忍者のような黒のボディスーツを着た千冬は、セットとも言うべきブーツに手を伸ばした。
しかし手が触れる寸前で、ピタッと動きを止め、息を吐く。
「……」
何も言わずに移動すると、ロッカーから別のブーツを取り出す。
それに素足を突っ込むと、ジッパーを上げ、ベルトを締めあげた。
IS用の物理サーベルを手に取ると、それを六本、太腿のホルスターに仕舞う。
「この髪型にするのも、久しぶりだな」
千冬は、髪を紐でくくりながら呟いた。
出来上がると、更に二本の刀を掴む。
「神代がなんと言うか……楽しみな気もする」
小さく笑うと、ドアを開けた。
足元の非常灯だけが照らす薄暗い通路を、確かな足取りで歩いて行った。
「まぁ、どうせ殴ることにはなるだろうが」
「よいしょ」
防壁シャッターの歪みが生んだ隙間から顔を出した南は、慎重に身体を通す。
その口に咥えていた歯ブラシをクイクイと動かしながら、前方から忍び寄る影に目を細めた。
「おぉ、誰かと思えば……」
南の声が明るくなる。
どこまでも暗い廊下の奥から姿を現したのは、一機のISだった。
背部から伸びた八つのPIC装甲脚、そこから見える砲門。深い赤と黄を基調にしたボディ……最後の戦闘からの相違点は、腕部のみだった。
左腕に装着された射出機が目立つ。
「愛しのオータムちゃんじゃないか。会いたかったぞ」
それは、亡国機業のオータムが操縦する、アラクネだった。
亡国機業へ新造ISを手配するスコールの依頼を断り続けていた束は、交換条件として、二つを提示した。
一つは、新造するものが、エムの専用機であること。
そしてもう一つが、このアラクネをバージョンアップさせる条件の元、IS学園を襲撃することだった。
「……」
オータムは邪悪な笑みを浮かべることも、また、汚い口調で話すこともなく、ただ南を睨む。
おどけて言った南だったが、その雰囲気の違いに、歯ブラシを投げ捨てた。
自身のISを展開し、ナイフを向ける。
「今度、お茶でもどうだ?」
オータムが跳んだ。
空中で脚部の砲門を向け、乱れ撃つ。
「っ!」
同じく、背後に跳ぶことでやり過ごした南は、着地すると同時に踏み込――—もうとするが、眼前に迫るオータムを確認し、身体を滑らせた。
(早いな……)
八つの装甲脚は、ギラリと鈍く光る刃を展開し、南へと襲い掛かる。
風を斬る音を感じながら、南は必死に身体を逸らした。
ナイフで応戦するようにPICを弾くが、リーチが長い分、南が不利であることは変わらない。
片側の四つを使った、大振りな一撃が、南のわき腹を狙う。
ジャンプすることで直撃を免れた南は、一度距離を取った。
素早く糸を伸ばすと、オータムの周りを駆ける。
しかし、全方向をカバーする八つのPICが、音を立てて方角を決めると、出鱈目にも思える砲撃を始めた。
「おいおいおい」
南は、周りを走るスピードを落さず隙を伺う。
汗が頬を伝って廊下に落ちた瞬間、砲撃が一瞬止んだ。
(ここだっ)
伸ばしきった糸を、オータムの方へ。
一基、また一基と、八つのPICを縛り上げていく。
乱雑にもがくオータムを拘束すると、南はふっと息を吐いた。
「さて、どうするか」
小さく呟いて、一歩踏み出す。
そして、一本の糸が足元から伸びているのが見えた。
「ん、こんな糸……」
それを拾い上げた瞬間、南に悪寒が走る。
だが、あまりに遅すぎた。
「しまっ―――」
顔を上げた先にいたオータムは、既にサブマシンガンを装備しており、引き金を容赦なく引いた。
連射されるエネルギー弾の嵐に、南が吹き飛ぶ。
壁に激突するかと思われたが、背中にぶつかったのは、弾力のある物だった。
それは、大きく壁に反るよう張られた網。
「くっ……」
オータムが震える。
「あーはっはっはっ! ざまぁねぇなぁ、クソガキぃ!」
南の集中が途切れたことで、糸による拘束から逃れたオータムは、大声で叫んだ。
『蜘蛛』である南の集中が途切れると、糸の制御も効かなくなる。
これは、スコールが「組織」から得た情報だった。
「どうだ? どうだぁ? 相手に仕掛けた罠を、そっくりそのままやり返される気分はよぉ!」
オータムの言う通り、これは学園祭での戦闘で、南が仕掛けた『オナガグモ』の罠と同じだった。
条網という名の糸を一本引き、それを辿る蜘蛛を狩る蜘蛛。アラクネをバージョンアップさせた束は、戦闘データからその手法を実現させたのだ。
では、どこからアラクネの糸は射出されるのか。それは、新たに取り付けられた左腕のユニットからであった。
咳き込む南が捕らえられたのは、そんなアラクネが作り上げた網であり、動けない様子を見たオータムは、狡猾に笑う。
「くくく……たーっぷり可愛がってから殺してやるよ」
オータムの笑みに、南が舌打ちをする。
米国特殊部隊の名もなき隊長は、試験型IS『ファング・クエイク』を身に纏い、IS学園の地下区画に侵入した。
与えられた任務をこなすだけ。彼女に、それ以上を知る意味も、目的も、興味もなかった。
「っ」
センサーに反応がある。ISは、暗がりの向こうにある人影を、確かに認知した。
「参る」
短い言葉と同時に、風が鳴る。
次の瞬間には、目の前で捉えていたはずの影が、自身の真上にいた。
両手に握られた刀が、装甲に火花を散らす。
隊長は、困惑しながらも相手の姿を確認するべく旋回した。
「ブリュンヒルデ……」
思わず呟いた視線の先にいた千冬は、微かに笑っている。
ISのセンサーで確認する千冬の装備は、機体を相手にするには、あまりにも無防備だった。
ブーツに関しては、対IS用に作られてすらいない。
(本気か?)
「どうした」
「……?」
「かかってこい。私は、世界で初めて最強の名を手にした女だ。全身全霊をもって挑むがいい……ソルジャー」
その言葉に、隊長は困惑した表情を浮かべたものの、すぐに無表情に戻り、前進した。
繰り出される一撃。
千冬は軽やかにそれを避けると、持っていた刀を突き刺す。
が、傷一つ付くことはない。
それに構うこともなく、千冬は太腿から新たな刀を取り出した。
「ふっ」
金属がぶつかる音がすると、隊長は一歩後退する。
しかし、そのままの姿勢で踏ん張ると機関銃を装備し―――た、その瞬間には、千冬の姿がない。
「な……」
見下ろすと、自分の脚部を斬りつける千冬の姿がある。
素早く銃口を向けると、千冬は当たり前のように跳躍し、蹴りを放つ。
「目的は、無人機の残骸だけではないな。白式か……残念だが、ここにはない」
独り言のように告げる千冬に、隊長の表情が曇った。
その間にも、展開したエネルギーブレードや、鋭い拳を繰り出しているのだが、千冬には掠る気配すらない。
逆に当てられる剣撃。千冬は、刀を切り替えながら、幾度となく隊長を斬りつけた。
しかし、ダメージはない。
「いい加減に……っ」
隊長は、奥歯を噛みしめると、千冬を睨みつけた。
その千冬は、既に自分の眼前で刀を振りかぶっている。
放たれる一撃をあえて受け、右手を握る。
さらに、背部のスラスターを展開し、機体ごと千冬に突進した。
「ん」
だが、まるでそれが分かっていたかのように、千冬は身体を捻じり、回避する。
そのまま距離を空けると、隊長の目は困惑に染まっていた。
(なんだ、この身体能力は……明らかにおかしい……)
そして、その思考は、自分の周りを囲むよう突き刺さった数本の刀を忘れさせた。
千冬は笑みを浮かべながら、薄く綺麗な唇を伸ばす。
「木っ端微塵」
その言葉で、隊長を取り囲む刀が爆発した。
燃え盛る炎を見て、千冬は右手を伸ばす。
「肩に触れた時に付けていたか。道理で感覚が研ぎ澄まされるような感覚があるわけだ……神代のやつ、教師を信頼していないとは……ふっ」
伸ばした右手には糸が巻き付けられており、千冬は静かに笑った。
―――オドリハマキモドキの幼虫は、糸を用いることで、外敵から身を守ることが知られている。
葉に糸を薄く巡らせ、外敵の存在を感知すると、あらかじめ空けておいた脱出用の小穴から、葉の反対側へと避難する。
さらに、外敵から見つからないよう擬態するべく、糞を糸で紡ぎ合わせることもあるという。
生徒に心配された事実が、情けないような、嬉しいような……千冬の脳裏を様々な感情が横切った。
「舐めるなぁ!」
もう一度目を伏せると同時、隊長が爆炎の中から飛び出した。
しかし、それすら、南が保険の為に結えておいた糸は感知していた。
怒りに燃える隊長の視線の先には、千冬の膝がある。
「
「なっ……」
「
身体を一瞬反らし、一気に力を込めた千冬は前方へ跳躍。
隊長の顔面に膝打ちが決まる。
「む……これでは、ブーツを変えた意味がないな」
倒れ込む隊長を見て、千冬が呟いた。
「これは……」
真耶が、コンソールを叩きながら絶句した。
システムのダメージが思いの外大きかったのだ。
隣に座る簪も、苦し気な表情をしている。
箒とシャルは、何が行われているのか理解しようとディスプレイを見つめるが、半分も分かりそうにない。
そして、何も出来ない自分への歯痒さに、二人同時に拳を握った。
自分がどうして戦闘から外されたのか、それはISが完治していないから。
ならば何故、南だけが敵の排除に向かったのか、それは信頼されているから。あの、織斑千冬に。
分かって理解しているが故に、何も出来ないのが腹立たしい。
「篠ノ之さん、デュノアさん」
「……は、はいっ」
「……なんですか?」
真耶が呼ぶ声に一瞬反応が遅れた二人は、背筋を伸ばした。
「今から、電脳ダイブします」
「「「……え?」」」
箒とシャルだけでなく、簪も同じように目を丸くした。
真耶は眼鏡を指で持ち上げながら準備をする。
「で、電脳……?」
「理論上可能なのはわかっていますよね? アラスカ条約で規制されていますが、今回は特例のケース4に当たります」
いつになく真剣な声で言うと、真耶は早足で部屋を出た。
向かう先は、アクセスルームだ。
三人が慌てて後を追う。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうしてその必要が……」
「ソフトとハードの準備には、時間がかかる」
困惑する箒とシャルだったが、簪は呟くように言った。
「学園のコントロールを取り戻すために、一番手っ取り早い方法……ISのコアネットワークを用いて、電脳世界へと仮想可視化しての侵入。システム中枢の再起動が行える」
「ええい、長い! つまり、私とシャルロットが、行えばいいのだな!」
箒の言葉に、シャルが頷いた。
それと同時に、アクセスルームへと辿り着いた。
振り返った真耶が、首を横に振る。
「いいえ、篠ノ之さんとデュノアさんは、完全に無防備になる私を守ってください。織斑先生と神代くんが対処していますが、万が一に備えてもらいます。更識さんは、私のバックアップをお願いしますね」
「そんな! 僕たちにも、何か手伝わせてください!」
シャルの懇願するような表情にも、真耶は頷かなかった。
優しく笑うと、片目を閉じる。
「今まであなた達には、散々助けてもらいましたからね。今度は私の番です」
簪は、何も言わずにISを部分展開した。
コンソールを呼び出し、左右に拡げる。
「し、しかし……」
箒が食い下がった。
その間にも、真耶は巨大な装置に包まれたベッドチェアへ身体を倒す。
「大丈夫ですよ。何せ私は、先生ですからっ」
南は、オータムによって捕らえられた身体を必死に「揺らして」いた。
その姿に、オータムは興奮を感じながら近づいて行く。
「ククッ……いい格好だなぁ、おい」
PICの一つが、レーザー弾を放った。
直撃した南の顔が歪む。
シールドエネルギーの減少を確認しながら、それでも南はもがくように手足を動かす。
それによって「揺れる」網は、簡単には切れそうにない。
また一発、南の身体に弾が命中した。
「ふぐっ」
「ぎゃははは! いい気味だ、いい格好だ……あぁ、スコールにも見せてやりたいぜ」
肩で息をする南は、オータムを睨みつける。
「あぁ? なんだ、その目は? てめぇはここで死ぬから、スコールの顔は拝めねぇよ!」
シールドエネルギーが残り少ない。
焦りに汗を浮かべながら、南は息を荒くするだけだった。
「おいおいおい、こういう時に言う減らず口はねぇのかよ。それを楽しみにしてきたんだぜ」
オータムは、八つあるPICの一つを掴むと、それを抜き取るようにした。
その先端は鋭く尖っており、鈍い輝きを放っている。
「言ってみたのは茶の誘いだけとは……つまらねぇ男だなぁ……ケケケ……」
一歩ずつ、確かに南の方へ歩み寄るオータム。
手足を大の字にして網にかかっている南は、何も言わなかった。
ただ身体を「揺らし」て、抵抗をしているだけ。
「へっ、最後の言葉もなしか……まぁいい」
オータムは、自身が作った網の前で腕を振り上げた。
「じゃあな、クソガキ」
歯を剥き出しにして笑ったオータムの腕は、容赦なく南に向けて振り下ろされる。
その瞬間、パッと顔を上げた南が跳ねた。
「は……」
ナイフを逆手に持ち、頭部の装甲へ突き刺す。
困惑し、判断が遅れているオータムは、PICの操作もままならない。
「っ!」
絶対防御が機能していないのか、装甲を破った刃は、オータムの目に到達した。
「ぎゃああああ!」
雄たけびにも近い悲鳴を上げたオータムは、痛みに身体を激しく揺らし、掴みかかっている南を弾き飛ばす。
南もまた、ダメージが重く、上手く踏ん張ることが出来なかった。
地面に叩きつけられ、苦し気に咳き込む。
「が、ぐ……私の、目が……あぎっ……」
「はぁ……はぁ……束博士に伝えろ。俺は、模して造られたISとは違う。本物の『蜘蛛』だ」
立ち上がりながら、倒れ込むオータムを見下ろした。
流血しながらも、片目を南に向けるオータムには、ハッキリと見えた気がした。
南の背後に、巨大な蜘蛛が佇んでいるのが……。
「四億年を生き抜き、進化し続ける蜘蛛に、ちょっと機械に強いアンタが作った紛い物じゃ、同じ土俵には立てない」
――—網を張る蜘蛛を捕食する蜘蛛が、存在する。
『センショウグモ』
他種に勝つという意味で「戦勝」と名付けられ、英名を和訳すると「海賊蜘蛛」になる、蜘蛛を食う蜘蛛である。
自らは網を張らず、多種の蜘蛛が張った網に侵入。
網の糸を弾いて振動させ、主が接近したところを捕らえる。
この誘引には二つの説があり、獲物がかかったと誤認させるものと、糸の振動により意思疎通を行う種を誘うものである。
どちらの説でもないと唱えるものもあるが、いずれにせよ網を「揺らす」、振動を用いた擬態で同種を狩る、生粋のハンターなのである。
「ぐっ……う……」
オータムは、踵を返して歩き出した。
よろめき、幾度となく倒れながらも、這うようにして南の元を去る。
遠ざかる姿が見えなくなると、南は膝をついた。
「また、追えなかった……」
悔しさ滲むその表情で、床を殴る。
南が元の場所……つまり、オペレーションルームへ戻ってくると、そこには千冬が立っていた。
脇には、見覚えのない女性が横たわっている。
「すみません、逃げられました」
近くにあった椅子に座り込みながら、南は言った。
足を放り出し、天井を見上げる。
肘をかけていたデスクに、カップが置かれた。
「ご苦労だった」
ポンポンと頭を撫でる千冬。
抵抗することもなく、南はカップに手を伸ばす。
「神代」
「はい」
「……お前は頼れる男だ」
ぷいっと視線を逸らす千冬の顔色は伺えず、また、そのつもりもない南は静かにカップを傾けた。
「次は捕らえます」
「いや、もう一つ頼みたいことがあるのだが、捕らえなくていい」
千冬が静かに用件を伝えると、南はゆっくり立ち上がった。
カップの中のコーヒーをまた一口啜る。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、任せた」
「あと、コーヒー美味いですね。きっと豆からこだわった一流の……」
「インスタントだ」
南が黙る。
同時に部屋を出た二人。
千冬は、アクセスルームの方へと足を向けた。
「何か聞きたいことはないか? 言う事、とか」
千冬が髪をサラリと流しながら言った。
ボディスーツ姿のままの千冬の髪は、今もポニーテールに結われたままだ。
「はい、別に」
南は即答すると、さっと振り返った。
その背中に、千冬の張り手が飛ぶ。
「痛いっ、何でだ」
「やはりお前はやるな。何を言っても殴るつもりだったが、何も言わないことで殴らせるとは」
大股で歩き去っていく千冬の背中を見つめながら、南は首を傾げた。
IS学園を対岸に眺める臨海公園前のカフェ。
束の部屋にパンを運び、各国の代表候補生を本国へ呼び戻すよう仕向け、IS学園のシステムをダウンさせ、亡国機業と米軍特殊部隊を寄越した少女―——クロエ・クロニクルは、そのテーブルで一人座っていた。
(任務、失敗……まさか、ワールドパージを妨害されるとは……)
クロエが席を立とうとした時だった。
「あ、カフェに織斑先生のコーヒーを持って来てしまった……怒られないかな」
冷静沈着を信条にするクロエの表情が、ピクリと動いた。
目を閉じたままだったが、その正体は声だけで分かる。
「神代……南……」
「さっきオータムに格好つけて言ったが、お前に頼めば早いのか。アイツのISを弄ったであろう、束博士への伝言は」
(殺す……束さまの機嫌も、これで少しは……)
「今日はもう疲れてるんだ。また今度にしてくれ」
そう言って南は、拳銃をテーブルに置いた。
発砲する気はないのか、本当にテーブルに置いただけであった。
そうやって提示する武器に、どこまでの抑止力があるのか、クロエには分からない。
「とりあえず、織斑千冬からの伝言は、『余計なことをするな』だ」
閉じていたクロエの両目が、開く。
本来の白目が黒く、本来の黒目が金の眼差しだったが、南は驚かない。
同時に南の周りは、上下左右のない、真っ白な空間に染まる。
「おお、なんだこれ」
呟く南の首筋へ、ナイフが飛んでくる。
ナイフでそれを弾くと、辺りを見渡した。
しかし、あるのは「白」だけである。
「織斑先生、なんて言ってたか……大気成分を変質させて幻影を見せる、だったか? 生体同期型、とも言ってたような……ちょっと機械に強い、は訂正しよう」
南はそう言うと、視線を変え、ある一点を見つめる。
そして、ナイフを向けた。
「無駄だぞ。俺に、幻影なんてのは通用しない……頼れる男には、頼れる物があるんだ」
―――蜘蛛は、糸を決して手放さない。
糸を用いずに生活しているように見える種でさえ、それは例外ではない。
全ての蜘蛛は、「しおり糸」と呼ばれる糸を引いて歩き、時に命綱として、時に目印として機能する。
これがある限り、蜘蛛が自らの「道」を迷うことはない。
クロエは、歯ぎしりをすると能力を解除した。
南がナイフを向けていたのは、ちょうどクロエの喉元であり、数センチの隙間しかない。
「じゃあ、伝えておいてくれ」
それだけ言うと、南はゆっくりとカフェを後にした。
姿が見えなくなると、クロエは息をつく。
「ごめんごめんごめん」
数秒もしないうちに、南が帰ってきた。
テーブルの上の銃と、学園から持って来てしまったカップに手を伸ばす。
「忘れ物した」
クロエは、呆気にとられた表情のまま、しばらく南の去る方向を見つめる。
「また襲われたぁ!?」
鈴が叫んだのは、それから二日後の食堂でだった。
全ての専用機持ちが再び帰還したのは同じ日であり、事の顛末も、箒とシャル、簪の口から伝えられた。
「南さん、お怪我はなくて?」
「南、無事ですか? 痛む箇所があれば、そこに効くヨガのポーズを……」
セシリアとヴィシュヌが南に詰め寄るが、当の本人はプリンを食べながら頷いている。
「大丈夫だ。悔いが残ることもあったが、もう切り替えた」
「切り替えっていうか、単に気にしてないこともあるからな、南の場合」
ははは、と笑う一夏が魚の切り身を口に運ぶ。
ムッとした南は、スプーンを向けた。
「鈴に頼んで、中国語でも習得したらどうだ?」
「なんで?」
「不快にできる相手が、十億人も増える」
吐き捨てるように言う南に、箒が苦笑する。
そんな箒の対面に座っていた楯無が、扇子を開いた。
そこには、「感謝」の文字が。
「南くん、おねーさんの留守中、ちゃんと学園を守ってくれたのね。ありがと……もちろん、箒ちゃんとシャルロットちゃん、そして我が自慢の妹、簪ちゃんも!」
楯無は、簪に頬ずりした。
鬱陶しそうな表情をする簪だったが、嫌がる素振りはない。
「おねーさんが、特別なご褒美、あげちゃおうかな~」
妖艶な笑みを浮かべながら、楯無は舌なめずりをして南を見た。
プリンを食べ終えた南は、片手でやんわりと断る仕草をする。
「結構だ。厳しい戦いだったが、目の保養は出来たぞ」
「どういうことだ?」
箒が訊く。
「織斑先生のポニーテール姿が拝めた。あれは、貴重で新鮮だったな」
「あ、僕も見たよ。織斑先生の髪って本当に綺麗だよね」
頷くシャルに頷き返すと、南は人差し指を立てた。
「それに、凄いISも見られた。その操縦者の女の子も、綺麗な髪をしていたんだ。ちょうど、ラウラみたいな髪だった」
ラウラの髪を撫でるようにしながら言う。
するとラウラは、持っていたフォークを置いた。
「ただ、もう少しラウラのような愛嬌があればな……無表情だったから」
「アンタはその、ラウラみたいだった奴がタイプなわけ?」
鈴のジト目が刺さる。
「そういうのじゃない」
「愛嬌がなくて無表情だなんて、怖いだけ」
「モナリザが爆笑しても仕方ないだろ」
簪も、鈴と同じような視線を向けたが、南は怯まない。
セシリアとシャルがため息をつくのが見えた。
「新型のISを使う敵はモナリザか」
一夏の声に、緊張感はない。
そんなわけないだろ、と一夏を睨んだ南は、隣のラウラに視線をやった。
冷たい目をした彼女は、見るからに不機嫌だ。
「どうしたんだ」
「浮気は許さんと言ったはずだぞ、南」
「リストが来なかったから……」
言い訳をするような口調の南に、ラウラの目潰しが飛ぶ。
山田先生の電脳世界編は……考え中です。やるかどうか