IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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6.推理

夜になっても、IS学園の校舎は明るい。

 

多くの生徒は夜遅くまで居残り、勉学に、ISの整備にと励むからだ。

 

しかし、そんなIS学園の校舎で唯一薄暗く、頼れるのは月明りだけになる場所がある。

 

屋上だ。

 

その日の空は、雲一つない綺麗な夜空だった。月明りが優しく辺りを照らしていた。

 

ラウラが南へ悩みを打ち明け、千冬に叱られていたその日の夜だ。

 

「どうしたの。こんな時間に」

 

風が微かにそよぐ。

 

シャルルは呼び出された相手の背中を見つけ、声をかけた。

 

屋上にはその二人以外、当然誰もいない。

 

「ああ、話があってな」

 

シャルル・デュノアを呼び出した張本人である神代 南は振り返る。

 

いつもと変わらない表情。

 

しかし、シャルルはどこか胸騒ぎを覚えていた。

 

「話……?」

 

「ああ。単刀直入に言うぞ」

 

南はポケットから手を出すことなく、息を吐いた。

 

二人の距離は五メートルもない。

 

 

 

 

「お前、女なんだな」

 

 

 

 

静かな、それでいてハッキリとした声だった。

 

「え……」

 

シャルルの目が大きく開いた。心臓が激しく動いているのを感じる。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

それは三十秒か、五分か……。

 

正確な時間は分からない。

 

しかし、シャルルが頭を動かし、適切な言葉を選ぶのには充分な時間だった。

 

「や、やだな~南。そんな冗談を言うために僕を呼んだの?」

 

声が震えないように必死だった。

 

いつもにように笑って、いつものように誤魔化す。

 

「僕は確かに、中性的な顔をしているかもしれないけど、男だよ」

 

目の前の南の表情は、変わらない。

 

「南の冗談は好きだけど、もっと分かりやすくしてくれないと……それか、一夏がいる時ね。彼ならツッコんでくれるから」

 

あはは、と笑うシャルルの頬に汗が垂れた時、南の口が開く。

 

「今日、授業に遅れてきたな」

 

「え?ああ、織斑先生の……そう、この学校は女子高だからね。男子トイレは校舎に一つだし、遠くて大変なんだよ……南もそうでしょう?」

 

「ああ、そうだな……」

 

南は右手をポケットから出して頷いた。

 

髪を触る。

 

「そのトイレの中で言ってたじゃないか……『男の子のフリするのも大変だな。目の前にトイレがあるのに使えないし……』って」

 

またもシャルルの目が大きく開かれた。

 

今度は少し後ずさる。

 

「な、なんで……」

 

シャルルはそこまで言って、ハッと口を抑えた。

 

「さすがに自分が言ったことを、一言一句違わずに繰り返されると、動揺するよな」

 

南がゆっくり歩き出す。

 

月が映す長い影が、どこか異様に見えた。

 

「何でって聞いたな……コレだよ」

 

後ずさるシャルルの目の前まで来た南は、彼……否、彼女の肩に触れる。

 

「っ!?」

 

何かされると目をぎゅっと閉じたシャルルだったが、痛みや変な感覚もなく、恐る恐る目を開いた。

 

「そ、それは……糸……?」

 

―――糸を通してコミュニケーションを取る蜘蛛が、存在する。

 

『ヨツデゴミグモ』

 

世界に約120種存在するゴミグモ属の一種。

 

この蜘蛛の雄は、雌に接近する際「交尾糸」と呼ばれる糸を繰り出し、振動によって会話をすることが知られている。

 

この糸は、雌に獲物と間違われないためのものであり、遠隔地で相手の状態を知るための情報伝達機器なのである。

 

「糸なんて、いつ……」

 

「俺たちがここで昼飯を食べたあの日……」

 

シャルルの驚きが止まらない。

 

走ったわけでもないのに息が切れる。

 

「お前が俺のISに迫ろうと体を寄せてきて、それを押し返した時だよ」

 

確かにあの時、南はシャルルの肩を押した。

 

そう言われて、肩に南の手の感触が蘇ったような気がした。

 

「そ、そんな……なんで……」

 

「初めて会った時から怪しいとは思っていた」

 

「えっ……初めから……?」

 

「ああ、初めて会った時、握手しただろ。あの時も……糸は、お前が女であることを、俺に教えてくれた」

 

シャルルは膝から崩れ落ちそうになる。

 

必死に力を入れるが、震えは止まらない。

 

「ただ、どうしてこんな嘘をついていたのかが分からなかったし、確証もなかった」

 

「そんな時、僕がトイレで言っちゃったんだ……」

 

「そういうことだ」

 

南の冷静な声に、シャルルは不思議と落ち着きを取り戻した。

 

どんな嘘も見破られる。意味がない。

 

そんな諦めからかもしれない。

 

「そう、僕は本当は女……嘘ついてごめんね、南」

 

そう言って笑うシャルルの表情は固い。

 

「一夏にもバレちゃってるんだけどね……アレは仕方ないにしても、南にまでバレるとは……あんなに努力したのに、水の泡だよ」

 

腕を後ろに組んで空を見上げるシャルル。

 

南の声色が少し明るくなった。

 

「俺の推理を聞かないか?」

 

芝居がかった台詞に、シャルルは思わず噴き出した。

 

「あははっ、名探偵ミナミの推理ショーだね。楽しみ」

 

「どうしてお前が、わざわざ男としてこのIS学園に来たのか……」

 

南はゆっくりとシャルルの周りを歩き出した。

 

シャルルも、そんな南を捉えようと体の向きを変える。

 

「この間教えてくれたよな、自分の実家はフランスのデュノア社だと……デュノア社。調べてみたよ」

 

ますます芝居がかった台詞。それに加え、先日一夏に話したことを確かめるような内容に、シャルルは笑みを崩さない。

 

「経営難らしいじゃないか。他の会社が第三世代型ISの研究に取り組む中、結果が出せてないらしいな」

 

南を目で追っていく中で、シャルルは気付いた。

 

彼の視線がチラチラと下を向いている。

 

気になって、目を凝らすと……

 

(え、カンペ……?)

 

心の中で、思わず呆れた言葉が出た。

 

南はデュノア社について調べたと言ったが、本当は簪が代わりに調べた情報であることをシャルルは知らない。

 

「男であれば、注目を浴びる。そんな広告であると同時に……」

 

シャルルがカンペに気付いていることに気付かない南は、気持ち良さそうにチラチラとカンペを覗いては、言葉を紡ぐ。

 

「同じ男だということを利用し、一夏という特殊な存在のデータを収集し易くするため、と言ったところだろう」

 

「そのとお―――」

 

「さらに!」

 

シャルルがその通りだよ、と告げようとするのを、南は遮った。

 

「へ?」

 

これ以上ない百点満点の回答であるのに、何を付け足すことがあるのか。

 

シャルルは先程までとは違う、不安な気持ちになった。

 

「女子高であるこの学園で、男は貴重な存在。浮足立ち気味な華の女子高生を陥れることは容易!」

 

南は止まらない。

 

声が大きくなっていることには、気付いているだろうか。

 

「あわよくば、複数の女子生徒とも親密な関係を築き、様々なISのデータを収集するミッションもあったんだ!」

 

色んなISのデータを収集するのは僕だけじゃなくて、セシリアさんやラウラさんもだよ、という言葉が出そうになったシャルルは、あと一歩のところで何とか言葉を飲んだ。

 

「男装して女子に近付く……このことから導き出されるのは……」

 

カンペをくしゃりと、握りつぶした右手の人差し指をシャルルに向ける南。

 

「お前は男でないにも関わらず、同性である女が好きだという性癖の持ち主なんだ!」

 

「ええっ!?」

 

衝撃の言葉に、シャルルも南に負けず劣らず、大きな声を出す。

 

「お前の特技として、IS装備の高速切替(ラピッド・スイッチ)というのがあるそうじゃないか。切り替えるのは武器だけでなく、女子を陥れるたくさんの道具もあるに違いない!」

 

シャルルは目を伏せた。

 

月明りはあるが、夜ということもあり、表情は伺えない。

 

南は自信満々に笑顔を作り、鼻息をふんっと鳴らす。

 

この完璧な推理に言葉も出まいと、シャルルを見つめた。

 

確かに、彼女は言葉もないのか、動かない。

 

しかし、少しして「それは……」と漏らした。

 

「どうした」

 

「それは言い過ぎだよぉ、南ぃ……」

 

真っ赤な顔に、潤んだ瞳。眉を顰めて上目遣いに南を見るシャルルは、明らかに女子だった。

 

本当なら、「お前の性欲を満たすために、このIS学園は作られたんだ!」くらいのことは言ってみたかった南であったが、さすがに無理だった。

 

「その通り」

 

南が頷く。

 

「今のは言い過ぎだ」

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