「あ、あの……オニール・コメットです。朝から騒がしくしてごめんなさい!」
そう名乗った少女の、右に結われた髪が揺れる。
「姉のファニール・コメットよ……言っとくけど、悪いのはこの変態男なんだから!」
その隣で、左に髪を結った少女がそっぽを向いた。
すがる一夏と迫るファニール、止めるオニールを落ち着かせ、とりあえず名乗るように言ったのはヴィシュヌだった。
「そうだな、悪いのは常にこの男だ。トンカツ定食の味噌汁を豚汁に変えたりする意味不明な男なんだよ。豚が被るだろうが」
「南だって、かつおダシをかける納豆に、鰹節まぶすだろ。かつおが被ってるぞ」
「じゃあこれからは、炭酸水をかけて食うことにする」
訳の分からない皮肉を強気に言い返す南に、ヴィシュヌは困った顔で笑った。
対面の一夏は、ため息をつく。
オニールとファニール、そう告げた二人の少女は困惑した表情を隠せない。
しかし、オニールの方は、何かを思い出したように隣に向き直った。
「そんなことより、ファニールっ。お兄ちゃんは悪くないの! あれは、その……私が悪いの……」
俯き加減に話すオニールの頬は赤く、その声も萎んでいきそうなほどに小さかった。
そんな彼女の様子を見て、ファニールはまたも一夏を睨みつけた。
「オニールは何も悪くないわ! このド変態がいきなりオニールに抱きついたのを、私はしっかりこの眼で見たんだから!」
「ちがっ! それは、この娘が足を滑らせたからで……」
「まぁまぁ、落ち着こうじゃないか。状況を整理すると、ここにいる織斑一夏くんは、初めて出会った少女に、自らの事をお兄ちゃんと呼ばせ、どういう訳か足を滑らせたのを良いことに身体を密着させた。そういうことだな?」
胸を張って自信満々に一歩前に出た南は、楽しそうに口を滑らせた。
南と一夏の部屋は、ヴィシュヌとコメットの二人を加えた五人で埋まっており、何とも手狭く感じる。
「ええ、そういうことよ。アンタは話が分かるじゃない」
「全然違う! 南、お前なら分かってくれると思ってたのに!」
「では、お兄ちゃんと呼ばれているのは何故ですか?」
ヴィシュヌが手を小さく挙げた。
純粋な疑問を投げかけてくれる唯一の良心に、一夏はここぞとばかりに飛びついた。
「それが分からないんだよ。いきなりそう呼ばれて、俺も困惑してるというか……」
一夏が頬を掻く。
「織斑家は、実は三人兄弟だったんだな。はっはっはっ!」
「あの、私、ずっと織斑一夏さんに会いたくて、今日ついに会えたから浮かれちゃってるんですっ……だから、その勢いのままお兄ちゃんって」
「……どういう勢いなのよ」
「まぁ、呼ばれる分には別にいいんだけどさ」
「あなたも別にいいんですか……」
高らかに笑う南を無視して、四人はそれぞれ口を開いた。
初対面の少女達にすら相手にされない南は、軽くショックを受けながら、わざとらしく咳ばらいをした。
「まぁ、どう考えても、彼女達が昨日織斑先生が言っていた留学生だろう。食堂で改めて話を聞こうじゃないか。ここは狭い」
南の提案に、四人が静かに頷いた。
ぞろぞろと部屋を出ると、最後に扉を閉めた南は、そう言えば……と天井を仰いだ。
「何か忘れてるような……」
そう呟いたのだが、一夏に声をかけられ、ゆっくりと歩き出した。
食堂へ向かう道中、ファニールと一夏の言い合いを横目に歩いていると、視界の端に影が通った。
「ん?」
その影は、南に気が付くと急速でターンし、先ほどの一夏同様、すがるように情けない声を出した。
「み、南っ! いい所に!」
箒だった。
「調子が悪いのか? 朝のヨガが良いらしいぞ」
「待ってくれ! 美しき黒髪の蕾よ!」
南が眉を上げると同時に、低く凛とした声が響いた。
朝日を受けて輝く銀の短い髪が揺れ、男らしいフォームで走る少女は、南にすがる箒に続くよう膝を折った。
「私としたことが、我を忘れて名乗ることもせずに……とんだ失礼を」
少女は胸元に手をやると、南も顔負けの自信たっぷりな表情を覗かせた。
「こほん。私の名は、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ……九十九人の恋人を持つ罪深き百合だ!」
「九十九人の恋人……」
オニールが小さく繰り返した。
「……そんなことを、どうして堂々と言えるのかしら?」
ファニールが首を捻った。
「あの……」
「嗚呼、私達は出会ってしまった……運命よ、君に感謝しよう!」
ヴィシュヌが控えめに声をかけるのも無視して、ロランツィーネは箒の手を取る。
顔を青くさせて、思いっきり不快な表情を見せた箒は、悲鳴にも近い声を発しながら南に向き直った。
「頼む、この訳の分からない奴を何とかしてくれ」
「よし、任せろ……お嬢さん? これから食堂に行くんですが、良ければ一緒にどうですか?」
「む?……そうだな。箒と語り合うにはちょうどいいかもしれない」
「おいいぃ! 状況を悪化させてどうする!」
箒が、南の首を絞めた。
「わ、悪い、つい面白くて……というか、こっちも忙しいんだ」
「……そう言えば、見慣れない顔があるな」
「一夏の隠し妹と、その相方だ。この娘たちの相手もしないといけないのに、意味不明な女の相手までしてられんぞ」
「隠し妹……? と、とにかくっ、既に二人いるのだから、一人くらい増えてもいいではないか!」
「箒、その理屈はおかしい。休みだからと言ってバケツで酒を飲むくらいおかしいことだ」
「……千冬さんか」
「よく分かったな」
「ふふ、そんな豪快なことが出来るのは、IS学園にあの人しかいないからな」
状況を忘れて仲睦まじく話す南と箒。
そんな二人の間に、白い手袋が叩きつけられた。
南と箒はそれを見下ろすと、嫌な予感がして、顔を上げる。
その視線の先には、綺麗な顔を不機嫌に染めて南を睨むロランツィーネがいた。
「そういう事だったのか。だから箒は、私の百人目の恋人になることを拒否するのだな……」
「箒。どうして知らない人に名前を教えたんだ」
「確かに、不用心です」
「箒は昔からそういう所あるよな~」
「お兄ちゃん、私は知らない人に名前を言ったりしないよ?」
「いい? オニール。あの変なのからも私がちゃんと守ってあげるから」
いつの間にか六人の半円を作り、ヒソヒソと話し出す南達。
ドンッと足踏みが聞こえ、六人は同じ方向に視線を向けた。
同時に、ロランツィーネが怒りを含んだ表情で、南を指さす。
「決闘だ、神代 南! 私が勝ったら、箒は頂くぞ!」
「っ! 受けて立つ!」
箒が応えた。
同時に、南が素早い動きで箒の首を絞める。
「何、勝手なこと言ってるんだ!」
「すまない、つい面白くてな」
悪びれもなく言った箒は、視線を泳がせた。
「あ、いたいた。箒~!」
「やっと、追いついた」
そんな収集のつかない場に、またも新たに、二人の少女が駆けてきた。
シャルと簪である。
南との休日を過ごすべく、朝早くから連絡を入れていた三人は、たまたまかち合ったことから、いつものように南の取り合いをしていた所だった。
そこにロランツィーネが登場したことが、いつもとは違う展開を生むことになった。
「えっと……この状況は……」
「複雑な予感」
端から今の場を見たシャルと簪は、知らない二つの顔と、一夏、ヴィシュヌ、箒の首を絞める南に、箒を追う少女が織り成す混沌に、苦笑いを浮かべた。
所変わって訓練アリーナ。
専用機持ちが最も使用する機会のあるこのアリーナは、日曜日と言う事もあってか静けさが目立つ。
「さあ、行くぞ神代 南! 箒は渡してもらう!」
そんなアリーナの中央で、ロランツィーネは拳を握って力強く吠えた。
数メートル離れた位置に立つ南は、隣で背中を曲げる一夏を見る。
「なぁ、あの女はどうして俺の名前を知ってるんだ?」
「知らねぇよ……そんなことより、何で俺までISスーツ着てここに立ってるんだ!」
「えへへ、ごめんね、お兄ちゃん……お兄ちゃんの実力、見てみたいから―――」
「それに、私達の実力も見せつけてやるわ。アンタが誰に無礼を働いたか、教えてあげる」
照れ臭そうに笑うオニールは、ロランツィーネの隣で指を絡ませた。
更にその隣で、ファニールが一夏を睨みつける。
「そうか、勢いでここまで来たが、専用機持ちか……ということは、俺とお前のタッグマッチだな。もう慣れたもんだ」
「南が三人纏めて相手してくれよ……」
ポキポキと首の骨を鳴らした南は、未知の相手を前にして笑みを浮かべた。
一夏も始終文句を言いながらも、スイッチを切り替える。
二人の男は、同時にISを展開し、各々の武器を手にした。
それを確認した対面の三人は、それぞれの表情で、光の粒子を身に纏う。
「オランダの代表候補生として、祖国の蕾たちに恥をかかせるわけにはいかない。必ずや、箒を百人目の恋人に!」
「カナダ代表候補が織り成すメロディ―――」
「ちゃんと聴いてね、お兄ちゃん……『グローバル・メテオダウン』、ミュージックスタート!」
まず展開を終えたのは、ロランツィーネだった。
橙を基調とし、所々にエメラルドグリーンを装飾したその機体は、左右に広がるアーマーを惜しげもなく展開していた。
遅れる事二秒。
コメットの二人を包んでいた粒子は、やがて一つとなり、落ち着いた色合いの機体を見せた。
「え、二人乗り?」
一夏が素っ頓狂な声を出す。
スピーカーを模したビットや、メカニックなハンドパーツが、その動きを確かめるためか、細かく動いた。
「行くわよ、オニール」
「うんっ!」
二人は同じような笑みを浮かべたまま、自由になっている両手でマイクを握り、軽やかに歌い始めた。
綺麗なメロディでありながら、力強く響くその歌声に合わせて、機体は速度を上げながら一夏に向かう。
「おお、おお、来たぞ一夏!」
南は興奮しながら、笑みを隠すこともなく跳んだ。
「二人乗りで、歌いながら動くISって……束さん、何て言うだろ」
雪羅のブレードを展開しながら呟いた一夏は、姿勢を低くして真っ向から突進した。
高速で迫る男を前にしても、コメットの二人は笑顔で歌い続ける。
機体に備わっている両のアーマーハンドが、それぞれに剣を構え、一夏の雪羅を受け止めた。
「っ!」
一瞬、表情を歪めた一夏だが、素早く雪羅を解除すると、メインウェポンである雪片を装備し、叩きつけるように振るう。
踊るようにその一撃を避けたコメット姉妹は、機体から流れ出る曲に合わせて複数のビットを散らした。
一夏は、そのそれぞれが放つビームを、体勢を悪くしながらも避ける。
「闘いにくいなぁ……」
そんな声が漏れたのと、白式がビットの一発を避けきれずに被弾したのはほぼ同時だった。
昨日から短くてごめんね