「可憐な少女たちの歌声を聴きながら戦うことになるとは……やはり運命は、私に味方している」
ロランツィーネは、感動を隠し切れない様子で言った。
「箒と出会えたという事だけでも素晴らしいというのに……」
「ある偉人がこう言っていた、『運命も偶然も存在しない。あるのは、理解不能な奇跡だけだ』とな」
酔いしれるロランツィーネに素早く接近した南は、ナイフの先端を射出した。
鋭く光る刃は、一直線に彼女を襲う。
「ふむ。意味は分からないが、興味深いことを言っている気がする」
しかし、ロランツィーネは余裕の笑みを浮かべたまま、右手の指を数本、しなやかに動かすだけだった。
それだけで、左右のアーマーから触手のような物が伸び、南の刃を叩き落とす。
「その偉人とは、いったい誰だい?」
「俺だ」
南は簡潔に答えると、柄を大きく振った。
糸で繋がれた刃が連動し、再びロランツィーネに向かう。
細長い剣、レイピアを装備した彼女は、そんな攻撃などもろともせずに払いのける。
それでも南は再三、刃を放った。
何度弾かれようと……例えそれが、意味の無い攻撃に見えても、南は―――『蜘蛛』は、確かに罠を仕掛けていた。
「箒が私になびかない理由……そんな君の実力に期待していたのだが、どうやら見当違いだったようだね」
度重なる刃の連撃をしのいだロランツィーネは、芝居がかったため息をついた。
だが同時に、違和感もあった。
それは、隙を突いて何度か仕掛けている触手での攻撃を、悠然と躱されている事への違和感だった。
「それは申し訳ないことをしたな……これは、そのお詫びとして受け取ってくれ」
ロランツィーネの思考が途切れた。
南が両手を振り上げると、いつの間にか周りを起点に張り巡らされた糸が、網となり自身を取り囲んでいたからである。
「ほう」
感心した声を上げる彼女に、南は再度、ナイフを握り直して接近した。
「これは中々に面白い……だが……」
南がナイフを振り上げた瞬間、ロランツィーネは腕を組んだ。
すると、腰部アーマーが光を放ち、辺りに花びらを舞わせる。
それは膨大なエネルギーの塊となって、レーザービームとして発射された。
「うおっ」
空中で体を捻じ曲げるように避けた南は、地面に転がりながら膝をつく。
顔を上げると、ロランツィーネを取り囲んでいた網からは、花が一輪、咲いていた。
「君は織斑一夏の次に有名人……いや、国によっては彼よりも知名度があるんだよ」
その花を手に取ったロランツィーネは、匂いを嗅いで小さく笑う。
「『蜘蛛』を模したIS……不思議な糸を使うようだが、分かってしまえば実に容易い物だよ。私の「スピーシー・プランター」は、どんなものにも花を咲かせる」
南は、機体に違和感を覚えて視線を下げた。
すると、装甲の隙間から根が張っており、まるで早送りしているかのように、それが花を咲かせた。
「そう、それが糸であろうと、ISであろうと……儚くも美しい花をね」
「……」
南は、迫り歩いてくるロランツィーネには目もくれず、動きが極端に鈍くなった機体を揺らす。
彼女の手にはレイピアが握られており、しっかりとした足取りでこちらに向かっていた。
「虫ばかリ捕食する野蛮な『蜘蛛』よ……箒を渡してもらおうか」
組織が使用するコードネームとしてではなく、単に芝居がかった呼称で南のことをそう呼ぶロランツィーネ。
その剣先が触れる寸前、南は素早く顔を上げた。
「なっ」
その瞬間、この日初めて、ロランツィーネの表情が困惑に染まった。
口いっぱいに何かを咀嚼している南の口からは、緑の根が一本、僅かにはみ出ていたからである。
彼の機体に目を向けると、ISの機動システムを著しく低下させるはずの花が無くなっていた。
困惑を隠せないロランツィーネの隙を、南は見逃さない。
いつの間にか、「形状を変えた」ナイフを振るった瞬間、彼女のシールドエネルギーは0になる。
「まさか……私の……スピーシー・プランターの花を……食べたというのか……」
―――植物を主食とする蜘蛛が、存在する。
『バギーラ・キプリンギ』
世界で唯一、その栄養源の90%を植物から摂る、ハエトリグモの一種である。
蜜や花粉を食す蜘蛛は以前から確認されていたが、この蜘蛛は、葉や芽の細胞、粒状の構造を食べるという異端の存在。
アカシアの樹木は、その液によってアリを操り、樹液を狙う他の動物から自身を守らせていることが分かっている。
しかし、そんなアカシアアリを華麗に避けつつ、時にはその幼虫を食い、アカシアの芽を獲物とするこの種は、隠密性と攻撃性を備えた戦略的草食蜘蛛なのである。
「植物を使うISか……あの二人は歌ってるし、もう何でもありだな」
南は苦笑いを浮かべながら、倒れ込むロランツィーネの腕を取った。
よいしょ、と言いながら力を込め、彼女を立たせる。
「こんな言葉があるだろう。『押してダメなら引いてみろ』……箒にも、押すだけでなく引いてみるのがいいかもしれない」
そう言って笑った南は、一夏とコメット姉妹の方へと歩き出した。
音楽と爆音が入り混じる舞台へと消える背中に、ロランツィーネは声をかける。
「私は……押すことしか知らないんだ」
「そうか」
「押すことしか知らないなら、どうするべきだと言うだろうか……例の偉人は」
振り返ることはしなかった南だが、口角を上げて宙を仰いだ。
そうだな……と呟き、人差し指を立てる。
「押してダメなら、もっと押せ……だな」
その答えに、ロランツィーネは不敵に笑った。
そして、観覧席に座る箒を見上げる。
視線に気付いた箒が身を捩るのも気にせずに、手を向けた。
「いつか必ず射止めるよ……箒」
ロランツィーネはそう呟くと、再び南に視線を落とした。
コメット姉妹が奏でるメロディに合わせて身体を揺らす男に、不敵な笑みを浮かべる。
「もし、新たな旅立ちとして百一人目を考えるなら、君のような者もいいかもしれないな」
一夏が雪羅による荷電粒子砲を放ったのと、コメット姉妹の歌によって操作される機体が小型のマシンガンを乱射したのは、ほぼ同時のタイミングだった。
濃い煙幕の中から飛び出した一夏は、白く輝くオーラを身に纏い、雪片を振るう。
「「きゃあ!」」
コメット姉妹の一瞬の油断と、一夏の加速が重なった時、勝利するには十分な瞬間を生んだ。
零落白夜の一撃が、確かに二人で一つの機体に止めを刺す。
「はぁ……はぁ……勝てたな……」
「おいおい、倒してしまったのか。あのマイクを使えば、俺の歌でも動くか確かめたかったのに」
白式の展開を解除して息をついた一夏に、ゆっくりと歩いて来た南が声をかけた。
脱ぎ捨てた部屋着を、ISスーツの上に着た二人。
「お前の歌じゃ、戦うどころか、盆踊りが精一杯だろうな……おーい、大丈夫かー」
「ロボットダンスくらい踊ってやる」
コメット姉妹の方を伺いながら言った一夏に、南はそう答えることしか出来なかった。
「南っ!」
アリーナから引き揚げる五人の元に、ヴィシュヌと箒、簪、声をかけたシャルが合流した。
「あの人を倒した攻撃、何が起こったの……?」
ロランツィーネを仕留めた一振りのことだろう。
簪が、南の手を取りながら訊ねた。
「いつものナイフも、形状が変わっているように見えました。また何かの蜘蛛でしょうか?」
一歩下がった位置のヴィシュヌも、落ち着いた口調とは裏腹に、目を輝かせながら南を見ている。
「その話はまた今度にしよう」
南は、簪の手を優しく解くと、そのまま彼女の頭に乗せた。
その恰好のままで、後ろを振り返る。
「頼んではいないが、わざわざ言ってくれたお陰で、どこの国の人間なのかは分かった。カナダの代表候補生は双子で、その専用機は二人乗りの歌で操作するタイプ。オランダの代表候補は、箒に恋する情熱の植物女ってことでいいか?」
「待ちたまえ。なんだい、その失礼な纏め方は」
ロランツィーネは、そう文句を言いながらも箒の元へそそくさと移動する。
大げさに身を引いてみた箒だったが、彼女には効果はなかった。
「嗚呼、箒。君の美しさは、野蛮な蜘蛛男を相手することで疲弊した私の身体を癒してくれるよ」
「ええい、手を取るな!」
「おや? あの眼鏡の娘のように頭を撫でてもらえると思ったのだが……」
おかしい……と呟くロランツィーネを尻目に、オニールが一夏の前でぴょんっと跳ねた。
「やっぱりお兄ちゃん、すっごく強いね! それに、格好いい!」
「あ、ありがとう……でも、お前達のISも凄かったぞ」
「ふんっ、アンタに褒められたって嬉しく―――」
「わーい、お兄ちゃんに褒められちゃった!」
ファニールが鼻を鳴らす中、オニールは満面の笑みで一夏に飛びつく。
それを両手で受け止めた一夏は、おっとっと、と言いながら困った笑みを浮かべた。
「織斑一夏ぁ……っ!」
そんな様子が面白くないのか、オニールは素早く一夏に詰め寄―——ろうとして、足を躓かせた。
「あ……」
体勢を崩し、重力に身体を引っ張られる感覚が襲う。
しかし、地面に手を付くより遥か前に、ファニールの身体は何かに支えられた。
「え、え……?」
困惑したまま、何かに身体を預けるファニールは見えない力に目をパチパチさせる。
「カナダの姉妹は、どうしてそう落ち着きがないんだ」
右手の指を複雑に曲げながら言った南は、そこから伸びる糸を操作し、軽く振動を与えた。
するとファニールは、軽やかに体勢を戻し、何事もなかったかのように立ち尽くす。
「ファニール、大丈夫!?」
一夏から身体を離したオニールは、姉の元へ駆け寄った。
「えぇ……大丈夫よ……」
不思議な感覚に満たされたファニールは、しばらく呆然としていた。
「流石、南だね」
「いい反応」
「本当に便利な糸ですね」
しかし、そんな三人の声を聞いて、南に視線を向ける。
そうだろう、そうだろうと胸を張るその男は、助けたファニールには特に何も言わなかった。
ロランツィーネが、箒にしつこくアピールする声も聞こえないほど、ファニールは南の方を注視する。
「ファニール? どうしたの?」
妹の声にハッとして、頭を振った。
「ううん、何でもないわよ」
「まさに、南がさっきのお前を助けたように、オニールを支えたんだけどなぁ」
一夏が頭を掻く。
すると、その背中に寒気を感じた。
「っ!?」
慎重に振り返ると、そこにはいつも以上に垂れた袖を地面につける少女が、俯いて立っていた。
「ほ、ほんちゃん……?」
「いっくん……」
本音は、ダラリと力を抜きながら、しかし、確実に一夏の方へにじり寄ってくる。
ひぃっ! と情けない声を出す一夏は、大袈裟なほど後ずさんだ。
「朝ごはんを食べに行く途中で、知らない女の子とくっついたと思ったらどこかに行っちゃって……」
ボソボソとお経を読むような声の本音に、簪すら身を捩る。
「あぁ、何か忘れてると思ったら、のほほんさんだ。部屋に行ったのに話に出て来ないと思ったんだよ」
コメット姉妹と食堂へ向かうことにした直後に、疑問に思ったことが解き明かされ、南は手を叩いた。
「それから部屋に行ったのに、いないし……騒ぎを聞いてた娘に尋ねたら食堂だって言うから行ってみてもいないし……」
「あ、あの……それには深いわけが……」
「ぐーぜん遭ったたてなっちゃんが、使う予定のないアリーナが使われてるって言うから来てみたら……」
気付けば、本音と一夏の距離はもうほとんどなかった。
話すには十分な距離である。
にも関わらず、本音は足を止めない。
「また、あの女の子とくっついて……」
「あ……えっと……だから、その……」
後ずさる一夏は、とうとう壁際に追い詰められ、視線を泳がせながら言葉に詰まる。
本音は、険しい表情のまま、グイグイと体を寄せた。
「これは……あの……」
焦る一夏は、身振り手振りで説明しようとするのだが、言葉が出て来ない。
不意に触れた部屋着のズボン……そこに、打開策がないかと期待したが、ポケットから出てくるのは焦りだけだった。