箒達一行は、食堂のいつものテーブルに座っていた。
すぐに戻ると言って抜けた南と、その前から様子の変わったラウラを心配しながらも、それぞれのメニューを口に運ぶ。
「南さん、大丈夫かしら……」
「ラウラも様子が変だったな」
セシリアが白魚のフライを飲み込むと、対面の箒が頷いた。
食堂に人はまばらで、どこかいつもより静かに感じられる。
「まぁ、心配しなくても大丈夫じゃないか? 南のことだし、また適当なこと言いながら、ラウラと戻って来るって」
努めて明るく言った一夏に、無理矢理納得するように六人は頷いた。
話題を変えようと、鈴がフォークをセシリアに向ける。
「てか、セシリア。アンタ、南と何したのよ」
「はい?」
何のことか分からず、セシリアは首を傾げた。
「体位測定よ! 南に測ってもらったんでしょ!」
「なっ、何故それを……って! 箒さんや、シャルロットさん、ラウラさんもですわ!」
「カーテンの仕切りの中で、何やらいかがわしい声が聞こえてきたが? それに、随分と二人で楽しそうだったではないか」
薄く開いた目でセシリアを睨んだ箒の言葉に、一夏が頬を赤くして俯いた。
簪が、鈴の方に視線をやった。
同時に、少し焦ったセシリアの声がする。
「どうして、そのことを?」
「一組の奴らに聞いたのよ! セシリアが、それはそれはやらしー声を出してたってね!」
鈴が吠えた。
「ど、どういうことですか!」
ヴィシュヌが詰め寄る。
その勢いに、セシリアがとぼけた顔でそっぽを向いた。
「ただ、ちょっとくすぐったりしただけですわ……恋人のように……」
「恋、人……」
「嘘をつかないでください!」
簪とヴィシュヌは、セシリアを責め、鈴はシャルの方に身を寄せた。
「アンタが一組にいながら、どうしてそういうことになんのよ!」
「い、いや、でも……た、たまたま……ね、偶然、そうなっちゃうこともあるだろうし……」
困った顔で言うシャルは、自分も体位測定の際、南の顔を自分の胸に押し当ててしまったことを思い出した。
同時に顔が赤くなるが、怒りながらチャーハンを掬う鈴は気付かない。
「アンタは優しすぎんのよ、シャルロット。思い切ってガツンッとかましなさい」
「で、でも……」
「普段、大人しいアンタがブチ切れたら、結構、効果があるはずよ……そしたら、セシリアもエロいことしなくなるかも」
「ぶ、ブチ切れるなんて……女の子なのに……」
苦笑するシャルを助けるように、箒が口を開いた。
魚の切り身を、器用に箸で掴む。
「鈴、シャルロットには難しいだろう」
その一言で、鈴は鼻息を鳴らした。
片目を閉じて手を合わせたシャルに、箒は黙って頷く。
「もう一度って……どういうことだ?」
月明りに照らされながら、南は静かに訊ねた。
ラウラの金の瞳が放つ輝きには、どこか鈍い気配がある。
「私は、遺伝子強化試験体として生まれた……いわゆる、造られた人間だ」
淡々と話すラウラの声は、あまりに無機質だった。
わざとそうしているようにも見え、南は眉を顰める。
「そして、先日この学園をワールド・パージとかいう能力で襲ったのも、恐らく私と同じ生まれだ」
「どうして分かる」
「この眼」
ラウラが左目を指した。
寂し気に笑いながら、また小さく息を吸った。
「お前が見たのだろう? 同じ眼をしていなかったか?」
「……」
南は何も言わなかった。
首を小さく振ろうと力を入れるが、ラウラにが認めるほど動いたかは分からない。
「VTシステムを使って、どうする?」
「分からん……ただ、私に埋め込まれていたシステムだ。もう一度起動させれば、何かの手掛かりになるかもしれない」
そう言ったラウラは、一度目を伏せ、再び南を見つめた。
「会って、話をしたい。私と同じ試験管ベビーであるそいつと……」
しばらく沈黙が続いた。
風に吹かれ、身体が冷えていくが、二人は動かないままだった。
やがて、南が大げさに息を吐く。
「俺が相手した彼女の裏には、束博士がいる。そう簡単には会えないぞ……それに、VTシステムは、あの事件の後、すぐに廃棄されたじゃないか」
「……」
今度はラウラが黙った。
しかし、すぐに長い銀髪を揺らして、南の胸元を掴んだ。
「それでも! ようやく見つけた、繋がりなんだ……」
南の制服を掴むラウラの手は震えていて、その声も同様だった。
「私には、織斑一夏や箒、簪のような姉がいない……セシリアと鈴、シャルロット、ヴィシュヌのような家族の思い出もない……必要ないと思っていた……」
静かに話を聞いている南の表情は、月が雲に覆われたせいで分からなかった。
次第に弱くなるラウラの手は、それでも南を離さない。
「しかし……さっきのデータを見て、私は何かを確信した。この忌まわしい眼を持つ誰かと……私は……」
―――繋がりを、感じたいのかもしれない
その言葉にも、十分な迷いが含まれていた。
ラウラ自身、どうしたいのかが分からない。
何が正しくて、何が間違っていて、何をしたくて、何をしたくなくて……突如、目に飛び込んできた同じ試験管ベビーの情報に、自分がどうアプローチすべきなのかが、分からない。
南は、決して涙は見せない彼女の頭を、優しく包んだ。
ゆっくりと視線が交わり、同時に、月を覆っていた雲が消える。
月明りに照らされていた南の表情は、ラウラの予想とは違った。
「織斑先生を心酔し、俺と夫婦になるって言い続けるお前は、無意識の内ではあっても、ずっとそう願ってたのかもな」
南は、ラウラの左目の周りをそっと撫でた。
「だが、二つだけいいか?」
「な、なんだ?」
「忌まわしい眼なんて言うな……嬉しくないかもしれんが、綺麗な眼だと思う。それも、お前の立派な一部だ」
両手をラウラの肩に添わせると、南はその視線の高さを合わせた。
少し屈む格好になり、自然と二人の顔は近くなる。
真っすぐに南に見つめられたが、ラウラは照れや、緊張を忘れた。
それ以上に、彼の悲しい表情が目立ったからだ。
「もう一つ。VTシステムは使わせない。あんな危険なものを、もう一度起動するなんて絶対にさせない」
「南……」
「気付いてないかもしれない……そんなものは、温いと笑うかもしれない」
ただ……南は、そう続けた。
「あんなのに頼らなくても、無理に焦って探さなくても……お前には仲間がいるじゃないか」
そう言うと、南は姿勢を戻しながらラウラの髪をくしゃっと撫でた。
ラウラは、自分の中にあった混乱や焦り、迷いがすっと溶けていく感覚を覚えた。
いつの間にか、優しい表情に戻った南が、おどけるように口を開く。
「頼れる嫁もな」
話は終わりだと言わんばかりに、南は歩き出す。
その大きな背中の後を、ラウラは小走りで追いかけた。
(そうか……繋がりは、もう……)
心の中で、専用機持ちの顔を思い起こしたラウラの頬が、自然と緩んだ。
南の背中に追いつくと、その左手を掴む。
「……あの時と、同じだな」
小さく呟いたラウラは、掴んだ手に力を込める。
思い出したのは、件のVTシステムによって暴走した自分を助けてくれた時の、あの手の感触だった。
その時と全く同じ温もりが、今、自分の手の中にある。
「やはり、お前は最高の嫁だ……また、助けられたな……ありがとう」
「あの時の鶴か? 待ってたぞ」
とぼける南は、羽で布を織るのはオススメしない、と言っている。
すっかり食事を終えた専用機持ちのテーブルに、南とラウラが腰かけた。
眼帯を外したままのラウラに全員が気付いたが、口にはしない。
「何かあったのか?」
箒が、心配そうな視線を向けた。
パスタをフォークに巻き付けるラウラが、得意げに笑う。
「何もない。夫婦の絆が本物になっただけだ」
「はっ?」
「ど、どういうことですの!?」
ヴィシュヌが目を丸くし、セシリアが立ち上がった。
特に否定もせず、南は静かに食事を続ける。
「本当に夫婦になったのか? 適性値の【K】は、結婚の【K】ってことか?」
一夏が冗談交じりに言うと、箒と簪が睨みつけた。
肩を縮めて萎縮する一夏は、南に小声で話しかけた。
「俺の冗談、面白くないのかな?」
「ああ」
「まさか……南の影響もあって、結構、ユニークなこと言えると思ってたんだけど……最悪、南よりは」
「撤回する。今のは面白い」
眉を上げた南に、一夏はため息をつく。
ラウラに詰め寄るセシリアを、小さな笑みで躱すその表情は、穏やかだった。
横目でそれを確認すると、南も同じように笑い、ストローの刺さったコーラを口にする。
「大体、その夫婦というのは―――」
「って、ちょっと待ってくれっ」
セシリアの言葉を遮って、南が立ち上がった。
急なことに、全員の視線が南に向く。
「俺はダイエットコーラを注文したのに、これは普通のコーラじゃないかっ。カロリーを計算して頼んだのに!」
南は、コーラを掴んだまま、大股でカウンターの方へと歩いて行った。
残された専用機持ちは、ぽかんとしていたが、ラウラだけが呆れたように笑う。
「あれが、女子のブチ切れよ」
再びシャルに身を寄せた鈴が、南を指さした。
本当は一話に纏めたかったんですけど、すぐに纏まらなくて……すみません。