南は、寮の自室で忙しなく歩き回っていた。
その視線の先には、テレビを見ながら笑う一夏の姿がある。
(しまったな……)
苦虫を嚙み潰したような表情をする南。
時計を見ながら、焦りによって浮かぶ汗を拭った。
「一夏」
「んー?」
「どうだろう、夜の散歩にでも行かないか?」
不自然な提案をする南に、一夏は驚きと奇妙さを掛け合わせたような顔をする。
テレビの音量を下げ、南の方を向いた。
「なんで?」
「いや、ほら……月が綺麗だし……」
「曇ってて、月なんか見えないぞ?」
カーテンを少しだけ開けて、簡潔に言った一夏。
南は頬を掻いて、更に口を開く。
「そうだな…………そういえば最近、学園に犬が紛れ込んでるらしい」
「ああ、聞いた聞いた。ほんちゃんも見たことあるって」
「どこに隠れてるかは分からないが、かなり狂暴だって話だ」
「噛み付こうとしてくるんだっけ?」
「俺達も気を付けないと、食べられるかもしれない」
「子犬って聞いたぞ?……子犬に食べられることなんてないだろ」
「一種の比喩だよ……それに、子犬だからって侮れないぞ。小は大に兼ねられてばかりで、いつ反乱を起こすか分からん。パトロールに行こうじゃないか」
「何言ってんだ?」
一夏は呆れたように笑うと、再びテレビに視線を戻した。
キョロキョロと辺りを見渡すが、南の目には今の状況を打破できるものが見つからない。
(のほほんさんは……忙しいか。電話をしてくれたら一発なんだが……)
苦し紛れの演技で、膝を軽く曲げて見せる。
揺れに耐える時の、踏ん張りにも近い姿勢だ。
「地震? 何か、揺れてないか?」
「全然」
「だよな」
南は姿勢を素早く戻し、顎を触る。
そして、ベッドに置いてあったスマホを取り、操作するフリをして見せた。
当然、一夏は見ていない。
「あ、一夏。山田先生が呼んでるぞ」
「え?」
流石に鬱陶しくなってきたのか、一夏の表情に苛立ちが混じり始めた。
それでも、副担任の名前には反応を示し、テレビから視線を外す。
「資料を運んで欲しいらしい」
「なんで俺が……てか、こんな時間にか? もう夜だけど。それに、俺の携帯には連絡来てないぞ」
「明日はお前が日直だったろ? それでじゃないか? 時間と言っても、まだ七時にもなってないじゃないか。晩飯前の腹ごなしに行ってこい。連絡は……あー、お前より俺に送った方が素早く伝わると思ったんだろう」
「だからって、わざわざ南には送って、用のある俺には送らない? なんか、おかしいな……」
「あの山田先生だぞ?」
もうヤケクソにも近い言い訳だった。
しかし、それが効いたのか、一夏は重い腰を上げる。
「そう言われればそうだな……山田先生の事だから、きっと慌てて……」
「ああ、そうに違いない。急げ、一夏……場所は、ここだ」
南は、自分の生徒手帳を広げた。
学内図が載っているページを開き、大きな赤色の丸で囲まれた箇所を指さした。
「分かった。行ってくるよ」
生徒手帳を受け取った一夏は、小走りで部屋を出た。
扉が閉まると同時に、南は口角を上げ、持っていたスマホを操作する。
電話を掛けた相手が出ると、低い声で告げた。
「洗濯物はカゴを出た」
一夏は寮を出ると、南に手渡された生徒手帳を頼りに、呼び出されているという教室へ向かう。
鈴虫の鳴く声が心地よく聞こえる校舎。
空いた窓から流れる秋の夜の風は、急ぐ一夏の足を自然と落ち着かせる。
「それにしても、今日の南はなんか変だったな……」
同室の友人の、焦るような表情を思い浮かべながら呟いた一夏は、明かりの消えた廊下を右に折れた。
すると、暗がりの向こうに黒のフードを被った小柄な人影が見える。
「ん? 整備科の人かな?」
一夏は、多少の不気味さは感じながらも、小さな声でこんばんはー、と声をかけて横切ろうとした。
すると、俯いてた人影が、勢いよく顔を上げる。
不思議なことに、フードは深く被られたままだった。
「うおっ!?」
突然のことに飛び退く一夏。
「な、なんだ?」
「よく来たな……お前が進むべきは、こちらの道だ」
「その声……ラウラか?」
フードを被った小柄な少女は、一夏のちょうど真横の部屋を指さした。
その正体を声で見破った一夏は、驚きの混じった声で言う。
「ら、ラウラではない! 私は、貴様を訪れるべき場所へと導く使者だ」
声の主は明らかにラウラであったが、努めて低い声を出しているのがおかしくて、つい一夏の頬が緩む。
「あ、うさぎ」
「そんな古典的な罠には引っかからない」
「やっぱりラウラじゃん」
その返答で充分だった一夏の余裕たっぷりな口調に、ラウラはフードを払った。
赤くなった顔が見える。
「ええい、いいからさっさと行け!」
「でも俺、山田先生に呼ばれてて……」
「場所が変更になったのだ。そして、そのヒントがこの教室にある」
「お前が教えてくれたらいいんじゃないのか?」
首を傾げる一夏に、ラウラはとうとう軽い蹴りを放った。
いたっ、と情けない声を出す一夏は渋々、指された教室へと入る。
その背中を見送ったラウラは、大きくため息をついた。
「南……必ず、二人きりで水族館に行ってもらうからな。覚えておけよ」
それだけ言うと、さっと振り返り、食堂の方へと歩いて行った。
『洗濯物はカゴを出た』
「はぁ?」
南からの電話に出た鈴が、小馬鹿にしたような声を出す。
IS学園のとある一室でのことだった。
『暗号だ。一夏にバレてはいけないんだからな……ちなみに意味は、「一夏が部屋を出た」だ』
「言っちゃったら暗号の意味ないじゃない」
『……これはノーカンだ』
鈴は、ガクッと肩を落として適当に返事する。
「はいはい、こっちはスタンバイ出来てるから……てか、随分と時間がかかったわね。中々来ないってラウラが怒ってたけど?」
『それが、アイツを部屋から出す手段が思い付かなくてな』
「何、初手から躓いてるのよ……てかさー、こんな手の込んだことが必要?」
『もちろんだ』
「適当に呼び出して、適当にクラッカーでも鳴らせば驚いてくれるわよ」
『それが幼馴染の言う事か……とにかく、計画を進めてくれ』
それだけ言うと、南はさっさと電話を切ってしまった。
ため息交じりにスマホをポケットに仕舞い、同じ室内にいたシャル、簪、楯無の方を振り返る。
「仕方ない。付き合ってあげましょ」
ラウラが指さした教室に入ると、電気がついておらず、一夏は首を傾げる。
「ヒントがどうのって言ってたけど……どういうことだ?」
一人呟きながら電気を付けると、そこには箒とセシリアが佇んでいた。
いつのまにか晴れた空からの月明りに照らされながら、窓を眺める二人が綺麗で、思わず声をかけるのを忘れてしまう。
しかし、部屋の明かりがついたことに気が付くと、二人はゆっくりと振り返った。
「あら、一夏さん。来ましたのね」
「遅かったな」
「あ、ああ。山田先生に呼び出された教室が変更になって、その場所を探すためのヒントがここにあるって……」
「その通り!」
一夏が、よく分からないこの状況を整理しながら話すと、セシリアはビシッと人差し指を向けた。
突然の大声に、またも一夏は肩を震わせる。
「そのヒントというのは、これだ」
箒はそう言うと、ゆっくりと一夏の前にある机の方へ。
その引き出しの中から、小さな箱を取り出した。
「これは……」
「そう、パズルですわ! これを完成させれば、ある番号が出てきます。それが次のヒントがある教室の番号ですわ」
「それって、ヒントなのか? って、次のヒントぉ!?」
「そうだ。これがあと数回続く」
「えぇ……」
困惑する一夏を差し置いて、箒とセシリアは傍の椅子に腰かける。
「大丈夫。わたくし達もお手伝いいたしますわ」
「や、やるしかない……のか?」
疑問は残るが、早々に始めてしまう二人を無視することも出来ず、一夏は机を挟んだ対面の椅子に座る。
ピースはさほど多くない。ある程度完成させてしまえば、すぐに分かるようになっていた。
「えっと……これは、ここで……あれ? このピースと合うやつって、あるか?」
「一夏さん、パズルは端から収めていくのが基本ですわよ」
「なるほど。端から端から」
「うぅ……請け負ったはいいが、パズルは苦手だ……」
バラバラになったピースを一つの枠にはめていく。
やがて現れた数字を見て、一夏は勢いよく立ち上がった。
「おおっ、C-35だ!」
「では、向かってくださいな」
「検討を祈る」
「分かった。ありがとな、箒、セシリア」
それだけ言うと、一夏は早々に駆けだして教室を出る。
その背中を見送ったセシリアは、スマホを取り出した。
「一夏さんが洗濯機を出ましたわ……え? 暗号が違う?」
「なんか俺、普通にお礼を言って飛び出したけど、これ本当になんなんだ? もう、山田先生が、とかじゃない気がする」
でも、携帯忘れたし、と付け加えた一夏は大人しくC-35部屋に向かう。
それは空き教室で、普段は使われていない机や椅子を保管している部屋だった。
近くまで来ると、一室だけ明かりがついており、中に誰かがいることは明確だった。
「失礼しまーす……」
恐る恐る部屋に入ると、中には更識姉妹が並んでいた。
楯無は扇子を広げ、簪は小さく手を振る。
「一夏くん、いらっしゃ~い」
「どうぞ、こっちに」
簪に手招きされるまま、一夏は部屋の中へと足を踏み入れる。
「あの……これ、なんなんですか?」
「うーん、ナイショっ」
一夏が訊ねると、楯無は片目を閉じた。
答えてもらえないのは承知の上だったので、特に言い返す言葉もない。
一体誰がこんなことを……そんな思考を遮るように、簪が前に出る。
「織斑くん。次のヒントは、この部屋のどこかに隠されてます」
「え?」
「さぁ、探して探して」
楯無は、おほほほ、と笑いながら扇子を振った。
秋深まる夜には、不釣り合いな風が一夏の顔を通る。
「この部屋のどこかって……」
一夏が見渡す限り、そこには普段使われていない机や椅子が積み上げられていた。
「見つからないだろ!」
そう叫びながらも、一夏は腕まくりをして机の引き出しに手を伸ばす。
一つ、また一つと机の中をまさぐるが、ヒントらしいものは掴めない。
椅子を逆さにしてみたりはするものの、文字が記されていることもなかった。
十分ほど経って、一夏は嫌な予感を覚えた。
振り返ると、楯無と簪が相も変わらず並んでいる。
「もしかして……」
一夏は、捲っていた袖を直して、楯無の方へ歩いて行く。
ニコニコと笑顔を浮かべたままの楯無。
その手が握っている扇子に手を伸ばした。
特に抵抗されることもなく、扇子はスルリと楯無の手を抜ける。
「あ」
拡げた扇子に記されていたのは、いつものような達筆な単語ではなく、地図だった。
それが、この学園の資料室を示しているのは容易に分かる。
「一夏くん、せいかーい。よく分かったわね」
「この部屋のどこかって簪さんが言ったから、まさかとは思いましたけど、こんなよくあるオチだとは……このややこしい一連の主犯が見えてきましたよ」
「そう言わずに……さぁ、次の部屋に向かって」
簪がどこか優しく笑うと、一夏も苦笑してから部屋を出た。
再び二人きりになると、簪は楯無を見上げる。
「お姉ちゃん」
「うん。今かけるわ……もしもし? 一夏くんが乾燥機を出たわよ……あら、違った?」
楯無の扇子が示していた部屋にたどり着くと、そこには鈴とシャルが待ち構えていた。
二人して不敵な笑みを浮かべている。
「よく来たわね、一夏!」
「次は僕たちが案内役だよ」
「あ、ああ……」
今までのも案内と呼べるものかどうか、疑問に思いながらも頷く。
そんな一夏を差し置いて、鈴は一歩踏み出した。
「さぁ、勝負よ!」
「案内はどうした!?」
驚く一夏に、シャルが微笑みかけた。
「今から僕たちとダーツで勝負してもらうよ。一夏が勝ったら、最後の場所を教えるからね」
「もう山田先生に呼び出されてるとか、絶対に嘘だよな」
げんなりする一夏が肩を落とすと、少し離れた位置にある壁に照明が当てられた。
そこには、立派なダーツ盤がかけられており、周りには派手な装飾が施されている。
「というか、いいのか鈴? お前、中学の時から、一回も俺にダーツで勝ったことないだろ?」
「うっさいわね! あたしだって、いつまでもあの頃のままじゃないわ。見てなさいっ」
鈴はそう言うと、矢を持って身体を傾け、位置に着いた。
右手を軽く揺らしながら、片目を閉じる。
十分に狙いを定めた後、力強く振り下ろされた腕から、矢が勢いよく飛んだ。
ど真ん中に突き刺さると、周りの装飾が眩しいくらいに光り輝く。
「おおっ、やるじゃん!」
「ふっふーん」
「次は、僕だね」
シャルは、軽やかに鈴と位置を変わり、同じように盤を狙う。
「それっ」
しなやかに投げられた矢は、一直線に盤の中央へ。
またも同じような演出が起こる。
「二人とも上手いな……よし、俺も……」
「ま、せいぜい頑張りなさい。中学の時の調子で投げると、痛い目見るかもよ~」
余裕綽々な鈴を無視して、一夏はさっと腕を振った。
慣れているのか、整ったフォームから放たれた矢は、気持ちのいい音を立てて盤に刺さる。
鼻で笑うようにした一夏は、次、と低い声で右手をシャルに向けた。
「ま、負けた……」
それから数ゲーム後。
膝をついて頭を垂れる鈴の姿がそこにはあった。
胸を張る一夏に、シャルがメモを手渡す。
「一夏、上手だね! はい、これが最後の場所だよ」
「ああ。これで、最後なんだよな……」
笑顔で頷くシャルに、頷き返して、一夏はさっと部屋を駆け出した。
その姿が見えなくなり、足音が遠くなると、シャルはスマホを取り出す。
「もう、鈴、落ち込みすぎだよ」
「だって……だって……くっ!」
「はぁ……あ、もしもし? 一夏が洗濯できたよ……あれ、間違ってる?」
シャルに手渡されたメモには、食堂と簡潔に書いてあった。
この不可解な一連に終止符を打つべく、一夏はひた走る。
ようやくたどり着いた食堂は、いつものように賑わってはおらず、明かりすらついていなかった。
「あれ? ここだよな……誰もいない……」
辺りを見渡すものの、暗闇に目が慣れず、毎日のように訪れている食堂の全貌が掴めなかった。
「ふっふっふー、よく来たねー、いっくん」
ようやく目が慣れ始めた瞬間、目元を何かに抑えられ、またも目の前が真っ暗になる。
「うおっ!? ほ、ほんちゃん?」
困惑しながらも体勢を直し、恋人の名を呼んだ。
背中に当たる二つの柔らかい感触に戸惑いながらも、状況を整理する。
一夏の目元は本音が覆っているのだろう。あの垂れた袖が思い浮かんだ。
「さぁ、これが最後の試練だよ~。私が問題を出すから、いっくんには、それに正解してもらいま~す」
「ついに試練になっちゃったよ……」
苦笑いする一夏にもお構いなしに、本音は高らかに口を開いた。
「これは、すいへー思考クイズだからねー。「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしながら答えを考えるんだよー」
「わ、分かった」
「じゃあ、問題でーす。Aさんのケーキ屋さんではー、Aさんが頑張って作った、綺麗な綺麗なでこれーしょんを、わざわざ一回潰してから、お客さんに渡すことが多いんだ~。どうしてでしょー」
「んんっ?」
一夏は、顎元に手をやって唸った。
しばらく考えてから、とにかく質問をすることにする。
「そういうデコレーションだった、とか?」
「うーん。「はい」というかー、「いいえ」というかー」
「じゃあ、その潰したケーキは、また何か手を加える?」
「それは、ノーだねー」
「まさか、Aさんは、職場で上手くいってなかった?」
「あはは、そんなお話じゃないよ~」
「そ、そうだよな……ケーキって、あのケーキだよな?」
「むっ、失礼なー。私がいつも変なケーキ食べてるみたいじゃん」
「ごめんごめん……あ、ケーキって、ホールケーキのこと?」
「そうだよ~!」
「潰れるのは、デコレーションの一部分だけ?」
「いえーすっ!」
「分かった! 完成したケーキの上に、後から誕生日用のチョコで出来たプレートを乗せるんだ。だから、デコレーションの一部が潰れるのか!」
「せいか~い! いっくん、さすが~!」
「なるほど、そういうことか……あれ? 誕生日ケーキ? そういや、今日って……」
「そう。今日はいっくんの誕生日。だから……おめでとう、いっくん」
本音は優しくそう言うと、一夏の目元を覆っていた手を退けた。
すると、いつの間にか明かりのついていた食堂に、南達専用機持ちと、クラスメイト、真耶の姿が飛び込んでくる。
ハッピーバースデーの掛け声が食堂に響き、クラッカーが鳴った。
あっという間にクラスメイトに囲まれる様子を、南は満足気に頷きながら見ている。
一夏が、意味もなく繰り返される乾杯と、クラスメイトの輪を抜け出し、南の元へと辿り着いた頃には、髪も乱れ、両手にはいっぱいのプレゼントが抱えられていた。
「これは、お前が仕組んだのか?」
「その通り。楽しめたか?」
「俺を部屋から出すために利用された山田先生が可哀想だよ」
一夏はそう言うと、プレゼントの山をテーブルに置いて、取り分けられたケーキを手に取った。
「んっ、美味いな、このケーキ」
「そうだろう。シェ・ノルエってとこのケーキだ」
「あれ? たまにお前が買って来るシェ・ノルマじゃなくて?」
「ああ」
「ノルマは閉店したのか?」
「ノルエになった」
「そういうことか」
一夏は頷くと、またケーキを一口頬張る。
そして、何かを思いついたようにフォークを南に向けた。
「もし、来年も祝ってくれるなら、ここまで手の込んだことしなくても、適当に呼び出して、適当にクラッカー鳴らしてくれればいいからな」
「こいつは誕生日を忘れるから、内密に計画する必要はないと言っただろう」
「ほら、あたしが言った通りのこと言ったわよ」
南の隣にいた箒と鈴が詰め寄る。
責められる友人を救うべく、一夏は慌てて手を振った。
「い、いや、でも……たまには、これくらい騒がしい誕生日もいいよな……ありがとう、南」
すると、南はチッチッチッと指を振った。
古いわね、と楯無が目を細める。
「礼を言うなら、俺達からの誕生日プレゼントを見てからにしてくれ」
「このために、土下座までしたのですから、きっと喜んでいただけますわ」
セシリアが続いた。
「ど、土下座?」
「それでは、どうぞ」
困惑する一夏に、簪が告げる。
すると、またも食堂の照明が一段落落ち、代わりに出入り口にスポットライトが当てられた。
ドラムロールがしばらく鳴り、扉が開くと同時にファンファーレが響き渡る。
その奥からは、メイド服姿の千冬が現れた。
「ち、千冬姉!?」
「何も言うなよ。何か言ったら殺すぞ」
「は、はい……」
盆を片手で持ち、そこにパフェを乗せた千冬は、ゆっくりと一夏の方へと歩いてくる。
クラスメイトの熱い吐息が漏れるのも気にせず、一夏の前に立つと、スプーンでパフェを掬った。
南は腹を抱えて笑っている。
「神代、必ず殺す……く、口を開けろ」
物騒なことを言った後、スプーンを一夏に向けた。
「あ、あー」
大人しく口を開けた一夏に、パフェが放り込まれた。
もぐもぐと口を動かす一夏を見て、千冬はバツの悪そうな顔をする。
「ど、どうだ……美味いか?」
「うん、お、美味しい」
「そうか……」
何とも言えない空気が漂う中、二人の間に本音が割って入った。
「いっくん、私も食べさせてあげるね~」
「ほ、ほんちゃん!?」
「おい、布仏、今は私が食べさせてやってるのだが?」
メイド服姿とは思えないオーラを放ちながら、低い声で言った千冬。
しかし、本音はたじろぐこともなく、千冬と向き合った。
「でも、私の方が、いっくんに美味しく食べさせてあげられますっ」
おおぉ~、というクラスメイトの声が重なる。
本音のいつにない真剣な表情を見た千冬は、その勢いに吞まれ、そっと息を吐いた。
「そ、そうか……では、これはお前が食べさせてやれ」
千冬はそう言うと、パフェの乗った盆を本音に渡した。
同時に、クラスメイトから歓声が沸き起こる。
「よく言ったわよ、本音!」
「やるじゃない!」
「よーし、胴上げよ~!」
そうして一夏と本音はあっという間にクラスメイトに囲まれた。
その様子を眺めながら、箒が首を傾げる。
「今思ったのだが、あれは誕生日プレゼントになるのか?」
「当然だろう。メイド服姿の教官に、パフェを食べさせてもらう。最高のプレゼントに違いない……ドイツの副官もきっとそう言う」
ラウラは胸を張って頷いた。
その隣では、南がまだ膝を床について腹を擦っていた。
「あっははは! おい、セシリア。チェルシーさんを呼んでくれ。おり、織斑先生にメイドの作法を教授してもらおうじゃないか、あはははっ!」
ついに床をバンバンと叩き出した南。
その頭上が影で覆われる。
「神代」
地が轟くような声に顔を上げると、鬼も逃げ出すような表情を浮かべる千冬が立っていた。
南は距離を取りながら立ち上がり、膝を払う。
「織斑先生。俺にもパフェを食べさせてください。あー」
笑いを堪えながら南が言うと、鈴とシャルが吹き出した。
楯無は扇子で顔を覆い隠す。
すると、口を開けた南の頬をスプーンが高速で掠った。
「しまった……笑いすぎたか」
流石に、弟の誕生日に殺人を犯すとは思っていなかった南だったが、どうやら見当違いだったらしい。
千冬の目は明らかに殺気立っている。
頬から流れる血を拭き取ることも忘れて、南は駆け出した。
背後から突き刺さる勢いで飛んでくる食器を躱しながら、食堂の窓を開けて、コテージになっている広間に飛び出す。
後を振り返ると、千冬は大量のナイフを抱えて追いかけてきていた。
しかし、慣れないメイド服姿だからか、距離は詰まりそうにない。
「おっ、これは逃げ切れる」
そう呟いた南が、更に速度を上げるべく足を踏み出した瞬間。
脇の草むらから、小さな影が飛び出した。
それは、南の左脚に絡まり、体勢を崩させる。
「うおっ!?」
身体を床に打ち付けられた南が足元を覗くと、子犬がズボンの裾に噛み付いているのが見えた。
がうがう、と唸りながら南を離さない。
そこに追いついた千冬が、倒れ込む南へ馬乗りになった。
「神代。私は優しいから選ばせてやる。苦しんで死ぬか、凄く苦しんで死ぬか、どっちだ?」
南は諦めて力を抜くと、息を吐いた。
「苦しむ方で」
「私のオススメは、凄く苦しんで死ぬ方なんだがな」
「知らないんですか? 小は大に兼ねられてばかりだから、反乱を起こすんですよ。コイツみたいに」
南の悲鳴は、盛り上がるクラスメイトの歓声にかき消される。