IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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これは、ヴィシュヌが転校してくるよりも前。九月二十七日のお話。


73.盛大に不可欠なこと

南は、寮の自室で忙しなく歩き回っていた。

 

その視線の先には、テレビを見ながら笑う一夏の姿がある。

 

(しまったな……)

 

苦虫を嚙み潰したような表情をする南。

 

時計を見ながら、焦りによって浮かぶ汗を拭った。

 

「一夏」

 

「んー?」

 

「どうだろう、夜の散歩にでも行かないか?」

 

不自然な提案をする南に、一夏は驚きと奇妙さを掛け合わせたような顔をする。

 

テレビの音量を下げ、南の方を向いた。

 

「なんで?」

 

「いや、ほら……月が綺麗だし……」

 

「曇ってて、月なんか見えないぞ?」

 

カーテンを少しだけ開けて、簡潔に言った一夏。

 

南は頬を掻いて、更に口を開く。

 

「そうだな…………そういえば最近、学園に犬が紛れ込んでるらしい」

 

「ああ、聞いた聞いた。ほんちゃんも見たことあるって」

 

「どこに隠れてるかは分からないが、かなり狂暴だって話だ」

 

「噛み付こうとしてくるんだっけ?」

 

「俺達も気を付けないと、食べられるかもしれない」

 

「子犬って聞いたぞ?……子犬に食べられることなんてないだろ」

 

「一種の比喩だよ……それに、子犬だからって侮れないぞ。小は大に兼ねられてばかりで、いつ反乱を起こすか分からん。パトロールに行こうじゃないか」

 

「何言ってんだ?」

 

一夏は呆れたように笑うと、再びテレビに視線を戻した。

 

キョロキョロと辺りを見渡すが、南の目には今の状況を打破できるものが見つからない。

 

(のほほんさんは……忙しいか。電話をしてくれたら一発なんだが……)

 

苦し紛れの演技で、膝を軽く曲げて見せる。

 

揺れに耐える時の、踏ん張りにも近い姿勢だ。

 

「地震? 何か、揺れてないか?」

 

「全然」

 

「だよな」

 

南は姿勢を素早く戻し、顎を触る。

 

そして、ベッドに置いてあったスマホを取り、操作するフリをして見せた。

 

当然、一夏は見ていない。

 

「あ、一夏。山田先生が呼んでるぞ」

 

「え?」

 

流石に鬱陶しくなってきたのか、一夏の表情に苛立ちが混じり始めた。

 

それでも、副担任の名前には反応を示し、テレビから視線を外す。

 

「資料を運んで欲しいらしい」

 

「なんで俺が……てか、こんな時間にか? もう夜だけど。それに、俺の携帯には連絡来てないぞ」

 

「明日はお前が日直だったろ? それでじゃないか? 時間と言っても、まだ七時にもなってないじゃないか。晩飯前の腹ごなしに行ってこい。連絡は……あー、お前より俺に送った方が素早く伝わると思ったんだろう」

 

「だからって、わざわざ南には送って、用のある俺には送らない? なんか、おかしいな……」

 

「あの山田先生だぞ?」

 

もうヤケクソにも近い言い訳だった。

 

しかし、それが効いたのか、一夏は重い腰を上げる。

 

「そう言われればそうだな……山田先生の事だから、きっと慌てて……」

 

「ああ、そうに違いない。急げ、一夏……場所は、ここだ」

 

南は、自分の生徒手帳を広げた。

 

学内図が載っているページを開き、大きな赤色の丸で囲まれた箇所を指さした。

 

「分かった。行ってくるよ」

 

生徒手帳を受け取った一夏は、小走りで部屋を出た。

 

扉が閉まると同時に、南は口角を上げ、持っていたスマホを操作する。

 

電話を掛けた相手が出ると、低い声で告げた。

 

「洗濯物はカゴを出た」

 

 

 

 

 

 

 

一夏は寮を出ると、南に手渡された生徒手帳を頼りに、呼び出されているという教室へ向かう。

 

鈴虫の鳴く声が心地よく聞こえる校舎。

 

空いた窓から流れる秋の夜の風は、急ぐ一夏の足を自然と落ち着かせる。

 

「それにしても、今日の南はなんか変だったな……」

 

同室の友人の、焦るような表情を思い浮かべながら呟いた一夏は、明かりの消えた廊下を右に折れた。

 

すると、暗がりの向こうに黒のフードを被った小柄な人影が見える。

 

「ん? 整備科の人かな?」

 

一夏は、多少の不気味さは感じながらも、小さな声でこんばんはー、と声をかけて横切ろうとした。

 

すると、俯いてた人影が、勢いよく顔を上げる。

 

不思議なことに、フードは深く被られたままだった。

 

「うおっ!?」

 

突然のことに飛び退く一夏。

 

「な、なんだ?」

 

「よく来たな……お前が進むべきは、こちらの道だ」

 

「その声……ラウラか?」

 

フードを被った小柄な少女は、一夏のちょうど真横の部屋を指さした。

 

その正体を声で見破った一夏は、驚きの混じった声で言う。

 

「ら、ラウラではない! 私は、貴様を訪れるべき場所へと導く使者だ」

 

声の主は明らかにラウラであったが、努めて低い声を出しているのがおかしくて、つい一夏の頬が緩む。

 

「あ、うさぎ」

 

「そんな古典的な罠には引っかからない」

 

「やっぱりラウラじゃん」

 

その返答で充分だった一夏の余裕たっぷりな口調に、ラウラはフードを払った。

 

赤くなった顔が見える。

 

「ええい、いいからさっさと行け!」

 

「でも俺、山田先生に呼ばれてて……」

 

「場所が変更になったのだ。そして、そのヒントがこの教室にある」

 

「お前が教えてくれたらいいんじゃないのか?」

 

首を傾げる一夏に、ラウラはとうとう軽い蹴りを放った。

 

いたっ、と情けない声を出す一夏は渋々、指された教室へと入る。

 

その背中を見送ったラウラは、大きくため息をついた。

 

「南……必ず、二人きりで水族館に行ってもらうからな。覚えておけよ」

 

それだけ言うと、さっと振り返り、食堂の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『洗濯物はカゴを出た』

 

「はぁ?」

 

南からの電話に出た鈴が、小馬鹿にしたような声を出す。

 

IS学園のとある一室でのことだった。

 

『暗号だ。一夏にバレてはいけないんだからな……ちなみに意味は、「一夏が部屋を出た」だ』

 

「言っちゃったら暗号の意味ないじゃない」

 

『……これはノーカンだ』

 

鈴は、ガクッと肩を落として適当に返事する。

 

「はいはい、こっちはスタンバイ出来てるから……てか、随分と時間がかかったわね。中々来ないってラウラが怒ってたけど?」

 

『それが、アイツを部屋から出す手段が思い付かなくてな』

 

「何、初手から躓いてるのよ……てかさー、こんな手の込んだことが必要?」

 

『もちろんだ』

 

「適当に呼び出して、適当にクラッカーでも鳴らせば驚いてくれるわよ」

 

『それが幼馴染の言う事か……とにかく、計画を進めてくれ』

 

それだけ言うと、南はさっさと電話を切ってしまった。

 

ため息交じりにスマホをポケットに仕舞い、同じ室内にいたシャル、簪、楯無の方を振り返る。

 

「仕方ない。付き合ってあげましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラが指さした教室に入ると、電気がついておらず、一夏は首を傾げる。

 

「ヒントがどうのって言ってたけど……どういうことだ?」

 

一人呟きながら電気を付けると、そこには箒とセシリアが佇んでいた。

 

いつのまにか晴れた空からの月明りに照らされながら、窓を眺める二人が綺麗で、思わず声をかけるのを忘れてしまう。

 

しかし、部屋の明かりがついたことに気が付くと、二人はゆっくりと振り返った。

 

「あら、一夏さん。来ましたのね」

 

「遅かったな」

 

「あ、ああ。山田先生に呼び出された教室が変更になって、その場所を探すためのヒントがここにあるって……」

 

「その通り!」

 

一夏が、よく分からないこの状況を整理しながら話すと、セシリアはビシッと人差し指を向けた。

 

突然の大声に、またも一夏は肩を震わせる。

 

「そのヒントというのは、これだ」

 

箒はそう言うと、ゆっくりと一夏の前にある机の方へ。

 

その引き出しの中から、小さな箱を取り出した。

 

「これは……」

 

「そう、パズルですわ! これを完成させれば、ある番号が出てきます。それが次のヒントがある教室の番号ですわ」

 

「それって、ヒントなのか? って、次のヒントぉ!?」

 

「そうだ。これがあと数回続く」

 

「えぇ……」

 

困惑する一夏を差し置いて、箒とセシリアは傍の椅子に腰かける。

 

「大丈夫。わたくし達もお手伝いいたしますわ」

 

「や、やるしかない……のか?」

 

疑問は残るが、早々に始めてしまう二人を無視することも出来ず、一夏は机を挟んだ対面の椅子に座る。

 

ピースはさほど多くない。ある程度完成させてしまえば、すぐに分かるようになっていた。

 

「えっと……これは、ここで……あれ? このピースと合うやつって、あるか?」

 

「一夏さん、パズルは端から収めていくのが基本ですわよ」

 

「なるほど。端から端から」

 

「うぅ……請け負ったはいいが、パズルは苦手だ……」

 

バラバラになったピースを一つの枠にはめていく。

 

やがて現れた数字を見て、一夏は勢いよく立ち上がった。

 

「おおっ、C-35だ!」

 

「では、向かってくださいな」

 

「検討を祈る」

 

「分かった。ありがとな、箒、セシリア」

 

それだけ言うと、一夏は早々に駆けだして教室を出る。

 

その背中を見送ったセシリアは、スマホを取り出した。

 

「一夏さんが洗濯機を出ましたわ……え? 暗号が違う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか俺、普通にお礼を言って飛び出したけど、これ本当になんなんだ? もう、山田先生が、とかじゃない気がする」

 

でも、携帯忘れたし、と付け加えた一夏は大人しくC-35部屋に向かう。

 

それは空き教室で、普段は使われていない机や椅子を保管している部屋だった。

 

近くまで来ると、一室だけ明かりがついており、中に誰かがいることは明確だった。

 

「失礼しまーす……」

 

恐る恐る部屋に入ると、中には更識姉妹が並んでいた。

 

楯無は扇子を広げ、簪は小さく手を振る。

 

「一夏くん、いらっしゃ~い」

 

「どうぞ、こっちに」

 

簪に手招きされるまま、一夏は部屋の中へと足を踏み入れる。

 

「あの……これ、なんなんですか?」

 

「うーん、ナイショっ」

 

一夏が訊ねると、楯無は片目を閉じた。

 

答えてもらえないのは承知の上だったので、特に言い返す言葉もない。

 

一体誰がこんなことを……そんな思考を遮るように、簪が前に出る。

 

「織斑くん。次のヒントは、この部屋のどこかに隠されてます」

 

「え?」

 

「さぁ、探して探して」

 

楯無は、おほほほ、と笑いながら扇子を振った。

 

秋深まる夜には、不釣り合いな風が一夏の顔を通る。

 

「この部屋のどこかって……」

 

一夏が見渡す限り、そこには普段使われていない机や椅子が積み上げられていた。

 

「見つからないだろ!」

 

そう叫びながらも、一夏は腕まくりをして机の引き出しに手を伸ばす。

 

一つ、また一つと机の中をまさぐるが、ヒントらしいものは掴めない。

 

椅子を逆さにしてみたりはするものの、文字が記されていることもなかった。

 

十分ほど経って、一夏は嫌な予感を覚えた。

 

振り返ると、楯無と簪が相も変わらず並んでいる。

 

「もしかして……」

 

一夏は、捲っていた袖を直して、楯無の方へ歩いて行く。

 

ニコニコと笑顔を浮かべたままの楯無。

 

その手が握っている扇子に手を伸ばした。

 

特に抵抗されることもなく、扇子はスルリと楯無の手を抜ける。

 

「あ」

 

拡げた扇子に記されていたのは、いつものような達筆な単語ではなく、地図だった。

 

それが、この学園の資料室を示しているのは容易に分かる。

 

「一夏くん、せいかーい。よく分かったわね」

 

「この部屋のどこかって簪さんが言ったから、まさかとは思いましたけど、こんなよくあるオチだとは……このややこしい一連の主犯が見えてきましたよ」

 

「そう言わずに……さぁ、次の部屋に向かって」

 

簪がどこか優しく笑うと、一夏も苦笑してから部屋を出た。

 

再び二人きりになると、簪は楯無を見上げる。

 

「お姉ちゃん」

 

「うん。今かけるわ……もしもし? 一夏くんが乾燥機を出たわよ……あら、違った?」

 

 

 

 

 

 

 

楯無の扇子が示していた部屋にたどり着くと、そこには鈴とシャルが待ち構えていた。

 

二人して不敵な笑みを浮かべている。

 

「よく来たわね、一夏!」

 

「次は僕たちが案内役だよ」

 

「あ、ああ……」

 

今までのも案内と呼べるものかどうか、疑問に思いながらも頷く。

 

そんな一夏を差し置いて、鈴は一歩踏み出した。

 

「さぁ、勝負よ!」

 

「案内はどうした!?」

 

驚く一夏に、シャルが微笑みかけた。

 

「今から僕たちとダーツで勝負してもらうよ。一夏が勝ったら、最後の場所を教えるからね」

 

「もう山田先生に呼び出されてるとか、絶対に嘘だよな」

 

げんなりする一夏が肩を落とすと、少し離れた位置にある壁に照明が当てられた。

 

そこには、立派なダーツ盤がかけられており、周りには派手な装飾が施されている。

 

「というか、いいのか鈴? お前、中学の時から、一回も俺にダーツで勝ったことないだろ?」

 

「うっさいわね! あたしだって、いつまでもあの頃のままじゃないわ。見てなさいっ」

 

鈴はそう言うと、矢を持って身体を傾け、位置に着いた。

 

右手を軽く揺らしながら、片目を閉じる。

 

十分に狙いを定めた後、力強く振り下ろされた腕から、矢が勢いよく飛んだ。

 

ど真ん中に突き刺さると、周りの装飾が眩しいくらいに光り輝く。

 

「おおっ、やるじゃん!」

 

「ふっふーん」

 

「次は、僕だね」

 

シャルは、軽やかに鈴と位置を変わり、同じように盤を狙う。

 

「それっ」

 

しなやかに投げられた矢は、一直線に盤の中央へ。

 

またも同じような演出が起こる。

 

「二人とも上手いな……よし、俺も……」

 

「ま、せいぜい頑張りなさい。中学の時の調子で投げると、痛い目見るかもよ~」

 

余裕綽々な鈴を無視して、一夏はさっと腕を振った。

 

慣れているのか、整ったフォームから放たれた矢は、気持ちのいい音を立てて盤に刺さる。

 

鼻で笑うようにした一夏は、次、と低い声で右手をシャルに向けた。

 

 

 

 

 

 

「ま、負けた……」

 

それから数ゲーム後。

 

膝をついて頭を垂れる鈴の姿がそこにはあった。

 

胸を張る一夏に、シャルがメモを手渡す。

 

「一夏、上手だね! はい、これが最後の場所だよ」

 

「ああ。これで、最後なんだよな……」

 

笑顔で頷くシャルに、頷き返して、一夏はさっと部屋を駆け出した。

 

その姿が見えなくなり、足音が遠くなると、シャルはスマホを取り出す。

 

「もう、鈴、落ち込みすぎだよ」

 

「だって……だって……くっ!」

 

「はぁ……あ、もしもし? 一夏が洗濯できたよ……あれ、間違ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルに手渡されたメモには、食堂と簡潔に書いてあった。

 

この不可解な一連に終止符を打つべく、一夏はひた走る。

 

ようやくたどり着いた食堂は、いつものように賑わってはおらず、明かりすらついていなかった。

 

「あれ? ここだよな……誰もいない……」

 

辺りを見渡すものの、暗闇に目が慣れず、毎日のように訪れている食堂の全貌が掴めなかった。

 

「ふっふっふー、よく来たねー、いっくん」

 

ようやく目が慣れ始めた瞬間、目元を何かに抑えられ、またも目の前が真っ暗になる。

 

「うおっ!? ほ、ほんちゃん?」

 

困惑しながらも体勢を直し、恋人の名を呼んだ。

 

背中に当たる二つの柔らかい感触に戸惑いながらも、状況を整理する。

 

一夏の目元は本音が覆っているのだろう。あの垂れた袖が思い浮かんだ。

 

「さぁ、これが最後の試練だよ~。私が問題を出すから、いっくんには、それに正解してもらいま~す」

 

「ついに試練になっちゃったよ……」

 

苦笑いする一夏にもお構いなしに、本音は高らかに口を開いた。

 

「これは、すいへー思考クイズだからねー。「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしながら答えを考えるんだよー」

 

「わ、分かった」

 

「じゃあ、問題でーす。Aさんのケーキ屋さんではー、Aさんが頑張って作った、綺麗な綺麗なでこれーしょんを、わざわざ一回潰してから、お客さんに渡すことが多いんだ~。どうしてでしょー」

 

「んんっ?」

 

一夏は、顎元に手をやって唸った。

 

しばらく考えてから、とにかく質問をすることにする。

 

「そういうデコレーションだった、とか?」

 

「うーん。「はい」というかー、「いいえ」というかー」

 

「じゃあ、その潰したケーキは、また何か手を加える?」

 

「それは、ノーだねー」

 

「まさか、Aさんは、職場で上手くいってなかった?」

 

「あはは、そんなお話じゃないよ~」

 

「そ、そうだよな……ケーキって、あのケーキだよな?」

 

「むっ、失礼なー。私がいつも変なケーキ食べてるみたいじゃん」

 

「ごめんごめん……あ、ケーキって、ホールケーキのこと?」

 

「そうだよ~!」

 

「潰れるのは、デコレーションの一部分だけ?」

 

「いえーすっ!」

 

「分かった! 完成したケーキの上に、後から誕生日用のチョコで出来たプレートを乗せるんだ。だから、デコレーションの一部が潰れるのか!」

 

「せいか~い! いっくん、さすが~!」

 

「なるほど、そういうことか……あれ? 誕生日ケーキ? そういや、今日って……」

 

「そう。今日はいっくんの誕生日。だから……おめでとう、いっくん」

 

本音は優しくそう言うと、一夏の目元を覆っていた手を退けた。

 

すると、いつの間にか明かりのついていた食堂に、南達専用機持ちと、クラスメイト、真耶の姿が飛び込んでくる。

 

ハッピーバースデーの掛け声が食堂に響き、クラッカーが鳴った。

 

あっという間にクラスメイトに囲まれる様子を、南は満足気に頷きながら見ている。

 

一夏が、意味もなく繰り返される乾杯と、クラスメイトの輪を抜け出し、南の元へと辿り着いた頃には、髪も乱れ、両手にはいっぱいのプレゼントが抱えられていた。

 

「これは、お前が仕組んだのか?」

 

「その通り。楽しめたか?」

 

「俺を部屋から出すために利用された山田先生が可哀想だよ」

 

一夏はそう言うと、プレゼントの山をテーブルに置いて、取り分けられたケーキを手に取った。

 

「んっ、美味いな、このケーキ」

 

「そうだろう。シェ・ノルエってとこのケーキだ」

 

「あれ? たまにお前が買って来るシェ・ノルマじゃなくて?」

 

「ああ」

 

「ノルマは閉店したのか?」

 

「ノルエになった」

 

「そういうことか」

 

一夏は頷くと、またケーキを一口頬張る。

 

そして、何かを思いついたようにフォークを南に向けた。

 

「もし、来年も祝ってくれるなら、ここまで手の込んだことしなくても、適当に呼び出して、適当にクラッカー鳴らしてくれればいいからな」

 

「こいつは誕生日を忘れるから、内密に計画する必要はないと言っただろう」

 

「ほら、あたしが言った通りのこと言ったわよ」

 

南の隣にいた箒と鈴が詰め寄る。

 

責められる友人を救うべく、一夏は慌てて手を振った。

 

「い、いや、でも……たまには、これくらい騒がしい誕生日もいいよな……ありがとう、南」

 

すると、南はチッチッチッと指を振った。

 

古いわね、と楯無が目を細める。

 

「礼を言うなら、俺達からの誕生日プレゼントを見てからにしてくれ」

 

「このために、土下座までしたのですから、きっと喜んでいただけますわ」

 

セシリアが続いた。

 

「ど、土下座?」

 

「それでは、どうぞ」

 

困惑する一夏に、簪が告げる。

 

すると、またも食堂の照明が一段落落ち、代わりに出入り口にスポットライトが当てられた。

 

ドラムロールがしばらく鳴り、扉が開くと同時にファンファーレが響き渡る。

 

その奥からは、メイド服姿の千冬が現れた。

 

「ち、千冬姉!?」

 

「何も言うなよ。何か言ったら殺すぞ」

 

「は、はい……」

 

盆を片手で持ち、そこにパフェを乗せた千冬は、ゆっくりと一夏の方へと歩いてくる。

 

クラスメイトの熱い吐息が漏れるのも気にせず、一夏の前に立つと、スプーンでパフェを掬った。

 

南は腹を抱えて笑っている。

 

「神代、必ず殺す……く、口を開けろ」

 

物騒なことを言った後、スプーンを一夏に向けた。

 

「あ、あー」

 

大人しく口を開けた一夏に、パフェが放り込まれた。

 

もぐもぐと口を動かす一夏を見て、千冬はバツの悪そうな顔をする。

 

「ど、どうだ……美味いか?」

 

「うん、お、美味しい」

 

「そうか……」

 

何とも言えない空気が漂う中、二人の間に本音が割って入った。

 

「いっくん、私も食べさせてあげるね~」

 

「ほ、ほんちゃん!?」

 

「おい、布仏、今は私が食べさせてやってるのだが?」

 

メイド服姿とは思えないオーラを放ちながら、低い声で言った千冬。

 

しかし、本音はたじろぐこともなく、千冬と向き合った。

 

「でも、私の方が、いっくんに美味しく食べさせてあげられますっ」

 

おおぉ~、というクラスメイトの声が重なる。

 

本音のいつにない真剣な表情を見た千冬は、その勢いに吞まれ、そっと息を吐いた。

 

「そ、そうか……では、これはお前が食べさせてやれ」

 

千冬はそう言うと、パフェの乗った盆を本音に渡した。

 

同時に、クラスメイトから歓声が沸き起こる。

 

「よく言ったわよ、本音!」

 

「やるじゃない!」

 

「よーし、胴上げよ~!」

 

そうして一夏と本音はあっという間にクラスメイトに囲まれた。

 

その様子を眺めながら、箒が首を傾げる。

 

「今思ったのだが、あれは誕生日プレゼントになるのか?」

 

「当然だろう。メイド服姿の教官に、パフェを食べさせてもらう。最高のプレゼントに違いない……ドイツの副官もきっとそう言う」

 

ラウラは胸を張って頷いた。

 

その隣では、南がまだ膝を床について腹を擦っていた。

 

「あっははは! おい、セシリア。チェルシーさんを呼んでくれ。おり、織斑先生にメイドの作法を教授してもらおうじゃないか、あはははっ!」

 

ついに床をバンバンと叩き出した南。

 

その頭上が影で覆われる。

 

「神代」

 

地が轟くような声に顔を上げると、鬼も逃げ出すような表情を浮かべる千冬が立っていた。

 

南は距離を取りながら立ち上がり、膝を払う。

 

「織斑先生。俺にもパフェを食べさせてください。あー」

 

笑いを堪えながら南が言うと、鈴とシャルが吹き出した。

 

楯無は扇子で顔を覆い隠す。

 

すると、口を開けた南の頬をスプーンが高速で掠った。

 

「しまった……笑いすぎたか」

 

流石に、弟の誕生日に殺人を犯すとは思っていなかった南だったが、どうやら見当違いだったらしい。

 

千冬の目は明らかに殺気立っている。

 

頬から流れる血を拭き取ることも忘れて、南は駆け出した。

 

背後から突き刺さる勢いで飛んでくる食器を躱しながら、食堂の窓を開けて、コテージになっている広間に飛び出す。

 

後を振り返ると、千冬は大量のナイフを抱えて追いかけてきていた。

 

しかし、慣れないメイド服姿だからか、距離は詰まりそうにない。

 

「おっ、これは逃げ切れる」

 

そう呟いた南が、更に速度を上げるべく足を踏み出した瞬間。

 

脇の草むらから、小さな影が飛び出した。

 

それは、南の左脚に絡まり、体勢を崩させる。

 

「うおっ!?」

 

身体を床に打ち付けられた南が足元を覗くと、子犬がズボンの裾に噛み付いているのが見えた。

 

がうがう、と唸りながら南を離さない。

 

そこに追いついた千冬が、倒れ込む南へ馬乗りになった。

 

「神代。私は優しいから選ばせてやる。苦しんで死ぬか、凄く苦しんで死ぬか、どっちだ?」

 

南は諦めて力を抜くと、息を吐いた。

 

「苦しむ方で」

 

「私のオススメは、凄く苦しんで死ぬ方なんだがな」

 

「知らないんですか? 小は大に兼ねられてばかりだから、反乱を起こすんですよ。コイツみたいに」

 

南の悲鳴は、盛り上がるクラスメイトの歓声にかき消される。

 

 

 

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