~~~箒~~~
日曜日。
この日は、南とヴィシュヌが買い物に出掛けたように、一夏と本音も街に繰り出していた。
しかし、本音は街で偶然出会ったクラスメイトと夕食を食べに行ったため、一夏は寮の自室に一人帰ってきており、南と夕食を摂ることに。
毎日のように夕食を共にしている為、特別寂しいといった感情は起こらなかった。
南から電話で「食堂じゃなくて部屋で食べるから、出先で何か買ってきてくれ」と頼まれた一夏は、適当な総菜とファストフードを持ち帰った。
何でも、ヴィシュヌに色々と連れ回されて疲れたらしい。
荷物を抱えたまま部屋に入ると、そこには箒がいて、IS学園入学当初に見慣れた浴衣を着ていた。
「お、今日は箒なんだな」
一夏は、買ってきた物を机に並べながら言った。
既に部屋着になっていた南が、嬉しそうに机の物を物色する。
「そうらしい……晩飯、買ってきてくれたか。箒もどうだ?」
「いいのか?」
頬を僅かに赤くしていた箒は、南が訊ねると遠慮がちにそう返した。
手を洗っていた一夏が、タオルを片手に戻ってくる。
「ああ、たくさん買ってきたし……たまには食堂とか手作りじゃなくて、こういうのも悪くないよな」
「そ、そうだな……では、頂くとしよう」
そう言うと、総菜の蓋を取って箸を受け取る。
南は、一夏に注文していたピザを取り出すが、その店のマークが見えると、表情を歪めた。
「この店のピザは、あまり好きじゃないんだが……」
「悪い。いつも南と行く店は、今日、閉まってて」
一夏の言葉に、南は諦めたようにため息をついてから齧りつく。
そのやり取りに、箒は首を傾げた。
「そのピザは何が駄目なんだ?」
「ここはピザ以外にも、パスタだとかグラタンだとかも扱ってるんだ。何事も専門が大事だろ?」
「ピザの専門店じゃないことに、文句を言っているのか……」
呆れて笑う箒だったが、一夏は箸を南に向けた。
「別にいいじゃんか。不味いわけじゃないんだし」
「束博士は、ISを作りながら美容師もやってたのか? それなら今度、髪を切ってもらうよう頼むことにする」
南の意味不明な皮肉に言い返す言葉もなく、一夏は黙ってサラダを口にした。
「高校の時、千冬さんの髪は姉さんが切ってた」
冷静な口調で箒が言う。
すると、水を得た魚のように、一夏が嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだったそうだった!」
珍しく箒がフォローに回った為、一夏は意地の悪い表情を浮かべる。
「良かったな、格好良くしてもらえるぞ」
「何をしでかすか分からん人に、俺の髪は預けられない」
拗ねたようにピザを口にする南に、二人は小さく笑った。
食事をして、片づけを終える頃には、南の欠伸が頻繁に見られるようになっていた。
なんとなく点けたテレビを消し、南は一夏に向き直る。
「一夏、のほほんさんは?」
「あー……まだ帰って来てないな……」
一夏は、スマホを確認しながら頬を掻いた。
途端に箒がそわそわと、落ち着きを失くす。
「それなら、あそこに行けばいいんじゃないか?」
「あそこ?」
「束博士が仕立てた、綺麗な髪を拝める部屋だ」
「千冬姉の部屋かよっ……ぶっ飛ばされるだろうな……」
一夏は苦い表情をすると、箒も冷静を装いながら口を開いた。
「それに、さっきのは高校の時の話だ」
南は肩をすくめる。
また大きな欠伸をして、ベッドに身を倒した。
「じゃあ、今日は三人で寝るか」
「ちょ、ちょっと待て! そ、それでは……それでは、簪とヴィシュヌがズルいではないか……」
箒の声は次第に小さくなり、最後は声にならないほどだったが、一夏も苦笑した。
「いやいや、友達と幼馴染が一緒に寝てる隣のベッドで寝るって……拷問だろ」
「確かにそうだな」
思いのほか、言葉にすると面白かったのか、南が笑い飛ばした。
その拍子に身体を起こす。
すると、一夏のスマホが振動し、画面には本音からのメッセージが映し出されていた。
「おっ、ほんちゃん帰ってきたって。行ってくるよ」
「ああ、よろしく言っておいてくれ」
「分かった。それじゃあな」
「おやすみ」
本音の事になると、途端に行動が早くなる一夏を見送り、部屋はついに二人きりになる。
箒はしばらく黙っていたが、南は早々と寝る準備を進めた。
「み、南……そ、その……なんだ……もう少し、起きているというのは……嫌か?」
歯を磨く南の傍で、上目遣いで訴える箒。
その弱々しい視線に、南は右手を止めることなく頷いた。
「じゃあ……映画でも」
「ああ!」
箒は満面の笑みで応えて、ガッツポーズを繰り返す。
(ね、寝る前に映画を見る……まるで、恋人ではないか! いい、これはいい!)
洗面台から戻った南は、部屋の電気を消して、テレビを再び点ける。
枕を立てて、ほぼ横になる姿勢から、頭だけを無理矢理起こすようにした。
箒がその隣に座る。
ちょうど、箒の腰元に南の頭があった。
「何か見たいのはあるか?」
南がリモコンを操作しながら聞く。
映画自体に興味はない箒にとっては、どれでも良かった。
「わ、私は、なんでもいいぞ。南が好きなのにするといい」
すぐ隣にいる南を感じながら、箒は慎重に言葉を選ぶ。
「じゃあ……これにするか」
選んだのはスパイアクション映画だった。
派手な演出はないが、その分、緊張感のある場面が多くある。
分かりやすい組織が、分かりやすい危険物を盗み出すオープニングから始まり、主人公がバカンスしているところに、諜報機関から連絡が入る。
お決まりの流れだった。
謎の美女の登場や、幹部の男から盗んだキーで部屋を物色し、間一髪で抜け出すなど、テンプレートな展開が続いた。
謎の美女とのラブシーンに入り、箒は居心地が悪いような、それでいて同じようなことを望む自分もいたりと、画面を見ながら悶々としていた。
(うぅ……外国人は、どうしてあんなに激しいんだ……わ、私は……もっとこう、優しく……それこそ、こんなベッドで、甘い時間を……)
妄想を捗らせようと、南をチラリと横目で見る。
しかし、南はしっかり眠っており、テレビに顔すら向けていなかった。
「ね、寝てる……まぁ、今日は疲れたと言っていたし……仕方のない奴だ」
箒は一人優しく微笑むと、リモコンでテレビを消した。
月明りが、ぼんやりと暗くなった部屋を照らす。
「よいしょ……」
髪を結えていたリボンを外して、傍に置いておく。
腰かけていた身体をズラし、布団を被り直した。
同時に、南が寝がえりを打った。
箒に背を向ける形になり、自然と表情が暗くなる。
「む……折角、一緒に寝るのだ、こっちを向いてくれ」
起こさないように、しかし、確実に南の身体をこちらに向ける。
「んんっ……んー……」
変わった体勢を直すように、南はもぞもぞと動く。
やがて、箒の方へ身体を向け、また息を吐いた。
「よしよし。これでいい」
満足した箒は、微笑みながら南の寝顔を観察していた。
気持ち良さそうな寝顔を見ているのは全く飽きず、そのまま数十分が経過した。
「す、少しくらい……少しくらいなら、構わないだろう」
箒は、南の肩に左手を伸ばす。
包み込むように腕を回し、右手は南の頭を抱えるようにした。
完全に抱きしめている格好に、箒は心臓を高鳴らせながら震える。
「おぉ……こ、これは……」
力が入る。
自分の胸元に顔をうずめる南は、先程よりも楽な表情をしているように見えた。
「なんだ、やはり南も……その……大きい方が好きなのか……なら、良かった」
「んっ……んん……」
箒が幸せな表情のまま言うと、南はその場で勢いよく寝返りを打った。
抱いていた腕も、その勢いに負けてわずかに泳ぐ。
「なっ!?」
再び背を向けられ、箒は軽くショックを受けた。
そして何より、少し距離が空いた気がして仕方ない。
(どうにか、もう一度……)
箒は、南を振り向かせるべく、夜通し手を動かし続けた。
~~~セシリア~~~
「南さん! どうです? わたくしのパスタは!」
セシリアが、対面に座る南に笑いかけた。
この日は、セシリアが泊まりついでに料理をすると意気込んでおり、教室から直接、南の部屋に訪れていた。
一夏は逃げるように本音の部屋へ行き、帰って来てすらいない。
「うん、かなり上手くなったな」
制服のままフォークにパスタを巻き付ける南は、そう言って笑う。
午後四時に授業が終わり、現在、午後八時。
ただ作るだけとは思えない時間をかけて仕上がったパスタは、確かにセシリアの成長が垣間見える出来栄えだった。
南の言葉に、ぱぁっと花が咲いたような表情をするセシリア。
「でも、ちょっと……いや、かなり麺が固い」
今度は一転。セシリアの表情は沈む。
「お湯が沸騰してなかったのかしら……」
セシリアが、ガチガチの麺を持ち上げて眉を顰めた。
口に運んで、また表情を歪める。
「味もイマイチですわ……」
「まぁ、これからも試食くらいならするから、遠慮なく作ってくれ。俺は食べるだけだしな」
「ありがとうございますっ」
南が優しく笑って、またフォークを動かした。
そんな様子に、セシリアは満面の笑みで返す。
「今日はどうだった? 何か変わったことはあったか?」
水を一口含んで、南が訊ねた。
「今日は……日本史の授業で、レポートの返却があったくらいでしょうか?」
「そんな課題あったか?」
「いえ、外国籍の生徒は提出するのです。シャルロットさんは大分、苦戦しておりました……ラウラさんは、スラスラ書いていた印象ですが」
「そうか。セシリアは?」
「わたくしは、戦国時代の背景を少々……」
「どんなのか、見せてくれよ」
「だ、駄目ですわっ」
セシリアは、顔を赤くして手を振った。
慌てる様子が可愛らしく、南は意地の悪い笑みを浮かべる。
「隠すことないだろ? ほら、教室からそのまま来たし、鞄もあるんだから……」
「ちょ、ちょっと、お待ちになって!」
席を立ち、少し離れた椅子に置いてある鞄に手を伸ばす南。
そんな彼を阻止しようと、セシリアも立ち上がろうとした。
「ああっと!」
しかし、勢いよく振り返った南は、セシリアに指を向ける。
「いいのか? 食事中に立ち上がるのは、英国淑女としては不味いんじゃないか?」
「なっ!?」
南が言うと、セシリアは悔しそうに力を抜いた。
それに満足すると、再びセシリアの鞄に手を伸ばす。
「さてさて、どんなレポートを書いた?」
嬉しそうにしながら、鞄を開ける。
その目に飛び込んできたのは、『ブルー・ティアーズ』のビットの一つだった。
「南さん?」
セシリアの低い声に、南は鞄に向けて両手を挙げた。
「わたくしは、わざわざ立たなくても、こうしてビットを部分展開出来るのですが……これ、レーザーも発射出来るか試してみますか?」
「ごめんなさい」
「ほら、戻ってらして? お食事の途中ですわよ」
南は、両手を挙げたまま、ゆっくりとテーブルに戻る。
慎重な動きでフォークを掴み、セシリアと目を合わせないように、パスタを口に運んだ。
「美味しいですか?」
「はい、とっても」
仰々しく言う南に、セシリアは
「南さん、そろそろ……」
「ん、寝るか」
夜も更けた頃、セシリアの言葉で、二人はベッドに入った。
翌日も授業があるため、夜更かしはしていられない。
部屋の明かりを消し、布団をかけると、セシリアは南に身をぐっと寄せた。
「どうしたどうした、寒いのか?」
胸元に頭を預けるセシリア。
南が言うと、シャツを軽く掴んだ。
「い、いえ……そうではありませんが……」
「そんなにくっつくと、寝にくいぞ?」
「え、えっと……そう、レポート! レポートを勝手に見ようとした罰ですわ!」
「うっ……」
「南さんには、反省の意を込めて、このまま寝てもらいます」
「わ、分かった」
体勢を変えることが出来ず、手持ち無沙汰になった南は、なんとなくセシリアの頭に手を置いた。
セシリアが「えっ」と声を出す隙に、もう片方の手で肩を抱く。
「……離しては駄目ですわよ、南さん」
少しの間、困惑していたがセシリアだったが、そう笑うと、静かに目を閉じた。
一時間後。
南は、片手でセシリアの頭を撫で、もう片方を自身の頭の下にしていた。
寝息を立てるセシリアの表情はあどけなく、普段のお嬢様とは一変して、幼く見える。
そんな表情に頬を緩めた南だったが、すぐに表情を引き締める。
いつものナイフを取り出し、糸を伸ばした。
「俺はな……簡単には諦めない男なんだ」
伸ばした糸を、セシリアの鞄に巻きつけて、引き寄せる。
自分の胸元で眠る少女を起こさぬよう、慎重に腕を動かした。
暗がりの中でも、『メダマグモ』にはしっかりと鞄の中が見えている。
他の夜行性動物や、人間の作る暗視装置を遥かに凌ぐ目は、遂にレポート用紙を捉えた。
「どれどれ……」
所々頷きながら、文字を追う。
戦国時代について書いたというレポートは千五百字程度あり、ゆっくりと読み進めていく。
やがて、全てを読み終えた南は、またレポート用紙を鞄に仕舞い、糸を用いて元の場所に戻した。
姿勢を楽にすると、セシリアが可愛らしい呻き声を上げながら南の胸元に顔を寄せる。
そんなセシリアの髪を優しく撫でた南は、そっと息を吐いた。
「料理と同じレベルだな」