~~~序章~~~
南と添い寝して、一晩を過ごすことが出来る順番を決めるためのじゃんけんは、何故か皿を二枚とカップ一つを破損させる事態にまで発展したが、なんとか落ち着いた。
自分の出した手を呪う者と、しきりに右手にくちづけをする者とでは、周りに漂うオーラが違って見えた。
自分の順番に納得した楯無は、何かを思い出したのか、少し離れた位置で朝食を摂る一夏と本音のテーブルへと移動する。
「ねぇ、一夏くん」
「あ、楯無さん、おはようございます」
「たてなっちゃん、おはよ~」
楯無が声をかけると、二人は同時に振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
勝者と敗者が入り混じるあちらのテーブルとは、大違いである。
「うん、おはよう……ところで、一夏くんは、本音ともう寝た?」
「「ブーッ!」」
一夏は飲み物を、本音は納豆を吹き出した。
寸前でそれを躱すも、楯無は表情を歪める。
「汚いわね、二人して……ちょっとかかったじゃないの」
「た、たた、たてなっちゃん! きゅ、急にどうしたのさ~」
本音が珍しく、慌てた様子で言った。
汚れたテーブルを拭く一夏の頬は赤い。
「だからね、二人は一緒に寝たことがあるのかな~って。添い寝よ、添い寝」
楯無が当然のように言うと、二人は「へっ?」と素っ頓狂な声を出して固まった。
「あ、ああっ! 添い寝か! いやー、したことはないですね! なっ? ほんちゃん!」
「う、うん! そりゃーもう、わたしたちは、健全なお付き合いだから~! ねぇー、いっくん!」
あはははは! と大げさに笑う二人に、楯無は薄目を向けた。
いつもの扇子を取り出す。
「あなた達、何と勘違いしてたの?」
「いや! 何でもないです! はい!」
「そ、それで、添い寝がどうしたのー?」
慌てふためく二人をもう少し眺めていたかったが、そろそろ授業が始まる時間であった為、楯無はそこで笑顔を作った。
「一夏くんの部屋を、当分の間貸して欲しいのよ。私達と南くんが、交代で添い寝することになったから」
「楯無さん達がするんですか!?」
一夏が声を張り上げる。
それに動じない楯無は、何故か胸を張った。
「そうそう、一夏くんはその間、本音の部屋に泊まってくれないかしら? あなた達の添い寝は許すわ」
「たてなっちゃんたちもー、するんだもんねー」
楯無の目的が分かった本音は、いつも通りの調子に戻った。
「ま、まぁ、いいですけど……」
「ん? 何か言いたそうね」
腑に落ちない様子で呟いた一夏に、楯無は扇子を突き付けた。
のけ反りながら一夏は言おうか迷っている。
しかし、生唾を飲んだ後、口を開いた。
「いや、いつもなら強引に決めるだけじゃなくて、いきなり言うから、今日に限ってわざわざ予告してきたのはどうしてかなと」
「お~、いっくんするど~い」
パチパチと手を叩く本音。
「それはね、一つお願いがあるからよ」
「お願い?」
首を傾げた一夏に、楯無はニヤリと笑みを浮かべた。
一夏は、嫌な予感に襲われながらも、必死に口角を上げる。
「生徒会の権限で部屋の一時交代は認められるけど、権限として行う以上、申請はしないといけないのよね」
「ああ、もうなんだかヤバい気がする……」
「で、申請用紙は私が書くから、一年生の寮長にそれを提出してきて欲しいの!」
「一年生のりょうちょーはー………あぁ………」
首を傾げながら少しだけ考え込んだ本音は、絶望に表情を染めた。
「千冬姉に……」
「そっ、お願いね!」
「いやいや、どうして俺なんですか!」
一夏が掴みかかる勢いで立ち上がるが、楯無は目を合わせようともしない。
音も出ないのに唇を尖らせた。
「だってー、織斑先生はお姉さんでしょ? 詰問の手が少しは緩まるかもしれないじゃない?」
「そんなっ!?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと護衛は付けてあげるから」
「護衛?」
眉を下げながらそう漏らした一夏は、不安に胸を染めた。
本音が背中を撫でてくれているが、感触はしない。
「お、揃ったな」
昼休みの寮で一夏がそう言うと、やる気のない表情の三人が睨みをきかせていた。
南とシャル、ラウラである。
「うー、どうしてこんな目に……」
「会長の奴、これでチャラだと言っていたが、よりによって教官の許しを得に行かせるなど……どこまでもずる賢い……」
シャルとラウラが肩を落とす隣で、南はため息をついていた。
「どうして俺も行かないといけないんだ」
「そりゃあ、戦力は多い方がいいだろ? 楯無さんはシャルとラウラを寄越してくれたけど、やっぱり男手も欲しくてさ」
頭を抱える南は、この日二桁目の「どうしてこうなった」を呟いた。
楯無から授かった申請書を片手に持った一夏を先頭に、千冬の部屋を目指す。
「紙を渡した瞬間、取って食われたりしないよな?」
不安そうな表情をする南に、シャルが苦笑する。
「だ、大丈夫……いくら織斑先生だって、そこまで乱暴じゃないよ」
自分に言い聞かせるようにも見えたが、その言葉だけが救いである南は、大人しく頷いた。
ラウラは千冬の部屋を訪れるのは初めてらしく、南達とは違う緊張感を持っていた。
「よし、着いた」
一夏が後ろに続く三人を振り返った。
この日、千冬は午前中に授業を終え、午後は部屋でデスクワークをするのが習慣だと知っていた一夏は、迷わず職員室ではなく、この部屋に足を運んだ。
「準備はいいか?」
「ああ、シャルは血を吐いて、ラウラは失神、俺は逃げて、お前は死ぬ」
まさか、と笑う一夏は少しだけ躊躇した後、扉をノックした。
返事はなく、足音も聞こえない。
「あれ?」
もう一度ノックする。
しばらくして、ドカッ! と大きな音がした。
不気味なくらいゆっくりと足音が大きくなる。
「……なんだ、お前達か。何しに来た」
千冬はだらしないジャージ姿だった。
いつもスーツをキッチリ着こなす彼女からは、考えられない格好に、三人は目を丸くする。
一夏だけは平然としていた。
「てか、部屋きたねぇ」
南は、扉の空いた隙間から見える中の様子に、思わず呟いた。
「千冬姉、せっかくこの間掃除したのに、もうこんなに散らかして……」
「織斑先生と呼べ」
いつものやり取りに覇気がない千冬からは、拳も飛んでこなかった。
それに安心したのか、一夏は素早く申請書を差し出す。
「あの、これ……楯無会長から預かってきました」
「あー、後で目を通しておく。今は寝かせろ」
無造作にそれを受け取った千冬は、髪を触りながら扉を閉めた。
思いのほかアッサリと事が終わり、四人は内心、拍子抜けする。
「流石だ……」
初めに口を開いたのはラウラだった。
どこか目を輝かせながら扉を見つめている。
「一見だらしなく感じるあの格好も、夜間に襲われた際、瞬時に対応できるよう機能性を重視しているに違いない。更に、部屋をああしておくことで、襲撃者の侵入を困難にするだけでなく、戦闘も地の利を活かすことが出来る」
スラスラと感動の言葉を並べるラウラ。
南と一夏、シャルは目を細めた。
「よし、早速、私も……」
「あんな風に散らかしたら怒るよ? ラウラ」
シャルの低い声が響いた。
母親に叱られた子供のように縮こまったラウラは「あぅ……」と情けない声を漏らす。
~~~簪~~~
その夜。
南の部屋の扉を、少女は小さくノックした。
高鳴る胸を押さえながら、扉が開くのを待つ。
「はいはい」
聞き慣れた声がすると同時に、南が顔を出した。
黒のバンドTシャツに、白の長袖シャツを重ね着している南は、少女―――簪の姿を見て、笑顔を浮かべる。
「今日は簪か。トップバッターだな」
「う、うん……」
緊張で視線を合わせることが出来ない。
どうしても、俯きながら頷いてしまう。
「まぁ、入ってくれ。一夏はもう、のほほんさんの部屋に行ったから、俺一人なんだ」
「お、お邪魔……します」
呟くように言いながら、部屋の中へと足を運ぶ。
(つい半年前までは、一緒の部屋だったのに……こ、こんなに緊張するなんて……」
簪は扉が閉まる音と、鍵がかかる音を聞きながら、南のベッドに腰かけた。
結局、新しいパジャマを買う暇も、特別な何かを用意する時間もなく、張り切って一番最初を選んだことに、少しの後悔が襲ってくる。
「なんだ? もう寝るのか?」
自分のベッドに腰かける簪を見て、南は歯磨きをしながら聞いた。
シャカシャカと音を立てながら腕を動かしている。
「あ、え……は、はい……」
上擦る声で頷くと、南は洗面台の方へと戻って行った。
しばらくして、再び姿を見せると、簪の肩を叩く。
「じゃあ、横になるか」
南は、それだけ言って簪を立たせると、かけ布団を捲った。
電気を消しながら、身体をベッドにねじ込む。
「どうした、寝ないのか?」
「あの……南、朝はあんなに嫌がってたのに、もう、いいの……? 無理、してるなら……」
「眠たい朝に、突然決められたから文句言ってただけだ。それに、簪とは寝ながらやりたいことを思い付いた」
「え……?」
優しく笑う南に、簪は拍子抜けしたような顔になる。
「ほら、入ってくれ」
布団を持ち上げて誘う南に逆らうことも出来ず、簪は頬を染めたまま、ゆっくりとベッドに体重をかけた。
簪が寝そべると、南は手を降ろす。
一つの布団に、南と簪の二人が包まれた。
「寒くないか?……まぁ、そのうち温かくなると思うが」
「だ、大丈夫……それで、私とやりたい事って……」
南は、まぁまぁと言いながら、ベッド脇の作業灯を点けて、手の届く位置にある棚からタブレットを取り出す。
そして、それを枕に置きながら体勢を変えた。
「ほら、簪もうつ伏せになってくれ」
言われるがままに、布団の中でゴソゴソと動く簪。
再びタブレットに視線を戻すと、そこには、簪が好きなヒーローアニメのオープニングが流れていた。
「これ……」
「ああ。この前、薦めてくれたからな。最近、やっと買って見始めたから、どうせなら一緒に見ようと思ったんだ」
「覚えてたの……?」
それは、少し前の昼休みに、魅力を語ろうとタイトルを言った所で、箒とシャルが遮った為、話が中途半端になってしまったアニメだった。
いつもなら、DVDを押し付けるようにして見るよう薦めるのだが、それが出来なかったことを後悔していた。
「まあな。お前の薦めに外れがないことは、半年前から知っている」
そう言ってくれる南が嬉しくて、簪は肩が触れ合うのではなく、重なる距離で寄り添った。
南の左肩に頭を預けるようにして、画面を見つめる。
しばらくすると、激しい戦闘シーンへと移った。
「あ、ここね、作画が大変だったんだって……」
「そうなのか……確かに、凝ってるな」
「うん」
DVDの初回限定版に収録されていた、監督のインタビュー記事を思い出しながら、簪が口を挟む。
「ここもね……あ……」
別のシーンに入り、再び口を開いたところで、簪は慌てて黙った。
「ん?」
「ごめん……うるさい、よね……」
好きな物のことになると、つい口数が増える。
簪は、眉を下げて俯いた。
「そんなことないぞ。解説を聞きながらなんて、贅沢な見方じゃないか」
しかし、南は肩を寄せ合うように笑って、画面を見ていた。
胸が熱くなるのを感じながら、簪は小さく頷く。
「ありがと……」
ヒーローの必殺技が炸裂し、爆発音が響く中、南に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
それから数話を重ねるうちに、南が指をさす。
「この娘、可愛いな」
画面に映っていたのは、ヒロインであり、お色気担当でもある、主人公の幼馴染だった。
ヒーロー物とは思えないほど過激なスタイルで描かれており、敵の攻撃で衣装が破損するシーンは、多くの男子を魅了している。
普段は主人公のお姉さん的な立場ながら、時折見せる子供っぽさが人気の秘密でもあった。
「この娘に関しての情報は何かないか?」
「ふん」
南が嬉しそうに顔を向けるが、簪はそっぽを向いた。
突然の不機嫌の理由が分からず、首を傾げる南だったが、その話の佳境に入り、再び視線を戻した。
(やっぱり、ばか……)
アニメのヒロインに嫉妬する簪を置いて、話は進んでいく。
それから数時間後。
主人公の親友が死んで、第一部が終わった。
「おい、親友が死んだぞ!」
南が大変だ、と騒ぐ。
「うん」
「うんって……ラスボスも倒してないし、こんな終わり方ないだろ?……これから、どうなるんだ」
(親友は第二部の後半で、サイボーグになって再登場するけど……)
「第二部のDVD持ってないか? 俺、この第一部しか持ってないんだが」
「持ってるけど、貸してあげない」
簪は、話は終わりだと言わんばかりに、南に背を向けた。
布団を被り直して、息を吐く。
「おいおいおいおい、嘘だろ?」
(ヒロインに見惚れた、バツ……反省したら、第二部のDVDを貸してあげよう)
意地悪に笑った簪。
南は、必死にその肩を揺さぶった。
「なぁ、ちょっと持ってきてくれよ……なんなら、鍵を貸してくれたら、俺が取ってくるから」
「だめ……ふふ」
布団の温かさと、南の手の感触に、簪は笑顔のまま目を閉じた。