IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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67.寒い夜には~序章&簪~

~~~序章~~~

 

南と添い寝して、一晩を過ごすことが出来る順番を決めるためのじゃんけんは、何故か皿を二枚とカップ一つを破損させる事態にまで発展したが、なんとか落ち着いた。

 

自分の出した手を呪う者と、しきりに右手にくちづけをする者とでは、周りに漂うオーラが違って見えた。

 

自分の順番に納得した楯無は、何かを思い出したのか、少し離れた位置で朝食を摂る一夏と本音のテーブルへと移動する。

 

「ねぇ、一夏くん」

 

「あ、楯無さん、おはようございます」

 

「たてなっちゃん、おはよ~」

 

楯無が声をかけると、二人は同時に振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。

 

勝者と敗者が入り混じるあちらのテーブルとは、大違いである。

 

「うん、おはよう……ところで、一夏くんは、本音ともう寝た?」

 

「「ブーッ!」」

 

一夏は飲み物を、本音は納豆を吹き出した。

 

寸前でそれを躱すも、楯無は表情を歪める。

 

「汚いわね、二人して……ちょっとかかったじゃないの」

 

「た、たた、たてなっちゃん! きゅ、急にどうしたのさ~」

 

本音が珍しく、慌てた様子で言った。

 

汚れたテーブルを拭く一夏の頬は赤い。

 

「だからね、二人は一緒に寝たことがあるのかな~って。添い寝よ、添い寝」

 

楯無が当然のように言うと、二人は「へっ?」と素っ頓狂な声を出して固まった。

 

「あ、ああっ! 添い寝か! いやー、したことはないですね! なっ? ほんちゃん!」

 

「う、うん! そりゃーもう、わたしたちは、健全なお付き合いだから~! ねぇー、いっくん!」

 

あはははは! と大げさに笑う二人に、楯無は薄目を向けた。

 

いつもの扇子を取り出す。

 

「あなた達、何と勘違いしてたの?」

 

「いや! 何でもないです! はい!」

 

「そ、それで、添い寝がどうしたのー?」

 

慌てふためく二人をもう少し眺めていたかったが、そろそろ授業が始まる時間であった為、楯無はそこで笑顔を作った。

 

「一夏くんの部屋を、当分の間貸して欲しいのよ。私達と南くんが、交代で添い寝することになったから」

 

「楯無さん達がするんですか!?」

 

一夏が声を張り上げる。

 

それに動じない楯無は、何故か胸を張った。

 

「そうそう、一夏くんはその間、本音の部屋に泊まってくれないかしら? あなた達の添い寝は許すわ」

 

「たてなっちゃんたちもー、するんだもんねー」

 

楯無の目的が分かった本音は、いつも通りの調子に戻った。

 

「ま、まぁ、いいですけど……」

 

「ん? 何か言いたそうね」

 

腑に落ちない様子で呟いた一夏に、楯無は扇子を突き付けた。

 

のけ反りながら一夏は言おうか迷っている。

 

しかし、生唾を飲んだ後、口を開いた。

 

「いや、いつもなら強引に決めるだけじゃなくて、いきなり言うから、今日に限ってわざわざ予告してきたのはどうしてかなと」

 

「お~、いっくんするど~い」

 

パチパチと手を叩く本音。

 

「それはね、一つお願いがあるからよ」

 

「お願い?」

 

首を傾げた一夏に、楯無はニヤリと笑みを浮かべた。

 

一夏は、嫌な予感に襲われながらも、必死に口角を上げる。

 

「生徒会の権限で部屋の一時交代は認められるけど、権限として行う以上、申請はしないといけないのよね」

 

「ああ、もうなんだかヤバい気がする……」

 

「で、申請用紙は私が書くから、一年生の寮長にそれを提出してきて欲しいの!」

 

「一年生のりょうちょーはー………あぁ………」

 

首を傾げながら少しだけ考え込んだ本音は、絶望に表情を染めた。

 

「千冬姉に……」

 

「そっ、お願いね!」

 

「いやいや、どうして俺なんですか!」

 

一夏が掴みかかる勢いで立ち上がるが、楯無は目を合わせようともしない。

 

音も出ないのに唇を尖らせた。

 

「だってー、織斑先生はお姉さんでしょ? 詰問の手が少しは緩まるかもしれないじゃない?」

 

「そんなっ!?」

 

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと護衛は付けてあげるから」

 

「護衛?」

 

眉を下げながらそう漏らした一夏は、不安に胸を染めた。

 

本音が背中を撫でてくれているが、感触はしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、揃ったな」

 

昼休みの寮で一夏がそう言うと、やる気のない表情の三人が睨みをきかせていた。

 

南とシャル、ラウラである。

 

「うー、どうしてこんな目に……」

 

「会長の奴、これでチャラだと言っていたが、よりによって教官の許しを得に行かせるなど……どこまでもずる賢い……」

 

シャルとラウラが肩を落とす隣で、南はため息をついていた。

 

「どうして俺も行かないといけないんだ」

 

「そりゃあ、戦力は多い方がいいだろ? 楯無さんはシャルとラウラを寄越してくれたけど、やっぱり男手も欲しくてさ」

 

頭を抱える南は、この日二桁目の「どうしてこうなった」を呟いた。

 

楯無から授かった申請書を片手に持った一夏を先頭に、千冬の部屋を目指す。

 

「紙を渡した瞬間、取って食われたりしないよな?」

 

不安そうな表情をする南に、シャルが苦笑する。

 

「だ、大丈夫……いくら織斑先生だって、そこまで乱暴じゃないよ」

 

自分に言い聞かせるようにも見えたが、その言葉だけが救いである南は、大人しく頷いた。

 

ラウラは千冬の部屋を訪れるのは初めてらしく、南達とは違う緊張感を持っていた。

 

「よし、着いた」

 

一夏が後ろに続く三人を振り返った。

 

この日、千冬は午前中に授業を終え、午後は部屋でデスクワークをするのが習慣だと知っていた一夏は、迷わず職員室ではなく、この部屋に足を運んだ。

 

「準備はいいか?」

 

「ああ、シャルは血を吐いて、ラウラは失神、俺は逃げて、お前は死ぬ」

 

まさか、と笑う一夏は少しだけ躊躇した後、扉をノックした。

 

返事はなく、足音も聞こえない。

 

「あれ?」

 

もう一度ノックする。

 

しばらくして、ドカッ! と大きな音がした。

 

不気味なくらいゆっくりと足音が大きくなる。

 

「……なんだ、お前達か。何しに来た」

 

千冬はだらしないジャージ姿だった。

 

いつもスーツをキッチリ着こなす彼女からは、考えられない格好に、三人は目を丸くする。

 

一夏だけは平然としていた。

 

「てか、部屋きたねぇ」

 

南は、扉の空いた隙間から見える中の様子に、思わず呟いた。

 

「千冬姉、せっかくこの間掃除したのに、もうこんなに散らかして……」

 

「織斑先生と呼べ」

 

いつものやり取りに覇気がない千冬からは、拳も飛んでこなかった。

 

それに安心したのか、一夏は素早く申請書を差し出す。

 

「あの、これ……楯無会長から預かってきました」

 

「あー、後で目を通しておく。今は寝かせろ」

 

無造作にそれを受け取った千冬は、髪を触りながら扉を閉めた。

 

思いのほかアッサリと事が終わり、四人は内心、拍子抜けする。

 

「流石だ……」

 

初めに口を開いたのはラウラだった。

 

どこか目を輝かせながら扉を見つめている。

 

「一見だらしなく感じるあの格好も、夜間に襲われた際、瞬時に対応できるよう機能性を重視しているに違いない。更に、部屋をああしておくことで、襲撃者の侵入を困難にするだけでなく、戦闘も地の利を活かすことが出来る」

 

スラスラと感動の言葉を並べるラウラ。

 

南と一夏、シャルは目を細めた。

 

「よし、早速、私も……」

 

「あんな風に散らかしたら怒るよ? ラウラ」

 

シャルの低い声が響いた。

 

母親に叱られた子供のように縮こまったラウラは「あぅ……」と情けない声を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~簪~~~

 

その夜。

 

南の部屋の扉を、少女は小さくノックした。

 

高鳴る胸を押さえながら、扉が開くのを待つ。

 

「はいはい」

 

聞き慣れた声がすると同時に、南が顔を出した。

 

黒のバンドTシャツに、白の長袖シャツを重ね着している南は、少女―――簪の姿を見て、笑顔を浮かべる。

 

「今日は簪か。トップバッターだな」

 

「う、うん……」

 

緊張で視線を合わせることが出来ない。

 

どうしても、俯きながら頷いてしまう。

 

「まぁ、入ってくれ。一夏はもう、のほほんさんの部屋に行ったから、俺一人なんだ」

 

「お、お邪魔……します」

 

呟くように言いながら、部屋の中へと足を運ぶ。

 

(つい半年前までは、一緒の部屋だったのに……こ、こんなに緊張するなんて……」

 

簪は扉が閉まる音と、鍵がかかる音を聞きながら、南のベッドに腰かけた。

 

結局、新しいパジャマを買う暇も、特別な何かを用意する時間もなく、張り切って一番最初を選んだことに、少しの後悔が襲ってくる。

 

「なんだ? もう寝るのか?」

 

自分のベッドに腰かける簪を見て、南は歯磨きをしながら聞いた。

 

シャカシャカと音を立てながら腕を動かしている。

 

「あ、え……は、はい……」

 

上擦る声で頷くと、南は洗面台の方へと戻って行った。

 

しばらくして、再び姿を見せると、簪の肩を叩く。

 

「じゃあ、横になるか」

 

南は、それだけ言って簪を立たせると、かけ布団を捲った。

 

電気を消しながら、身体をベッドにねじ込む。

 

「どうした、寝ないのか?」

 

「あの……南、朝はあんなに嫌がってたのに、もう、いいの……? 無理、してるなら……」

 

「眠たい朝に、突然決められたから文句言ってただけだ。それに、簪とは寝ながらやりたいことを思い付いた」

 

「え……?」

 

優しく笑う南に、簪は拍子抜けしたような顔になる。

 

「ほら、入ってくれ」

 

布団を持ち上げて誘う南に逆らうことも出来ず、簪は頬を染めたまま、ゆっくりとベッドに体重をかけた。

 

簪が寝そべると、南は手を降ろす。

 

一つの布団に、南と簪の二人が包まれた。

 

「寒くないか?……まぁ、そのうち温かくなると思うが」

 

「だ、大丈夫……それで、私とやりたい事って……」

 

南は、まぁまぁと言いながら、ベッド脇の作業灯を点けて、手の届く位置にある棚からタブレットを取り出す。

 

そして、それを枕に置きながら体勢を変えた。

 

「ほら、簪もうつ伏せになってくれ」

 

言われるがままに、布団の中でゴソゴソと動く簪。

 

再びタブレットに視線を戻すと、そこには、簪が好きなヒーローアニメのオープニングが流れていた。

 

「これ……」

 

「ああ。この前、薦めてくれたからな。最近、やっと買って見始めたから、どうせなら一緒に見ようと思ったんだ」

 

「覚えてたの……?」

 

それは、少し前の昼休みに、魅力を語ろうとタイトルを言った所で、箒とシャルが遮った為、話が中途半端になってしまったアニメだった。

 

いつもなら、DVDを押し付けるようにして見るよう薦めるのだが、それが出来なかったことを後悔していた。

 

「まあな。お前の薦めに外れがないことは、半年前から知っている」

 

そう言ってくれる南が嬉しくて、簪は肩が触れ合うのではなく、重なる距離で寄り添った。

 

南の左肩に頭を預けるようにして、画面を見つめる。

 

しばらくすると、激しい戦闘シーンへと移った。

 

「あ、ここね、作画が大変だったんだって……」

 

「そうなのか……確かに、凝ってるな」

 

「うん」

 

DVDの初回限定版に収録されていた、監督のインタビュー記事を思い出しながら、簪が口を挟む。

 

「ここもね……あ……」

 

別のシーンに入り、再び口を開いたところで、簪は慌てて黙った。

 

「ん?」

 

「ごめん……うるさい、よね……」

 

好きな物のことになると、つい口数が増える。

 

簪は、眉を下げて俯いた。

 

「そんなことないぞ。解説を聞きながらなんて、贅沢な見方じゃないか」

 

しかし、南は肩を寄せ合うように笑って、画面を見ていた。

 

胸が熱くなるのを感じながら、簪は小さく頷く。

 

「ありがと……」

 

ヒーローの必殺技が炸裂し、爆発音が響く中、南に聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数話を重ねるうちに、南が指をさす。

 

「この娘、可愛いな」

 

画面に映っていたのは、ヒロインであり、お色気担当でもある、主人公の幼馴染だった。

 

ヒーロー物とは思えないほど過激なスタイルで描かれており、敵の攻撃で衣装が破損するシーンは、多くの男子を魅了している。

 

普段は主人公のお姉さん的な立場ながら、時折見せる子供っぽさが人気の秘密でもあった。

 

「この娘に関しての情報は何かないか?」

 

「ふん」

 

南が嬉しそうに顔を向けるが、簪はそっぽを向いた。

 

突然の不機嫌の理由が分からず、首を傾げる南だったが、その話の佳境に入り、再び視線を戻した。

 

(やっぱり、ばか……)

 

アニメのヒロインに嫉妬する簪を置いて、話は進んでいく。

 

それから数時間後。

 

主人公の親友が死んで、第一部が終わった。

 

「おい、親友が死んだぞ!」

 

南が大変だ、と騒ぐ。

 

「うん」

 

「うんって……ラスボスも倒してないし、こんな終わり方ないだろ?……これから、どうなるんだ」

 

(親友は第二部の後半で、サイボーグになって再登場するけど……)

 

「第二部のDVD持ってないか? 俺、この第一部しか持ってないんだが」

 

「持ってるけど、貸してあげない」

 

簪は、話は終わりだと言わんばかりに、南に背を向けた。

 

布団を被り直して、息を吐く。

 

「おいおいおいおい、嘘だろ?」

 

(ヒロインに見惚れた、バツ……反省したら、第二部のDVDを貸してあげよう)

 

意地悪に笑った簪。

 

南は、必死にその肩を揺さぶった。

 

「なぁ、ちょっと持ってきてくれよ……なんなら、鍵を貸してくれたら、俺が取ってくるから」

 

「だめ……ふふ」

 

布団の温かさと、南の手の感触に、簪は笑顔のまま目を閉じた。

 

 

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