IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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72.三虫寄れば

「おいおい、お嬢ちゃん……そろそろ吐いた方がいいんじゃねぇの?」

 

男の下品な声が響いた。

 

手に持っている鞭をしならせる。これは、水牛の皮を用いた丈夫な素材であり、人体にとってかなり危険な代物であった。

 

「ええ、そうね……話すわ。実は私……編み物が苦手なの」

 

「っ! 舐めやがって!」

 

男が鞭を持つ右手を振るった。

 

それは、服が破け、半裸に近い恰好をしている少女の白い肌を、血の赤に変える。

 

「うぐぅっ……」

 

痛みに表情を歪め、滲む血を体の至る箇所から流す少女は、歯を食いしばった。

 

更に男は、数回ほど鞭を振った。

 

コンクリートで囲まれた地下の小さな部屋に、肌と鞭がぶつかる音が響く。

 

薄暗い部屋には、少女と鞭を持つ男の他にもう一人、腕が筋肉で盛り上がっている大柄な男がいた。

 

両手をロープで縛られ、吊るし上げられている少女は、つま先を冷たい床に僅か程度付けるのが精一杯だった。

 

「だめだ、吐かねぇ」

 

「へへへ、俺に任せろ」

 

鞭を持った男は、数歩ほど後ずさり、代わりに大柄の男が前に出た。

 

「オラッ! オラァ!」

 

少女の腹部に、岩のような拳が突き刺さる。

 

何度も何度も殴打されるうち、少女は口を苦し気に開いた。

 

それでも、男の殴打は止まらない。

 

腹の次は、頬を、その次は背中。

 

位置を変えながら、サンドバックのように拳を放つ。

 

「ははっ、お前は情報を聞き出すとかそんなんじゃなくて、ただ殴ってるだけじゃねぇか」

 

鞭を持った男は、ゲラゲラと笑いながら部屋の扉を開けた。

 

大柄の男も、小さく笑ってから、ようやく腕を降ろす。

 

「ちょっと休憩しよう。それからもっかいお楽しみだ」

 

「それがいい。酒はあるか?」

 

二人の男が部屋を出ると、厚い扉は音を立てて閉まる。

 

少女は、痛みに耐えながら身体を揺らす。

 

「くっ、この……」

 

しかし、足の届く範囲……どころか、部屋には、腕を結われたロープを切れるような物は存在しなかった。

 

思わず自虐的な笑みが出る。

 

「ふっ……これは、本格的に不味いかもね……」

 

少女―――楯無は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女尊男卑を良しとしないギャンググループの一派が、IS操縦者を次々と襲う事件が相次いでいた。

 

残虐性の増長が目立つこのグループの一部が、日本を次のターゲットにしていることを突き止めた政府は、更識家に対処を要請。

 

様々な場で狙われる操縦者の脅威を取り払うべく、楯無は単身、そのアジトとなっている郊外の廃病院を訪れたのだが、不意を突かれ、囚われの身となっていた。

 

先程の二人は、楯無からIS学園のことについて聞き出すつもりらしい。

 

楯無は、今回の任務に、専用機である『ミステリアス・レイディ』は持ち込んでいなかった。

 

ISを使う事の出来ない男に対しては、自分もまたその力を発揮できないからだ。

 

「ククッ……待たせたな、お嬢ちゃん」

 

それが仇となり、今こうした状態になっているのだが……。

 

「そろそろ吐かないと、本当に死んじまうかも知れないぜ~?」

 

先程、鞭で楯無を痛めつけた男が持っていたのは、警棒型のスタンガンだった。

 

バチバチと音を鳴らし、帯電したそれを楯無に向ける。

 

共に部屋に戻ってきた大柄の男は、瓶ビールを傾けながら笑った。

 

「いいから、当ててみろよ。大丈夫、死にゃしねぇ」

 

「お前はただ、こいつの餌食になってるとこを見たいだけだろ?」

 

スタンガンを振りながら笑う男。

 

楯無は、僅かに体や腕を捻るが、状況は変わらなかった。

 

「ま、試しに一回喰らわせてみるか」

 

軽い調子で言った男は、楯無の腹部に向け、腕を伸ばす。

 

歯を全ての力を込めて食いしばり、目をぎゅっと閉じる。

 

電撃を覚悟した次の瞬間、閉まっていた扉が勢いよく開いた。

 

ガンッ、と大きな音を立てて開いたドアに背中を打ち付けられ、大柄の男がよろめく。

 

「なんだ!?」

 

スタンガンを持った男が振り向く。

 

そこには、黒のトレンチコートを着た人影が立っており、左手に何かを、右手にはそこから伸びている糸を巻き付けていた。

 

「て、てめ……誰だ……」

 

大柄の男が、背中を庇うようにしながら体勢を整える。

 

俯き加減だったその人影は、白い歯を見せながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

「『蜘蛛』」

 

短く言い放った人影、神代 南はいつものように笑って、糸を操作する。

 

いつの間にか、天井部に張り巡らされていた網は、南の手捌きにより男二人を簡単に拘束した。

 

手足の自由が奪われ、警棒型のスタンガンを持つ男の太腿に、楯無に当てるべきだった箇所が触れた。

 

「あがぁぁぁっ!」

 

男は小刻みに震え、帯電している武器の応酬を受ける。

 

「迎えに来たぞ、楯無……いや、刀奈」

 

南がそう言って一歩踏み出す間にも、大柄の男は、乱暴に糸を引きちぎろうと、手を振り回す。

 

しかし、鋼鉄よりも分子結合が強く、ナイロンよりも伸縮性に富む素材が作り上げた網は、人間の力でどうにか出来る物ではない。

 

「南、くん……」

 

縛り付けられていたロープをナイフで簡単に切り、その拍子に倒れ込んだ楯無を、南はそっと抱きかかえる。

 

着ていたコートを脱いで、楯無の肩にかけた。

 

「どうしてここが……」

 

「お前を心配してたのは、俺だけじゃない。お前にはいるじゃないか……更識家の事情に詳しい大切な人が」

 

「簪ちゃん?」

 

楯無をお姫様抱っこの要領で抱え上げた南は、頷きながら立ち上がった。

 

「その通り。お前が心配で、更識家の仕事をこなす時に持って行く扇子に、細工をしておいたらしい」

 

「私を、心配して……簪ちゃんが……」

 

震える声で絞り出す楯無は、目元を潤ませた。

 

どれだけの拷問を受けても緩まなかった涙腺は、自分を想う妹によって簡単に崩壊する。

 

「心配してたぞ。中々、帰ってこないって……だから、俺が来た」

 

南が優しく笑うと同時に、楯無はその首に腕を回す。

 

ぎゅっと力を込めて、鼻を啜った。

 

「さぁ、脱出しよう。件の扇子は……上手く行けば、今頃回収してるはずだ」

 

誰が? そんな楯無の疑問を言葉にさせる前に、南は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一応、出口までのルートには糸を垂らしてきたが……さっきの男がどこかに連絡していたし、すんなり外に出してはくれないだろうな……」

 

「ここまでは、どうやって来たの?」

 

抱きかかえられている楯無は、依然として南の首に腕を回していた。

 

角を右に折れて、また直進する。

 

「銃を持ってる怖い人がたくさんいたからな。見つからないように忍び込んだ」

 

楯無は考えるのをやめたくなる。

 

このまま身を預けて、眠ってしまいたい気分だった。

 

「それにしても、簪を説得するのは大変だったぞ。付いてくるって、頑なだったんだ……のほほんさんに頼んで、今は強制留守番中だが」

 

「それは懸命な判断ね。もし連れてきてたら……いや、偉そうに言える立場じゃないか……今回は、本当に助かっちゃった……」

 

「そんなこともある」

 

出口に急ぐ南が、またも曲がり角を折れると、そこには銃を構えた五人の男が立ち尽くしていた。

 

「止まれ!」

 

その中の一人が声を張り上げる。

 

滑るようにして無理矢理立ち止まった南は、前のめりになりながら体勢を直した。

 

「動くなよ。少しでも不審な動きをすれば撃つ」

 

まだ、聞き出せていない情報を得る為なのか、男たちは問答無用で撃ってくるようなことはしなかった。

 

しかし、一歩、また一歩と、着実に南達の方へと滲み寄る。

 

「ふっ、不味いな」

 

鼻で笑うようにしながら言った南。

 

思わず楯無が、その顔を見上げる。

 

「この状況で笑ってられるなんて……何か良いことでもあったかしら?」

 

「友人の姉は元世界最強だし、セシリアに貰ったシャンプーはいい匂い。世界は俺の味方だな」

 

「そう?……銃を向けられてる状況だと、とてもそうは思えないけど」

 

銃を持った五人との距離は、もう目と鼻の先だった。

 

しかし、南は焦りを感じさせない表情で、楯無にそっと耳打ちする。

 

「来るぞ」

 

「え、なに―――」

 

楯無が聞き返すと同時に、側面の壁が大きな音を立てて崩れた。

 

銃を持った五人は、そちらを勢いよく振り向く。

 

その隙に、南は後ろに跳んで距離を取った。

 

「がぁっ!」

 

「な、なん―――うわぁ!」

 

派手に吹き飛んだ壁が起こす砂煙の中から、男のうめき声が複数聞こえてきた。

 

その様子を棒立ちで見守る南と、不思議と困惑が混じった表情で見つめる楯無。

 

やがて砂煙が晴れると、その中には二人の女が立っていた。

 

「けほっ、けほっ! 少しは加減を覚えやがれですわ。ホント、粗雑な馬鹿力」

 

「失礼ねー。近道見つけたんだからいいでしょ」

 

「見つけたんじゃなくて、作った、が正しいですわ」

 

「あ、貴女は……」

 

楯無が驚きに目を丸くする。

 

その視線の先には、『ゴキブリ』である沖 めぐみと『カブトムシ』の姿があった。

 

「IS学園の皆を、こんな危険な所には連れて来られないからな。この二人なら安心だ」

 

「あら、この前どこかで見た顔を抱いてるわね」

 

『カブトムシ』が、髪をクルクルと弄びながら笑った。

 

咳き込んでいためぐみは、首を傾げている。

 

「この前学園に来た時、姐さんと戦ってた人だ」

 

倒れ込んだ男達に憐みの表情を浮かべながら、南は二人の元へ。

 

「思い出した。学園最強とか言って、私に負けたあの……」

 

「負けたわけじゃないわ。むしろ、貴女はさっさと帰った―――いや、逃げたんだから、あれは私の勝ち」

 

「あ?」

 

にこやかだった『カブトムシ』の表情が一変する。

 

「だったら、ここで決着つけてやるよ。おい、『蜘蛛』、そいつ降ろせ」

 

「勘弁してくれ、姐さん。今はここを出ようじゃないか。それに、依頼はこの人の救出も含んでたはずだろ?」

 

なだめるように言う南だが、『カブトムシ』は持っている槍、「兜角」を構えて、臨戦態勢のままだった。

 

楯無も、南から身体を離そうとはしないものの、その表情は強気だ。

 

「おい、めぐみ。助けてくれ」

 

「はぁ……仕方ありませんわね。『カブトムシ』」

 

めぐみは、ため息をつくと、一触即発な『カブトムシ』に、耳打ちをする。

 

何を言っているのかは聞きとれないが、めぐみが身体を離すと、大人しく腕を降ろした。

 

「ふん、行くわよ」

 

『カブトムシ』は、くるりと翻ると、そのまま大股で歩き出した。

 

その後に続くめぐみに追いつき、南は小さな声で訊ねる。

 

「なぁ、姐さんになんて言ったんだ?」

 

「依頼内容を繰り返しただけですわよ?」

 

「いや、内容は俺もさっき言ったじゃないか。この人の救出だって」

 

南は、楯無を抱え直しながら言った。

 

すると、めぐみは呆れを含んだ笑いを浮かべた。

 

「正確には、この依頼の報酬を言ったんですわ」

 

「ますます分からん。もっと言えば、どうしてあの報酬で、今回の依頼を引き受けてくれたのかも」

 

不思議そうに『カブトムシ』の背中を見つめる南。

 

めぐみは、そうですわね、と棒読みで言う。

 

それと同時に、ここに来るまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、暗っ……それに、変な匂いもするし……最悪ね」

 

「文句言うなら、帰ってもいいですわよー」

 

「仕方ないじゃない。受けた依頼はこなす……それは、『組織』からでも、『蜘蛛』からでも関係ないのよ」

 

「じゃあ、さっさと行きますわよ。南様から預かった端末によると……こっちですわね」

 

建物の裏手にある窓から侵入しためぐみと『カブトムシ』。

 

めぐみは、携帯端末が指し示す方向に向かって慎重に歩き出した。

 

「ねぇ、何でこんなコソコソしないといけないのよ。堂々と入って行って、立ちはだかる奴をシメればいいんじゃないの? で、運よく生きてた奴に探し物がある部屋まで案内してもらうってことで」

 

「駄目ですわ。南様の依頼は「誰も殺さずに、対象の救出と持ち物の奪還」ですもの」

 

「面倒臭いわね~」

 

手を頭の後ろで組んだ『カブトムシ』は、退屈そうに息を吐いた。

 

めぐみは、端末から目を離さずに口を開く。

 

「そもそも、どうしてアンタが、こんな依頼を引き受けたんですの? やっぱり金?」

 

「…………」

 

『カブトムシ』は答えない。

 

表情は変わっていないように見えるが、ほんの僅かな変化を、めぐみは見落とさなかった。

 

「あー、大体分かりましたわ」

 

「嘘よ」

 

「どうせ、南様絡みですわね」

 

「…………」

 

「この際、はっきり教えやがれですわ。まぁ、言わなくてもこの後、南様と合流すれば聞き出せますけど……」

 

めぐみの言葉に、『カブトムシ』は目を閉じた。

 

やがて、パッと目を開くと、めぐみの腕を掴む。

 

「誰かに言ったら、この腕折るから」

 

「どうせ、言う相手なんていませんわって痛い痛い痛い! もう折れる!」

 

めぐみが涙目で叫ぶと、『カブトムシ』は、掴んでいた腕を離した。

 

そして、そっぽを向くと、小さな声で言う。

 

「……に……のよ」

 

「はぁ?」

 

「だからっ、食事に行くのよ!」

 

「…………」

 

先を歩くめぐみの足が止まった。

 

目を丸くして振り返った先には、『カブトムシ』のバツの悪そうな顔が見える。

 

「かぁっ、何を言うかと思えば、高校生じゃあるまいし、そんなくだらないことで……」

 

「アイツの全財産の半分は使うくらいのとこに行く」

 

「どこですの、それ」

 

「買い物もして、全部アイツに払わせるんだから……それで、今回の依頼料くらいは取れるでしょ。ほら、行くわよ」

 

「馬鹿力の馬鹿女が必死に考えたアプローチがそれとは、「果樹園」の生徒が泣きますわ」

 

めぐみはそう呟くと同時に立ち止まった。

 

一つの部屋の前だ。臆することもなく扉を開ける。

 

中は物置部屋になっていた。

 

「さてと……」

 

めぐみは部屋の中に入り、キョロキョロと辺りを見渡した。

 

扉に背を預ける『カブトムシ』は、その様子を興味なさげに見ているだけだった。

 

「ありましたわ。これですわね」

 

めぐみはポケットに、探し物である楯無の扇子を仕舞うと、ゆっくり振り返った。

 

そして、あ……と、素っ頓狂な声を出して指をさす。

 

「何よ」

 

指し示すのは、『カブトムシ』がいる扉の奥の人影。

 

銃を構えた男だった。

 

「お前達、動くな」

 

『カブトムシ』の背中に銃を突き付けた男は、低い声で言う。

 

トランシーバーのような物を取り出し、それを口に当てた瞬間。

 

「ふんっ」

 

素早く旋回しながら、『カブトムシ』が脚を振るう。

 

そんな蹴りを腹に受けた男は、後方に吹き飛び、動かなくなった。

 

「や、やりすぎですわ……」

 

「私の背後に立つな、ってやつね」

 

満足気に笑う『カブトムシ』。

 

部屋を出ためぐみは、倒れた男をつま先で突いてみる。

 

「流石に死んではないですわよね……ギャングなら、多少は鍛えてるでしょうし」

 

「ほら、目当ての物は見つかったんでしょ。さっさと行くわよ」

 

「はいはい……それにしても、「兜角」を振り回すか、腕力でねじ伏せるかくらいしかしないと思ってましたけど、蹴りも打てるんですのね」

 

―――角を使用せずに戦うカブトムシが、存在する。

 

『ノコギリタテヅノカブト』

 

中南米に生息するタテヅノカブト科の長である。

 

カブトムシの武器は言うまでもなく、特徴であり、象徴でもある角。

 

しかし、このカブトムシは、その長い前肢を振り回して戦うことが知られており、使われなくなった角は、折れてしまうことが多いという。

 

「最強、舐めんじゃねーよ」

 

そう言うと、『カブトムシ』は、他愛もなさそうに歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ……返しておきますわ」

 

めぐみは、ポケットから扇子を取り出すと、南に抱きかかえられている楯無に手渡した。

 

「あ、ありがとう……」

 

困惑しながら受け取った楯無は、大事そうに両手で持つ。

 

「なるほど、簪はそれに細工をしてたのか」

 

「便利なことが出来る娘もいたもんですわね~」

 

南とめぐみが感心する中、楯無は静かに妹を想った。

 

そして、建物の裏手から出た四人は、ほっと息を吐く。

 

先を歩いていた『カブトムシ』が、振り返った。

 

「助かったよ、姐さん、めぐみ。この礼は、次の休みに必ずする」

 

「ふん。忘れないで連絡しなさいよ……ほら、行くわよ、ゴキちゃん」

 

「では、南様。また何かありましたら、なんなりと……出来れば、今度は学園を案内して欲しいですわ……あ、あの……あの食べごろJKが集う、あの楽園に是非……」

 

めぐみは、ハァハァと息を荒げたまま、『カブトムシ』に引っ張られていく。

 

その様子を苦笑しながら見ていた南は、二人の背中が見えなくなるよりも早くに歩き出す。

 

「それじゃあ、帰るか……この場所は、織斑先生に伝えて出てきたから、しばらくすれば警察が来るだろう」

 

「そう……でも、ごめんなさい。私は一度、実家に戻るわ。今回のことを報告しないと……」

 

楯無は眉を下げて言った。

 

それに対しては、南も何も言わずに頷く。

 

しばらく歩くと、大型のショッピングモールが見えてきた。

 

その一角に、タクシーが数台停まっている。

 

「南くん、本当にありがとう」

 

南の腕から降りた楯無は、そのままその身体に抱きついた。

 

「ほら、俺の携帯を貸してやるから、車内で簪にかけてやれ」

 

楯無の頭を優しく撫でながら、南は言う。

 

「うんっ。この恩は絶対に……絶対に、返すわ」

 

「もちろんだ。絶対返してくれ」

 

おどけて言う南に、二人で笑い合うと、楯無は名残惜しそうに身体を離す。

 

真正面に南を捉えると、満面の笑みを浮かべた。

 

「君の為なら、何でもしてあげる覚悟は出来てたけど……今日、改めて決意したわ。何でも言ってね」

 

「そうだな……セシリアにシャンプーを貰ったって言ったろ?」

 

「え、う、うん……」

 

早速何かを頼むつもりなのかと、楯無は困惑気味に頷いた。

 

「そのお返しに、手編みのマフラーでもと思ってな……是非、編み方を教えてくれ」

 

「それは無理」

 

「何でもって意味知ってるか?」

 

南の問いかけには答えず、楯無は笑顔のまま振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

南は、楯無がタクシーに乗り込むのを見届けると、息を大きく吐いた。

 

車窓から手を振る楯無の笑顔と、その体に滲んだ傷が頭を離れない。

 

グッと拳を握り、すぐに広げた。

 

「悪いな、刀奈。さっきのは嘘だ」

 

そして、ゆっくりと先程の建物の方へと足を踏み出す。

 

その目は、明らかに怒りで染まっていた。

 

「まさかとは思うが、あれで終わりとは思ってないよな?」

 

ナイフを握った南の背中は、そんな言葉と共に、夜の陰へと消えた。

 

 

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