「うー、寒い」
南は、ポケットに入れた手に力を入れながら身を縮めた。
食堂から校舎へと登校途中の彼の隣には、一夏と箒、セシリアの姿があった。
「こんなに寒いと、アレが飲みたくなるな。なぁ、一夏」
寒さに表情を歪めていた南だったが、一夏の方を見ながらニヤリと口角を上げた。
そんな南に、一夏が困ったようにため息をつく。
「アレ、とはなんだ?」
箒が首を傾げた。
その拍子に揺れるポニーテールに結われた髪は今日も綺麗で、日光の力もあってか、輝いているようにすら見える。
「コーヒーだよ。最近、凝ってるみたいでさ……しょっちゅう淹れては俺に飲ませるんだ」
げんなりした表情の一夏とは対照的に、セシリアは顔を輝かせた。
「まぁ! 南さん、是非今度、わたくしにも飲ませてくださいな!」
「ああ、もちろんだ。俺のは豆から挽く本格的なのだからな……そこらのとは一味違う」
南は、自信満々にセシリアの肩に手を置いた。
そんな彼にテンションを上げたセシリアは、嬉しそうに体を揺らす。
「と、言ってるが?」
箒は再び一夏の方へ向き直った。
彼の自信と一夏の表情のズレの原因を探るためだった。
聞かずとも、おおよその検討は付くのだが……。
「それがな……」
「自信作なもんだから散々飲まされてもう飽きた、と言ったところか」
「いやー、そうじゃなくて……」
「そもそもコーヒーが好きじゃないとか」
「確かにお茶とかの方がいいんだけど、それも違くて……」
一夏の微妙な表情は一向に晴れない。
それに業を煮やした箒は、幼馴染へ率直な意見を言う。
「言いたいことがあるなら、言ってみてはどうだ」
「そ、そうか……」
一夏はしばらく迷った表情をしていたが、やがて意を決したように南を見る。
当の本人は、まだセシリアに自分のコーヒーの魅力を語っていた。
「つまりな、お湯の温度が大事なんだよ」
「ふふ、それは紅茶も同じですわね」
「そうだろ? 少し違うだけで味が変わると言っても過言じゃない。俺のコーヒーは、そこらへんも完璧なんだ」
南のそんな言葉を聞いて、一夏が口を開いた。
「南、傷つくかもしれないけど、お前の淹れるコーヒーは美味しくないぞ」
「ずいぶん、直接的な言い方だな」
箒が感心したような声を上げた。
しかし、すぐ後で「南は傷つかないと思うが」と付け加える。
「お前が牛乳なんて入れるからだろ? コーヒーはブラックじゃないと」
「それに、淹れるだけ淹れて、自分は一口も飲まないじゃないか」
一夏の不満が続けて漏れた。
箒とセシリアもそこで「ん?」と南の方を拝む。
「夜眠れなくなるからな」
「じゃあ、淹れないでくれよ……」
「何事も挑戦だ。それに、俺が寝不足の時にまた亡国機業みたいな奴らが襲ってきたら危険だろ?」
南が眉を上げて言った。
すると、セシリアが冷静な様子で口を開いた。
「南さんがピンチになると、世界中の蜘蛛が日本にやってくるかもしれませんわね。救い出すために」
「つまらない冗談だ」
箒が目を閉じて言った。
そして、ゆっくりと息を吸う。
「ただ、ありそうな気もする」
教室についた南たち四人は、それぞれの席に鞄を置いた。
先に席についていたラウラが、雑誌を片手に南へ向き直る。
「おはよう、南」
「おう。何読んでるんだ?」
ラウラの机に尻を乗せながら、その手が持つ雑誌を覗き込んだ。
「ふ、これはズバリ……下着特集誌だ!」
不敵に笑ったラウラは、南の方へ雑誌を広げて見せた。
縞is最強! とタイトルが付けられているそのページには、様々な色やデザインの、いわゆる縞パンが並んでいた。
「朝から何を見てるんだ……」
「照れることはない。お前が望むのなら、どれだって履いてやろう」
腕を組んで鼻息をふんっと鳴らしたラウラから雑誌を受け取った南は、パラパラと他のページを捲る。
「これとか、過激だな」
そう言って南はあるページで手を止め、ラウラに返した。
表情や声音が変わらないことに、ラウラは余裕綽々の様子で雑誌に目を向ける。
「どれどれ、私の嫁はどんな下着を……」
一瞬固まったラウラは、すぐに顔を赤くして鼻血を一筋垂らした。
目をぐるぐると回しながら、頭から湯気を出している。
「な、なななな、なな、な……なぁ!?」
「どうした、色々大変なことになってるぞ」
南は冷静に、ポケットティッシュでラウラの鼻を拭った。
「二人とも、何してるの?」
すると、シャルが横から顔を覗かせた。
ラウラの異常な様子に驚きながらも、その手に握られている雑誌に目を向ける。
「え、えぇ!? こ、これは……」
シャルも顔を赤く染めながら、大きくのけ反った。
「シャ、シャルロットォ……み、南が……南がぁ……これを、こんなのを付けろと……」
「いや、言ってないだろ!」
南を指さしながら震える声で言うラウラに、南は机から飛び退きながら叫んだ。
「俺は、こんな過激なのもあるんだなと言っただけで……」
「ラウラが持ってきてたこの雑誌から、何の気なしに開いたページにあったのが、これだってこと?」
「流石、シャル。その通りだ」
顔を赤らめたまま上目遣いに南を見ていたシャル。
その理解力に、南は感動を覚えながら頷いた。
そしてふと、何かを思いついたのか顔を上げる。
「あ、そうだ……シャル、お前に言いたいことがあったんだ」
「……何?」
どこか警戒している様子のシャルは、ラウラの陰に隠れるようにしながら様子を伺った。
「今日は午前中で授業が終わるだろ? だから、俺の部屋に来ないか? 初体験をプレゼントしよう」
「へ……?」
そんな南の言葉にシャルが固まった。
先ほどまでとは比べ物にならないほど顔を赤くし、壊れかけのロボットのようにギシギシと動く。
「は、はは、初……え?」
「ダメか?」
(きゅ、急にどうしちゃったのさ、南! は、初体験って……それって……えぇ!? ほ、本当に……)
頭の中で必死に情報を処理しようとするが、思考が追い付かない。
「昨日から言おうと思ってたんだがな……どうだ?」
「い、いい、行くよ! うん、南のお部屋だよね!」
「まぁ、そうだな」
「ぼ、僕、こんな下着持ってないけど……」
「は? 下着?」
シャルがラウラの持つ雑誌を指さしたが、南は首をかしげた。
「で、でもっ……下着なんて関係ないよね……弘法は筆を選ばなかったんだから、僕だって……」
「何を言ってるのか分からんが、弘法は筆を選ばなかったんじゃない。選べなかったんだ……お金がなくて」
適当なことを言う南を無視して、シャルは拳を握った。
「そ、それじゃあ、お昼ご飯を食べたら行くね」
「楽しみにしててくれ」
不敵に笑っただけの南であったが、そんな笑みもシャルには、自分をエスコートする少し強引な魅惑の笑みに見えた。
ラウラは未だ開かれていた雑誌の下着を見て、身体を震わせている。
「こ、これは……クラリッサはなんと言うだろうか……お、応援が必要だ……」
そんなドタバタな教室の後ろ側など関係なく、朝のチャイムが響いた。
先程、南が言った通り、午前中で授業が終わったIS学園は賑わっていた。
箒は剣道部へ行き、セシリアは真耶に戦闘データのことについて呼び出され、シャルとラウラはどこかおぼつかない足取りで自室に戻っていった。
そして例のごとく、一夏は本音と教室を出て行く。
「さて……昼はどうするか」
そうなると途端に一人になる南は、ぼんやりと廊下を歩いていた。
「あ、み、南……」
すると、背後からか細い声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには簪が立っており、その手には紙袋が提げられている。
「おう、簪。どこ行くんだ?」
「えっと、鈴の部屋」
「鈴の? 珍しいな」
簪が頷く。
「二組の人に聞いたら、もう帰っちゃったって……だから、部屋に……」
「そうか、昼飯を誘おうと思ったが、そんな暇はなさそうだな」
南は苦笑しながら言い、後頭部を触った。
すると簪は、とんでもない速さで首を横に振り、南に詰め寄る。
「う、ううん! 鈴に、これを渡したら、もう暇……だ、だから、お昼ご飯は一緒に、食べよ?」
「よし、じゃあ、とりあえずは鈴の部屋だな」
南が言うと、簪は大きく首を振りそのまま頬を緩めた。
二人並んで寮の廊下を歩く。
「そういえば、それは何だ?」
南が紙袋を指さした。
「みかん。この前、鈴にゴマ団子を作ってもらったから、そのお返しに」
「なるほどな……みかんにコーヒーは合わないか……」
「ん? 何か、言った?」
「いや……着いたぞ」
鈴の部屋の前で足を止めた二人。
用がある簪を差し置いて、南が部屋をノックする。
しかし、返事は返ってこない。
「いないのか?」
南は扉に耳を付けた。
「なにか、聞こえる?」
「女の子の声がする」
「鈴?」
「お前の声だ」
ムッとした簪は、南を扉から引き剥がして自ら扉を強く叩いた。
『はーい』
すると中からくぐもった声が聞こえてくる。
鈴の声だ。
『だれー?』
「私、簪。この前のお礼を持ってきたの」
ちょっと待って、という声に簪が自慢げに振り返った。
南は、不満そうに扉を睨む。
「どうして、俺のノックには反応しなかったんだ」
「南のノックだから、無視したのかも」
意地悪な笑みを浮かべる簪。
「ノックの音で分かるとは。鈴は超能力者か何かか? 一を聞いて十を知るとはこんな感じなのかも知れない」
「南は、一を聞いて十を喋るって感じだね」
負け惜しみにも似た南の口調に、簪は楽しそうに笑った。
すると、扉のすぐ先から声がする。
『ごめんごめん、シャワー浴びてたのよ。今日、IS実習だったから汗かいちゃって……』
扉が開く。
「それにしても、お礼なんていいのに……わざわざ、悪いわ……ね……」
開いた扉の先に立っていた鈴は、風呂上りだからか、それがよく分かる格好だった。
バスタオルで髪を拭く姿勢のまま固まっている。
南と簪も、まさかの恰好に反応出来ずにいた。
「あ、あ……あ……」
鈴の身体は徐々に羞恥で震えはじめ、簪も色々と察す。
何かを言おうと南は頭を動かし、今朝のことを思い出した。
「縞パンか。縞is最強らしいから、装備は万全だな」
鈴の拳が、南の顔面に突き刺さる。
「いてぇ……」
鼻を抑えながら一人で歩く南は涙目で呟いた。
鈴は簪を部屋に引きずり込み、簪は諦めた様子で扉を閉めた。
昼食を摂る相手がいなくなり、仕方なく自室へと足を伸ばしている。
「はぁい、南くん」
「ん、楯無か」
後から肩を叩かれ、そのまま腕に抱き着いてきた楯無に、南はあくびを一つ漏らした。
「あら、凄い鼻してるわね」
楯無は南の顔面を見て、可笑しそうに笑った。
そんな様子に、南は苦し気な表情になる。
「流石、生徒会長。よく見てる」
「ううん、生徒会長だからじゃなくて……南くんだから、よく見てるのよ」
「それは嬉しい限りだ」
短く言い放った南。
楯無がため息をつく。
「はぁ……冗談に聞こえてるのかしら」
「そういや、楯無。昼飯まだか?」
南が言うと、楯無は目を輝かせた。
「え、ええ! まだだけど?」
それを悟られないよう、必死に冷静を保つ。
「じゃあ、俺の部屋に来いよ。ラーメンをご馳走してやる」
「そ、そうね……折角、可愛い後輩が誘ってくれてるのだし、頂こうかしら? おほほほ」
寒さ厳しい季節であるにも関わらず、楯無は扇子を広げた。
そこには、『好機』と書かれている。
「あー……でも、私、生徒会のお仕事で、すぐに帰らないといけないわね……」
「ゆっくり出来ないのは残念だが、それは仕方ないな。すぐに作るとしよう」
「うんっ」
南が部屋の鍵を開けながら言うと、楯無は嬉しそうに頷いた。
電気を付けながら、簡易キッチンの方へと迷うことなく歩いて行く。
「座っててくれ。すぐに出来る」
「……カップラーメンじゃないわよね?」
楯無は、妹の簪が自慢げに話していた彼の料理の話をふと思い出した。
それはそれは楽しそうに話していたのが、カップラーメンの話になると、表情が一気に曇っていた。
上げて落とす式のカップラーメンだと聞いている。
「一応、違うぞ」
「そう……」
一応、という言葉には引っかかったが、鍋とどんぶり鉢を用意していることと、肝心のカップラーメンが見えない事に、楯無は胸を撫で下ろす。
(折角、南くんが作ってくれるんですもの……っていうか、これが初めてじゃない!? た、楽しみね……)
どこか緊張しながら、楯無は自分の為にせっせと動く南の背中を見つめた。
すると、途端に部屋で二人きりだということが自身の中で強調され、いつもの余裕がなくなっていく。
(ど、どうしましょう……お、襲われたりしたら……いや、そうなったらまずは顎を狙って……って、そうじゃない! 生徒会の仕事は……いや、それはしょうがないわよね……)
悶々と様々なことを考えること数十分。
「おい」
「ひゃんっ」
南に肩を叩かれた楯無が、可愛らしい声を上げる。
「出来たぞ。生徒会の仕事があるんだろ? 早く食べよう……それに、麺も伸びちまう」
「そ、そうね……」
楯無は高鳴る心臓を落ち着かせながらテーブルの方へと、ゆっくり南を追った。
テーブルに鎮座するラーメンからは、湯気が惜しげなく出ており、もやしやネギ、小さなチャーシューが、スープの上に並んでいた。
「よし、食うか」
「美味しそうね……いただきます」
「いただきます」
楯無は箸を手に取り、ちゅるちゅると麺をゆっくりと口に運ぶ。
対面の南は勢いよく啜り上げていた。
「ん、美味しい!」
「それは良かった」
はふはふと口から湯気を出しながら、南が笑う。
「このラーメン、私が食べたラーメンの中で一番美味しいかも知れないわ……誰かさんが作ってくれたからっ」
精一杯のアピールを込めて楯無が片目を閉じるが、南は麺を持ち上げながら頷いた。
「味の決め手は粉末調味料だ。まさに魔法の粉だな」
簡潔に言った南が、また麺を啜る。
カップラーメンではなく、袋麺を作っただけだったが、楯無はその存在をよく知らず、意味も分からないまま納得している。
スープまで飲み干した二人は、満足気に息を吐いた。
「お、お邪魔……します」
顔を真っ赤にしたシャルが、南の部屋の扉をノックしたのは、楯無が帰ってすぐのことだった。
制服から私服に着替えられていたのだが、それはどこか出掛けるのか訊ねたくなるほど気合が入っている。
「来てくれたか……上がってくれ。今、俺自慢のコーヒーを出そう」
「あ、ありがとう……」
緊張で胸が鳴りっぱなしのシャルは、ちょこんと小さくなって部屋の椅子に腰かけた。
湯が沸く音がした後、コポコポと何かを注ぐ音がする。
しばらくして、二つのカップを持った南が、簡易キッチンから姿を見せた。
「ほら、飲んでくれ」
「い、いただきます……」
声が裏返るのもお構いなしに、南からカップを受け取ったシャルは、ゆっくりと口を付ける。
味など分かったものじゃない。
「ん? そこよりこっちの方がいいだろう。ほら、俺のベッドに座ってくれ」
南が余裕の表情でシャルをゆっくりと自分のベッドに誘う。
もう声すら出ないシャルは、言われるがまま、手を引かれるままベッドに座り込んだ。
「あ、あぅ……あのね、南……そ、その……南が言った通り、僕、初体験だから……えっと……」
シャルは目を閉じたまま、カップを両手に持った。
南は何も言わない。
「で、でもっ、南が望むなら……僕の初体験を、あげる…………それでね、その前に……南が、僕のことどう思ってるのかだけ、教えて欲しいなって……」
何か聞こえた気がするが、今のシャルに立ち止まる余裕などなく、そしてその気もなかった。
今しかない、そんな一心で言葉を紡ぐ。
「こ、これ自体が、もうそういうこと、だよね……でも、やっぱりちゃんと言って欲しいなって……南の口から……ちゃんと」
「よし、じゃあ始めるぞ」
シャルの呟くように小さくなる声を無視するかのように、南は口を挟んだ。
「あ、あのっ……みな、み……」
そうして、ようやく目を開いたシャルの目に飛び込んできたのは、わくわくしながらテレビ画面を見つめる南の横顔だった。
つられて、ベッドの正面にあるテレビに目を向けると、DVD映画のトップメニュー画面が映っていた。
「どうした? トイレか? 映画の前には行っておかないとな」
「あ、あの……初体験って……」
「ん? この前言ってただろ? ドキドキするようなアドベンチャーも体験してみたいって。そんなアドベンチャー映画の代表作、『インディ・ジョーンズ』だ」
シャルの中で何かが崩れ落ちる音がした。
口をあんぐり開けて、血の気が引いて行く。
「初、体験……映画の……こと……? 僕は、一体……」
「何かと勘違いしてたか? すまない、こう言うべきだったかもな。『ベッドでメロメロにさせる』とか」
座っているベッドを叩きながら南が嬉しそうに言った。
この日のために、テレビとベッドの位置を調整したんだ、と訳の分からない補足情報まで話している。
「もしそう言ってたら、僕は今頃、南をどうしてるか分からないよ」
「こうして、女子と映画を見るなんて、夢のようだ」
「覚めない悪夢かも」
シャルは、ただひたすらに肩を落とした。
映画を見終えた二人の反応は全く違っていた。
始終、死んだような顔をしていたシャルと、所どころ「おおっ」と声を上げながら目を輝かせていた南では、別世界の人間同士のようだった。
ゾンビのようなおぼつかない足で部屋へと帰るシャルを見送った南は、昼寝をすることにした。
目を覚ましたのは夕方の六時で、その一時間前に、一夏から本音と夕食を共にする旨の連絡が届いていた。
「また、飯の相手を探さないとな」
髪をガシガシと触りながら言った南は、洗面台で顔を洗う。
すると、部屋の扉がノックされた。
「はいはい」
タオルで顔を拭きながら扉を開ける。
そこに立っていたのは箒とセシリア、それに鈴の三人だった。
「どうした?」
「夕食の前に、今朝言っていたコーヒーを頂こうと思ってな」
箒が腕を組んだまま不敵に笑う。
その隣では、セシリアが柔和な笑みを浮かべていた。
「わたくしは夕食の後の方がと言ったのですが、箒さんがどうしてもと……」
「一夏曰く不味いらしいからな、口直しの保険は必要だろう」
「その言葉、後悔することになるぞ……ところで、鈴も一緒か」
昼間のこともあり、どこか気まずい南はよそよそしく言った。
鈴も足元を向きながら、もじもじとしている。
「うん……」
「たまたま、お前の部屋に向かう途中で会ってな」
「どうせならと、お誘いしましたの」
「そうか……まぁ、入ってくれ」
南が指さすと、三人はゾロゾロと部屋へと入る。
その一番後ろにいた鈴に、南はこっそりと耳打ちした。
「その、昼間は悪かったな。えらく可愛らしい下着を付けてるんだな、とか言って」
「別にいいわよ……言ってなかったし……」
「思っただけか」
南が呟く。
この日、何度も湯を沸かすために立った簡易キッチンに再び立ち、カップを用意した。
三人は、食事前だと言う事もあり、なにか甘い物を食べる様子はない。
湯が沸いたのを確認した南は、ゆっくりと、そして丁寧にコーヒーを淹れる。
「待たせたな。さぁ、飲んでくれ」
「うむ、いただこう」
「いただきますわ」
「本当に美味しいんでしょうね」
三人はそれぞれの言葉を口にしながら、カップに口を付ける。
その様子を自信満々に見ていた南だったが、鈴を皮切りに、箒とセシリアも苦い表情をした。
「あー、これは……」
「一夏さんの言う通り……」
「美味しくはないな……」
三人は同時にカップを置き、顔を見合わせた。
「おかしいな……皆、ブラックが嫌いとか……」
セシリアが首を振った。
続いて鈴が南を上目遣いで睨む。
「そんなんじゃないけど、これは美味しくない……というか、不味い」
「自分で飲んでみろ」
箒が再びカップを手に取り、南に向けた。
それを胸元で両手を向けてやんわりと断る。
「俺は遠慮しておこう。眠れなくなると困るしな」
「寝不足で亡国機業が襲ってきた時は、わたくし達がお守りいたしますわ」
セシリアが片手をヒラヒラと振りながら言い放った。
箒と鈴も頷いている。
「そうか、それは頼もしい……じゃあ、一口」
南は箒からカップを受け取ると、ためらいもなく流し込んだ。
もちろん、箒が口を付けていた箇所は外している。
「……んぇ、不味い……なんだこれは」
すぐにカップから口を離し、コーヒーを睨みつける。
三人が、得意げに頷いた。
「これは、コーヒーか?」
自分で淹れたにも関わらず、新鮮に聞いてくる南に、箒が苦笑した。
「私は、美味しいコーヒーだと言われて飲んだのに、この味だ……これは、裁判で争うしかないな」
「何罪だそれは」
南が鼻で笑う。
「懲役どころか、執行猶予で済みそうな所まで行ったのに、また余計な事言って死刑になっちゃったりして」
鈴がもう一口啜りながら言った。
相変わらず、南の表情は歪んでいる。
「その時は助けに来いよ」
セシリアが首を振る。
「人は、法には勝てませんわ」
「じゃあ、世界中の蜘蛛を待つことにする」
苦し気な表情を浮かべた南は、舌を出した。