「えぇ!? ってことは南も、シャルルが女って知って―――うぐっ!?」
南とシャルルが一夏の口を同時に抑え込んだ。
三人で部品を取りに行く最中のことだった。
シャルルが突然、口を開いたかと思えば「南にもバレちゃった」と苦笑いした。
その結果が先程の反応である。
「大きな声で言うな。誰が聞いてるか分からないんだぞ」
声を小さくして南が囁く。
「す、すまん……」
一夏は何故か小声になって言った。
幸い周りには誰もおらず、『シャルルが女って』の部分が聞かれた様子はない。
「それにしても、フランスの会社は何を考えているんだ」
南は不機嫌を隠すこともなく、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「人を何だと思ってやがる」
「最近のフランスは少しギスギスしてるよ……ISの登場で、法律も大きく変わったしね」
シャルルが寂しそうに俯いた。そして、
「日本もそうでしょう?」
と、南と一夏を交互に見る。
「法律……そうだ……な?」
「うん……まぁ、確かに。その通り」
「目が泳いでる……日本は平和だね」
シャルルはため息をついた。
そして何かを思い出したように顔を上げる。
「法律が変わったと言えば……南米のある国はね、IS操縦者に万が一でも麻薬が行き渡らないように厳しく規制しているんだって。少量持ってるだけで、即実刑……最悪だと死刑になっちゃうらしいよ」
「それは怖いな」
一夏が肩を震わせて言った。
「全くだ」
南に緊張感はない。
「フランスに居た頃ね、ニュースでやってたんだ。なんでも有名なミュージシャンがそれで逮捕されたんだって」
「……それは、誰かの陰謀かもしれないな」
「どういうことだ?」
一夏が聞くと、南が「いいか」と指を立てる。
「そのミュージシャンのことを妬ましく思っていたライバルのような奴が、こっそり薬を忍ばせておいたんだ。少量でも最悪、死刑になるような国なら、一人のミュージシャンを消すことぐらい容易だろ」
「なるほど」
一夏が大げさに頷く。
そこでシャルルが、何かを思い付いたように南の方を見た。
「ねぇ、南」
「なんだ」
「南さ、僕のこんな秘密を知っちゃって、気疲れしたでしょ? その国でゆっくりしてきたらどう?」
「荷物に薬を忍ばせる気だな」
「やっぱり分かる?」
シャルルの冗談か本気か分からない笑みに、南は肩をすくめた。
数日後。
「「「「「「「できたっ!!!」」」」」」」
出来上がったIS「打鉄弐式」の前に並んだ七人は、機体を見上げる。
長く苦しい戦いではあったが、遂に完成を迎えた。
テスト飛行も終え、完璧に仕上がった。
最初は、白式のデータを上手く使い、組み立てるはずが……
『ふむ。日本人たるもの、これくらいは当然だな!』
と、篠ノ之がスペックを変え、
『これがイギリス流ですわ!』
とセシリアが機体カラーを変え、
『この装備もつけなさいよ!中国製よ!』
と、凰が装備を変え、
『こっちの方が動けるんじゃないかな?』
と、シャルルが機体そのものの装甲を変えた。
その結果スペック過多、配色ぐちゃぐちゃ、装備バラバラ、装甲ガタガタの、失敗したプラモデルのようなISになり、泣きそうになった簪に四人が土下座したこともあった。
夜食を買いに行っていた南は、そのことを知らない。
「よく出来たんじゃないか、簪」
南が隣に立つ簪の肩を叩いた。
驚くべきことに、何もしてないように見えた南が最後の一押しをしたことで完成したことにより、いい所を持って行かれた感が否めない他の五人は、納得がいかないような、そうでもないような複雑な心境は隠せない。
簪だけがそう思っていないことが、南にとっては救いであったが、彼が気にしている様子はない。
「あ、あの……!」
ふと、簪が二歩ほど下がって頭を下げた。
「そ、その……あ、ありがとう……わ、私……ひとりじゃ、できなくて……あ、あの……本当に……本当に……ありが……ありがとう……」
コミュニケーションを取るのが苦手な簪が、話すのが苦手で引っ込み思案なそんな彼女が、
そう言って頭を勢いよく下げた。
それを茶化す者は当然おらず、ただ皆優しい笑みを浮かべていた。
この男は例外であったが……。
「俺の素晴らしい活躍と、他の皆のわずかな努力の結果だな」
「はいはい、海が青いのも、サッカーにPKがあるのも、全部アンタのおかげよ」
鈴が呆れた声を出した。
「南は最後、美味しいところを持って行っただけじゃないか……」
一夏も苦笑する。
ISを完成させたその夜。
皆で打ち上げと称して、晩御飯を共にし、
各々の部屋へと帰ったあとのことだった。
「……」
簪は寮の調理室を借りていた。
ガスオーブンの前で座っている簪は、今か今かと抹茶のカップケーキの出来上がりを待っていたのだ。
もちろん自室ではなく、こうして調理室を借りているのは、南には秘密で作っているからである。
(南……た、食べてくれるかな……)
オーブンが、チンッ!と気持ちのいい音を立てる。
「あっ……!」
ぱぁっと表情を明るくしてカップケーキを取り出した。
(う、うん……うまくできた……)
用意していた袋に一つ一つカップケーキを入れてリボンで縛る。
(あとは……食べてもらえば……)
―――嬉しい。
そんな感情だけが今は簪を包んでいた。
(さ、冷めちゃう前に……)
カップケーキをを三つ、両手に抱いて早足で廊下を歩く。
(えへへ……)
自然と笑みがこぼれた。
自覚した。私は彼のことが―――神代 南の事が好きだ……。
いつも冗談ばかり言うけど、その後に、してやったと笑うその表情は可愛くて―――
ヒーロー物のことになると熱くなる私の話を、真剣に聞いてくれて―――
何より、自分のために頭を下げて、一夏を始めとするあのメンバーに頼み込んだことを、シャルルが教えてくれた。
皆を集めるのは大変だったと、いち早く騒ぎ出すはずの南は、「皆の優しさは天井知らずだな」と笑っていた。
こんな気持ち……初めてだ。
(会いたい)
会いたい、会いたい、会いたい。
自分の部屋に戻るだけなのに凄く緊張する。
「……よし」
コンコン
なぜか自分の部屋の扉をノックをする簪。
「あ……」
気づいた時にはもう遅い。
「はい」
扉を開けた南は、少し考えるように黙った後で……
「部屋、間違えてませんか?」
と、首を傾げた。
シャワーを浴び終えて、着替えたタイミングでノックが聞こえたので、扉を開けると立っていたのは簪だった。
「何でノックしたんだ? お前の部屋でもあるだろう」
「そ、それは……あ、あはは……き、気にしないで……」
部屋に入った簪は、恥ずかしいのか顔を赤くして俯いた。
「今日は疲れただろう。ISも完成させたことだし、もう休んだ方がいいぞ」
これだ、と簪は思う。
ついさっき冗談を言った南は、もう優しい言葉をかけてくれる。それが嬉しい。
「ま、待って……!」
思ったより大きな声が出ていた。
「どうした」
南は少し驚きながら、振り返った。
「あ、あの……つくっ……た、から……良かったら、食べて……」
取り出したのは完成したてのカップケーキだった。
「いいのか?」
簪が小さく頷くと、南は嬉しそうに椅子に腰かけた。
その隣に更識も座る。
「あ、でももう寝る、よね……寝る前にこんなの……」
自分の浅はかさを簪は呪った。
夜に、それも就寝前にカップケーキを食べる人がどこにいるのか。
いつもの悪い癖……舞い上がってしまうと、いつもこうだ。
「いただこうじゃないか」
すっかり下を向いて、落ち込んでしまった簪に南は言った。
「今日は俺の好きな豆乳ドーナツが売り切れてたからな、ちょうどいいデザートだ」
「そ、それじゃあ……どうぞ……」
顔を赤くして、両手で渡してきたカップケーキを受け取り「ああ、いただきます」と、一口齧る。
「美味い……一日五個は食えるな」
思わず、自然に呟いていた。
「ほ、本当……!?」
「ああ、本当だ。カレーだけじゃなく、お菓子も作れたのか」
あっという間に食べ終えた南は、口元をぬぐった。
「美味かった。また明日も作ってくれ」
「あ、明日は……材料がないから、無理……かも」
目を伏せた簪の声が萎む。
「それは残念だな……それじゃあ、俺がこのカップケーキのお礼に明日、何か作ろうじゃないか」
南が胸を張った。
「……大丈夫?」
初日のカップヌードルを思い出した簪が目を細める。
「あれより、もう少し手の込んだとかだったら、怒る」
「何を言っているんだ、リクエストを聞いてもいいくらいだぞ。俺はなんだって作れる」
「ISは作れなかったけどね」
簪が小さく笑うが、南は怯まない。
「ヒーローは遅れてやってくるんだ、最後の最後に活躍しただろう?」
「そうだね……でも、完成したのは南のおかげ……本当にありがとう」
丁寧に頭を下げて言った。
「ずっとダメだったから……成功させてくれたのは、間違いなく南」
「成功は、『たまたま失敗しなかった』の別名だ」
何度も礼を言われると照れ臭いのか、南が珍しく謙遜する。
「ふふっ」
そう笑ったところであくびが出た。
恥ずかしさもあって、簪は顔を赤くする。
「ほら、今日はもう寝よう。明日も面倒な授業だ」
南が立ち上がった。
「うん、おやすみ……南」
「ああ、おやすみ。簪」
照れたように笑う簪に、南は変わらない声音で返す。