粒子の狩人 ~Particle Hunter~   作:ピジョンブラッド

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主人公は何の能力者?
ではでは・・・


C2H6O

ゴクリと息を飲む。

ここ数時間で起こった現実味も掴み所もない話が簡潔に説明されることを期待しつつ、枳殻の顔を注視する。

「中身の入った芋焼酎じゃなきゃ、瓶は飛ばなかったのさ。」

ああ、もっとストレートに言ってくればいいものを。

自分が日本人であることを留意した上で、外国人は日本人のこういう回りくどい部分が鬱陶しんだろうなと納得できる。

さて、どういうことだ?

つまり、焼酎自体を操ったということなのか?

「これを見てくれるかな?君のお父さんのご遺体を少しレントゲンで撮らせていただいたものだよ。」

いかにも公務員といった雰囲気のダレスバッグから、A4の書類を引っ張り出している。

さっと顔が引きつり、つばをゴクリと飲み込む。

やはり見なければいけないか。

血に濡れた記憶が蘇り、目を背けたい、忘れたいという欲求が湧き上がる。

しかし、その気持ちを必死に押さえてゆっくりと目を向ける。

よく目にするような、骨だけが白く浮き出た画像・・・に加えて、不規則な形の靄のような何かが至る所に刺さっているように見える。

昨日の出来事がフラッシュバックする。

それにしてもやはり傷が深い。

肺まで到達しているものもいくつかある。

「ちょっと見にくいんだがね、ガラスが到達している場所よりも深い場所までえぐれているんだ。例えば・・・心臓の左心室には穴が空いているわけだが、一つとして心臓まで到達した破片はないんだよ。」

つまりだ。

芋焼酎の液体自身が「刺さった」勢いで破片も一緒に引き連れてきた、ということらしい。

「あの、あの時言っていた貝殻・・・なんとかっていうのはどういうことなんですか?」

枳殻の顔が一瞬固まったように見えた。

だが、0.1秒ほどの硬直時間を終えた後は、流暢に丁寧に説明を始めた。

「ああ、貝殻状断口というのは、ガラスが割れた断面にできる同心円の模様のことなんだけれど、今回それが無い破片がいくつか見られた。私の予想だと、焼酎が凄まじい速度で研磨したせいで滑らかな縁になったんじゃ無いかなと思うんだよ。」

シーガラスと同じ原理か。

シーガラスというのは、海に捨てられたラムネやビールの瓶が割れ、海底の砂や石に長い時間やすられて丸くなったものだ。

そんな一瞬で研磨できるなんて、とてつもないな。

それはさておき、俺はこれが嫌いだ。

見た目は彩り豊かで丸っこいのに、いざ二つに割ってみれば凶器じみた鋭利さとどす黒い人類のエゴが溢れ出てくる。

考えるだけで胸が槍で突き抜かれるような擬似的な感覚に襲われる。

「つまり君の自由意志エネルギーの波長に合う物質は、ガラスではなくて芋焼酎を構成する諸成分のどれかということだ。水か、アルコールかと言ったところかな。」

水であって欲しい。

心の底から水がいい。

アルコールはもちろん嫌いだ。

人の人格を破壊する麻薬。

にも関わらず、その物質に生まれた時から慣れ親しんでしまっているあたりが余計に癪に触る。

「トラウマを引き起こすかも知れないけれど、4年前杜くんはフェリーから『落とされた』よね?お父さんに。」

「なんでそれを・・・」

信じられない。

警察は知っていたのか!?

ならば、なぜあの人非人犯罪者をシャバに放置したんだ。

憤りがこみ上げている俺の雰囲気を察してか、枳殻が少し声を穏やかにしてなだめる。

「申し訳ない。だがこれには今は言えない深い事情があったんだ。時が来たら私から話そう。」

「なんで今話せないんだ。やましい何かを隠しているんじゃないか!」

うっかり声を荒げてしまう。

落ち着け。

枳殻さんは怒りをぶつける相手では無い。

これも枳殻さんの精一杯の配慮だ。

軽く息を整える。

「すみません、お、俺ちょっとカッとなっちゃって。」

「いや、君は悪く無いよ。どんな人でもこんな状況なら不安定になるはずだ。」

お互いに顔をうつ向け、どんよりとした雰囲気が二人を包む。

数秒間の気まずい沈黙を破ったのは枳殻のほうだった。

「もし、君が水H2Oのユニファイアなら、海に溺れた時点で能力が発現していたはずなんだ。」

なるほど確かにそうだ。

「つまり、海で溺れて死にかけた時に周囲の海水を操っていないということは、俺は水のユ、ユニファイアではないということですか?」

なんとなく自分の先程の考えがフリになっている気がして、言い表し難い落胆のような感情を抱く。

「そう。したがって消去法で行けば君が操れるのはエタノールC2H6Oということになるね。」

ですよね、と言ってしまいそうになったのを唾とともに喉に押し込む。

いやはや悪い冗談だと思いたい。

この世界は皮肉なもので、最も憎かったエタノールに延々苦しめられ続け挙句、それに救いの手を差し伸べたのもこれまたエタノールなのである。

本当に笑ってしまいたい。

「はは、なんというか複雑ですね。」

枳殻もバツの悪そうな表情で苦笑いしている。

ふうと息を吐き、どうしようかと思って周りを見渡す。

しかし、残念なことに力を抜いていられたのはほんの数秒しかなかった。

ピーピーピーピーピーピーピーピー

耳をつんざく警告音。

警告音というものは昔から不快感を与えるものだが、見知らぬ場所という状況もあってか緊迫感が増している。

音の源は枳殻のポケットらしい、と思っていたのもつかの間、施設全体の放送も流れ始めた。

『総員、第1種厳戒体制。繰り返す。総員、第1種厳戒体制。』

焦りの混じった男性の深い声が大音量で響き渡る。

ここ最近、理解不能な事案が多すぎてもう慣れてしまったのか即座に冷静さを取り戻す。

枳殻のトランシーバーから音声が流れる。

『えー。H4区画から西側フロンティアに正体不明の侵入者を確認。総員第1種厳戒体制。戦闘員は直ちに迎撃体制を取り、指定の位置へ。非戦闘員は最寄りのシェルターへ直ちに避難を。』

侵入者だって?

シェルターの位置ってどこなんだ?

「もう奴らに気づかれたのか・・・杜くん、僕は君を守る使命がある。ここからの最寄りは東の7番シェルターだな。急いで行こう。」

今までになく切羽詰まった様子でまくし立てている。

俺はそれに答えるように頷き、絡まる足を引きずってベッドから這い出て立ち上がる。

「東なら、まだ侵入者も来ないですね。」

「ああ、少しは時間稼ぎになるはず・・・」

病室のスライドドアを勢いよく開けて廊下へ飛び出しすと、枳殻は俺の手を引いて左へ走り始めた。

昨日何があったのか知らないが、そこそこの怪我はしていたらしく身体中がギシギシと痛む。

骨折は流石にしていないが、胸の辺りや首の付け根の痛みは走れば走るほど鋭くなっていく。

無機質な長い廊下は途中で何回も分岐しているせいで、もうどこの道を走ってきたのか覚えられていない。

もはや冷静さを失い、焦りと恐怖が深く滲んだ声がまたトランシーバーから流れる。

『な!?J18区画からも侵入者を確認!西側はもうダメだ!西側配備の戦闘員は撤退!非戦闘員の中で、シェルターに入った方は今すぐ隔壁を閉めて、それ以外の方は最寄りの浮上ポッドへ!』

「チッ!挟み撃ちか。」

急速なとんぼ返り。

体はもうかなり限界に近くなっている。

俺たちはどこへ向かっているんだろうか。

「あの、この、建物は、どの場所にあるんですか?」

「そうだ、杜くんには言っていなかったか。ここは太平洋の海の底だ。今から向かうのは、海面に脱出するための潜水艦の浮上ポッドだから、それに搭乗して逃げるぞ。」

「はぁ、はぁ、そう、なんですね。」

なら、あの窓と日光は作り物か。

LEDの光に癒されていたなんて、バカバカしい。

ダダダダダダダダッ

もし枳殻に首根っこを引っ張られていなければ、一秒後自分がいたであろう場所に、数発の弾丸が着弾する。

二人して無防備に手をあげる先には、明らかな重装備の特殊部隊が三人。

こちらに殺意の銃口を向け佇んでいた。




海底基地からの脱出!!
どうなる杜くん!
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