからね」
「どう違うんだ」
明るくなった楯無の口調に、ようやく南も本来の口調を取り戻した。
小さく笑う楯無は、今まで見せたことがないような笑顔だった。
「南くんみたいなことは言わないってこと」
「それだと、俺が嘘ばかり言っているみたいじゃないか」
心外だと怒る南に、楯無が人差し指を立てた。
「間違ってないでしょ?」
「ありふれたものに価値なんてないだろう? 真実ばかり言ってると、価値がなくなる……だから嘘も必要なんだ」
「また、それらしいこと言うんだから……私は好きだけど」
二人はしばらく笑い合った。
そして楯無がまたも、南に身体をくっ付ける。
「それじゃあ―――」
「み~な~み~!」
楯無が仕切り直して歩き出そうとした瞬間、背後から地を這うような声がした。
恐る恐る振り返ると、箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪が並んでいる。
どうやら先ほど名前を呼んだのは鈴らしい。
「あら」
楯無がわざとらしく口元に手を当てた。
「急にいなくなっちゃったから、心配して探したのに……」
「……ばか」
シャルが震える声を絞り出し、簪が短く言い放つ。
楯無は、そそくさと南から離れた。
「楯無会長の、む、胸まで触って……破廉恥ですわ!」
「お前が言うのか」
セシリアに聞こえないように、南が呟いた。
「死ぬ前に言い残すことはあるか?」
ラウラの冷たい声が、体の芯に響いた。
殺気立った彼女達に何を言おうか迷ったが、助かりそうな言葉は、これ以外に見つからない。
「……昨日、京都を救った者です」
箒の拳が降ってくる。