IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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59.姉弟の知らない関係

「大変だ、南!」

 

「そうか、大変か」

 

一夏が千冬に見合う異性に興味を示した翌日は、二年生の行事イベントがあり、一年生は休みになっていた。

 

南はいつもの七人の女子を引き連れて買い物に行き、一夏は本音を含む数名のクラスメイトと全く別の街に出掛けた。

 

そして、その夜。

 

先に帰っていた南が、買ってきた漫画を読んでいると、部屋の扉が勢いよく開かれ、一夏が飛び込んでくる。

 

「ほら、見てくれ! ついさっきの写真!」

 

そう言って一夏は自分のスマホを南に突きつけた。

 

そこには、千冬と肩を並べて歩く男の姿が写っている。

 

男は眼鏡をかけたスーツ姿で、体格までは分からないが、千冬とそんなに変わらない背丈であることは見て取れる。

 

「……お前、いくら姉でも、隠し撮りは良くないだろ」

 

南が非難の目を向ける。

 

「あー、まぁ……つい……で、でも! 男の人と会ってて……こ、これは、彼氏かな?」

 

不安そうにも、困惑しているようにも見える一夏に、南は苦笑するしかなかった。

 

漫画に視線を戻し、ページをめくる。

 

「さあな。ただ、道を聞かれただけかもしれない」

 

「で、でもさ……この後、二人でバーに入っていったんだぜ?」

 

「ほう」

 

主人公が、どうして裏切者の正体を見破ることが出来たか、その種明かしをするシーンで、前ページに様々な伏線が張り巡らされており、南は逆にページをめくりながら頷いた。

 

「じゃあ、保険会社かなんかの人じゃないか? 織斑千冬も人間だからな」

 

「そ、そうなのかな……」

 

「可能性はまだまだあるぞ。昨日話したばかりだから、敏感になってるだけだろ」

 

南は読み終えた漫画を枕元に置いた。

 

一夏を避けながら立ち上がり、冷蔵庫の方へ行く。買ってきたハムに手を伸ばした。

 

すると、一夏が握っていたスマホが振動した。

 

一夏は素早く耳に当て、何度か頷く。

 

「うん、ありがとな……」

 

細々と言った一夏は、ゆっくりと耳からスマホを離す。

 

「や、やっぱり保険会社とかじゃないって……」

 

「誰情報だ、それは」

 

南は笑い飛ばした。

 

食べたハムが思いのほか美味しくて、冷蔵庫にもう一度戻る。

 

「今日、ほんちゃんの他にも、クラスの何人かがいたんだ。で、この現場を見かけた後、相川さんとか谷本さんが見張りを引き受けてくれて今、その報告が」

 

「探偵みたいだな。今度、依頼することにしよう……内容は、友人が姉のことを探るシスコンなんですが、どうすれば治りますか、だ」

 

「それは探偵の仕事じゃないだろ……とにかく、さっきの男の人とは、バーの前で別れたらしいんだけど……」

 

「良かったじゃないか。家とかに行かなくて」

 

「その別れ際に、その男の人が、千冬姉の肩に手をポンって置いたらしいんだ!」

 

興奮する一夏を落ち着かせるため、南はハムをその口に突っ込んだ。

 

指を軽く舐めながら、ベッドに腰かける。

 

「肩に手を置くぐらい、いいじゃないか。俺もよくやるぞ、ラウラとかに」

 

「それはお前達が夫婦だからだろ」

 

「あいついわく、そうらしいな」

 

ため息をついた南は、困ったように眉を下げた。

 

「それに、あの千冬姉にそんなこと出来る男の人って、彼氏どうこう抜きにしても気にならないか?」

 

「ん……」

 

初めて南が頷いた。

 

それは確かに、と腕を組む。

 

「誰なんだろ……見たことない人だし……」

 

「謎は深まるばかりだが、分かることが一つだけある」

 

南が人差し指を立てた。

 

「な、なんだ?」

 

「彼がシュワちゃんではないことは確かだ」

 

肩の力が抜けた一夏が、南のベッドに沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。

 

箒が朝練でおらず、シャルとラウラの姿も見えない食堂で、一夏が昨日の話をセシリアと鈴、簪、楯無に聞かせた。

 

「へぇ、昨日の今日で早速、彼氏と思しき人物が……」

 

楯無はソーセージを齧りながら言った。

 

その隣では南が、目玉焼きの黄身を割らないように白身だけを食べている。

 

「アンタ、変に探るのなんかやめときなさいよ」

 

「そうですわ。趣味が悪くてよ」

 

鈴とセシリアが一夏をジト目で睨んだ。

 

その視線に若干臆しながらも、それを誤魔化すように米をかき込む。

 

「いや……でも、ほら……弟としては、姉がどんな人と付き合ってるのかとかさ……知りたいだろ?」

 

拗ねたように言う一夏に、簪が首を傾げた。

 

「織斑くん、本音と付き合ってること、織斑先生に言ったの?」

 

「いや……まだ……」

 

「あっきれた。それで、自分は姉の付き合う相手どうこう言ってんの?」

 

鈴が呆れながらパンにバターを塗る。

 

隣でスクランブルエッグを掬うセシリアも同じ顔をした。

 

「まぁ、そう言ってやるな。一夏にとっては唯一の家族なんだ……気になるのも無理はない」

 

昨日とは打って変わって、南が助け舟を出した。

 

その様子を不審に思いながらも、南が言うならと、四人はそれぞれ朝食を口に運ぶ。

 

「だ、だよなっ!……サンキュー、南」

 

大きな声で言った後、小声で南に囁く。

 

すると、南は同じく囁いた。

 

「あの約束、忘れるなよ」

 

「おう。協力してくれたら、南の好きなバンドのサイン入りポストカードを蘭経由で……な」

 

いつかしたような約束を再び交わしていた二人が、テーブルの下でグータッチをする。

 

「もうっ、なんで目覚まし時計壊しちゃうのさ! 遅刻しちゃうよ!」

 

「ふん、あれがやかましいから悪いんだ。折角、南とパフェをあーんさせ合う夢を見ていたというのに……だから、気付けばナイフを投げていた」

 

「う、羨ましい……じゃなくて! だからって、壊さなくてもいいじゃない!」

 

「そもそも、私は昨日、南の部屋で寝るつもりだったのに、お前が止めたのではないか」

 

「止めるよ! 女の子が裸で、男の人と寝ちゃ駄目なの!」

 

「朝から、そんなことを大きな声で言うなシャルロット。皆が見てるぞ」

 

寝坊をしたらしい二人は、騒ぎながら食堂に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、どうやってあの男の人の情報を集めようか」

 

休み時間のトイレで、並んで用を足していると、一夏がぽつりと呟いた。

 

隣の南が、何か考え込みながら唸る。

 

「そうだな……とりあえず、織斑先生の机を調べてみるか」

 

「で、出来るのか、そんなこと……?」

 

怯えたように一夏が聞く。

 

「確か今日は、四組の五限目がIS実習だったはず……簪が言っていた。だから、織斑先生も早めにグランドに出てる」

 

「おおっ! さすが、南!……でも、やっぱりちょっと不安だな」

 

用を足した二人は、また並んで手を洗う。

 

パッパッと手を振った南は、不敵に笑った。

 

「俺達のクラスには探偵がいるじゃないか」

 

言いながら南は、トイレの扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理無理無理!!」

 

「ムリムリムリ!!」

 

一組のクラスメイトである、相川清香と谷本癒子は、南から話を聞くや否や高速で首を振った。

 

どこかに飛んでいきそうな勢いに、思わず笑みが浮かんでしまう。

 

「そこをなんとか!」

 

一夏が手を合わせるが、二人は良い顔をしなかった。

 

「流石にそれはちょっと……ねぇ?」

 

「バーから出てくるところを見張るくらいならともかく……ねぇ?」

 

お互いに顔を見合わせながら、首を傾ける二人は困ったように笑う。

 

一夏は肩を落として自分の席に帰った。

 

「なぁ」

 

その背中を見送った南は、小さな声で二人に顔を寄せる。

 

清香と癒子も興味深そうに耳を向けた。

 

「友人がシスコンなんだが、それを治すことは出来るか?」

 

二人がまた首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

そうして訪れた昼休み。

 

専用機持ちと昼食を摂ることもせず、南と一夏は廊下の角から、職員室の方へ顔を出して覗き込んだ。

 

「結局、俺がやるしかないな」

 

南が伸びをする。

 

ちょうど千冬がグランドに出る姿が見えた所だったので、タイミングとしては完璧だった。

 

「他の先生にバレないようにな」

 

「当然だ。素早く、目にも止まらぬ速さで、だな」

 

南が屈んで、靴ひもを締め直した。

 

「ぼくは誰よりも速くなりたい。寒さよりも、一人よりも、地球、アンドロメダよりも」

 

立ち上がった南は、芝居がかった声で言った。

 

一夏が顰め面を見せる。

 

「なんだそれ?」

 

「知らないのか? 伝説のサックス奏者の言葉だ。俺も誰よりも速くならないといけない。山田先生が後になって『今、私の前を通り過ぎたのは神代くんだったのか、それとも賑やかなパレードだったのかしら?』と悩むくらいに素早く行動するんだ」

 

「相変わらず、意味分かんねぇ……」

 

「行ってくる」

 

堂々と大股で歩き出した南は、職員室の扉を開けた。

 

「失礼しまーす」

 

小声で言い、ゆっくりと中へ。

 

千冬によく呼び出される南は、馴染んだ道順で机の方に向かう。

 

「あ、神代くん」

 

速攻で真耶にバレた。

 

あと数歩で、千冬の机を物色出来る位置に来て、真耶は南を見て柔和な笑みを浮かべた。

 

「どうしたんですか? 何かお願いしてましたっけ?」

 

呼び出した、ではなく、お願いなんて言葉を使う真耶が優しくて……それに感動しながら、南は言葉を噛みしめる。

 

「い、いえ……その……質問が、ありまして……授業のことで、はい」

 

「……ま、任せてくださいっ! 分からない所を聞きに来るなんて、先生感激です!」

 

ぱぁっと咲いた真耶の純真無垢な笑顔が痛い。

 

南は罪悪感に負けないよう、千冬の机から回り込んで真耶の机に歩く。

 

もちろん、ゆっくりと歩きながら机の上を観察したが、写真の男に繋がりそうな物は見つからない。

 

「それで、どこが分からないんですか?」

 

「あー、えっと……」

 

真耶が担当するIS座学の南の成績は、中の上から、上の下。特に質問することなど考えておらず、視線を彷徨わせる。

 

「あ、ダメですよ、神代くん。質問するときは、ちゃんと教科書を持って来ないと」

 

「そうですよね。すみません、出直してきます……山田先生」

 

「……こ、今回は特別に先生の教科書を見せてあげますから。ほら、座ってください」

 

その物腰の低さから、生徒のほとんどに「真耶ちゃん」と呼ばれる彼女は、「山田先生」と呼ばれることが嬉しくて、南には特別甘い。

 

この日も、そんな呼び方一つで椅子を一つ引っ張り出し、自分の隣に用意した。

 

「やってしまった……」

 

南は呟きながら、椅子に座る。

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、一夏。思ったよりゆっくり物色は出来なかった……だが、例の男に繋がりそうな物もなかったぞ」

 

放課後の教室で、南は一夏の机に体重を預けながら言った。

 

隣のシャルは事情を知っており、複雑な顔をしている。

 

「あんまり良くないと思うよ、二人とも」

 

「ん……」

 

シャルの諭すような言い方に、一夏は口を閉じた。

 

悩んでいるようにも見える。

 

「一夏……やっぱり、織斑先生に直接聞いた方がいいよ。真剣に聞けば、ちゃんと答えてくれるんじゃないかな」

 

優しく笑うシャルに、南も頷いた。

 

「まぁ、実はそれが最善だな……昼間の努力は、山田先生とお茶しただけで終わってしまった訳だし」

 

「そうだよな……よし、聞きに行こう」

 

一夏は意を決したようにすっと立ち上がり、教室を出た。

 

俺も援護すると言いながら、南も足を踏み出すが、前に進まない。

 

「南~?」

 

シャルが南の襟を掴みながら、優しく声をかけた。

 

背後から発せられるプレッシャーに、南は振り向くことが出来ない。

 

「お昼いないと思ったら、山田先生とお茶してたんだ~」

 

「え、えーっと……」

 

「皆~。南ね、お昼休み、僕たちとご飯食べないで、山田先生と楽しくお茶してたんだって」

 

シャルが教室に残っていた箒とセシリア、ラウラに声をかけた。

 

同時に、ガタッと音を立てて立ち上がる気配が三つ。

 

「楽しく、なんて言ったか?」

 

「どうだったかな……とりあえずさ、僕たちがISを展開しても大丈夫な場所に行こっか……安全な場所に、ね?」

 

「この世で安全な所があるなら、是非、教えて欲しいな」

 

南の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。

 

ボロボロになった南と一夏が、食堂のテーブルに突っ伏していた。

 

南の両隣に鈴と簪が座り、対面に一夏と楯無が並んでいる。

 

箒とセシリア、シャル、ラウラは別のテーブルで黙々と食事を摂っていた。

 

「あちゃー、皆を怒らせちゃったのね、南くん」

 

「そうらしい」

 

真耶と昼に過ごしていたことを知らない三人は、可哀想にと南を慰める。

 

「それで? アンタは何でボロボロなわけ?」

 

「箒達の攻撃に、巻き込まれたの?」

 

鈴と簪が、対面の一夏に笑いかけた。

 

突っ伏していた一夏は、身体を起こしながら首を振る。

 

「いや、千冬姉に例の男の人について聞いたらさ、教師のプライベートに首を突っ込むなって怒られたんだ」

 

「それでボロボロになった上に、聞き出すことも出来なかったわけね」

 

楯無が苦笑しながら扇子を口元に当てた。

 

しかし、一夏はそこでニッと笑う。

 

「いや、それが聞けたんですよ」

 

「えっ! えっ!?」

 

鈴が驚きに顔を染めながら身を乗り出した。

 

一夏と同じく突っ伏していた南も起き上がる。

 

更識姉妹は目を輝かせた。

 

「織斑先生じゃなくて、千冬姉に聞けば教えてくれますか? って言ったらさ、困った顔した後―——」

 

「い、いいからっ。それで……?」

 

簪が割り込んだ。

 

離れたテーブルに座る四人が、顔を寄せ合う南達の方を興味深そうに見つめている。

 

「あの人は彼氏とかじゃなくて、千冬姉が現役時代にトレーニングとかでお世話になった人なんだって。ほら、千冬姉は日本代表だっただろ? だから、色んなサポートをしてくれる人がたくさんいて……その一人らしい」

 

「なーんだ。そういえば、私もロシア代表だけど、確かに男の人も結構関わってるわね……」

 

ま、基本は女性なんだけどね、と付け足した楯無は、背もたれに身を預けた。

 

それを皮切りに、南達も息を吐く。

 

「千冬姉に彼氏はいないんだってさ。今は、そんな余裕ないって」

 

「良かったじゃない、真相が知れて」

 

「おう……あ、南。これで千冬姉に彼氏が『いる』派の負けだな」

 

鈴が笑うと、一夏も笑顔で頷いた。

 

そして、ふと思い出したように南にも笑いかけた。

 

「何を言ってるんだ。俺は昔から『一夏を信じる』派だっただろうが」

 

いけしゃあしゃあと言う南に、全員が苦笑した。

 

その様子を眺めた南は、水を一口飲んだ。

 

喉を潤して、口を開く。

 

「つまりだ。お前は勝手に姉が会った男で盛り上がって、勝手に一喜一憂していただけだったんだな」

 

「ま、まぁ……」

 

一夏は頬を掻きながら、視線を逸らした。

 

いやらしい笑顔を向けた南が続ける。

 

「実にお前らしい」

 

「馬鹿にしてるのか?」

 

一夏がムッとした。

 

「生まれてこの方、お前を馬鹿にした事なんて一度もないぞ。心外だ」

 

南はそう言って、鼻を触った。

 

 

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