「にゃはー。ゴーレムⅢを全機破壊されるとは思わなかったなー」
電気のついていない部屋を照らすのは、数多のディスプレイだけだった。
鼻歌交じりにISのコアを弄り、穏やかに笑っているのは、その部屋の主である篠ノ之束。
IS学園で起こった襲撃事件の主犯である。
南達の対処によりゴーレムⅢは破壊されたが、束の目的の一つは達成されていた。
「しかし、強くなったねぇ、箒ちゃん」
ディスプレイに映っているのは、ゴーレムⅢ視点で繰り返される箒の戦いぶりだった。
紅椿を操る箒の戦闘経験値が一定量に達した際に解放される新装備、穿千。その真紅のエネルギー弾に映像が染まり、やがてブツッと画面が暗くなる。
束はしばらくその映像を繰り返し見ていたが、左斜め上に配置したディスプレイに映る男の姿を見て、舌打ちをする。
「神代 南……」
彼がナイフを振るうたびに、その手の中にあるISのコアが音を立てて軋む。
やがて、音を立てて破裂したコアに一瞬、視線を奪われ、もう一度戻すと、南と並ぶ一夏の姿が映っていた。
「んふー。こっちは順調だー」
束は再び上機嫌に呟く。
そして、むむむ、と唸った。表情の変化が忙しい。
「でも、予想外だったなぁ。ちーちゃんが出て来なかったのは……」
ゴーレムⅢを送り込んだもう一つの目的、それは千冬が保管していると思われる、第一世代型IS暮桜だった。
しばらくして、パッと花が咲いたように笑った束は、手を叩いた。
悪意を孕んだその笑みは、薄暗い部屋ではよく映える。
「きっと、あそこだねっ。ふふん、流石のちーちゃんも油断してるんじゃないかにゃー?」
束が身体を揺らしながらはしゃいでいると、部屋に一人の少女が入ってきた。
華奢で低い背に、目を引く銀髪。それを三つ編みにした少女は、真っ黒なパンの乗ったトレーを持っている。
「やぁやぁ、くーちゃん。ちょっとお使いを頼まれてくれないかなぁ?」
「何なりと」
「もー、堅いなぁ、くーちゃんは」
束はそう言うと、少女が持ってきたパンに齧りついた。
それは、バリバリと音を立てながら減っていく。
「んー。うまいうまーい」
「ウソです。不味いに決まってます……ところで、使いというのは?」
「ちょっとねー、届け物をして欲しいんだ。後、お電話」
「届け物……電話……」
少女が呟くと、束は満面の笑みを浮かべる。
「そう、Is学園の地下特別区画にねー」
「かしこまりました」
「で、お電話は、こちらっ」
束は張り切って言うと、一枚のメモ用紙を渡した。
そこには、汚い数字の羅列が、無駄に大きく書かれていた。
「亡国機業ちゃんに!」
「嫁よ。この国の夜は冷える……ちゃんと暖かくして寝るのだぞ」
「ん? ああ」
「私の目が届かないからと言って、浮気は許さんからな」
「どこからが浮気になるのか、リストにしてメールしてくれ」
IS学園の食堂で、真剣な表情をするラウラ。
その対面に座っている南は、箒が作った弁当を食べていた。
「真面目に聞け! 夫が留守にするのだぞ! いわゆる、単身赴任だ」
「おー、珍しくあってる……気がする」
微笑ましそうに眺めていたシャルは、プチトマトを口に運んだ。
その隣では、セシリアが箒に、鈴が簪に詰め寄っている。
「箒さん、くれぐれも! 抜け駆けはなさらないようにっ」
「簪、分かってるでしょうね。すぐよっ、中国はすぐそこなんだからね!」
朝から嫌というほど聞かされた言葉に、二人の日本人はため息をついた。
「抜け駆けする気も失せたから、安心しろ」
「鈴がその気になれば、大陸ごと日本に来るかもしれないから、やめとく」
南が以前に言った冗談を使ってみた簪は、目を閉じたままうどんをちゅるちゅると啜る。
そこに、通話の為に席を外していたヴィシュヌが帰ってきた。
席につくなり、首を横に振る。
「私にも帰還命令が出ました。やはり一度、タイに戻る必要があるそうです」
ラウラに始まり、セシリアと鈴がこうも騒いでいる理由は、ヴィシュヌが言ったのと同じだった。
先日の襲撃事件を受け、ある程度のダメージと、戦闘データを重ねた機体を診るべく、四人には祖国への帰還命令が出ていた。
「くっ……今朝になって突然なんですの!? イギリスに帰って来いだなんて」
「私もです」
「セシリアとヴィシュヌは、本当に急だったよね。ラウラや鈴は、昨日から分かってたけど」
シャルが素朴に首を傾げた。
そこには、屈託のない疑問だけが浮かんでいる。
「それにしても、これだけ専用機持ちを抱えているこの学園も、国の意向が重なれば、こうも手薄に感じるようになるのだな」
箒は、湯呑を見つめたまま言う。
箸を置きながら、簪が頷いた。
「うん……お姉ちゃんは、更識の任務で負った傷も全快してないのに無理したから、最新鋭の技術が備わってる病院に移っちゃったし……」
「二年と三年の先輩は、まだ海外から帰ってこないしねー」
続いて鈴が、手を頭の後ろで組みながら宙を見上げた。
「織斑一夏も、明日から倉持技研の方に、白式をオールメンテナンスに出すらしい」
ラウラは、離れた席で、本音を含むクラスメイトと食事を摂っている一夏の方を一瞥した。
「と言う事は、この学園に残る専用機持ちは、箒とシャルロット、簪に……」
ヴィシュヌが、視線をやりながら挙げていき、やがて弁当のご飯をかき込む南で、目の動きが止まった。
豪快に口を動かす南は、上手く言葉を出せないにも関わらず、美味いっと箒に笑いかける。
「南ですか」
ヴィシュヌの声のトーンが落ちたことに気が付いた南は、空になった弁当箱を包みながら、不満げな顔をした。
「どうして、そこで不安そうな声になるんだ」
「もちろん、不安だからです」
即答するヴィシュヌ。
「俺に任せておけば大丈夫だ。そう、きっと大丈夫」
歌うように心地よく言った南に、セシリアが苦笑した。
「自信満々ですわね」
「俺は頼れる男だからな」
「随分と主観的な理由ですこと」
「セシリア、俺を動かしているのは、俺の主観だ」
クスッと上品に笑ったセシリアに、南はもっともらしく言った。
箒が隣のシャルにそっと身体を寄せる。
「南は一体いつから、あんな風になったと思う?」
「さぁ……でも、きっと南にも、食べちゃいたいくらい可愛い時期があったはずだよ」
シャルは、やはり優しく笑った。
その会話を聞いていた鈴が、意地悪な笑みを浮かべながら、テーブルに片肘をつく。
「どうして、その時に食べなかったのかしら?」
一組と四組による合同講義の帰り道。
いつもより静かに感じる廊下を、箒と簪、シャルは並んで歩いていた。
両手には、講義で使われた資料を抱えている。
「……この学園は、こんなに静かだったか?」
箒は咳払いをした後、どこか緊張にも似た堅い声で言った。
その両隣のシャルと簪が、小さく頷いた。
「うん……ちょっぴり寂しいね」
「大丈夫。すぐ帰ってくる」
シャルが目を伏せると、簪は珍しく力強い口調で言った。
箒とシャルは、少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「そうだな……大体、いつもすぐに騒ぐ者達がいないのだ。静かになって当然だ」
「あ、箒、そんなこと言っちゃうんだ~。言いつけちゃお」
明るいシャルの声を合図に、三人が活気づいた。
しかし、華の女子高生が紡ぐ可憐な話し声は、廊下の明かりが消えたのと同時に、聞こえなくなった。
廊下だけでなく、教室や、電光掲示板といった全ての明かりが消えたのだ。
昼間であるため、真っ暗になることはない。
「な、なんだ……」
箒が呟くと、ガラス窓を保護する防壁シャッターが、廊下の奥から順に降りてくる。
休み時間であるため、教室や廊下にいた生徒がざわざわとどよめいた。
「……二秒経った」
先ほどまでとは一変した低い声。
簪だった。
「緊急用の電源も非常灯も点かないね。何かがおかしいよ」
辺りを見渡しながらシャルが言う。
すると、ISのプライベートチャンネルから、静かで強い声が届いた。
「専用機持ちに告ぐ。全員、地下のオペレーションルームへ集合しろ」
千冬の指示に、三人は暗がりの中、顔を見合わせて頷いた。
IS学園の地下特別区画のオペレーションルームは、本来、決して生徒が立ち入ることを許されない場所だった。
それは、生徒会長の楯無であっても例外ではない。
そんな場所に南と箒、シャル、簪が並んでいる。目の前にいるのは、千冬と真耶だった。
資料を運んでいた三人は、この場所へ来る途中で、それを他の生徒に預けてきた為、手ぶらだったが、南はその手に歯ブラシを握っている。
「あのー、神代くん……」
真耶が恐る恐る言った。
隣に立つ千冬の期限を伺っているようにも見える。
「すみません、山田先生。口の中が気持ち悪くて歯磨きしてたんです……そしたら、この騒ぎで……」
「緊張感の欠片もないな」
箒の頬が緩んだ。
千冬は頭に手をやってため息をつく。
「神代。与えられた仕事を完璧にこなせば、目を瞑ってやる……気合を入れ直せ」
すぐに真剣な表情に戻った千冬が、いつも以上に迫力のある声で言った。
歯磨き粉で口の周りを白くした南の表情も、一応、引き締まる。
「現在、IS学園の全てのシステムがダウンしています。なんらかの電子的攻撃が原因だと考えられるでしょう」
「敵の目的は不明だ。その正体もな……更識は山田先生と共に、システム侵入者の排除を頼む。篠ノ之とデュノアは、万が一の為に二人の護衛と、バックアップを任せた」
箒とシャル、簪は力強く頷く。
そして、すぐに真耶の指示でアクセスルームの方へと駆け出した。
四人の背中を見送り、千冬はふっと息を吐く。
「さて、神代。お前には別の任務を与える」
「うす」
先程の千冬の檄が効いたのか、南は手で口元を無理矢理拭って返事した。
「このシステムダウンに便乗して、直接的な攻撃を仕掛けてくる敵が、必ずやってくる。戦えないあいつらの代わりに―――」
「分かりました」
千冬が言い終えるよりも先に、南は頷くと、素早く振り返った。
一歩踏み出そうとすると、その両肩がふっと重くなる。
南の両肩を優しく掴んだ千冬は、揉み解すように手を動かした。
「神代……あの三人は、先日の事件もあり、まだISが完全に回復していない」
何も言わない南の背中に、千冬は声をかけ続ける。
「お前のISも同じだろうが……それでも、お前だけを行かせるのは、信じてるからだ」
千冬の声音は変わらない。
しかし、どこか暖かさを含んでいるような声だった。
「厳しい防衛戦になる……守るべき生徒に戦わせる私を……許してくれ」
「織斑先生」
黙っていた南が、声をかけた。
「二つ、言いたいことがあります」
「なんだ?」
「俺に任せておけば大丈夫だ……俺は、頼れる男なんでね」
「……そうか」
千冬が小さく笑った。
不敵な笑みを浮かべていた南は、そこで表情を歪めた。
「もう一つ……肩が痛い」
南の背中に、千冬の張り手が飛ぶ。