夜になっても、IS学園の校舎は明るい。
多くの生徒は夜遅くまで居残り、勉学に、ISの整備にと励むからだ。
しかし、そんなIS学園の校舎で唯一薄暗く、頼れるのは月明りだけになる場所がある。
屋上だ。
その日の空は、雲一つない綺麗な夜空だった。月明りが優しく辺りを照らしていた。
ラウラが南へ悩みを打ち明け、千冬に叱られていたその日の夜だ。
「どうしたの。こんな時間に」
風が微かにそよぐ。
シャルルは呼び出された相手の背中を見つけ、声をかけた。
屋上にはその二人以外、当然誰もいない。
「ああ、話があってな」
シャルル・デュノアを呼び出した張本人である神代 南は振り返る。
いつもと変わらない表情。
しかし、シャルルはどこか胸騒ぎを覚えていた。
「話……?」
「ああ。単刀直入に言うぞ」
南はポケットから手を出すことなく、息を吐いた。
二人の距離は五メートルもない。
「お前、女なんだな」
静かな、それでいてハッキリとした声だった。
「え……」
シャルルの目が大きく開いた。心臓が激しく動いているのを感じる。
しばらく沈黙が続いた。
それは三十秒か、五分か……。
正確な時間は分からない。
しかし、シャルルが頭を動かし、適切な言葉を選ぶのには充分な時間だった。
「や、やだな~南。そんな冗談を言うために僕を呼んだの?」
声が震えないように必死だった。
いつもにように笑って、いつものように誤魔化す。
「僕は確かに、中性的な顔をしているかもしれないけど、男だよ」
目の前の南の表情は、変わらない。
「南の冗談は好きだけど、もっと分かりやすくしてくれないと……それか、一夏がいる時ね。彼ならツッコんでくれるから」
あはは、と笑うシャルルの頬に汗が垂れた時、南の口が開く。
「今日、授業に遅れてきたな」
「え?ああ、織斑先生の……そう、この学校は女子高だからね。男子トイレは校舎に一つだし、遠くて大変なんだよ……南もそうでしょう?」
「ああ、そうだな……」
南は右手をポケットから出して頷いた。
髪を触る。
「そのトイレの中で言ってたじゃないか……『男の子のフリするのも大変だな。目の前にトイレがあるのに使えないし……』って」
またもシャルルの目が大きく開かれた。
今度は少し後ずさる。
「な、なんで……」
シャルルはそこまで言って、ハッと口を抑えた。
「さすがに自分が言ったことを、一言一句違わずに繰り返されると、動揺するよな」
南がゆっくり歩き出す。
月が映す長い影が、どこか異様に見えた。
「何でって聞いたな……コレだよ」
後ずさるシャルルの目の前まで来た南は、彼……否、彼女の肩に触れる。
「っ!?」
何かされると目をぎゅっと閉じたシャルルだったが、痛みや変な感覚もなく、恐る恐る目を開いた。
「そ、それは……糸……?」
―――糸を通してコミュニケーションを取る蜘蛛が、存在する。
『ヨツデゴミグモ』
世界に約120種存在するゴミグモ属の一種。
この蜘蛛の雄は、雌に接近する際「交尾糸」と呼ばれる糸を繰り出し、振動によって会話をすることが知られている。
この糸は、雌に獲物と間違われないためのものであり、遠隔地で相手の状態を知るための情報伝達機器なのである。
「糸なんて、いつ……」
「俺たちがここで昼飯を食べたあの日……」
シャルルの驚きが止まらない。
走ったわけでもないのに息が切れる。
「お前が俺のISに迫ろうと体を寄せてきて、それを押し返した時だよ」
確かにあの時、南はシャルルの肩を押した。
そう言われて、肩に南の手の感触が蘇ったような気がした。
「そ、そんな……なんで……」
「初めて会った時から怪しいとは思っていた」
「えっ……初めから……?」
「ああ、初めて会った時、握手しただろ。あの時も……糸は、お前が女であることを、俺に教えてくれた」
シャルルは膝から崩れ落ちそうになる。
必死に力を入れるが、震えは止まらない。
「ただ、どうしてこんな嘘をついていたのかが分からなかったし、確証もなかった」
「そんな時、僕がトイレで言っちゃったんだ……」
「そういうことだ」
南の冷静な声に、シャルルは不思議と落ち着きを取り戻した。
どんな嘘も見破られる。意味がない。
そんな諦めからかもしれない。
「そう、僕は本当は女……嘘ついてごめんね、南」
そう言って笑うシャルルの表情は固い。
「一夏にもバレちゃってるんだけどね……アレは仕方ないにしても、南にまでバレるとは……あんなに努力したのに、水の泡だよ」
腕を後ろに組んで空を見上げるシャルル。
南の声色が少し明るくなった。
「俺の推理を聞かないか?」
芝居がかった台詞に、シャルルは思わず噴き出した。
「あははっ、名探偵ミナミの推理ショーだね。楽しみ」
「どうしてお前が、わざわざ男としてこのIS学園に来たのか……」
南はゆっくりとシャルルの周りを歩き出した。
シャルルも、そんな南を捉えようと体の向きを変える。
「この間教えてくれたよな、自分の実家はフランスのデュノア社だと……デュノア社。調べてみたよ」
ますます芝居がかった台詞。それに加え、先日一夏に話したことを確かめるような内容に、シャルルは笑みを崩さない。
「経営難らしいじゃないか。他の会社が第三世代型ISの研究に取り組む中、結果が出せてないらしいな」
南を目で追っていく中で、シャルルは気付いた。
彼の視線がチラチラと下を向いている。
気になって、目を凝らすと……
(え、カンペ……?)
心の中で、思わず呆れた言葉が出た。
南はデュノア社について調べたと言ったが、本当は簪が代わりに調べた情報であることをシャルルは知らない。
「男であれば、注目を浴びる。そんな広告であると同時に……」
シャルルがカンペに気付いていることに気付かない南は、気持ち良さそうにチラチラとカンペを覗いては、言葉を紡ぐ。
「同じ男だということを利用し、一夏という特殊な存在のデータを収集し易くするため、と言ったところだろう」
「そのとお―――」
「さらに!」
シャルルがその通りだよ、と告げようとするのを、南は遮った。
「へ?」
これ以上ない百点満点の回答であるのに、何を付け足すことがあるのか。
シャルルは先程までとは違う、不安な気持ちになった。
「女子高であるこの学園で、男は貴重な存在。浮足立ち気味な華の女子高生を陥れることは容易!」
南は止まらない。
声が大きくなっていることには、気付いているだろうか。
「あわよくば、複数の女子生徒とも親密な関係を築き、様々なISのデータを収集するミッションもあったんだ!」
色んなISのデータを収集するのは僕だけじゃなくて、セシリアさんやラウラさんもだよ、という言葉が出そうになったシャルルは、あと一歩のところで何とか言葉を飲んだ。
「男装して女子に近付く……このことから導き出されるのは……」
カンペをくしゃりと、握りつぶした右手の人差し指をシャルルに向ける南。
「お前は男でないにも関わらず、同性である女が好きだという性癖の持ち主なんだ!」
「ええっ!?」
衝撃の言葉に、シャルルも南に負けず劣らず、大きな声を出す。
「お前の特技として、IS装備の
シャルルは目を伏せた。
月明りはあるが、夜ということもあり、表情は伺えない。
南は自信満々に笑顔を作り、鼻息をふんっと鳴らす。
この完璧な推理に言葉も出まいと、シャルルを見つめた。
確かに、彼女は言葉もないのか、動かない。
しかし、少しして「それは……」と漏らした。
「どうした」
「それは言い過ぎだよぉ、南ぃ……」
真っ赤な顔に、潤んだ瞳。眉を顰めて上目遣いに南を見るシャルルは、明らかに女子だった。
本当なら、「お前の性欲を満たすために、このIS学園は作られたんだ!」くらいのことは言ってみたかった南であったが、さすがに無理だった。
「その通り」
南が頷く。
「今のは言い過ぎだ」