IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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69.寒い夜には~箒&セシリア~

~~~箒~~~

 

日曜日。

 

この日は、南とヴィシュヌが買い物に出掛けたように、一夏と本音も街に繰り出していた。

 

しかし、本音は街で偶然出会ったクラスメイトと夕食を食べに行ったため、一夏は寮の自室に一人帰ってきており、南と夕食を摂ることに。

 

毎日のように夕食を共にしている為、特別寂しいといった感情は起こらなかった。

 

南から電話で「食堂じゃなくて部屋で食べるから、出先で何か買ってきてくれ」と頼まれた一夏は、適当な総菜とファストフードを持ち帰った。

 

何でも、ヴィシュヌに色々と連れ回されて疲れたらしい。

 

荷物を抱えたまま部屋に入ると、そこには箒がいて、IS学園入学当初に見慣れた浴衣を着ていた。

 

「お、今日は箒なんだな」

 

一夏は、買ってきた物を机に並べながら言った。

 

既に部屋着になっていた南が、嬉しそうに机の物を物色する。

 

「そうらしい……晩飯、買ってきてくれたか。箒もどうだ?」

 

「いいのか?」

 

頬を僅かに赤くしていた箒は、南が訊ねると遠慮がちにそう返した。

 

手を洗っていた一夏が、タオルを片手に戻ってくる。

 

「ああ、たくさん買ってきたし……たまには食堂とか手作りじゃなくて、こういうのも悪くないよな」

 

「そ、そうだな……では、頂くとしよう」

 

そう言うと、総菜の蓋を取って箸を受け取る。

 

南は、一夏に注文していたピザを取り出すが、その店のマークが見えると、表情を歪めた。

 

「この店のピザは、あまり好きじゃないんだが……」

 

「悪い。いつも南と行く店は、今日、閉まってて」

 

一夏の言葉に、南は諦めたようにため息をついてから齧りつく。

 

そのやり取りに、箒は首を傾げた。

 

「そのピザは何が駄目なんだ?」

 

「ここはピザ以外にも、パスタだとかグラタンだとかも扱ってるんだ。何事も専門が大事だろ?」

 

「ピザの専門店じゃないことに、文句を言っているのか……」

 

呆れて笑う箒だったが、一夏は箸を南に向けた。

 

「別にいいじゃんか。不味いわけじゃないんだし」

 

「束博士は、ISを作りながら美容師もやってたのか? それなら今度、髪を切ってもらうよう頼むことにする」

 

南の意味不明な皮肉に言い返す言葉もなく、一夏は黙ってサラダを口にした。

 

「高校の時、千冬さんの髪は姉さんが切ってた」

 

冷静な口調で箒が言う。

 

すると、水を得た魚のように、一夏が嬉しそうに笑った。

 

「ああ、そうだったそうだった!」

 

珍しく箒がフォローに回った為、一夏は意地の悪い表情を浮かべる。

 

「良かったな、格好良くしてもらえるぞ」

 

「何をしでかすか分からん人に、俺の髪は預けられない」

 

拗ねたようにピザを口にする南に、二人は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事をして、片づけを終える頃には、南の欠伸が頻繁に見られるようになっていた。

 

なんとなく点けたテレビを消し、南は一夏に向き直る。

 

「一夏、のほほんさんは?」

 

「あー……まだ帰って来てないな……」

 

一夏は、スマホを確認しながら頬を掻いた。

 

途端に箒がそわそわと、落ち着きを失くす。

 

「それなら、あそこに行けばいいんじゃないか?」

 

「あそこ?」

 

「束博士が仕立てた、綺麗な髪を拝める部屋だ」

 

「千冬姉の部屋かよっ……ぶっ飛ばされるだろうな……」

 

一夏は苦い表情をすると、箒も冷静を装いながら口を開いた。

 

「それに、さっきのは高校の時の話だ」

 

南は肩をすくめる。

 

また大きな欠伸をして、ベッドに身を倒した。

 

「じゃあ、今日は三人で寝るか」

 

「ちょ、ちょっと待て! そ、それでは……それでは、簪とヴィシュヌがズルいではないか……」

 

箒の声は次第に小さくなり、最後は声にならないほどだったが、一夏も苦笑した。

 

「いやいや、友達と幼馴染が一緒に寝てる隣のベッドで寝るって……拷問だろ」

 

「確かにそうだな」

 

思いのほか、言葉にすると面白かったのか、南が笑い飛ばした。

 

その拍子に身体を起こす。

 

すると、一夏のスマホが振動し、画面には本音からのメッセージが映し出されていた。

 

「おっ、ほんちゃん帰ってきたって。行ってくるよ」

 

「ああ、よろしく言っておいてくれ」

 

「分かった。それじゃあな」

 

「おやすみ」

 

本音の事になると、途端に行動が早くなる一夏を見送り、部屋はついに二人きりになる。

 

箒はしばらく黙っていたが、南は早々と寝る準備を進めた。

 

「み、南……そ、その……なんだ……もう少し、起きているというのは……嫌か?」

 

歯を磨く南の傍で、上目遣いで訴える箒。

 

その弱々しい視線に、南は右手を止めることなく頷いた。

 

「じゃあ……映画でも」

 

「ああ!」

 

箒は満面の笑みで応えて、ガッツポーズを繰り返す。

 

(ね、寝る前に映画を見る……まるで、恋人ではないか! いい、これはいい!)

 

洗面台から戻った南は、部屋の電気を消して、テレビを再び点ける。

 

枕を立てて、ほぼ横になる姿勢から、頭だけを無理矢理起こすようにした。

 

箒がその隣に座る。

 

ちょうど、箒の腰元に南の頭があった。

 

「何か見たいのはあるか?」

 

南がリモコンを操作しながら聞く。

 

映画自体に興味はない箒にとっては、どれでも良かった。

 

「わ、私は、なんでもいいぞ。南が好きなのにするといい」

 

すぐ隣にいる南を感じながら、箒は慎重に言葉を選ぶ。

 

「じゃあ……これにするか」

 

選んだのはスパイアクション映画だった。

 

派手な演出はないが、その分、緊張感のある場面が多くある。

 

分かりやすい組織が、分かりやすい危険物を盗み出すオープニングから始まり、主人公がバカンスしているところに、諜報機関から連絡が入る。

 

お決まりの流れだった。

 

謎の美女の登場や、幹部の男から盗んだキーで部屋を物色し、間一髪で抜け出すなど、テンプレートな展開が続いた。

 

謎の美女とのラブシーンに入り、箒は居心地が悪いような、それでいて同じようなことを望む自分もいたりと、画面を見ながら悶々としていた。

 

(うぅ……外国人は、どうしてあんなに激しいんだ……わ、私は……もっとこう、優しく……それこそ、こんなベッドで、甘い時間を……)

 

妄想を捗らせようと、南をチラリと横目で見る。

 

しかし、南はしっかり眠っており、テレビに顔すら向けていなかった。

 

「ね、寝てる……まぁ、今日は疲れたと言っていたし……仕方のない奴だ」

 

箒は一人優しく微笑むと、リモコンでテレビを消した。

 

月明りが、ぼんやりと暗くなった部屋を照らす。

 

「よいしょ……」

 

髪を結えていたリボンを外して、傍に置いておく。

 

腰かけていた身体をズラし、布団を被り直した。

 

同時に、南が寝がえりを打った。

 

箒に背を向ける形になり、自然と表情が暗くなる。

 

「む……折角、一緒に寝るのだ、こっちを向いてくれ」

 

起こさないように、しかし、確実に南の身体をこちらに向ける。

 

「んんっ……んー……」

 

変わった体勢を直すように、南はもぞもぞと動く。

 

やがて、箒の方へ身体を向け、また息を吐いた。

 

「よしよし。これでいい」

 

満足した箒は、微笑みながら南の寝顔を観察していた。

 

気持ち良さそうな寝顔を見ているのは全く飽きず、そのまま数十分が経過した。

 

「す、少しくらい……少しくらいなら、構わないだろう」

 

箒は、南の肩に左手を伸ばす。

 

包み込むように腕を回し、右手は南の頭を抱えるようにした。

 

完全に抱きしめている格好に、箒は心臓を高鳴らせながら震える。

 

「おぉ……こ、これは……」

 

力が入る。

 

自分の胸元に顔をうずめる南は、先程よりも楽な表情をしているように見えた。

 

「なんだ、やはり南も……その……大きい方が好きなのか……なら、良かった」

 

「んっ……んん……」

 

箒が幸せな表情のまま言うと、南はその場で勢いよく寝返りを打った。

 

抱いていた腕も、その勢いに負けてわずかに泳ぐ。

 

「なっ!?」

 

再び背を向けられ、箒は軽くショックを受けた。

 

そして何より、少し距離が空いた気がして仕方ない。

 

(どうにか、もう一度……)

 

箒は、南を振り向かせるべく、夜通し手を動かし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~セシリア~~~

 

「南さん! どうです? わたくしのパスタは!」

 

セシリアが、対面に座る南に笑いかけた。

 

この日は、セシリアが泊まりついでに料理をすると意気込んでおり、教室から直接、南の部屋に訪れていた。

 

一夏は逃げるように本音の部屋へ行き、帰って来てすらいない。

 

「うん、かなり上手くなったな」

 

制服のままフォークにパスタを巻き付ける南は、そう言って笑う。

 

午後四時に授業が終わり、現在、午後八時。

 

ただ作るだけとは思えない時間をかけて仕上がったパスタは、確かにセシリアの成長が垣間見える出来栄えだった。

 

南の言葉に、ぱぁっと花が咲いたような表情をするセシリア。

 

「でも、ちょっと……いや、かなり麺が固い」

 

今度は一転。セシリアの表情は沈む。

 

「お湯が沸騰してなかったのかしら……」

 

セシリアが、ガチガチの麺を持ち上げて眉を顰めた。

 

口に運んで、また表情を歪める。

 

「味もイマイチですわ……」

 

「まぁ、これからも試食くらいならするから、遠慮なく作ってくれ。俺は食べるだけだしな」

 

「ありがとうございますっ」

 

南が優しく笑って、またフォークを動かした。

 

そんな様子に、セシリアは満面の笑みで返す。

 

「今日はどうだった? 何か変わったことはあったか?」

 

水を一口含んで、南が訊ねた。

 

「今日は……日本史の授業で、レポートの返却があったくらいでしょうか?」

 

「そんな課題あったか?」

 

「いえ、外国籍の生徒は提出するのです。シャルロットさんは大分、苦戦しておりました……ラウラさんは、スラスラ書いていた印象ですが」

 

「そうか。セシリアは?」

 

「わたくしは、戦国時代の背景を少々……」

 

「どんなのか、見せてくれよ」

 

「だ、駄目ですわっ」

 

セシリアは、顔を赤くして手を振った。

 

慌てる様子が可愛らしく、南は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「隠すことないだろ? ほら、教室からそのまま来たし、鞄もあるんだから……」

 

「ちょ、ちょっと、お待ちになって!」

 

席を立ち、少し離れた椅子に置いてある鞄に手を伸ばす南。

 

そんな彼を阻止しようと、セシリアも立ち上がろうとした。

 

「ああっと!」

 

しかし、勢いよく振り返った南は、セシリアに指を向ける。

 

「いいのか? 食事中に立ち上がるのは、英国淑女としては不味いんじゃないか?」

 

「なっ!?」

 

南が言うと、セシリアは悔しそうに力を抜いた。

 

それに満足すると、再びセシリアの鞄に手を伸ばす。

 

「さてさて、どんなレポートを書いた?」

 

嬉しそうにしながら、鞄を開ける。

 

その目に飛び込んできたのは、『ブルー・ティアーズ』のビットの一つだった。

 

「南さん?」

 

セシリアの低い声に、南は鞄に向けて両手を挙げた。

 

「わたくしは、わざわざ立たなくても、こうしてビットを部分展開出来るのですが……これ、レーザーも発射出来るか試してみますか?」

 

「ごめんなさい」

 

「ほら、戻ってらして? お食事の途中ですわよ」

 

南は、両手を挙げたまま、ゆっくりとテーブルに戻る。

 

慎重な動きでフォークを掴み、セシリアと目を合わせないように、パスタを口に運んだ。

 

「美味しいですか?」

 

「はい、とっても」

 

仰々しく言う南に、セシリアは聖母(悪魔)のような笑顔を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南さん、そろそろ……」

 

「ん、寝るか」

 

夜も更けた頃、セシリアの言葉で、二人はベッドに入った。

 

翌日も授業があるため、夜更かしはしていられない。

 

部屋の明かりを消し、布団をかけると、セシリアは南に身をぐっと寄せた。

 

「どうしたどうした、寒いのか?」

 

胸元に頭を預けるセシリア。

 

南が言うと、シャツを軽く掴んだ。

 

「い、いえ……そうではありませんが……」

 

「そんなにくっつくと、寝にくいぞ?」

 

「え、えっと……そう、レポート! レポートを勝手に見ようとした罰ですわ!」

 

「うっ……」

 

「南さんには、反省の意を込めて、このまま寝てもらいます」

 

「わ、分かった」

 

体勢を変えることが出来ず、手持ち無沙汰になった南は、なんとなくセシリアの頭に手を置いた。

 

セシリアが「えっ」と声を出す隙に、もう片方の手で肩を抱く。

 

「……離しては駄目ですわよ、南さん」

 

少しの間、困惑していたがセシリアだったが、そう笑うと、静かに目を閉じた。

 

一時間後。

 

南は、片手でセシリアの頭を撫で、もう片方を自身の頭の下にしていた。

 

寝息を立てるセシリアの表情はあどけなく、普段のお嬢様とは一変して、幼く見える。

 

そんな表情に頬を緩めた南だったが、すぐに表情を引き締める。

 

いつものナイフを取り出し、糸を伸ばした。

 

「俺はな……簡単には諦めない男なんだ」

 

伸ばした糸を、セシリアの鞄に巻きつけて、引き寄せる。

 

自分の胸元で眠る少女を起こさぬよう、慎重に腕を動かした。

 

暗がりの中でも、『メダマグモ』にはしっかりと鞄の中が見えている。

 

他の夜行性動物や、人間の作る暗視装置を遥かに凌ぐ目は、遂にレポート用紙を捉えた。

 

「どれどれ……」

 

所々頷きながら、文字を追う。

 

戦国時代について書いたというレポートは千五百字程度あり、ゆっくりと読み進めていく。

 

やがて、全てを読み終えた南は、またレポート用紙を鞄に仕舞い、糸を用いて元の場所に戻した。

 

姿勢を楽にすると、セシリアが可愛らしい呻き声を上げながら南の胸元に顔を寄せる。

 

そんなセシリアの髪を優しく撫でた南は、そっと息を吐いた。

 

「料理と同じレベルだな」

 

 

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