酷いネタ切れのため、見苦しい箇所ばかりだったとは思いますが、次話以降もよろしくお願いします。
「ふっふふ~ん」
新調したパジャマに身を包み、寮の廊下をスキップする鈴は、紙袋を片手にだらしなく頬を緩めていた。
「やーっと、あたしの番ねっ。まぁ、今日の為の秘策も思い付いたわけだし、別にいいんだけど~」
南の部屋の前で、鈴はぴょんっと跳ねて着地した。
軽快に扉を叩き、南を待つ。
「はいはい」
扉から顔を覗かせた目当ての男は、鈴の胸の高鳴りなど知らないのか、いつも通りの表情をしていた。
本人を前にすると少しの緊張も出てくるが、鈴の「秘策」が、それを打ち消す。
「南、来てあげたわよ!」
「おう、今日は鈴か。どうぞ、入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
軽快に部屋の中へ足を踏み入れる鈴。
扉が閉まり、遅れて部屋に戻る南を待ってから、クルリと体の向きを変えた。
「ねぇ、南。小腹空いてない?」
いつものように一年の専用機持ちで食事を摂ってから三時間ほど。
全く何も食べられないか、と言われれば否定は出来ない。しかし、小腹が空いているとも言えない時間だった。
「いや、別に……」
南は、妙なテンションの鈴に多少の困惑を見せながらも、椅子に腰かけた。
それもお構いなしに、鈴は紙袋を差し出す。
「これ、食べない?」
「俺の話を聞いてなかったのか? 小腹は空いてな―――って、これ高級店のチョコじゃないか!」
呆れたように鼻で笑った南だったが、差し出された紙袋を見て、即座に目を釘付けにした。
ひったくる勢いで手に取り、興奮しながら中を取り出す。
「男って、チョコにそこまで食いつくかしら、普通……まぁ、いいわ。食べてみない?」
「おう、食べよう食べよう。いやー、ありがとう鈴」
無邪気に箱を開ける南に、鈴はほくそ笑んだ。
(ふふ……チョコと言ってもただのチョコじゃなくて、中身はウィスキーボンボン。これで程よく酔ってしまえば、優しく介抱してもらえる……)
――—ウィスキーボンボンとは、洋酒入りのボンボン菓子の一種であり、砂糖製の殻でウィスキーを包んだものである。
これをチョコレートでコーティングしたものは、材料の他に手間もかかるので値段が張る場合が多い。
事実、鈴が用意した物は一粒で千円を超える代物であり、代表候補生の鈴だからこそ気軽に手を出せた。
(あたしは結構お酒に弱い……っても、ちゃんと飲んだことはなくて、台湾の親戚に無理矢理飲まされた程度なんだけど……それでも、かなりきちゃったのよねぇ)
「じゃあ鈴、悪いが貰うぞ」
「ええ、あたしもいただくわっ」
二人は、同時にウィスキーボンボンを手に取り、口に運ぶ。
南が、感動の声を上げる。
「おぉ~、ウィスキーボンボンか。美味い……流石、高級店だ」
「ええ、美味しいわね」
「寝る前にこんなの食べて、太らないか?」
「よ、余計なこと気にしなくていいのよっ……それに私達は、ISで散々動くんだから大丈夫!」
言い聞かせるように言うと、早く酔ってしまうべく、鈴は二つ目に手を伸ばした。
南も、負けじと口に放り込んだ。
箱を埋め尽くしていた物は、あっという間になくなり、鈴は息を吐く。
「ふぅ、美味しかったわね」
「…………」
わざとらしく言う鈴に、南は何も言い返さなかった。
それにも構わず、鈴はパジャマの胸元をパタパタと仰ぐ。
「ねぇ、ちょっと暑くない?」
「……………」
南の返事はない。
「ちょっと酔っちゃったみたい……お菓子で酔うなんて、そんなことある訳ないと思ってたのに……」
あえて色っぽい声を出してみるのだが、相も変わらず南からの返事はなく、鈴はムッとしながら顔を上げた。
すると、先程までテンションが上がりっぱなしだった南は、項垂れるように俯いてしまっている。
「え、ちょっと、南?」
「……んぁ?」
鈴に呼ばれて顔を上げた南は、鈴の数倍は顔を赤くし、目をぼんやりと開けているだけだった。
力が入らないのか、首を傾けたまま虚ろな目で鈴を見ている。
やがて、心配そうな表情をする彼女に気が付いたように、ニヤリと笑った。
「おおー、りん……なんか眠くなってきた……」
明らかに酔いが回っている口調の南は、鈴の肩を掴んで立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「んー? そりゃー、だいじょーぶだ……おれは、『くも』だぞ」
フラフラと鈴を支えにしながら立ち上がった南。
そんな彼を必死に介抱する鈴に、酒気は全くなかった。
酔いも醒める南の泥酔ぶりに、困惑を隠しきれない。
「何よ、あたしよりお酒弱いじゃないの」
「よわい?」
南の眉が上がった。
鈴から身体を離し、意味もなく胸を張る。
「おいおい、おれはよわくないぞ……」
「いや、お酒の話……」
「おれはな、中学のとき、牛をたおしたことがあるんだぞ、牛を」
普段の南なら信じられるが、今はとてもじゃないが信じられない。
「嘘でしょ?」
なだめるような表情で言う鈴。
しかし、南は首を横に振った。
「ほんとうだ……しょうがつに、しんせきが集まったときにな……酒を飲まされたおれは、ふらふら外にでてったんだ」
「あぶなっ」
鈴は、思わず口に出す。
同時に思い出したのは、夏休みに訪れた山に囲まれた村の情景だった。確かに、牛がいてもおかしくない。
「で、道でそうぐうした牛を、俺がこの手でしとめた」
「あり得ないわ」
「いや、立ってた牛がたおれたんだ」
「それは、アンタが倒れたのよ」
「……そういえば、そらが横向きだったような」
ため息をついた鈴は、髪を留めているリボンを触った。
「ほら、もう寝るわよ……あーあ、計画が台無しじゃない」
二つのリボンを解き、机に置く。
纏まりを持つ髪を、軽く振って均した。
電気を消そうと振り返る。
すると、南がシャツを脱ぎ捨てる光景が目に飛び込んできた。
「なっ!?」
日々、IS操縦者として鍛え上げられている肉体に、鈴は顔を赤くしながらも目を離すことは出来なかった。
「あっつい……あつくないか?」
酔いで体が火照っているのか、南は真冬にも関わらず、手でパタパタと額を扇ぐ。
「ちょっと、何脱いでんのよ! 風邪引いちゃうじゃない!」
「しんぱいするな……おれは『く―――」
「アンタが『蜘蛛』なのは分かったからっ……もう、しょうがないわねぇ」
服を着せるのを諦めた鈴は、電気を消すついでに、暖房の温度を上げた。
これで良し、と頷くと同時に、背中が重くなる。
身体に回された腕は、程よく筋肉が付いており、簡単に引き剥がせそうにない。
「な、なな、あ、アンタねぇ―――」
「りん……おまえ、やっぱり髪おろすと、かわいいな」
鈴の肩に頭を乗せた南は、いつもより低い声でそう言った。
耳にかかる吐息が、鈴の顔をより一層赤くする。
「そ、それじゃあ、普段は可愛くないみたいじゃない」
「そんなことないぞ……いつもとちがう感じで、っていみ」
「何よ……普段はそんなこと言わないくせに……」
「口にはださないだけだ」
「うぅ……ね、寝るわよっ。いつまでも抱きついてないで、離れなさい」
「すまん……」
南はすんなり体を離すと、おぼつかない足取りでベッドの方へと歩いて行った。
ドサッと音を立てて倒れ込むと、そのまま寝息を立て始める。
「もう……」
肩をすくめた鈴は、布団を剥がし、ベッドに寝かせ直す。
枕に頭を乗せて毛布を体にかけた後、しっかりと自分も横に寝てから布団をかけた。
すぐ隣で眠る南の表情に、鈴は苦笑した後で、いつものように笑った。
「可愛い、か……」
そう呟くと、南の鼻を人差し指で軽く触れる。
少しだけ動かして、撫でるようにすると、南は軽く身を捩った。
「この埋め合わせは、ちゃんとしなさいよね」
それだけ言って、鈴は目を閉じる。
~~~終章~~~
翌日。
鈴が目を覚ますと、隣に南の姿はなかった。
「起きたか」
目を擦りながら身体を起こすと、南が制服に袖を通している姿が目に入る。
昨日とは打って変わった、いつも通りの立ち振る舞いに、鈴は目を見張った。
「その……昨日は、すまなかったな」
「え、う、うん……」
「今度の日曜日、お詫びにどこか行こう。それで許してくれ」
「それはいいけど……アンタ、大丈夫なの?」
「ああ、もう酒も抜けた……まぁ、飲んだわけじゃないんだが」
苦笑する南に、鈴は再び身体をベッドに沈めた。
「ホント、アンタって……」
「悪い悪い。じゃあ、先に食堂行ってるな」
「分かったわ」
それだけ言うと、扉が閉まる音がした。
部屋で一人になった鈴は、深いため息をつく。
その後、昨日の南の所業を思い出して顔を真っ赤にした。
「あたしも……酔ってたの、かな……んんんん~~!」
ふと思い出される南の腕の感触や、耳元でささやかれたことを思い出し、枕に顔を埋めて、バタバタと足を動かす。
布団が荒れるのも気にせず、鈴は数分間、悶え続けた。
同じころ、南は、食堂で鈴と一夏を除く専用機持ちと共に、朝食を摂っていた。
パンをオレンジジュースで流し込み、息を吐く。
「それで、南さん?」
セシリアがにこやかに言った。
隣に座る箒が箸を置く。
「そ、その……誰との添い寝が、い、一番良かった!?」
緊張気味に放たれた言葉に、ラウラが胸を張った。
皿の端に避けられたパセリが揺れる。
「当然、私だろう」
「違う、私」
素早く対抗した簪。
二人の間に火花が散る。
「特別誰が、ってことはなかったが……」
「そ、それでは駄目です!」
南が腕を組むと、正面のヴィシュヌが詰め寄った。
シャルも勢いよく頷いている。
「いや、ただ寝ただけだし……って、ちょっと待て、織斑先生が……」
全員が視線を向けると、千冬が鬼の剣幕で歩み寄ってくるのが見えた。
すぐさま視線を外し、そそくさと食事を再開する。
「おい、神代」
南達の座るテーブルまで来た千冬は、低い声を出した。
顔を上げないまま、南はパンを置く。
「なんでしょう?」
「貴様、この小娘共と日替わりで添い寝をしていたらしいな」
腹の底から響くような声に、冷や汗が流れる。
セシリアが両手を握り合わせて、祈りを捧げているのが見えた。
「おかしいですね。楯無……生徒会長が書いた申請書を出したでしょう」
「それをついさっき見たんだ。私は貴様らと違って忙しい……ようやく思い出して目を通してみれば、随分と舐めた真似をしてくれたなぁ」
「み、南っ。楯無会長をっ」
箒が南の袖を引っ張る。
南は、すぐさま箒の耳元に顔を寄せた。
「あの人は、今この学園にいないんだ」
「どうしてだぁ……」
箒の情けない声が漏れる。
「さて、どう落とし前をつけてくれようか」
「いや、あのですね……これには、仲間との親睦を深めるという崇高な目的が……」
立ち上がった南は、雄弁に語るべく必死に言葉を紡ごうとした。
しかし、千冬はそれを許さない。
「ほう、訳の分からんことばかり抜かすお前にも、仲間がいたのか」
そこで初めて、南は高らかに言った。
「失礼な。もちろんいますとも……ざっと数えただけで、専用機持ちの皆で九人います」
一夏、箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪、楯無、ヴィシュヌの顔を思い浮かべながら、すぐさま言葉を返した。
「織斑先生も入れたら十人ですよ」
「私は入れなくていい」
「じゃあ、九人だ」
千冬はため息をついて、頭を抱える。
すると、食器のトレーを持った一夏と本音が通りかかった。
好機と見た南は、すぐさま指をさす。
「織斑先生、一夏ものほほんさんと一緒に寝てたんです。彼らは親睦を深めるのではなく、きっと不純なことを―――」
なんとか矛先を一夏と本音に向けようとしたが、言い終えるよりも先に、一夏が困った顔で南を見た。
「おい、南……お前、昨日、鈴と何してたんだ? さっき部屋に戻ったら『胸板が……生身の温もりと囁きが……』とか言ってたけど、この季節に裸になったりしてないだろうな?」
南の動きが止まる。
同時に、テーブルに座る専用機持ちと、千冬の鋭い視線が突き刺さった。
「南? どういうことですか?」
ヴィシュヌの凍えるような声がする。
しかし、南に返す言葉は見つからなかった。
「神代……折角だ、私の部屋でゆっくり話を聞こうじゃないか。おい、小娘共……来るか?」
急に優しい声になった千冬は、南と肩を組んだ。
問いかけられた専用機持ちは、声にも出さずに頷く。
「おい、一夏。残念な知らせがある」
「な、なんだ?」
千冬の覇気に、すっかり縮こまった一夏が震える声で訊いた。
「仲間が八人に減った」
「え?」
「お前はもう仲間じゃないからな!」
吐き捨てるように言った南は、そのまま千冬に引っ張られて行く。
一夏は首を傾げた後、誰もいなくなったテーブルに本音と腰かけた。
「う、うぅ……」
文字通りボロボロになった南は、ふらつく足元に力を入れて寮の廊下を歩く。
否、壁伝いに身体を支え、足は引きずっていると言った方が正しい。
「どうしてこうなった……」
初日にも言ったこのフレーズを、震える声で絞り出す。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
すると、偶然通りかかった鈴が、南に駆け寄った。
南が解放された後、専用機持ちはそのまま千冬の地獄を見せられていたが、あの場にいなかった鈴はそれを逃れていたためである。
「もう、なんで二日連続でアンタを支えなきゃならないのよ……」
「すまん……命からがらとはこのことだな……」
「何があったの?」
鈴の問いかけに、南は事の顛末を話す。
それを聞き終えた鈴は、身震いした。
「そ、それって、あたしも……」
「多分、呼び出されるな」
「はぁぁ……ど、どうやって生き延びればいいの……」
鈴の怯えた表情を見て、南は身体を起こす。
「いいか? とにかく動け。止まるな。アリーナに引きずり込まれて、専用機持ち皆と織斑先生が猛攻を仕掛けてきたが、俺はとにかく動きを止めなかった」
「なるほどね」
南の言葉に、鈴は何度か頷いた。
「それから、隙を見つけて反撃だ。逃げてるだけじゃ終わらない……あの織斑千冬に刃を放つ瞬間は震えたな」
何故か得意げになって話す南。
鈴は、顔を顰めながら口を開いた。
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「その時の空は横向きだった?」