「ご、ごほん……」
南が咳払いをする。
「……」
シャルルの顔はまだ少し赤い。
南の推理を正しく直したシャルルは、その後の言葉に困っていた。
「まぁ、なんだ……」
重苦しいような空気に、そんな言葉さえも、すんなりとは出てこないようになっていた。
少し肩を振るわせたシャルルに、困った顔で頬を掻く。
「これから三年間、女というのを隠して過ごすのか?」
南の問いかけに、シャルルはすぐに答えない。
まるで、何も言われていないかのような静かな時間が過ぎる。
しばらくして、シャルルは口を開いた。
「……さっきも言ったけど、一夏もこのことは知ってるんだ。黙ってもらってるんだけどね」
ふと耳を澄ますと、寮に帰るのであろう女子生徒たちの声が聞こえる。
南は静かに息を吐く。
「二人には女だってこともバレちゃったし……きっと本国に呼び戻されると思う……後のことは分からない。僕は父の本妻の娘じゃないし……良くて牢屋行きかな」
シャルルは寂し気に笑った。
「……ん?」
空を見上げていた南が、シャルルの方を見た。
「ここに居ればいいだろ」
「え?」
南の「何を言っているんだ」という顔がシャルルに素っ頓狂な声を出させた。
「一夏が黙ってるなら、俺も黙ってれば済む話じゃないか。それに、もしお前の実家にバレても、呼び戻すなんて出来ないぞ?」
ポケットに入れていた手を抜いて、胸ポケットをまさぐる。
そこから、生徒手帳を取り出した南は高らかに特記事項を読み上げた。
迷い人を救う、先導者のような気分だった。
「この決まりがある限り、会社だとか国だとかは関係ない」
これを同居人である簪に、つい昨日教えてもらったことだとは言わなかった。
否、言うはずもない。
「よく覚えてたね。てっきり南は、『生徒手帳が教えてくれるのは規則であって、人生ではない』とかなんとか言って破り捨てそうなのに」
シャルルはそう言って、悪戯に笑った。
まさしくそう言いながら捨てる予定だった南には、それが悔しい。
何か言い返せないかと言葉を探す。
「シャルル、お前も随分と回りくどくて嫌味めいたことを言うようになったな。初めはあんなに良くしてくれてたのに」
「最近、僕のクラスに転校してきた男の子の影響だと思うよ」
「そんな転校生とは話さない方がいいぞ」
「南、話してくれる友達が減っちゃうじゃない」
そう言った後、シャルルは楽しそうに笑った。
それなりに大きな声だったが、夜の闇がそんな声もかき消してくれるようだった。
「ありがと、南」
少し間を空けて、シャルルが真面目な声で言った。
「気にするな……お前はここに居ろ」
「え……」
今日は何度、南の言葉に驚けばいいのだろう。シャルルはそう思いながらも、声を漏らさずにはいられなかった。
「三年もあれば会社の経済状況くらい変わるだろう。動きを見ながら、じっくり対策を練ろうじゃないか」
南はそう言ってそれに、と続けた。
「それに……一夏の相手は俺一人じゃ大変だ」
そう言って笑う南の笑顔があまりに眩しくて。夜だということを忘れてしまえるほどだった。
「うん……ぅん……」
そう頷きながら、溢れ出しそうな涙を必死に拭う。
「それにしても……」
南の声は、本当に不思議だ。
シャルルはそう思った。
真剣に言ってくれる時と、冗談を言う時の声が全然違う。
話し方も、声量も、声音も何も変わらないのに、それを感じることが出来る。
「やっぱり男軍を抜けるのはお前だったな、シャルル」
限界だった。
女だということが分かっても、変わらない冗談を言ってくれる南の優しさは……
今のシャルルの涙腺を崩壊させることなど、容易であった。
優しく笑う南の胸にしがみついて、泣いた。
南も、もう何も言わない。
左手でシャルルの髪を撫でるだけ。
他に言葉は必要なかった。
南が部屋に戻ると簪はすでに寝ていて、後を追うように眠った。
「あ」
「ん」
「……」
そして、翌日の朝。
簪と二人で登校していた南の前に現れたのは一夏だった。
寮から校舎に向かう二人の前から歩いてくる一夏に、南は首を傾げる。
「どうした。授業は受けないのか?」
「いや昨日、白式のデータを取りたいって山田先生に呼び出されたから行ったら、夜中三時までかかっちゃって……そのまま寝ちまったんだよ。で、授業の準備だけ取りに帰る途中なんだ」
一夏は大きなあくびをして、目を擦った。
「三時……それは大変だったな」
南は、こちらも色々あったぞと言いたいのを我慢する。
「本当だぜ……ん? その人は?」
「ああ、紹介していなかったな。彼女は更識 簪。俺の同居人で日本の代表候補だ」
南は、隣に立つ簪を指さして言った。
「へぇ。君がそうだったのか。俺は織斑一夏……よろ―――」
「―――私、先に行くから」
簪は、一夏が言い切る前に歩き出した。
初めて聞くような低い声に、南ですら少し動揺する。
「どうした」
南は歩き出す簪の手を掴んだ。
「……」
「俺、なんかしたか?」
一夏が俯いた簪を覗きもうとする。
しかし、簪はそれよりも早く顔を上げ、キッと一夏を睨みつけた。
「私には、あなたを殴る権利が、ある」
「え……」
「でも……疲れるからやらない……それに……」
そこで、更識は南を横目でチラッとだけ見た。
南は訳も分からず、重苦しい二人を見ていることしか出来ない。
「先に、行くね」
簪はそう言って、またも歩き出す。
思わず、南も手を離した。
「一夏……」
「お、俺は何もしてないぞ! 今日、初めて会ったし……」
慌てた様子で両手を振る一夏に、嘘をついている様子はない。
「そうか。ならいいんだが……どうして怒っているんだろうな……ん?」
南はそこまで言って、頭の中で何かが閃いた。
「心当たりがあるのか?」
一夏が聞く。
「いや、そういうわけではないが……ただそう言えば……」
「山田先生」
その日の授業が終わった、放課後。
南の姿は職員室にあった。
山田先生のデスクの前に立つ。
「はい、なんでしょう神代くん」
彼女は普段、女子生徒から「真耶ちゃん」と呼ばれ、その度に困った顔をする。
そのためか、山田先生と呼ぶ南に対しては嬉しそうに笑顔を向ける。
「俺と同棲している、更識のことで聞きたいことがあるんですが……」
南が言うと、山田先生は首を傾げた。
「更識さんの?」
職員室にいる教師は、山田先生を含んでも三名で、それぞれデスクが離れているため、会話が聞かれることはなさそうであった。
「アイツは日本の代表候補なんですよね? 専用ISは何て名前ですか?」
南の問いかけに、山田先生は少し目を反らす。
言っていいものかと、悩んでいる表情をしていたが、やがて小さく息を吐いた。
「更識さんは専用機を持っていない……いや、正確には出来ていないんです」
自分の予想が大きく外れていないことに、南は安堵した。
致命的な故障か、本人の問題か。
何かしらの問題かと思っていたが、まさか出来ていないとは……南は後頭部に手を当てた。
「彼女の専用機は、ある人物が原因で後回しになりました。そのこともあってか、今は一人でISを作っているそうです……」
「ほう、一人で……」
そんなことができるのか、と南は同居人の顔を思い浮かべた。
いつも、特撮物を眺めているようにしか見えなかったが、実はそうではないらしい。
「その、ある人物というのが……」
「一夏だな」
南は即答した。難しい問題ではない。
「驚きました。よく分かりましたね」
馬鹿にはしていない。それは分かるのだが、純粋に驚かれると、それはそれで南の心を抉る。
「待てよ……先生」
「ど、どうかしましたか?」
南の真剣な眼差しを真正面から受けて、山田先生の頬が赤くなる。
「ISを一から作った生徒っているんですか?」
「え、ええ……いるには、いますよ?ですが……」
「なるほど、ありがとうございます」
山田先生の言葉を最後まで聞かずに、南は職員室を飛び出した。
「という訳でだ」
南はディスプレイを叩き、振り返る。
振り返った先には一夏、箒、セシリア、鈴、シャルル、そして簪が立っていた。
「ここにいる更識 簪のISを作り上げたい。協力してくれ」
IS学園の整備室。
その一角に集められた五人の反応はまちまちだった。
「おう! 任せろ!」
「ISについて学べるいい機会だ。協力させてもらおう」
「気が向きませんけど、あんなに頼み込まれたら……お手伝いするしかないですわね」
「セシリアに同じく面倒だけど……ま、ご飯奢ってくれるみたいだし、しょうがないか」
「頑張ろうねっ。更識さん」
「えっ、え……う、うん……?」
状況をよく理解していないのか、簪はあたふたしているだけだった。
そんな簪に歩み寄って行ったのは一夏だ。
「なんか、俺のせいでISができてないって聞いてさ……ごめんな。俺の方を後回しにしてくれてよかったんだけど……とにかく、そのお詫びって言うかなんて言うか……協力するから!」
一夏の誠意が伝わったのか、簪は聞こえるか聞こえないかくらいの声で
「お、お願い……します……」
そう呟いた。
それからというもの。
放課後になっては夜遅くまで整備室に籠り、簪のISを組み上げる日々。
一つが上手くいけば、一つが綻びる。
苦労して出来上がったものを填め込めば、上手くいっていた部分が駄目になる。
それの繰り返しだった。
同じ日本で作られている「白式」のデータは大きな助けになっていたこともあり、一夏と簪の関係は、以前のように悪くない。
セシリアと鈴、シャルルの三人は、代表候補生である知識を惜しみなく……とまではいかないが、かと言って手を抜くこともなかった。
箒は同じ剣道部にいるという、整備科の上級生との人脈を利用し、様々な壁を乗り越えるヒントを収集していた。
「ふむ」
そうなると、退屈になったのは南だった。
力仕事は基本的になく、ISに関する知識は一夏よりあれど、組み立てることに関しては、赤ん坊よりも役に立たない。
完成しつつある機体のそばで頷いては、鈴に『そこ邪魔!』と怒鳴られる日々。
もちろん、初日は南なりに手伝おうと手を出した。
しかし、やることなすこと全てが裏目に出て、完成が遠のくことをいち早く察知したセシリアが、彼の肩を叩いてからは雑用に降格させられることになる。
南の仕事と言えば、夜食や飲み物を買いに行くことくらいであった。
「南」
そんな時、簪が南の方を見ることなく、彼を呼んだ。
指はせわしなく、ディスプレイのキーボードを叩いている。
「どうした」
「やって欲しいことがある」
簪の言葉に、南はにんまりと笑みを浮かべた。
「ほう、この俺にか。なんだ」
腕を組みながら偉そうに言う南に、近くで作業していた一夏とシャルルが苦笑いする。
「これを取ってきて欲しい」
簪は一瞬だけ右手で、デスクの上のメモ用紙をスライドさせた。
そこには、様々な名称の部品が書かれている。
「やはり困った時は、俺を頼ることになるんだな。任せておけ」
「織斑くんとシャルルさんには、稼働データを整理してもらってるし……箒さんと鈴さんはシステムの不備を、セシリアさんには装備の再点検をしてもらってる……手が空いているのが南だけだから……」
簪は無表情のまま言っていたが、急に不安そうな顔になった。
「最後の選択肢だった南に、ほとんど賭けをするような気持ちで、お願いしてる」
「切り札の登場というわけか」
「自分にとってプラスになるようにしか聞こえてないんだから……」
そこでシャルルが呆れたような声を出した。
「更識さん、こっちは終わったから僕と一夏もついて行くよ」
「ああ、任せてくれ。南一人じゃ頼まれた部品なんて、一つも持って来れないんじゃないかって思ってたんだ」
いつの間にやら傍にいた一夏が頷く。
そこで、南は不機嫌そうに眉を顰めた。
「一夏、お前に一ついいことを教えてやる」
「何だ?」
「思ったこと全部を、わざわざ口にする必要はないんだよ。誰もが心の中で思っていれば、世界は平和だ」
「じゃあ、この部品の名前は?」
シャルルがISの装甲部分に使われる筒のような部品を手に取って、南に見せた。
「何だそれは?……あ、分かったぞ。そこから特大のミサイルが……」
「それじゃあ、三人でお願い」
簪が即答した。