IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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70.寒い夜には~楯無~

南と一夏は、部屋でそれぞれ、雑誌と漫画を読んでいた。

 

南と添い寝をする相手が中々部屋に訪れず、久しぶりに自分の部屋でゆっくりしたいと願う一夏にとっては、リラックスできる一時でもあった。

 

「なぁ、南」

 

漫画を捲る音を小さく響かせながら、一夏が笑った。

 

「なんだ?」

 

「こうして二人で本読んでるとさ……老夫婦みたいだよな」

 

何気なく放たれた一夏の一言に、南は顔を顰めて雑誌を投げた。

 

「おい、それは流石にやめろ……言ってなかったが、俺は男だ」

 

「分かってるって!」

 

一夏は焦った顔で言うが、南の警戒するような視線に息を飲んだ。

 

「そ、そういう意味じゃなくて……昨日、ほんちゃんとも、こうして本を読んでたんだ。そしたらほんちゃんが、『歳を取っても、こうやって二人で本を読んでたいね』って」

 

「じゃあ、のほほんさんと言っててくれ。どうして、俺とでも言うんだ」

 

「わ、悪い」

 

南は、再び雑誌を手に取り、ペラペラと捲る。

 

そして、一夏には目をくれず口を開いた。

 

「それに、良い妻ならお茶くらい出すぞ」

 

「この女尊男卑の世の中で、よくそんなことが言えるな……ってか、俺が妻なのかよっ」

 

「夫婦ならな」

 

感情を込めずに言う南だったが、一夏は納得出来ずにいた。

 

椅子に座り直しながら、息を吐く。

 

「生憎、お茶は切らしてんだ」

 

「良い妻なら買いに行く」

 

間髪入れずに言う南は、少し口角を上げた。

 

それと同時に、ノックの音が響く。

 

「……離婚したくなってきた」

 

一夏は立ち上がりながら呟くと、扉の方へ。

 

開けた先には、楯無が見慣れないパジャマ姿で立っていた。

 

「はぁい、一夏くん。本音とはどう?」

 

「楯無さん。まぁ、なんとか順調です……あ、どうぞ入ってください」

 

「お邪魔しま~す……あ、南くんっ」

 

「今日は元凶の楯無か」

 

楯無は、軽快な動きで南の元へ移動し、座っている彼の頭を撫でまわす。

 

されるがままの南は、雑誌に視線を落とした。

 

「じゃあ、南。俺も行ってくるよ」

 

一夏が、扉の前に立ったままで言った。

 

そのまま本音の部屋に向かうらしい。

 

「一夏」

 

南はそんな一夏を呼び止めると、ゆっくり立ち上がり、雑誌で指した。

 

「離婚するんだろ? 弁護士に会うついでに、お茶を買ってきてくれ」

 

扉が閉まる。

 

「離婚? 弁護士? またよく分からない事を言ってるのね」

 

二人きりになった部屋で、楯無は南をジト目で見上げた。

 

雑誌を仕舞いながら、南は涼しい顔をしている。

 

「それじゃあ……どうしましょうか?」

 

手をパンと叩いた楯無は、辺りを見渡しながら言った。

 

部屋の中は片付いており、食いつくようなものはない。

 

南は、考え込むように視線を上げて唸った。

 

「明日は日直だから、早起きしないといけないんだ。だから、もう寝る」

 

「どこ行くの?」

 

簡潔に答えを出した南が洗面台の方へ行くのを見て、楯無が首を傾げた。

 

「歯を磨くんだよ」

 

「あ、おねーさんが磨いてあげましょうか」

 

「はぁ?」

 

「どうして、そんな嫌そうな顔しながら、聞いたことないような声出すのよ」

 

「どうして、一つ上の先輩に、歯を磨いてもらわないといけないんだ」

 

南は鼻で笑うと、そそくさと歯を磨き始めた。

 

むくれる楯無は、何かないかとまた頭を動かす。

 

「じゃあ、お茶! 寝る前のお茶を淹れてあげるっ」

 

「お茶は切らしてるんだ」

 

「さっき言ってたのはそれだったのね……」

 

口をゆすいで戻ってきた南は、大きな口を開けて欠伸をした。

 

ベッドに腰かけ、何やら考え込む楯無に視線を向ける。

 

「えっと……えっと……じゃあ、生徒会室から何か持って来るわ。待ってて」

 

楯無はそう言うと、部屋を出ようと一歩踏み出した。

 

その腕を南が掴む。

 

「おい、何を慌ててるんだ。落ち着け……らしくないぞ」

 

腕を引いて表情を伺う。

 

そこにいた楯無は、見たことのない不安げな表情を浮かべていた。

 

今まで見たことないようなその表情は、どこまでも儚くて弱々しい。

 

「ご、ごめん……なさい……」

 

「いや、謝ることはないが……」

 

南は、掴んでいた腕を放した。

 

その手で意味もなく髪を触り、視線を彷徨わせる。

 

それっきり、室内は妙な空気に包まれ、二人とも口を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに入った二人は、背中を向けてただ黙っていた。

 

だが、南も楯無も目を閉じてはいない。

 

「南、くん……」

 

「なんだ?」

 

真っ暗の部屋で、楯無がそっと名を呼んだ。

 

南は、体勢を変えることなく返した。

 

「おねーさん、南くんと寝られるからって、はしゃいじゃってたみたい」

 

「……嘘だな」

 

「やっぱり分かる?」

 

楯無の震えるような声は、緊張や不安を含んでいた。

 

それは、南でなくてもハッキリと分かるほどだった。

 

「何があった?」

 

「んー……あった、というよりは、これからあるって感じかな」

 

話が見えない、と南は初めて体勢を変えた。

 

ベッドの上で体を動かした先に見える楯無の背中は、いつもより小さく見える。

 

「私ね、明日からしばらくここを離れるの」

 

「ここって、IS学園をか?」

 

「そうよ」

 

「生徒会長ってのは、大変だな」

 

南が目を閉じて言うと、楯無はそっと笑った。

 

「ううん、今回は生徒会長じゃなくて、私の実家……更識家のお仕事」

 

「更識の?」

 

「簪ちゃんから聞いてない? 裏工作を初め、スパイ行為等を目的とする暗部に対する対暗部用暗部……それが更識家なの」

 

「ほう」

 

「私はその当主でね……楯無っていうのは、更識家当主が代々襲名する名前……まぁ、『組織』出身の南くんからしたら、そこまで珍しいとは思わないでしょ?」

 

「出身とか言うな……確かに、そこまで驚きはないが」

 

それだけ言って、南は仰向けになった。

 

明かりの消えた部屋の天井は、ただ暗いだけで何も映さない。

 

「明日からのは、危ない仕事なのか?」

 

「ちょっぴりね……今までなら、なんてことない仕事の一つだったのに……今回は無性に不安で、怖いの」

 

南は、顔を楯無の背中に向けた。

 

「だから、それを誤魔化そうとしたんだけど、空回りしちゃったみたい……いつから、こんなに弱くなっちゃったのかしら」

 

楯無にかけてあげる言葉を必死に探すのだが、残念ながらすぐには見つからなかった。

 

このまま何もしないと、彼女が遠く離れてしまいそうで……そんな様子が、南の心中を荒らした。

 

「うん、辛気臭い話はおしまいっ。さっ、寝ま―――」

 

だから、何も言葉が見つからないから……南には、ただ楯無を抱き寄せることしか出来なかった。

 

その力は、今の楯無同様、弱々しかった。

 

しかし、彼女の無理に明るく振舞う言葉を遮るには十分だった。

 

「南くん……?」

 

「こういう時に限って、何も言ってやれないし、してやれないから……だからせめて、俺はここでお前を待ってることにするよ」

 

選んだ言葉ではなかった。

 

何も通していない、率直で素直な言葉だった。

 

「……弱くなったのは、あなたの……せい、なのよ……」

 

涙交じりに言う楯無だったが、枕を濡らすことはなかった。

 

必死に目元を拭い、口角を上げてみせる。

 

「もしもの時は、迎えに行くから連絡してくれ」

 

「縁起でもない事、言わないで」

 

楯無が吹き出すように笑った。

 

頭と体に回された南の腕の感触を胸に仕舞い、楯無は勢いよく体勢を変えた。

 

その先にいた南は、ただ優しく笑っていて、楯無の目元が少し赤いことには何も言わなかった。

 

「南くん……さっきね、楯無は更識家の当主が襲名する名前って言ったでしょ?」

 

「ああ、言ってたな」

 

「私の本当の名前……教えてあげる」

 

楯無はそこで、グッと身体を南に寄せた。

 

猫のように擦り寄り、南の胸元に頭を預ける様子は、先程までの弱々しさを感じさせなかった。

 

「本当の名前?」

 

「ええ……更識家当主を証明する楯無ではない、私の名前……」

 

そこで楯無は、南を上目遣いで見上げ、そっと口を開いた。

 

「更識……刀奈」

 

 

 

 

 

 

 

陽も昇りきらないうちに、楯無は目を覚ました。

 

時計を確認すると、予定していた起床時刻を十分ほど過ぎている。

 

いつもはない温もりと、心地よい圧迫感に目を向けると、そこには南が寝息を立てて眠っていた。

 

そんな彼を起こさないよう、慎重にベッドから抜け出す。

 

布団をかけ直し、その脇に座った。

 

「ふふ……普段、意味不明なことばっかり言う南くんも、こうして寝てる時は、可愛いわね」

 

楯無は、南の頬を撫でて微笑む。

 

「起きなくてもいいくらい」

 

そんな冗談を言ってまた笑うと、静かに立ち上がって部屋を出た。

 

自室に帰り、纏めていた荷物を手に取る。

 

妹の寝顔を見て行こうとしたが、予定の時刻を過ぎていることを思い出してやめた。

 

誰もいない寮をゆっくり歩いて、校門へと向かう。

 

「うー、さむさむ」

 

朝の冷え込みは激しかった。

 

手に吹きかける息が白い。

 

門の向こう側には、黒のリムジンが停まっている。

 

軍用レベルの装甲板で覆われた特殊車両だ。

 

「さて、頑張りましょうか!」

 

楯無は、気合を入れ直すように言うと、最後にもう一度IS学園を拝んでおこうと振り返った。

 

そして、その先から歩いてくる人影に気付いて、目を丸くする。

 

「えっ……」

 

動揺にも似た表情を見て、照れ臭そうに笑ったその人影……南は、小走りで楯無の方へ。

 

南が、トン、と軽やかに目の前で止まると、楯無は驚きを隠せないまま息を吐いた。

 

「どうして……寝てたんじゃ……」

 

「今日は日直だからな、早起きしたんだよ」

 

寒い寒いと身体を揺らす南は、明らかに嘘をついている。

 

それでも、楯無は小さく笑って頷いた。

 

「そういうことにしておくわね」

 

「ああ……それじゃあ、行ってこい……刀奈」

 

大きく息を吐いた南は、ポンッと肩を叩いた。

 

そんな南に、満面の笑みを向ける。

 

「うん、行ってくるわね、南くんっ」

 

 

 

 

 

 

 

この日、シャルと日直だった南は、二人で日誌を書きながら、休み時間を過ごしていた。

 

「違う違う、山田先生はきっと人を眠らせる能力があるんだ。そういう虫なんだ」

 

「だーめ。居眠りしてたことは、ちゃんと書くからね」

 

必死にペンを取り上げようとする南をあざ笑うかのように、ひょいひょいと腕を躱しながら、シャルは楽しそうに笑った。

 

「また織斑先生に呼び出されるじゃないか」

 

諦めた南は、ガクッと肩を落とした。

 

シャルは、意地悪な笑顔を向ける。

 

「どうしよう。軽くパニックになってる」

 

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

「落ち着けないのがパニックだ」

 

吐き捨てるように言う南に、シャルはしょうがないなぁ、と笑って消しゴムを手に取った。

 

すると、トイレから帰ってきた一夏が自分の席に座る南を見て、何かを思いついたように手を叩いた。

 

「あ、南。今日はお前が日直だったんだよな……はい、提出する宿題。集めて持って行くんだろ?」

 

「もう、持って行ったぞ?」

 

「え?」

 

一夏の目が点になった。

 

それもお構いなしに、南は足を組む。

 

「なんで言ってくれないんだよ!」

 

「言わなかったか? 『持ってく物があるなら、出してくれ』って」

 

「そんなので分かる訳ないだろ!」

 

「なんだ、それくらいは阿吽の呼吸で分かると思ってたが……この結婚は失敗だったな、一夏」

 

南がそう言って笑う頃には、一夏は宿題を持って教室を飛び出していた。

 

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