やってない方はぜひ、ダウンロードして、この話から出てくるキャラクターを確認してからアンインストールすることをオススメします。
「セシリア、この紅茶美味いな」
「ふふっ、お気に召しまして?」
南がそう笑ったのは昼休みのことだった。
簡易ティーセットをわざわざ持参してきたセシリアは、新しい茶葉の試飲にと、南を連れ出し、食堂の端で二人の時間を楽しんでいた。
「ああ、流石だ。やっぱり本場は違う」
熱い熱いと言いながらチビチビカップに口を付ける南に、セシリアは優しい笑みを浮かべる。
「でも、もう少し甘いのが好きだな」
「お砂糖を入れるのは、本来邪道ですが、それでは楽しめませんし、なにより……」
そこでセシリアは少しだけ目を伏せ、セットの中から可愛らしい小瓶を取り出した。
「南さんならそう仰ると思って、ご用意しましたわ」
「おお、悪いな」
セシリアから小瓶を受け取った南は、遠慮なく砂糖を入れていく。
そんな彼を責めることもなく、セシリアは一口紅茶を含んだ。
「あ、いたいた。おーい、南」
そんな穏やかに流れる時間は、一夏の声で崩れ落ちた。
一夏は小走りで、二人の座るテーブルに駆け寄る。
「どうした」
「さっき職員室で面白い話が聞けたぞ。転校生の話」
そこで初めて南は一夏に視線を向けた。
セシリアもまた、驚いた顔をしている。
「転校生? そうか、この学園にもまた……で? この殺伐とした修羅の国に落とされた、哀れな子羊は何て名前だ?」
南はまた紅茶を啜って訊ねる。
すると、一夏は嬉しそうに笑った。
「いい表現だな。確か、神代 南だった」
「は?」
「お前だよ、南。千冬姉が呼んでたぞ」
「あのな、俺がこの学園に来て、どれだけ経ってるんだ。未だに転校生扱いか?」
不満そうに言う南だったが、一夏は図々しく肩を叩いた。
「間違ってはないじゃんか」
「また何かしましたの?」
セシリアが呆れたように笑っているのを見て、南は頬を掻く。
カップを置いて、立ち上がった。
「いや、何もしてないと思うんだが……俺の場合、何もしてないのがまた怒られる原因な気もする」
「特技は千冬姉を怒らせること、だもんな」
一夏がからかうように言った。
「それはお前もだろ」
指をさした南は、ゆっくりとテーブルを後にする。
「それじゃあ、怒られてくる。セシリア、また飲ませてくれ」
「ええ。どうかご無事で」
セシリアが仰々しく言う。
肩を落としながら歩く南は、ため息をついて職員室へと急いだ。
「失礼しまーす」
南は職員室に入り、真っ先に千冬のデスクに向かう。
しかし、肝心の千冬の姿はなかった。
「あ、神代くん。奥の部屋です」
すると、対面でペンを走らせていた真耶が顔を上げた。
「俺、何かしましたっけ」
「さあ、どうでしょう」
珍しく意地悪に笑う真耶に、南は表情を歪めながら、言われた部屋へ足を進める。
ガラス張りになっている部屋の中には、千冬の他に、もう一つ人影があった。
「邪魔します」
ノックをすると同時に扉を開けた南に、部屋の中の二人は同時に視線をやった。
千冬の顔は怒っており、見慣れないもう一つの人影―――少女は、緊張気味だ。
「遅い。さっさと来い、馬鹿者」
「すみません。来たくなくてゴネてました」
髪を触りながら適当に言う南。
千冬は大きく息を吐いた後、また表情を引き締める。
「神代、彼女はヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー。タイの代表候補生だ。今回、他国の専用機持ちや、文化の交流、学力向上のためにタイの訓練校から転入してきた」
短い髪を小さく揺らしながら、ヴィシュヌが頭を下げた。
「タイ代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです。よろしくお願いします」
だいぶ緊張してるな、と南は率直に思う。
同時に、一夏の転校生というワードは、あながち間違っていなかったと息を吐いた。
自分も名乗ろうと口を開いた瞬間、千冬が先に言葉を続ける。
「ギャラクシー、コイツは神代 南。教師に呼び出されても、来たくないと駄々を捏ねる問題児だ」
「その紹介は間違いなく、間違いだ」
抗議する南だったが、それを軽く聞き流した千冬は、ヴィシュヌから視線を外さない。
「分からない事や用命はコイツに言えばいい。神代、彼女の世話を頼むぞ」
「こういうのは普通、クラス代表のセシリアがするんじゃないんですか?」
「彼女は特別クラスで、一組の所属にはならん。よって、一組の代表であるオルコットではなく、お前だ」
はっきりと断言され、危うく頷きかけた南だったが、慌てて首を横に振った。
「いやいや、そこでどうして俺が?」
「お前も転校生だろう。同じ境遇の者同士、仲良くしろ」
「織斑姉弟の仲の良さを、俺への認識で知ることになるとは……」
南はつまらなそうに床を蹴る。
「文句があるのか?」
「いえ、全く」
声が急激に冷たくなった千冬に危機を覚え、南は素直に首を振った。
それと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「よし、午後の授業は出なくていいから、ギャラクシーに寮の部屋と学内を案内してやれ」
「了解……あ、一つだけいいですか?」
「何だ?」
千冬は小さな封筒の中から寮の鍵を取り出し、南に投げ渡した。
それを片手で捕った南は、ポケットにねじ込みながら問う。
「同じ転校生なら、俺よりシャルの方が適任じゃないかと思うんですが……」
「ギャラクシーは今日から寮生活になるから、荷物が多い。それを女子に運ばせる気か?」
「なるほど」
南の返事も待たずに、千冬は二人の間を抜けた。
ではな、と言い残して部屋を出る。
「……それじゃあ、行こうか」
投げやりに言った南に、ヴィシュヌは小さく頷いた。
「そうか、タイからなー」
「ええ」
寮に向かう道中で、沈黙を破ったのは南だった。
二人の距離は明らかに離れていて、話すのには少し遠い。
ヴィシュヌは頷いた後、申し訳なさそうに視線を下げた。
「あ、あの、すみません。面倒をお願いしているようで……」
先程の千冬とのやり取りを言っているのだろう。
南は慌てて手を振った。
「ああ、違う違う。あれは織斑先生への反抗であって、別に嫌な訳じゃない。何でも遠慮なく聞いてくれ」
そう優しく笑った南に安心したのか、ヴィシュヌはほっと胸を撫で下ろした。
「で、では……その……」
「ん?」
「私、男の人と接することが、今まであまりなくて……貴方と、もう一人の男性IS操縦者、織斑一夏について教えていただきたいのですが……」
「ああ、今日の夜にでも紹介する。ついでに、他の代表候補生もな」
「た、助かります……」
「随分と緊張してるようだが、大丈夫か?」
「え、ええ……先程も言いましたが、男の人とはどう接すればいいか、分からなくて……」
「まぁ、基本的には女子しかいないし、無理しなくてもいいと思うが……どうしてもと言うなら、ありふれた質問でもすればいい」
「そうですね……では……最近、どうですか?」
その質問は、久しぶりに会った人間にするものだ、と南は笑った。
しかし、言葉には出さず、そうだな、と考え込む。
「俺の存在は連続体だから、俺は常に俺であり続けたよ」
「は?」
ヴィシュヌの表情がなくなった。
無表情であるというのは、どことなく不安を覚えるもので、南は内心焦りを覚えた。
「冗談だ」
「……なんとなく、貴方という人が分かった気がします」
ヴィシュヌの声音が少し冷めた。
寮のヴィシュヌの部屋の前で、南は苦笑いした。
「ここ、隣の部屋じゃないか」
「え……?」
「ほら、隣は俺の部屋だ」
「そ、そうなんですか……」
南が指さすと、ヴィシュヌも困惑した表情になる。
先程、千冬から預かった鍵をポケットから取り出し、鍵穴に差し込んだ。
「まぁ、何かあったらすぐに聞きに来れて便利だと思ってくれ……ほら、これが部屋だぞ」
扉を開けた南は、先に自分が中に入り、電気を付けた。
自分の部屋にあって、この空き部屋にない物を探しながらヴィシュヌを中に招き入れる。
「えっと、これが簡易キッチンで、こっちが風呂、トイレに、それからベッド、テーブル……まぁ、生活するのに必要なのものは、大体揃ってる」
一つ一つ指をさしながら説明する南に、ヴィシュヌは逐一頷きながら視線を動かした。
しばらく部屋の中を物色していたヴィシュヌが、簡易キッチンの前で南を呼んだ。
「どうした」
「あの、火を使いたいときはどれを押せば……」
頬を少しだけ染めて訊ねる彼女に、南は背後から手を伸ばす。
「ああ、これな。最初は分かり辛いんだが、まずはここを……」
そう言った南だったが、ヴィシュヌとの距離が思いのほか近く、彼女は小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
同時に右脚を鋭く振り上げ、南の側頭部を狙う。
「うおっ」
その勢いに負けぬよう、南も身体を捻りながら、左腕で頭部をガードした。
しかし、彼女の蹴りは力強くしなやかで、反動を受けた南はよろめきながら後退する。
「落ち着け落ち着け……てか、いてぇ」
左腕を庇いながら、痺れに耐える南に、ヴィシュヌは息遣いを荒くしていた。
「す、すみません……近かったものですから……つい」
「ああ、俺も他の専用機持ちの皆と同じ距離感で接してた、悪い」
「い、いえ……あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。痛すぎる……」
「あ、え、えっと、こういう時は……」
慌ててオロオロするヴィシュヌに、南は左腕を軽く振りながら笑みを作った。
「嘘だよ、これくらいの痛みならすぐに引く」
「なっ! あ、あなた……」
「俺の事分かったって言ってたから、つい」
顔を赤くしたヴィシュヌは、肩を震わせて俯いた。
「ほら、荷物を取りに行こう。事務室だよな」
「覚えてなさい……」
「怖いこと言うなよ……行くぞ」
そう言って南は、ヴィシュヌに鍵を渡した。
鍵をかけ、そのまま事務室へ。
そこに積まれていた段ボールを、台車に乗せて運ぶ。
再び部屋に戻った二人は、台車から段ボールを降ろし始めた。
「やっぱり女の子ってのは、荷物が多くなるんだな」
「お手数かけました」
「いや、俺より少ないから問題ない」
南はそう言いながら、『ヨガ用品』と書かれている段ボールを手に取った。
他の物より、少しだけ小さな段ボールで、南は小さく揺さぶってみる。
カシャカシャと中の物が動く音はするが、それが何かまではよく分からない。
「何をしているんですか」
ヴィシュヌの責めるような口調に、南は振り返った。
「これは……何だ?」
「『ヨガ用品』と書いてあるでしょう」
「密売人が、箱に麻薬って書くか?」
南が言うと、ヴィシュヌは眉を顰める。
「隣の部屋でよく分からない事をされても困るからな」
「はぁ……これで満足ですか?」
ヴィシュヌがその段ボールを開ける。
中にはマットやウェア、小さな長方形の箱など見たことの無いものもいくつかあった。
「ほぉ、これでヨガをするのか?」
「そうです。ほら、この棚を作るの、手伝ってください」
どこか冷たいヴィシュヌの言葉に、南も移動しながら口を開いた。
「さっきのことで怒ってるなら言わせてもらうがな、一応、まだ痛いからな」
「もう謝りましたし、貴方の言う事は信用できないことも分かりました」
「少し前まで緊張でガチガチだったのが、今や棚を作らせる現場監督か」
「何か言いました?」
ヴィシュヌが足を少しだけ上げた。
素早く身を縮めた南は首を横に振る。
「では、お願いします」
そう言ってヴィシュヌが手渡したのは、簡易の棚を組み立てる説明書だった。
「俺、こういうのは苦手なんだ。不器用でな」
「これは比較的簡単な部類ですよ。やってみてください」
二組に分かれている部品を組み合わせ、最後に一つにするだけなのだが、南は上手く組み立てられず、首を傾げる。
「あれ? これが、こうだろ?……で、こっちが……」
「何をしているんですか。もうこちらは出来上がりましたよ」
「左腕が痛くて作業が進まないんだ」
「完全に迷ってただけに見えましたけど……ほら、この部品はそこじゃありません」
ヴィシュヌは、南が組み立てた部分を解体しながら、正しく作り上げていく。
「本当に不器用なんですね」
「すまん」
それから数十分かけて部屋を整理し終えた二人は、学内を回り始めた。
「さて、大体回ったか」
「ええ。ありがとうございます」
学内にある時計で時刻を確認すると、午後六時を回った所だった。
「そろそろ食堂行くか。他の皆も呼び出すとしよう」
南は言いながらスマホを操作する。
次々と返信が来るその中には一夏のものもあった。
先日の喧嘩から、彼の携帯への意識も変わったらしい。
「一つ聞いてもいいか?」
「なんです?」
「あの蹴り、代表候補生だからってあそこまでのは出来ないよな?」
南が訊ねると、ヴィシュヌは笑顔で頷いた。
「はい。私の母は、ムエタイの元世界チャンピオンです。今は引退していますけれど……そんな母に課せられるトレーニングをこなしていたら、私の蹴りも……」
「なるほどな。あんな蹴りを持ってても、男と話すのは緊張するのか」
「か、関係ありませんっ」
ヴィシュヌは眉を下げながら頬を染めた。
「それに……体術も、ISに乗ることが出来るのも、更に言えば、専用機を与えられるまでになれたのも、全て母のお陰なんです。病気で亡くなった父の分まで育て上げてくれた母の……私自身は、今までの環境に甘えて、何も成長していない……」
その言葉は南に向けて言っているようではなかった。
薄暗くなる空を見上げて、彼女はただ言葉を重ねる。
「だから、こうしてあなたと話せているのは、ほんの少しですが成長している証なのかもしれませんね」
そう言って笑ったヴィシュヌに、南は首を横に振った。
「それは違うぞ」
「え?」
「お前の母ちゃんを悪く言うつもりはもちろんないが、それはただのきっかけに過ぎない。あの蹴りも、お前が専用機を持つことが出来たのも、全部お前の努力の結果だ」
ヴィシュヌはしばらく何も言わなかった。
ポケットに手を入れた南は、そんな彼女に言葉をかける。
「だから、全部が全部、母ちゃんのお陰ってのは、大間違いだ」
そう言って笑うと、ヴィシュヌは顔を上げた。
目の前で笑う南を、何か考え事をしながら見つめている。
やがて、自然と頬を緩ませた彼女に満足した南は、再び歩き始めた。
「そう言って頂いたのは、初めてです」
「そうか」
「ですが、一つだけいいですか?」
ヴィシュヌが人差し指を立てた。
返事も聞かずに続ける。
「間違いに小さいも大きいもありません。間違いは間違いなんですから」
先程の大間違いだ、という指摘に彼女は持論を言った。
しかし南は、戸惑うこともなく言葉を返す。
「スイカが果物は間違いだが、スイカが建造物は大間違いだ」
「なんですか、それ」
思わず噴き出したヴィシュヌと南の距離は、確かに近づいていた。