IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

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81.彼女達にも陽の目を

その日の食堂は、いつもより静かだった。

 

朝食のグラノーラを、バリバリ音を立てて嚙み砕く南の表情はどこか眠たげで、目もほとんど開いていない。

 

いつもは騒がしいその周りにも、今日は鈴と簪、ヴィシュヌしかおらず、のんびりとした時間が流れていた。

 

「あっ、あたし今日、日直だわ」

 

コップを傾けていた鈴は、それをテーブルに置きながら息をついた。

 

トレーに皿を重ねながら立ち上がる。

 

「それじゃあ、南。またね」

 

名残惜しそうな顔を見せながらも、鈴はテーブルを後にした。

 

その背中に手を振った南は、口を動かしながら頭を掻く。

 

「私も、先に行くね」

 

そう続いたのは簪だった。

 

一限目が実習である四組は、早めに教室に行き、準備を済ませる必要があった。

 

二人きりになった南とヴィシュヌ。

 

この状況を活かそうと考えを巡らせるヴィシュヌだったが、自分も特別クラスで演習を受けなければならない事を思い出し、泣く泣く席を立った。

 

「南、遅刻しないようにしてください」

 

優しく笑いかけたヴィシュヌに、南は軽く手を挙げて答えた。

 

ついに一人で朝食を摂ることになった南は、欠伸を漏らしてから、またグラノーラを乗せたスプーンを口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ……これって……」

 

「うん……これは……」

 

「チャンスっ、だよね」

 

一人でボーッと食事を摂る南のテーブルから、少し離れた位置でそう呟くのは、一組のクラスメイト、谷本癒子に鷹月静寐、相川清香だった。

 

いつもは騒がしい彼の周りに、今は誰もいない。

 

転校してきた日から、恐らく初めてのことだった。

 

「よしっ、行くわよ」

 

癒子はそう言うと、胸を張って歩き出した。

 

さながら、決闘をしに向かうガキ大将のような勇み足である。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「あー、私も私も~」

 

その後を、静寐と清香も続いた。

 

三人は、テーブルの傍で並ぶと、慎重に声をかけた。

 

「あ、あのー、神代くん?」

 

「ん?」

 

スプーンを片手に声の方を見上げた南は、クラスメイトの顔ぶれに笑顔を浮かべた。

 

「おう、おはよう」

 

気さくな挨拶に感動した三人は、数秒ほど胸を高鳴らせていたが、すぐに頭を振った。

 

清香が一歩前に出る。

 

「ここ、座っていい?」

 

「別にいいが……皆は、まだ朝飯食ってないのか?」

 

やった、とはしゃぐ癒子は、いち早く南の隣に腰かけた。

 

「ううん、私達はもう食べたんだけどね、神代くんとお話がしたくて」

 

「ああっ、ズルい! アタシが神代くんの隣に座ろうと思ってたのに!」

 

「へへーん、早い者勝ちよっ」

 

「神代くん、朝はあまり食べないんだね」

 

地団駄を踏む清香を尻目に、静寐が笑顔を浮かべた。

 

優しい声音に、南の頬も自然と緩む。

 

「本来、朝は食べない派なんだがな……一夏に付き合わされている内に、少しだが食べるようになってしまったんだ」

 

「なってしまったって、悪いことじゃないのに」

 

「そうそう、織斑くんはたくさん食べてるんだから、負けないようにしないと!」

 

癒子と清香の言葉に、南は苦笑を浮かべる事しか出来なかった。

 

すると、何かを思いついたように、清香が辺りを見渡した。

 

「ねぇ、今日は専用機持ちの皆はどうしたの?」

 

「一夏とのほほんさんは先に教室に行って……」

 

「ああ、そう言えば、仲良く手繋いでたわね」

 

癒子の表情が歪んだ。

 

「箒は剣道部の大会で公欠、セシリアは実家が請け負う仕事の会合、シャルとラウラは任務がどうのって言ってたな……楯無も忙しいようだし、今日は静かだ」

 

「凰さんと更識さん、ギャラクシーさんは先に行ってたし……これは、本当にチャンスだったんだ!」

 

清香がガッツポーズしているのを、不思議そうな表情で見つめる南。

 

そんな南に、静寐が恐ろしいものを見るような目を向ける。

 

「神代くん……生徒会長を呼び捨てで……」

 

「ああ、先輩なんだけどな。初対面で色々あって、もう敬語も抜けた」

 

呑気に笑う南に、影が重なった。

 

その正体に目を向けた三人は、顔を強張らせる。

 

「私に対しても、敬語が抜ける日が楽しみだなぁ?……神代」

 

不敵に笑った千冬は、低い声でそう告げた。

 

手には、トレーが握られており、載っている皿の中身は空である。

 

「安心してください。俺はいつだって準備できてます」

 

「か、神代くん!」

 

清香の焦った声は、南には響かない。

 

癒子は、手を合わせながら何かを祈っていた。

 

「それで? 担任に挨拶もなしか? 谷本、鷹月、相川」

 

「おはよう……ございます」

 

「お、おはようございます。織斑先生」

 

「おはようございますっ!」

 

呼ばれた三人は、慌てて返事をする。

 

その様子に、南はコップを持ち上げながら笑みを浮かべた。

 

「皆、そんなに堅苦しく挨拶をすると、先生も疲れるだろう? おざっす、くらいがちょうどいいんだ」

 

教えを授ける宣教師のような口ぶりに、千冬は冷たい眼差しを向けた。

 

「神代、偉そうなことを言っているが、一昨日、私が本気で叱ってやった時は失神したのかと思ったぞ。全く動かなくなっただろう」

 

「失神? まさか……電池が切れただけですよ」

 

軽い調子で言った南に、千冬はため息をついた後、ホームルームに遅れるなよ、と言い残して去って行った。

 

その背中が遠くなると、三人は大きく息を吐いた。

 

「か、神代くん凄いね。あの織斑先生とあんな風に話せるなんて」

 

「アタシ、緊張して声が裏返っちゃったよぉ」

 

癒子が言うと、清香は肩を抱いた。

 

「そうか? まぁ、俺は専用機持ちであの人と話す機会が多いからな。慣れだ、慣れ」

 

朝食を終え、口元を拭いながら南は言う。

 

静寐は、感心したような、戸惑うような表情を向けるだけだった。

 

「それにな、あの人にだって弱点はあるんだぞ? 何考えてるんだ、と言いたくなるような私生活―――」

 

そこまで言いかけた南の頬に、フォークが掠った。

 

「「「ひっ!」」」

 

三人が、小さな悲鳴を上げる。

 

視線を向けると、かなり離れた位置にいる千冬が、鬼のような眼光で手を伸ばしているのが見えた。

 

「まだ、敬語を抜くのは早かったか」

 

南の後悔の言葉は、朝を告げる鳥の囀りに消える。

 

 

 

 

 

 

 

この日の南は、とにかくクラスメイトによく声をかけられた。

 

彼の隣は本来、ラウラの席だが、そこに交代で座り込むクラスメイトは、容赦なく南に話しかける。

 

それが授業の間ごとに繰り返され、昼休みになる頃には、すっかり疲れが見え始めていた。

 

「ふぅ……さて、飯でも……」

 

昼休みを告げるチャイムが鳴ると、南は一夏と本音の邪魔にならないよう食堂へと向かう。

 

教室を出ようとした瞬間、癒子に声をかけられた。

 

「かっみしろく~ん」

 

「ん? 谷本か。どうした」

 

「お昼食べるんでしょ? 私とどう?」

 

「ちょうど、一人で食べるのは寂しいと思ってた所だ」

 

「やった! それじゃあ、行きましょ~!」

 

癒子に引っ張られるように教室を出る。

 

廊下を少し歩いた所にあるトイレから、清香と静寐が顔を見せた。

 

清香はパッパッと手を振りながら、静寐はハンカチで水気を拭き取っている。

 

「お、今から谷本と昼飯に行くんだが……二人もどうだ? 今朝の四人組になるな」

 

そう言って、二人に笑いかけた南。

 

隣で癒子が大きなため息をついている。

 

「行く行く! いいよね?」

 

清香が、癒子の方を覗き込んだ。

 

目を細め、いやらしく笑うその表情に、癒子は眉を下げながら頷いた。

 

「私達で良かったの?」

 

食堂に向かう最中、静寐が遠慮がちに訊ねた。

 

首を傾げながら振り返った南は、言葉の続きを待つ。

 

「だって、いつも専用機持ちの皆とご飯を食べてるんでしょう? 私達なんかじゃ……その……退屈しない?」

 

「そんな訳ないだろう。それに、いつもの面子が休みだから、他のクラスメイトと食う……おかしくないじゃないか」

 

「でも……」

 

「秋が花を枯らすのは残酷か? 自然の流れだ」

 

そう言い張る南の表情に、静寐は小さな笑みを浮かべた。

 

「神代くんは優しいね」

 

「え、なになに? 何が?」

 

「まさか、抜け駆け?」

 

清香と癒子に詰め寄られ、二人は顔を見合わせて肩をすくめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段よりのんびりと歩いたからか、食堂はかなり混雑していた。

 

「私が買ってきてあげるから、神代くんと清香は席を取っておいてよ」

 

「いや、それなら俺が……」

 

「いいからいいから。これくらいお安い御用さ! ほらっ、行った行ったー」

 

癒子に背中を押され、南は清香と二人で席の確保に向かった。

 

静寐とカウンターに向かう癒子は、上機嫌でスキップする。

 

「ふふん、これで神代くんに何かお返ししてもらえるかも~」

 

「もう……そんな事だろうと思った」

 

呆れた笑みを浮かべる静寐は、しかし、自分も胸の内に期待を秘めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、トレーを両手に持った癒子と静寐が、南と清香の座るテーブルに腰かけた。

 

南の冗談がツボだったのか、清香は腹を抱えて笑っている。

 

「何の話してたのさ」

 

礼を言いながらトレーを受け取り、箸を持った南は、微笑を浮かべたまま首を振る。

 

「大したことじゃない。なぁ?」

 

「うんうん、あははっ……ホント、くくっ……」

 

笑いが収まらない清香の様子に、癒子がむくれながらスプーンを掴んだ。

 

カレーを豪快に一口頬張る。

 

「あ、そうだ……神代くん」

 

「ん?」

 

「相談したいことがあって……」

 

「ほう……俺で良ければ聞くが、こんな所でいいのか?」

 

静寐が言うと、南は辺りを見渡しながら返事した。

 

食堂はかなり賑わっており、とてもじゃないが相談する場所には適していない。

 

「うん、相談というか、意見を聞きたいの」

 

少しだけ神妙な表情になった静寐の話を、清香と癒子も同じように聞いていた。

 

南が頷くと、静寐は話し出す。

 

「私……ちょっと失敗をしちゃって……」

 

その声色は、救いを求めるというよりは、笑い話になる可能性を信じているようだった。

 

「それが、単なるドジになるか、鬼になるかを判定して欲しいの」

 

「鷹月のことだ、ドジで済むんじゃないか?」

 

「鬼かもよ? 聞かせて」

 

南が安心させるように笑ったが、癒子が先を促した。

 

水を含んだ静寐は、ゆっくりと口を開く。

 

「遠くに引っ越すことになった地元の友達がいて、その娘に寄せ書きをしたの」

 

「いいじゃん。それで?」

 

清香が言った。

 

「実は彼女、週末に事故に遭ってて、寄せ書きはお見舞い用に変わっちゃってたのよ」

 

「鬼の線が濃厚になったな」

 

笑いを堪えながら、南はポテトサラダを摘まんだ。

 

「私、こう書いたの……生きるか死ぬかの友達に、『お別れは寂しい』」

 

「ひゃっ!」

 

癒子がスプーンを落として口元を抑えた。

 

対面の南は、真顔になる。

 

「『新しい地への旅立ちね』」

 

「えぇ!」

 

続けた静寐に、清香が目を丸くした。

 

「『(笑)』」

 

「最悪だな」

 

南が頭を抱えた。

 

「『PS.身体に気を付けてね』」

 

「もう、やめて……」

 

突っ伏すようにしながら言った癒子。

 

話終えた静寐は、三人の反応に、表情を暗くした。

 

「これって、最低だよね……」

 

「勘違いしただけだよっ」

 

清香が懸命に励ました。

 

「死ねばバレないと思ってなければ大丈夫だ」

 

「そう思ってたら最低ね」

 

「そんなこと思ってないよ!」

 

慌てた口調で手を振った静寐は、ため息をついた。

 

まだ書き直せるだろう、と言いながら南はコロッケにソースをかける。

 

すると、蓋を閉めた途端、ソースが軽く撥ねて南の手に付いた。

 

「しまった……谷本、ナプキンを取ってくれないか」

 

「うーん……」

 

何かを考え込む癒子は、南と目を合わせたまま唸った。

 

手を宙に浮かせたまま、もう一度頼み込んだ南。

 

すると癒子は、手をポンと叩いて笑顔になった。

 

「名前だっ」

 

「名前?」

 

「専用機持ちのことは名前で呼んでるんだから、私のことも名前で呼んでよ」

 

悪戯を思い付いた子供のように笑う癒子は、楽し気に南を見つめる。

 

「谷本、下の名前なんだった?」

 

「えー、忘れちゃったのー? 癒子だよ、癒子」

 

「じゃあ、ゆ―――これは、気恥ずかしいな」

 

すんなりと呼べるかと思いきや、南は言葉を飲んだ。

 

いつも一緒にいる専用機持ちとは、当然だが勝手が違う。

 

「なんでよ!」

 

「谷本、頼む」

 

「駄目、取ってあげなーい」

 

「さっき、俺の為に昼飯を買ってきてくれた人がいただろう。どこに行った?」

 

辺りを見渡すフリをしながら訊ねる南に、癒子は諦めてナプキンを手渡す。

 

すまん、と言いながら受け取ると、丁寧にソースを拭き取った。

 

「アタシは? アタシの名前!」

 

はいはいと、手を高く挙げた清香は、期待の眼差しを南に向ける。

 

「清香、だろ?」

 

「覚えてくれたの!」

 

「いつも自己紹介してる印象だからな」

 

南は、コロッケに齧り付きながら言った。

 

納得のいかない癒子は、不満気な顔をする。

 

「なんで清香だけ! そんなの不公平よ!」

 

「生死を彷徨ってる時に、不適切な寄せ書きが送られてくるよりはマシだろ?」

 

眉を上げて得意げに言った南は、困った表情をする静寐に気付いた。

 

「(笑)」

 

そう付け加えるが、二人の表情は晴れない。

 

 

 

 

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