IS-インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛~   作:清麿

85 / 88
85.誘い

勢いと流れだけで行われた決戦の後、IS学園内のカフェに移動した一行。

 

ケーキを頬張るオニールは、目をキラキラと輝かせながら、至福の表情を浮かべていた。

 

「うーん! このケーキ美味しい~!」

 

その口元にはクリームが付いており、隣でミックスジュースを啜っていたファニールが、ナプキンで彼女の口元を拭っている。

 

ありがとっ、と可愛らしく礼を言ったオニールは、またもケーキにフォークを突き刺す。

 

「分かってないな、箒の魅力はそんな所じゃないんだ」

 

「分かっていないのは君の方だろう? 私なら、箒の魅力を完璧に理解し、良きパートナーとして一生を遂げることが出来る!」

 

「俺は乳首からコーラを出す」

 

「……何を言っているんだい?」

 

「ん? 不可能なことを言い合うゲームじゃないのか?」

 

その対面に並んで座る南とロランツィーネは、言い合いをしながら熱くなっていた。

 

南が余裕の笑みを浮かべながら皮肉交じりに言うと、ロランツィーネの表情が不愉快に歪む。

 

そんな二人を挟むようにして、離れて座っているのが一夏と本音だった。

 

南の隣に本音が、ロランツィーネの隣が一夏だ。

 

オニールとは違い、不機嫌な表情で頬を膨らませる本音は、そっぽを向いており、一夏はとほほ、と肩を落としていた。

 

「お兄ちゃん! このケーキ、一口食べてみて! すっごく美味しいの!」

 

明るい声に一夏が視線を上げると、そこには満面の笑みでフォークを向けるオニールの笑顔があった。

 

その先端には一口大のケーキが刺さっており、たっぷりのクリームが今にも零れ落ちそうになっていた。

 

恋人を怒らせた原因はお前にあるんだ、とも言えず、一夏は苦笑いをしながら視線を本音の方へ向けた。

 

本音は知らんぷりを決めているように振舞っているが、その視線は微かに一夏の方へ向けられている。

 

その視線に気付かない一夏は、「じゃあ、一口……」と言ってオニールが差し出すケーキを口に入れた。

 

オニールはフォークを引き抜くと、顔を微かに赤らめながら、えへへ……と照れ臭そうに笑った。

 

「間接キス、だね」

 

「うぐぅっ!」

 

「ブーーッ!」

 

「ぬあっ!?」

 

順番に一夏、ファニール、本音の反応である。

 

喉に詰まったケーキを落とし込もうと胸を叩く一夏、ミックスジュースを盛大に噴き出したファニール、急速で首を捻りながら二人の方に視線を向ける本音。

 

それぞれが分かりやすく狼狽し、その主犯であるオニールはフォークを握ったまま笑うだけだった。

 

「あのなぁ!」

 

「織斑一夏!」

 

「いっくん!」

 

一夏はオニールに、ファニールと本音は一夏に詰め寄る。

 

そんな四人と、未だに言い合いをしている二人を別のテーブルから眺めていた箒とシャル、簪、ヴィシュヌは、そのテーブルに同席しなかったことを心から喜び、感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、短期留学生として集会で紹介された三人は、その日の授業や訓練を終え、IS学園での放課後を体験していた。

 

ロランツィーネは、逃げる箒を追いかけることに余念がなく、一種の地獄絵図のようであった。

 

大和撫子とは程遠い、豪快なフォームで逃げる箒は、世紀の大強盗のようであり、もしくは、フルマラソンのメダリストのようでもあった。

 

そんな彼女に、楽しそうな表情で給水所さながらにドリンクを差し出した南は、頑張れよと無責任に声をかけている。

 

箒は、ドリンクを受け取りながらも、助けを求める間もなく走り去っていった。

 

それを見送った南の背後では、ファニールが鈴と対面している。

 

「へぇー、私達より年上なんだ」

 

「文句あんの?」

 

「別に。そんなに変わらないなって思っただけよ」

 

「何が!? どこが!? 言ってみなさいよ、この!」

 

「やめておけ。悲しい事実は受け入れてしまうのが一番だぞ」

 

歯を剥き出しにして怒る鈴の首根っこを、ラウラが掴んだ。

 

じたばたと暴れる鈴は、涙目で離せ、と怒鳴る。

 

「ね、ねぇ、アンタさ……」

 

逃げ惑う箒をいつ助けようか考えていた南の袖を、鈴の事など気にも留めないファニールが控えめに引っ張った。

 

「なんだ?」

 

南は、視線をファニールに向ける事もなく訊く。

 

「昨日、私が躓いた時、支えてくれたでしょ? 何か、よく分かんない糸で」

 

「よく分からないとは失礼だな。まぁ、気持ちは分かるが」

 

そう言いながら振り返った南の表情は、穏やかだった。

 

「見返りとか、言わないわけ?」

 

「見返り?」

 

南が眉を上げた。

 

言い辛そうにするファニールは、視線を下げたままだ。

 

「だからっ、転びそうになったのを助けた見返りよ……」

 

「あのな、そんなことで見返りを求めてたら、俺は、そこの鈴やラウラにどれだけ見返りを要求して、どれだけ見返りを要求されると思ってるんだ」

 

「え……」

 

呆れたように笑う南に、ファニールは顔を上げた。

 

そこには、腕を組んで何かを思い出すように頭を捻る南の姿があった。

 

「買い物に付き合ってやるのだって、よくあることだし、飯を奢ることだって珍しくない。逆に、付き合ってもらったり、奢ってもらうこともある。一々、見返りなんて言わなくてもな、その時の厚意というのは、何かしらで返ってくるんだよ」

 

もっともらしく胸を張って言った南は、そこに思い出したように付け加える。

 

「それが仲間だ」

 

ファニールは何も言わない。

 

驚きや感嘆を含む複雑な表情で、南を見つめていた。

 

当の本人は、「一夏が仲間仲間と言うより、俺が言った方が味が出るな」と一人で頷いている。

 

怪我を未然に防いだことと、買い物に付き合う云々が、同列で語られることなのかは、ファニールには分からない。

 

だが、彼女の……更に言えば、彼女とその妹のオニールが代表候補生以外でも勤めている活動の過去を振り返れば、それは明らかに異端な意見だった。

 

そんなことを考え込むファニールの背後で、鈴とは違う、慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

 

オニールだ。

 

一夏を追っていたはずの妹は、一人でつまらなそうな顔をしている。

 

「どうしたの、オニール」

 

「聞いてよ、ファニール。お兄ちゃんが遊んでくれないのっ。何か、のどぼとけさん? っていう人の所に行っちゃって……一年一組の人も邪魔しないであげてって言うし」

 

明るくマイペースな妹を見ていると、気が和む。そう思ったファニールの表情には自然と笑みが零れる。

 

「いいじゃない、別に……それに、あんな男に構ってる暇はないでしょう?」

 

「うーん……折角、出会えたのになぁ……でもっ、確かにお兄ちゃんにばかり気を取られてもいけないよね!」

 

「そうそう。もう数日後なんだから」

 

「うんっ。日本での初ライブ!」

 

「ライブ?」

 

そろそろ箒を助けるべく、ナイフを取り出し、糸を伸ばしていた南が、耳をピクピクと動かした。

 

敬愛するロックバンドがいるにも関わらず、話が通じる友人がいない南にとっては、ライブという言葉だけでも十分、反応に値した。

 

「ライブに行くのか? 好きなアーティストの?」

 

「違うよ、私達がするの!」

 

「何を?」

 

「だからライブよ、ライブ」

 

「…………?」

 

「もう、察しが悪いわね!」

 

「あはは、私達、祖国ではアイドルをしてるんだよ」

 

オニールが軽快に言い放つ。

 

笑顔の彼女とは対照的に、ファニールの表情はむくれているようにも見えた。

 

南は頬を掻いて、ナイフを仕舞う。

 

「そうか、アイドルだったのか……………………アイドルッ!?」

 

何度か頷いた南は、アイドルという言葉を噛みしめ終わると、目を剝きながら二人に詰め寄った。

 

その形相に、双子の姉妹は肩を震わせながら身を寄せ合う。

 

「ほう、初めて生で見たぞ。そうかそうか、どんな曲を歌ってるんだ? 折角だから、寮に戻ったら聴いてみようじゃないか」

 

「ふん、そんな回りくどいことしなくても、今聴かせてあげるわよ」

 

「そうだね、誰かに聴いてもらうのが、一番の練習になるし……それじゃあ、ミュージック―――」

 

ファニールの声に合わせて、オニールも息を吸った。

 

同じ動きで、同じタイミングで、同じ表情の二人。

 

いざ、その歌声が、学園に響こうかというタイミングで、南が掌を向けた。

 

「まぁ待て、まぁ待て」

 

急にストップをかけられた二人は、つっかえるようによろめいた。

 

そんなことを気にも留めず、南は自信に満ちた表情をしている。

 

「折角、ライブがあるんだろ? なら、そこで聴かせてもらおうじゃないか。予習もせずに行くのは失礼かもしれないが、こんな機会も中々ないしな」

 

いい案を思い付いた、と笑う南に、オニールが小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「生憎だけど、もうチケットは完売してるわよ」

 

南の動きが止まる。

 

「……え?」

 

「え、えっと……私達、日本の人にも人気みたいで……チケットは、三十分で売り切れちゃったの」

 

申し訳なさそうに眉を下げるオニールの言葉に、南は膝をつく。

 

「そんな、馬鹿な……こんなことがあっていいのか……久しぶりのライブが……」

 

IS学園での生活が余りにも慌ただしく、好きなバンドのライブにも参加出来ていなかった南にとって、例えアイドルであったとしても、音楽に直に触れる機会を逃したのは、大きな損失だった。

 

しばらく頭を垂れていた南に、影が重なる。

 

顔を上げると、そこには小さな封筒を差し出しながら、南の傍でしゃがみ込むファニールの姿がある。

 

「これは……」

 

「その、まぁ……昨日、助けてくれたわけだし? 関係者席のチケット……二席分あるから、来なさいよ」

 

「本当か!?」

 

「見返りなんて言わなくても、その時の厚意は、何かしらで返ってくるんでしょ? これが、その何かしらよ」

 

そう言いながら照れ臭そうな表情をするファニールの手から、チケットを丁寧に受け取った南は、抱きしめんばかりの手つきで、愛おしそうな表情をした。

 

ファニールは立ち上がりながら、引き攣った表情でそんな南を見下ろす。

 

「本当はお兄ちゃんにあげたかったんだけど、来られそうにないし……あ、もう一席あるから、ロランさんと来てね」

 

ロランツィーネの愛称だとすぐに分かった南は、ファニールに負けないくらい表情を引き攣らせた。

 

膝の汚れを落としながら、オニールに悲しい目を向ける。

 

「アイツと?」

 

南が指をさした向こうでは、ロランツィーネが狂ったように笑い声を上げながら、箒を追いかけていた。

 

限界が近いのか、箒の顎は上がりきっていて、呼吸も荒いのが分かる。

 

「ロランさんはね、私達の歌、すっごく素敵だって褒めてくれたのっ。だから、ライブにも来て欲しいなって」

 

「チケットあげたんだから、我儘言わずに来なさいよ」

 

ファニールが強い口調で言うと、南は何も言い返せないまま、諦めたように肩を落とした。

 

再びナイフを取り出し、糸を伸ばす。

 

「分かった。二人で行くよ……ありがとな」

 

それだけ言うと、南は素早く駆けだし、箒の方へと向かった。

 

その背中を見届けて、ファニールはオニールに声をかける。

 

「良かったの? 織斑一夏じゃなくて」

 

「うん。お兄ちゃんは来れそうになかったから……またの機会まで我慢しておく」

 

「……そう」

 

オニールの晴れた表情に、ファニールも自然と頬が綻んだ。

 

そんな二人の肩をガッ、と誰かが勢いよく掴む。

 

鈴とラウラだった。

 

「アンタら、あたし達のこと、忘れてない?」

 

「貴様ら、人の嫁に手を出すとはいい度胸だ」

 

鬼の形相で姉妹を睨む二人には、箒の遅かったではないか! という南への非難の声など聞こえていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、ロランツィーネが仮使用している寮の部屋、その扉の前に南の姿があった。

 

部屋着姿の南は、扉をノックしようとしては、手を引っ込める動作を、かれこれ五分以上は続けている。

 

彼女が素直に同行するとは思えなかった。

 

断られた際に誰と行くか、そんなことまで考えながら再び手を扉に伸ばす。

 

意識を他に向けながら行ったノックはあっさりしたもので、ロランツィーネのくぐもった声もすぐに聞こえてくる。

 

「こんな夜更けにでさえ、私を拝みに来る子猫は……君か……」

 

扉を開けたロランツィーネは、南の姿を確認すると、眉を顰めた。

 

箒へのアプローチを、悉く阻止してきた宿敵の登場に驚いているようでもある。

 

「子猫、というよりアヒルの子だったね」

 

「俺は蜘蛛だ」

 

簡潔に言い放った南は、そのまま扉を閉めそうになるのを我慢しながら、言葉を探す。

 

「あのだな……」

 

「箒を諦めろ、という話なら帰ってくれ。私の百人目の恋人には、彼女しか考えられないのだよ」

 

ロランツィーネの恰好は、ラフなものだった。

 

無地で白のシャツは、女性特有の膨らみを強調し、過ごしやすそうなグレーのサルエルパンツは、南の好みでもあった。

 

「やめてやれ、と言いたいところではあるが、それで引くならここまで拗れていない。箒自身にしっかり断られてくれ」

 

「私は諦めない」

 

そう答えるロランツィーネの瞳は力強く、それだけで人を納得させるようだった。

 

しかし、南はそうか、と答えるだけで済ませる。

 

「無作為に選ばれた箒には、迷惑な話だな」

 

「何を言う。私と出会い、結ばれる恋人には、共通点があるのさ」

 

ロランツィーネは、扉を全開にすると、腕を組んで背を預けた。

 

寮の廊下には誰もおらず、南だけがしれっと立っている。

 

「箒にも当てはまる共通点か」

 

「もちろんだ。私と出会う前の彼女達は、皆、心に孤独や寂しさを抱えていたのだよ。誰かを必要とし、誰かに必要とされたいと思っていた」

 

ふと、ロランツィーネが遠い目をする。

 

懐かしむような、噛みしめるような、そんな表情だ。

 

「私の父はね、神代 南。人の愛し方を知らない人だったんだよ……故に母は悩み、涙することが少なくなかった。その度に私は、彼女を喜ばせようと、様々なことを画策するんだ」

 

南は口を挟まず、聞いていた。

 

頷くことも、先を促すこともせず、ただ黙っていた。

 

「中学に上がる頃になると、母は強くなっていた。親元を離れた私の興味は、ISや告白してくれる女性に向けられることになるのだが……」

 

「そんな母親への気遣いと、心配りが、今のお前を作っているってことか」

 

ロランツィーネは、ゆっくり頷いた。

 

「もしかしたら、そんな母親を見て、言い寄る恋人たちに囲まれている内に……本当に誰かを必要として、誰かに必要とされたくなっているのは、お前自身かもしれないな」

 

ふとした思い付きを、南は口にする。

 

ぼんやりと呟いた程度だったが、ロランツィーネの表情は、微かに驚きを纏った。

 

見当違いだとも、深読みだとも言えず、ただ南を見つめる。

 

「面白い意見だよ、神代 南……確かに私は、誰かに必要とされ、『貴女じゃないと駄目なんだ』と、言われたいのかもしれない」

 

しばらく腑抜けていたロランツィーネは、やがてそう笑った。

 

そこで南は、当初の予定を思い出し、手を叩く。

 

「危ない、忘れるところだった。この日は空いてるか?」

 

ポケットから取り出したのは、オニールから受け取ったチケットだった。

 

端正な顔つきを維持したまま、ロランツィーネは、南の手元を覗き込む。

 

「ああ、その日はあいにく予定があるんだ」

 

やっぱりか、と南は肩を落としそうになった。

 

「箒に交際を申し込まなければいけない」

 

「なんだ、暇なんじゃないか。分かりにくい言い方はやめてくれ」

 

南は、ロランツィーネの肩を叩いた。

 

十年来の友人にするような軽いタッチだった。

 

それでもロランツィーネは、話が通じていないことに眉を顰める。

 

「聞いて驚くなよ、お前と同じ留学生のコメット姉妹はアイドルなんだ。どうだ、驚いたか」

 

「驚くなと言ったかと思えば、驚いたか訊ねてくる……忙しい男だね、君は」

 

「そんな彼女たちの日本初ライブが、この日なんだ」

 

ロランツィーネのボヤキを聞き流し、南は再びチケットを向けた。

 

「お前に歌を褒められたのが嬉しかったらしい。是非、来てほしいんだと」

 

「ふむ……」

 

南が言うと、ロランツィーネはしばらく考え込んだ。

 

その視線が宙を泳ぎ、しばらくして南に向けられる。

 

断られると、ファニールにチケットを没収される気がしてならない南の瞳は、子犬のように潤んでいた。

 

そんな表情を見て、ロランツィーネは小さく笑う。

 

「分かったよ。愛らしい彼女達の頼みだ……同行しようじゃないか」

 

どこまでも余裕を感じさせる優雅な口調でそう告げると、南は大げさなガッツポーズを繰り出す。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。