「くっ……あー……教室はまだか」
「お、重い……」
南と一夏は、身体測定に使う器具を運びながら歯を食いしばっていた。
ファイルを抱える千冬を先頭に、二人は汗を流しながらその後を追う。
「これくらいで情けない奴らだ。トレーニングの量を増やすか?」
苦しそうな二人の顔を見て、千冬がため息交じりに言った。
一夏は、歪めていた表情を恐怖に染めて、首を振る。
対する南は、千冬に負けじとため息をついた。
「織斑先生なら、これくらい難なく運べるでしょうが、生憎、俺は力仕事が担当ではない」
「何を言ってる。男なのだからこれくらいの事は笑顔でこなせ。ちなみにお前は、筋肉担当だぞ」
「肉離れ担当になりそうだ」
南の皮肉を鼻で笑った千冬は、歩くペースを落とすことはなかった。
やがてたどり着いた、使われていない空き教室は、簡単な診察室風に改造されていた。
この日の為の措置であることは、容易に想像がつく。
「よし、織斑はそこに……神代はそっちに置け」
二人はそそくさと移動して、器具を設置する。
息をつき、汗を拭うと、千冬が持っていたファイルを手渡した。
「それでは、生徒を呼んでくる。今のうちにどちらを担当するか決めておけ」
一夏が、ファイルを受け取りながら首を傾げた。
隣の南も、しゃがみ込んだまま視線を上げる。
「どちらを担当って……あの……俺達、器具を運ぶ以外にも何かするんですか?」
「当たり前だろう。測定係と記録係だ」
「え!?」
一夏が目を丸くする。
「身長や体重は、お前達が運んだ物で測り、山田先生が記録する。お前達には、体位測定係を担当してもらう」
千冬は、開いた口が塞がらない一夏と、ガックリと肩を落とす南を見て、同情の笑みを浮かべた。
「はぁ……一夏、この状況を三文字で表すと、どうなるか分かるか?」
南は、立ち上がりながら訊いた。
隣の一夏が、困惑しつつも答えを探す。
「三文字? 『まずい』とか?」
「『やばい』だ」
違いが分からず、訝し気な表情をする織斑姉弟を尻目に、南は髪を触る。
数分後、続々と教室に入ってくる一組の生徒達は、落胆する男二人を見て歓声を上げた。
「あー、織斑くんと神代くん!」
「ほ、本当に二人に測定されるの!?」
「わ、私は織斑くんがいいなぁ……」
「じゃあ、ウチは神代くんで!」
盛り上がる彼女達を見て、一夏が頭を抱えた。
「おいおい、何考えてるんだよ、この学園はっ」
千冬に手渡されたファイルを開くと、出席番号順に名前が並んでおり、丁寧に三つのスペースがある。
B・W・Hと欄分けされているのを見て、一夏の顔は一層赤くなった。
己の理性と、清く正しい健全な自分を貫くには、せめて記録係になるしかない……そう判断した一夏は、隣に目をやる。
「なぁ、南。俺、記録―――あれ?」
しかし、視線の先に南はいなかった。
真耶が、下着姿になるよう指示したのが聞こえてきて、慌ててカーテンで仕切られた測定場所へと避難する。
そこには、目を閉じ、メジャーを両手に構える南の姿があった。
「み、南……?」
「こんな、糸にも見える白い帯を渡されて……俺が黙ってるとでも思ったのか?」
「いや、それ糸じゃなくてメジャー……」
「この形状の武器の扱いは任せろ。俺が完璧にこなしてやる」
「だから、武器じゃなくて……まぁ、いいや。じゃあ、俺、記録係するから」
本当によく分からない男で良かったと、心から思った一夏は、少し離れた椅子に腰かけてペンを持つ。
「よし、誰からだ」
「はいはーい、出席番号一番、相川清香、行きまーす」
勢いよくカーテンを捲った清香は、南の前に置かれた椅子の方へと歩いてくる。
メジャーを指に巻きつけたりして弄んでいた南は、気合を入れるように息を吐いた。
「へへーん、こういう時、苗字が相川で良かったと思うよ……ひゃあっ!? か、神代くん!?」
得意げに笑っていた清香の表情が、真っ赤に変わった。
自分の胸元を見下ろし、続いてそこに顔を近付ける南を見る。
「……どうやって測るんだ?」
一夏が椅子から転げ落ちた。
「知らないのかよ!」
「自己紹介の時に言わなかったか?」
眉を上げた南の手を、清香がそっと掴む。
「え、えっと……まず……」
「おお、そういうことか……これは……あまり健全ではないな……」
「気付くのが遅すぎるだろ……本当に鈍いな、南は」
胸元に南の手があり、それを自らが持ち上げている状況の清香は、恐ろしいほどに顔を赤くしていた。
どこか安心するように肩をすくめた一夏を、南が睨んだ。
「あのな、分かってることをわざわざ言わなくていいんだよ。木々は緑とか、飛行機は大きいとか、俺は鈍いとか」
鈍いことは否定しないのか、と一夏が目を丸くした。
それから、かなりの時間をかけてようやく一人目を終えた南は、大きく息を吐いた。
「次」
その言葉には、既に疲労が感じられる。
「し、失礼しますわ」
ようやく慣れてきた頃合いで顔を見せたのは、セシリアだった。
顔を赤くし、俯き加減でカーテンを捲る彼女は、その長く綺麗な金髪を揺らす。
「次はセシリアか。そこに座ってくれ」
南は椅子に手を向けながら、メジャーを伸ばす。
ゆっくりと足を前に出すセシリアは、小動物のようで可愛らしい。
「お、お願いいたします……」
「じゃあ、両手を挙げてくれるか」
頷いたセシリアが、すっと手を挙げると、自然と二つの膨らみが強調された。
なるべく見ないようにと、首を曲げながら手を伸ばす。
「んっ」
メジャーが触れると、セシリアは色っぽい声を出した。
甘い吐息が髪に触れて、南の頬を若干赤くなる。
一夏は、音の出ない口笛でそっぽを向いていた。
「よ、よし……次は、ウエストだな」
手を降ろしたセシリアが、腹に力を入れる。
息も止めているようで、頬がわずかに膨らんでいた。
「セシリア」
腹を引っ込められると、正しい数値が計測できない。
南は困った顔でセシリアを見た。
「な、なんです……の」
息を止め、苦し気な声を出したセシリアは、必死の形相だった。
肩をすくめた南は、そのわき腹を突く。
「ひゃんっ!?」
踏ん張っていた力が抜けた。
姿勢が楽になった隙をついて、メジャーを巻き付ける。
「み、南さん!」
しかし、素早く南の手を掴んだセシリアは、顔を赤くしながら抗議した。
「何をしますの!?」
「何って、ウエストをだな……」
「先程のまま測ってください!」
「いや、嘘の数字になるだろ」
「嘘とはなんですの!? れっきとした、わたくしのウエストですわ!」
胸元に手をやり、自慢げに立ち上がったセシリアは、誇らしげに笑った。
くびれた腰元をくねらせ、腹に力を入れている。
「家は中に住むために建てるんであって、外から見るもんじゃない」
「どういうことですの?」
「外見ばかリ気にするなってことだ」
「あまり例えになっていないような……」
首を傾げるセシリアに、改めてメジャーを巻き付けた南。
その手が、僅かに彼女のわき腹を掠った。
「んっ、南さん、くすぐったいですわ」
「少し当たっただけじゃないか」
「それでもっ……むー、仕返しですわ!」
「いや、何で俺のわき腹を、ちょっ、やめ、おい……」
一夏を忘れてはしゃぐ二人。
すると、仕切りのカーテンが八つ裂きになった。
刀を構える箒と、ナイフを握るラウラの姿が見え、すぐ後ろでは、笑顔のシャルがいた。
その目は、笑っていない。
「貴様ら……」
「覚悟は出来ているな?」
「ふふ、南が倒れるまでに何発、銃弾を撃ち込めるかやってみるね」
顔を赤くして息を切らすセシリアは、自分の身体を抱えた。
対して、真っ青な顔色になった南は、頬を掻きながら呟く。
「すごくやばい」
「六文字だな」
一夏が嬉しそうに言った。
体位測定を終えると、一年の専用機持ちだけが、別室に集められた。
単純なフィジカルチェックだけで済まされる一般生徒は翌日に回され、専用機とのパーソナルデータを照会する必要のある彼らは、そのままの足で検査室へと向かっていたのだ。
「すみません、散らかってて……すぐに片付けますね」
真耶が苦笑いしながら、散らばった資料をかき集めている。
それを手伝う簪を尻目に、鈴が伸びをした。
「検査検査でかったるいわね~」
「仕方ありません。専用機を持つものとして、このくらいは我慢しなければ」
ヴィシュヌが、嗜めるように言う。
数分後、真耶が手を軽く叩いた。
「お待たせしました。どなたからにしますか?」
そう訊ねられ、南達は顔を見合わせた。
順番など、大した問題ではないのだが、しばらく全員が様子を伺う。
「私から行こう」
手を挙げたのは箒だった。
しっかりとした足取りで、スキャンフィールドに向かう。
「では、楽にしててくださいね~」
真耶はそう言うと、キーボードを弾いた。
すると、箒の足元からリング状のスキャナーが垂直に浮き上がり、ゆっくりと箒の全身に、緑色のレーザーを当てていく。
二分後、スキャナーが降りると、箒が息を吐いた。
真耶が、お疲れさまでしたと言うと、ゆっくりと南達が待機している場所まで戻ってくる。
「えっ!?」
次に誰が行くかを探っていると、真耶が目を見開いた。
九人の視線が、一斉に向く。
「し、篠ノ之さん……入学時のIS適性は……」
「確か、【C】だったはずです」
「で、ですよね……」
真耶の困惑した声の原因を見るべく、全員で彼女の方へ移動した。
「ほう」
「なっ……」
南の感心した声の後、ヴィシュヌが声を漏らした。
「適性が【S】になってる……」
そう呟く一夏の先には、ディスプレイに表示されているフィジカルデータがあった。
「やったな、箒。最強の【S】だ」
呑気に笑う南だったが、簪は首を振った。
「あり得ない。入学時からの短期間で適性値がここまで上がるなんて……」
「【S】って言ったら、『ブリュンヒルデ』……つまり、織斑先生と同じレベルってことになるよ」
シャルが顎に手をやった。
難しい表情でディスプレイを見つめている。
「理由は一つですわね」
「姉さんか……」
セシリアが指を立てると、箒が頷いた。
「紅椿も、あの人から直接貰ったもんだしね」
「間違いなく鍵を握っているでしょう」
鈴の後に、ヴィシュヌが続いた。
考え込む彼女達から、一歩退いて、南は体重をデスクに預けた。
「そんなに深刻になることか?」
一夏に目を向けるが、答えは返ってこない。
また視線を動かすと、そこには、少し離れた位置で、別のディスプレイを見つめるラウラの姿があった。
「あー、それか。俺がこの前相手した人のISだな」
背後から近づき、両肩に手を置いた南は、ラウラ越しにディスプレイを見た。
そこには、先日、学園のシステムをダウンさせた、クロエのISに関する簡単な情報が表示されていた。
ほとんどが、南の証言によるものである。
「気になるのか?」
「……いや」
ラウラは頭を振ると、静かにディスプレイから離れた。
再開されたメディカルチェックは、滞りなく進んだ。
セシリアや鈴、シャルの適性は変わらず【A】であり、変化がないのは一夏や、簪、ヴィシュヌも同じだった。
「次は俺だな」
ジャンプするようにフィールドに立つと、南は腕を組む。
「では、少しの間、そのままでお願いします」
真耶がそう言ってから数分。
スキャナーが降りると、南は軽やかに降り立った。
「さぁ、俺の適性は?」
手を揉み合わせながら真耶の元に行くと、検査結果が表示される。
「そんな……」
真耶の絶句する声に、再び専用機持ちが揃った。
簪やシャルの表情が、再び険しくなる。
「まさか……【K】なんて……」
「神代の【K】か?」
南の笑いかけると、鈴が首を振った。
「アンタ、知らないの? 適性【K】ってのは、男の人全員がそうなの。ここにいる一夏を除いてね」
「え?」
流石の南からも、素っ頓狂な声が出た。
セシリアが一歩前に出る。
「南さんも、一夏さんと同じ【B】……そうでなくとも、【C】だと思っていましたが……」
「他の男の人と……一緒……」
簪が言った。
「俺も、束博士から直接貰ったISだからな……何か細工がしてあるんだろ」
あくび交じりに言う南に、緊張感はなかった。
目元を擦りながら、ラウラの肩に手を置く。
「ほら、最後だぞ」
「神代くん。一応、ISを預かってもいいですか? 少しだけどういう状態か、診せてください」
少しの間考え込んだ南だったが、いつにない真剣な表情の真耶に、大人しく待機状態のISを手渡した。
その間にも、ラウラはスキャナーのレーザーを浴びている。
全員の視線が、ラウラから離れた一瞬、その目が大きく開いた。
眼帯で覆った左目に触れる。
検査が終わり、そのまま夕食を摂ることにした一行は、食堂へと向かっていた。
しかし、最後尾にいたラウラは、こっそりと抜け出し中庭へと歩く。
すっかり暗くなった空には月が浮かんでおり、どこか不気味な明かりを放っていた。
「ラウラ」
息を少しだけ荒くしていたラウラを呼ぶ声に、そっと振り返る。
そこには、ポケットに手を入れたままの南がいた。
「どうしたんだ。さっきから様子が変だぞ」
「……」
ラウラは何も言わずに夜空を見上げた。
隣に立った南が、同じように首を傾ける。
「南、私は、戻らなければならない」
静かに言ったラウラの声は、微かに震えていた。
「戻る? どこに?」
「覚えているか? 私が、お前に助けられた日のこと」
南の質問に答えず、ラウラは話を続けた。
見上げる恰好をやめ、南はラウラと向き合う。
「ああ、もちろんだ。Vなんとかシステムだろ? あれを開発した会社はもう潰れたし、そのことなら気にするな」
「違う」
ラウラは首を振った。
そして、同じように南と向き合った。
月明りが照らす横顔は、どこまでも整っており、風で揺れる銀髪は、夜でもよく映えた。
ゆっくりとした動作で眼帯を外したラウラは、南を見上げた。
金に染まった左目の先に、何が映っているのか……南には分からない。
「違う? 心配しなくても、あのシステムはもう……」
どこか優しい口調の南を、ラウラは静かに遮った。
「VTシステムを、もう一度起動させる」