IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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ワールド・パージ編です。


78.戦いの裏側

「ここは……どこでしょう?」

 

システムの再起動を目的とした電脳ダイブ。

 

それに成功した真耶が目覚めたのは、見渡す限りが緑で染まる草原だった。

 

季節外れの暖かな陽が差し、優しく吹く風が心地いい。

 

『山田先生、更識です。状況は?』

 

突然、真耶の目の前にウィンドウが現れ、簪と箒、シャルの姿が映った。

 

心配そうな表情を浮かべる三人に、とりあえず苦笑してみる。

 

「恐らく、電脳ダイブそのものには成功しました。ただ……」

 

『ただ……?』

 

シャルが訊ねる。

 

「どちらに向かえばいいか分かりません」

 

困った顔で笑う真耶の言葉に、簪が素早くキーボードを叩いた。

 

その間にも、緑は風で揺れる。

 

『これは……山田先生、この電脳世界は、現在ハッキングを受けています。まずは、それを解決しない事には……』

 

「分かりました」

 

『少し離れた場所に、大きな樹が見せませんか?』

 

その言葉に、真耶が首を動かす。

 

すると、簪の言う通り、大きく立派な樹木が聳えているのが見えた。

 

「あれですね」

 

真耶は呟くと、そちらの方に歩いて行く。

 

草原ということもあり、足元には草々が生い茂っているのだが、不思議なことに歩きにくさは感じなかった。

 

やがて、樹木の前にたどり着くと、そこに大きな穴が開いているのが見えた。

 

「更識さん、着きましたよ」

 

『穴があると思います。その先から通信が途絶えますが、問題の解決には、その穴に入ってもらう必要があります』

 

「了解しました」

 

代表候補生時代に味わった、未知への興奮が、真耶を沸き立たせた。

 

眼鏡を両手で持ち上げ、いつものような柔和な笑みではなく、口の端だけを持ち上げる、どこか荒々しい表情になる。

 

「さぁ、行きますよっ」

 

ためらいもなく、穴に片足を突っ込む。

 

足場を感じなかったが、真耶はためらうこともなく身体を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ?」

 

大きな樹木に身体を入れると、激しい光に包まれた。

 

眩しさに目を閉じ、再び目を開くと、そこは見覚えのある場所だった。

 

「IS学園?」

 

手には教科書、いつもと同じ眼鏡。

 

廊下に立ち尽くす真耶の前を走り抜ける生徒。

 

反射的に「廊下を走ってはいけません!」と注意しそうになるが、口を開くことはなかった。

 

どこか違和感がある。

 

それは、首筋が無意識に感じていた物が無くなっていたからだった。

 

恐る恐る手を、首の後ろに回す。

 

手に触れたのは髪の毛先ではなかった。

 

「ええっ……髪が、伸びてる……」

 

背中に届くほどの髪が、真耶の驚きと同時に揺れた。

 

持っていた教科書に視線を落とす。

 

それは、教員用ではなく、少し端が折れたような、お世辞にも綺麗と言えない教科書だった。

 

そして、視界に腕を入れたことで、新たな情報が飛び込んできた。

 

「せ、制服っ!?」

 

慌てて横を向くと、窓ガラスに反射している自分がいる。

 

その恰好は、紛れもなく学生時代の真耶だった。

 

「こ、これは、罠ですね」

 

困惑はするものの、慌てはしない。

 

辺りを見渡しながら、一歩前に踏み出した。

 

とりあえずは、行動しなければならない。

 

具体的に何をすればいいのかは分からないが、立ち止まっているわけにもいかなかった。

 

「今は……何年生なんでしょうか……」

 

教室に向かおうにも、何年の何組に向かえばいいのか分からない。

 

胸元のリボンは黄色だった。

 

つまり、二年生。自分は、二年四組だったことを思い出し、階段を上る。

 

「あ、真耶」

 

小さな踊り場で、上方から声をかけられた。

 

見上げると、勢いよく階段を駆け下りてくる影がある。

 

「ほら、急がないと授業始まっちまうぞ」

 

「お、織斑くん!?」

 

「織斑くん?」

 

馴れ馴れしく真耶に話しかける一夏は、驚く彼女の手を掴むと、首を傾げた。

 

「一年の時はそう呼んでたけど、何でまた苗字で呼ぶんだ?」

 

「え、そ、それは……」

 

「って、急がないと授業始まるんだって! 真耶はドジな所があるからなぁ。探しに来て正解だったよ」

 

友人のように微笑みかける一夏に、真耶は顔を赤くしながら俯いた。

 

引っ張られるように階段を上りながら、状況を整理するべく頭を回転させる。

 

(ど、どういうことでしょう……私はIS学園の生徒に戻ってて、なのに織斑くんがいて、どうやら同級生で……)

 

冷静を努めていた真耶の頭が、ついに混乱し始めた。

 

今は、もつれる足を動かすのに必死だ。

 

『ワールド・パージ……開始』

 

ふと、そんな声が聞こえてきた気がした。

 

振り返っても、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に着くと、かつての同級生が揃っていた。

 

それもそのはず、自分は何らかの罠により、過去に、思い出に飛ばされたのだから。

 

「あ、真耶ズルい! 織斑くんに手繋いでもらってる!」

 

「ホントだ! 抜け駆けだ~!」

 

一組の副担任を受け持った春によく聞いたフレーズ。

 

それを、まさか自分に向けて発せられるとは思わず、真耶はどう言葉を返すものか悩んだ。

 

「じゃあ、真耶。また後で」

 

一夏は優しく笑うと、一番前の席についた。

 

当初を思い出し、自分が座っていたであろう席の方へ歩く。

 

(どうすれば、この状況から抜け出せるのでしょうか……)

 

机の横にかけられた鞄はまさに当時、自分が使っていた物で、ペンケースなどの持ち物もそのままだった。

 

自然と難しい顔になり、眉に皺が寄る。

 

口元に手を当て、この後の事を考えている時だった。

 

「何を悩んでいるのかは分からんが、そう落ち込むな。人生は捨てたものじゃないぞ」

 

肩にポンッと手が置かれた。

 

身体を震わせながら見上げると、そこには南が立っている。

 

「神代くん……」

 

「拾えたものでもないがな……ん? 神代くん?」

 

代表候補生の皆に言っている、よく分からないことを言った南は、一夏と同じように首を傾げた。

 

「どうした、南くんはやめたのか?」

 

「あ、い、いえ、その……」

 

「余裕ある者はない者を補う。昔の人は、そうやって風通しよく生きてたんだ」

 

「はい?」

 

「何でも相談してくれってことだ」

 

南が胸を張る意味が分からず、混乱していた頭が更に複雑になる。

 

それと同時に、先輩の……そして、当時の国語教員が教室に入ってきた。

 

穏やかで怒ることのない教員であるのを良いことに、真耶は授業時間を全て費やして、事態の整理を行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……だいぶ、呑み込めてきましたね」

 

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、真耶は息を吐いた。

 

頭の中は十分に落ち着いたが、この罠を切り抜ける方法はまだ分からない。

 

このIS学園のシステムを触ることも考えたが、これはあくまで仮想現実。

 

それでは問題は解決しない。

 

「何か……何かあるはず……」

 

再び考え込む真耶。

 

悩む真耶の顔を、南が覗き込んだ。

 

「真耶、飯行こうぜ」

 

距離が近い。

 

数センチ先にある顔に、真耶は顔を赤くして飛び退いた。

 

「ひゃっ!?」

 

「ほら、飯。今日の定食は、真耶の好きな、魚のツミレだったぞ」

 

南はそう言うと、彼女の手を掴んだ。

 

引っ張って立たせると、背中を撫でる。

 

「あ、あの、神代くん……私は……」

 

「おい、南。真耶とどこ行くんだよ」

 

「……ちょっと、職員室に」

 

「嘘つくなよっ。飯なら俺も行くぜ」

 

「今日から食堂は、最大二人組でしか入ってはいけないらしい」

 

「もう嘘とか冗談のレベルを超えてないか?」

 

一夏が怪訝な表情を浮かべると、そのまま真耶の肩を抱いた。

 

「え?」

 

「ほら、行こう」

 

「ちょっと待て。その手を離さない限り、お前をここから一歩も前には進ませない。俺の糸の餌食になる前に離れた方がいいぞ」

 

そんな南の低い声を皮切りに、二人は喧嘩を始めた。

 

間に挟まれる形の真耶は、オロオロしながら二人を交互に見る。

 

(わ、私を巡って……お二人が……はぁぁ……これは、良いものですねぇ……)

 

おっとりした表情になる真耶。

 

だが、すぐに微かな頭痛が襲った。

 

駆け抜けるような一筋の痛み。

 

その視線の先には、弁当を食べながら携帯デバイスを三人で見る、クラスメイトの姿があった。

 

三人が肩を寄せ合って見ている映像に、ハッとする。

 

静かにその机の方に向かい、デバイスを掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと真耶」

 

「もう、私達が見てるんだからー。アンタは、織斑くんと神代くんの三人で食堂行きなよー」

 

「まぁまぁ、仕方ないんじゃない? 山田さんの憧れだからね―――」

 

―――織斑千冬は。

 

デバイスに映っているのは、第一回のモンド・グロッソ、その決勝戦の映像だった。

 

刀一本で戦う千冬は、対戦相手が同じ近接格闘型のISであるにも関わらず、圧倒的な力の差を見せつけていた。

 

(そうだ……あの頃の私は、織斑千冬さんに憧れて……)

 

食い入るように画面を見つめる。

 

(だから、私は……あの人の後を追って……)

 

後ろをそっと振り返った。

 

涼しい顔で適当な事を言う南と、呆れながらも必死な表情の一夏。

 

二人の口論の内容はもう入ってこなかった。

 

(こんな……私を取り合う彼らなんて……)

 

知らない……そう続けようとして、首を振った。

 

この電脳世界に来て、ずっと困惑した表情だった真耶が、静かに笑った。

 

(私にとって、あの二人は……そして、私は……)

 

「いい加減に、しなさいっ!」

 

真耶は、持っていたデバイスで南と一夏の頭を殴りつけた。

 

叱るような口調ではあったが、その力は明らかに強すぎる。

 

「な、なにすんだよ、真耶」

 

「その機械の正しい使い方はな、人を殴るんじゃないんだ」

 

頭を抱えながら言う二人に向け、真耶はデバイスを放った。

 

画面の中の千冬は、表彰台で笑顔を浮かべ、手を振っている。

 

「生徒が、私を下の名前で……それも呼び捨てとはなんですか!」

 

「え?」

 

「何を、言ってるんだ?」

 

ゆらりと立ち上がる二人。

 

首を不自然に曲げながら、一歩ずつ真耶の方へと歩み寄ってくる。

 

目の光沢は消え、壊れたロボットのような動きだった。

 

「俺達、同級生じゃないか……同じ代表候補で、一緒に頑張ってるだろ?」

 

「そうだぞ。生徒って、なんだ?」

 

真耶は、制服の上着を勢いよく剥いだ。

 

いつもの黄色のワンピースが舞う。

 

脱ぎ捨てられた制服で視界を奪われた二人を、真耶は蹴り飛ばした。

 

「あなたたちは、私の生徒です。何せ私は―――」

 

真耶はそう言うと、腕を身体の前で合わせるように組んで笑う。

 

「先生ですからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(システムの中枢は……)

 

少女は、目的地を探して電脳世界を漂っていた。

 

上下左右のない世界を、自身のISが持つ能力で進んでいく。

 

辺りを見渡していると、身体が揺れた。

 

「!?」

 

「ふふ、見つけましたよ。あなたが元凶ですね」

 

少女の目の前に現れたのは、真耶だった。

 

何もない空間が歪み、その中から現れた真耶は、好戦的な笑みを浮かべている。

 

「ワールド・パージが……破られた」

 

「さぁ、私を倒して、その先にある目的地を目指しますか? それとも、このまま引き返しますか? 言っておきますけど私は……」

 

そこで真耶は、胸を張る。

 

「元日本代表候補生で、IS学園の教員ですからね。簡単には負けませんよ」

 

しばらく対峙する真耶と少女。

 

やがて少女は静かに息を吐き、陰に沈む。

 

「此度はこれにて退場いたします。ですが、私の主はこのままでは終わりません」

 

少女の声は、姿が消えた後も続いた。

 

しかし、そんな声も聞こえなくなると、真耶は安堵の息を吐く。

 

先にある氷漬けの少女像を見上げた。

 

「やりましたよ、織斑先生」

 

そう呟くと、意識は自然と遠くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の休み時間。

 

真耶が段ボールを運んでいると、それが不意に軽くなった。

 

大きな箱で前が見えなかった為、その正体はすぐには分からない。

 

「俺が持ちますよ、山田先生」

 

聞こえてきたのは一夏の声だった。

 

顔を覗かせてみると、その隣には紙パックのジュースを飲んでいる南もいる。

 

「やったな、一夏。成績を上げてもらえるかもしれないぞ。出席番号、三十番です」

 

「それはお前のだろ! 俺は、八番だ!」

 

真耶は、そんなやり取りに目を細める。

 

すると、廊下の角から四つの影が出てきた。

 

「南、私の紅椿がようやく完治したんだ。特訓に付き合ってくれ!」

 

「駄目だよ、箒。今日は、僕が南と料理するんだから」

 

「違う。私とアニメ鑑賞」

 

「いっくんいっくん! 今日のでざーとはね~、くりーむたっぷりイチゴソース仕立てのでらっくすメロンあらもーどケーキだったよ~。食堂へ、れっつごー!」

 

一気に騒がしくなる二人の周り。

 

それを見て、少しだけ勿体ないことをしたような気がした真耶。

 

(でもこれが……こんな皆さんを支えるのが、私の役目ですね)

 

「ふふっ……では今日のお昼は、先生が奢ってあげましょう!」

 

南達、六人が歓声を上げる。

 

 

 

 

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