サツキの家で眠っていたアリサは、ふとした拍子に目が覚めた。隣を見ればユウとソーマはぐっすりと眠っており、窓の外は真っ暗で、まだ夜中だと分かる。
しかし、それでも目が覚めたのはちょっとした気配を感じたからだった。
(誰かがいるのでしょうか?)
アリサは体を起こし、リビングへと行く。
すると、そこには出かける準備をしたサツキがいたのだった。
「サツキさん?」
「あちゃー。見つかっちゃいましたね」
「何処かに行くんですか?」
「まぁ、少し用事があるんですよ」
サツキはそう言って手に持った機材を見せる。小型だが、それは業務用の録音機だった。アリサはサツキがジャーナリスだと聞いているので、それが仕事用のモノだと理解できる。
夜中にそれを持ち出すとするということは、何か怪しい現場に向かうのだと言っているようなものだ。
アリサは怪訝な表情を浮かべて尋ねる。
「一体何を……」
「そうですねー。まぁ、折角なので付いて来てください。興味深いものが見れると思いますよ」
そう言ったサツキは音を立てないように扉を開けて外へと出ていく。一瞬だけ躊躇ったが、アリサもそれに続いて扉を出たのだった。
寝静まったネモス・ディアナを歩いていき、少し離れた林へと向かう。腐葉土を得るためにネモス・ディアナの内部で林を管理しているのだが、サツキとアリサが向かっているのはその一つだった。
サツキは林に入る前に一度振り返り、人差し指を唇に当てながら囁くように注意する。
「ここからはより静かにお願いしますねー」
「は、はぁ……」
困惑するアリサをよそに、サツキは慣れた様子で林へと入っていく。まるで本当に怪しい取引をする密会所にでも向かっているかのような警戒度だ。
気を引き締めたアリサは、集中して気配を探り、ミッションで鍛えられた隠密術を行使してサツキについていく。
しかし、遠くから聞こえて来たのは怪しい取引の声でもなく、争いの音でもなく、空気が透き通るような歌声だった。
(これって……)
アリサは思わず声を上げそうになったが、寸前のところで飲み込んだ。チラリとサツキの方を見ると、彼女は特に驚いた様子もない。つまり、サツキはこの歌が目的でここへやってきたということだ。
全く意味が分からなかった。
(録音機は歌を記録するため……ですかね?)
何のために? などと考えても答えは出ない。
アラガミによって人類が危機に立たされている時代だ。歌のような娯楽は一部の富裕層にしか浸透していないと言っても過言ではない。勿論、フェンリル公式放送では、フェンリルが選んだ宣伝用のアイドルが歌って踊ってをしていることもある。
しかし、表現の自由はない。
フェンリルを否定する発言、意図した芸術作品、レポートは全て揉み消される。
一般人の歌を録音したところで得なことなど一つもない。
強いて言えば、個人的な満足が得られるだけだろう。
「よし、この辺りならいけますかねー。セットして……」
サツキはブツブツと何かを呟きながら録音機をセットし始め、アリサはそれを眺める。ふと視線を上げると、ゴッドイーターとしての視力が、闇の中に一人の少女を捉えた。
薄い茶色の髪が風に揺れ、胸に手を当てながら歌う少女。
まだアリサは知らないが、後に極東の歌姫と呼ばれる葦原ユノだった。
ここまで来た目的は、ユノの歌を録音することである。サツキは彼女の歌をフェンリル公式ラジオをジャックすることで流す計画をしていた。歌によって多くの人を引き付け、それと同時にフェンリルの闇を語ることで味方を増やしていく。
同情でも構わない。
ともかく、フェンリル内部に外部への支援をする流れを創り出すのだ。明確な流れでなくとも、一定の賛同を得ることが出来ればサツキの仕事はもっと楽になる。裏から手をまわして資材を確保するにも、協力者がいるのといないのとでは難易度が大違いだからだ。
「く……録音機が良くてもマイクの調子が最悪ですね。もっと近寄らないと」
サツキは慎重に、慎重にユノが歌っている場所まで距離を詰めていく。
だが、素人が暗闇で動くには無理があったのだろう。足元の根に躓いて大きな音を立ててしまった。ガサリと草が揺れる音を聞いたユノは、咄嗟に歌うのをやめて振り返る。
「誰っ!? ……ってサツキ?」
「あちゃー。見つかっちゃいましたか」
「もう! 何しているの? まさかまた録音?」
「驚きなさいユノ。今日はプロも使う高品質品を持って来たわよ。さぁ歌いなさい。そして録音させなさい!」
「ちょっとサツキ!?」
小型録音機を片手にマイクを差し向けるサツキと、後ずさるユノ。
傍から見れば危ない絵面である。
アリサも出ていこうかと悩んだが、生憎ここには密かに入らせて貰っている身だ。ユノは子供だが、安易に姿を見せて良い相手でもない。一通りのことが終わるまで、隠れていることに決めたのだった。
「ちょっとだけ! 一曲だけでいいから!」
「ダメよ。サツキに録音させたら何に利用されるか分かったものじゃないわ」
「えー? いいじゃない。恥ずかしがる必要なんかないわよ?」
「それでもダメ!」
「ケチー」
そうは言いつつも、サツキは諦めてマイクを降ろす。無理やり録音させても意味がないものなので、今日のところは諦めることにしたのだ。
「まぁ、録音はまた今度にして……」
「しないよ!?」
「夜中に抜け出してるんじゃいわよ不良娘が!」
「う……」
現在、時刻は午前零時を過ぎている。ネモス・ディアナでは余計な電力消費を抑えるために、この時間帯は全ての電気がカットされている。そのため、周囲は真っ暗であり、星や月明かりが頼りだ。
子供が外に出て良い時間ではない。
ユノはそれを無視して家を抜け出し、こんな林の中で歌っていたのである。
これに関しては言い訳のしようがない。
「ごめんなさい……」
「気をつけなさいよ? 何かあったら皆が悲しむんだからね」
「はーい」
「というわけで、今度は白昼堂々と歌ってくれない? 録音するから」
「結局そこなの!?」
ユノは確かに歌が好きだが、人前でとなると恥ずかしい年頃だ。将来的に自分の歌を何かに役立ててみたいという志はあるものの、具体的なことは考え中である。
サツキとしてはその一環として録音をしているのだが、ユノは気恥ずかしさゆえに拒否していた。
ただ、サツキとしては時間の問題だと考えていたが。
「とりあえず今日は帰りなさいユノ」
「わかった。サツキをも気を付けてね」
「はいはい。バレないように帰んなさいよー?」
「うん」
ユノはそのまま走って消えてしまった。
普段から抜け出しているからか、慣れた様子である。
アリサはユノの気配がなくなったのを見計らってサツキの所へと出てきた。
「サツキさん。彼女は?」
「葦原ユノ。私の幼馴染みたいなもんですよ。まぁ、年齢差は姉と妹ぐらいありますけどねー。あれでもネモス・ディアナをまとめる葦原総統の娘なんですよ」
「歌っていたのは?」
「あれは彼女の趣味ですねー。でも捨てたもんじゃないでしょう?」
「ええ。とても心に染みる歌声でした」
「うむうむ。あの子の良さが分かるなら良し!」
サツキはそういって満足気に頷く。
だが、そんな身内贔屓なしにしても、ユノの歌はかなりのものだった。出る所に出れば十分に業界で通用することだろう。
「フェンリル広報部のオーディションなら通りそうですね」
「ダーメ。あの子をフェンリルの駒になんかさせませんよ。広報部に所属したらフェンリルに都合のいいことしか公表しない客寄せパンダと同じだもの。あの子には別の方法で世界に出て貰いたいですねー」
頭が痛いとしか言いようがない。
事実、フェンリルは都合の悪いことをひた隠しにしている。
それは極東支部も例外ではない。
アーク計画は、その内容の汚さから存在自体がなかったものとされ、表向きはエイジス計画失敗として闇の中へと葬られた。公表してよい内容ではないし、これを秘匿することを条件にクレイドル設立を本部に認めさせたという経緯もある。
サツキの言葉に心当たりがあり過ぎた。
「……すみません」
「いいんですよー。アリサさんは戦闘員みたいですから、そう言ったことには無縁でしょうしねー」
「はい。ですが、これからはそうもいきません」
「ほう。といいますと?」
「私たちクレイドルはフェンリルに所属していながら、フェンリルから独立した部隊です。第一目標はこうして各地を調査しつつ、フェンリルの外で暮らす人々を受け入れるサテライト拠点を建設すること。そして第二目標として、保有戦力の高さを利用し、各地でアラガミの調査を行います。新種の討伐、また新技術の開発でフェンリル本部にも発言力を得ることを目指します。そして第三の目標として、このサテライト拠点を世界に増やすことです。現在は極東支部所属クレイドルですが、いずれば独立部隊として世界で活躍して見せます。本部への発言力を得ることが出来れば、極東以外でもサテライト拠点を設立することも可能ですから」
クレイドルの目標は人類の揺り籠。
誰もが幸せになれる世界だ。
サテライト拠点を作ることで、より多くの人が対アラガミ装甲壁の中で過ごせるようにする。また、サテライト拠点で食料や日用品を生産し、それを流通されることで生活の質を向上させる。サテライト拠点が食料や日用品の生産を担うことで、フェンリルが担う負担も減る。
ただでさえ、フェンリルという職場は常にオーバーワークなのだ。
ゴッドイーターは基本的に休日などないし、技術班も毎日のように研究して新技術を開発している。これは人類が生き残るために必要だからだ。
サテライト拠点はその負担を減らす可能性を秘めている。
皆が活躍し、皆の幸せのために生きていける世界。
それがクレイドルの目指す場所である。
「極東はサテライト拠点を建設するモデルケースとなるでしょう。良い言い方をすれば最先端の試みですが、悪い言い方をすれば実験台です。どちらにせよ、良い方向へと進めるためには現地の人たちと良い関係を結ばなくてはならない」
「なるほど。話が読めてきましたよ。ユノですね?」
「はい。彼女はフェンリルの外で暮らす人の代表とも言えるでしょう。彼女が歌の力で世界へと出れば、それはフェンリルに捨てられてしまった人々の希望にもなります。是非とも活躍して欲しいものです」
「ほほー。これは良いことが聞けましたねー。良い交渉が出来そうです」
「私もですよ」
クレイドルはユノを影から支援する。
ユノの活動によってクレイドルは目標へつ近づく。
彼女の歌がどこまで通用するか不明な以上、捕らぬ狸の皮算用だ。しかし、アリサはユノの歌にそれだけの可能性を感じていた。この絶望の世界に光を齎す。そんな可能性を感じたのだ。
忘れがちだが、アリサは高度な教育を受けたエリートである。
この手の政治的取引や、バランス感覚にも優れている優秀な人物だ。
二人の交渉はサツキの家に戻ってから行われ、外が明るくなるまで続けられるのだった。
◆◆◆
翌日、寝不足気味のアリサとサツキに首をかしげていたユウとソーマだったが、特に何かを言うこともなく朝食を食べていた。
本来ならば今日の時点で帰ることも考えていたのだが、例の赤い雨に関するレポートについて聞かなければならないことがある。著者がシスイであることは三人とも知らないのだが、そのシスイを待つために今日もネモス・ディアナに留まることにしていた。
「アリサ、ソーマ。今日はどうする?」
「どうする……とはどういうことですか?」
「今日の行動ってことだろ? 俺たちは一応、ネモス・ディアナに侵入している状態だ。安易に外を歩くわけにはいかねぇ。それを踏まえてどうするかってことだろ?」
「うん。ソーマの言った通り、俺たちはここでは部外者だ。かといって、一日を無駄に過ごすのもアレだからね」
ネモス・ディアナの外に出ているシスイが帰還するのは明日の予定になっている。そのため、三人は今日一日をどうにかして過ごさなければならないのだ。
可能ならば総統である葦原那智とも会談したかったのだが、サツキの話を聞いたところによると、葦原那智はフェンリルを極端なまでに毛嫌いしているという話である。いきなり押しかけても門前払い、最悪は武器を向けられることになるだろう。
「今日は大人しくしていましょう」
「それがいい」
アリサとソーマは問題を起こさないようにすることを優先する。クレイドルは設立したばかりであり、信用などまるでない状態だ。余計な軋轢は避けたい。
「そう言えばサツキさんは?」
「サツキさんなら仕事みたいです。ジャーナリストを名乗ってますけど、普段は資源の調達や、外部との交渉を担当しているみたいですから」
「なら、なおさら俺たちは大人しくしていた方がいいね。彼女に迷惑はかけられないし」
「だな」
ユウ、アリサ、ソーマは朝食を片付け、これからの活動についてゆっくりと話し合うことにする。今はクレイドル設立に伴う忙しさで、ゆっくりと話し合う時間が中々とれない。そのため、こうして暇な時間が出来るのは悪くなかった。
改めて計画を確認し、必要なこと、必要な物を協議する。
他にも第一部隊を抜けたことによる人員の補強も必要だ。今はコウタ、リンドウ、サクヤがメインで第一部隊を回しているが、いずれはちゃんとした再編をしなくてはならない。勿論、現在の訓練生にも候補はいる。しかし、第一部隊という精鋭の中に入れられるかと言えば微妙な者たちばかりだった。
第一部隊が求めるのは即戦力よりも才能だ。
伸びしろがあるならば、入隊後に実戦の中で強くしていく。ユウとコウタもこのタイプだった。そうでなければユウが実戦投入から一か月もしない内にエース級になるなど有り得ない。ゴッドイーターは神機との適合率がものをいう世界なので、才能は残酷なまでに実力と比例する。
ただ、努力が実らないわけではない。
防衛班の大森タツミは適合率が低いながらも、その研鑽によって実力者となった者の一人だ。努力が全くの無駄になることはない。尤も、ゴッドイーターは命懸けの仕事なので、努力を怠るの死に直結するのだが。
(やっぱりエース級が一人欲しいね。コウタは第一部隊に残るって言っているけど、遠距離神機だし、切り込み隊長がやっぱり必要か)
ユウは難しい表情を浮かべながらそう考える。
クレイドルの主要メンバーは元第一部隊ばかりである。特に三強とも呼ばれるユウ、リンドウ、ソーマが第一部隊から抜けるのは結構な痛手だ。最終的には世界中で活躍するビジョンもあるクレイドルだが、第一部隊の問題を解決しないことには遠征も出来ない。
結局、極東のアラガミは世界最強だ。
いざという時に強力なアラガミに対抗できる戦力がなければ危ない。
三人で幾ら話し合っても明確な答えは出なかった。
だが、昼を過ぎたあたりで、話し合いは中断せざるを得なくなる。外で激しく鐘が鳴らされ、雰囲気が重くなったからだ。
「何この鐘……?」
「外が騒がしいですね。もしや警報でしょうか?」
「アラガミが出やがったってことだろ。行くぞ」
ソーマはオラクル細胞を大量に保有しているせいか、何となくアラガミを感知できる。ソーマが言うのなら間違いないと判断したユウとアリサも、ソーマに続いて神機を手に取り、家を飛び出した。
カンカンカンカンと鐘の音が響き、住民の叫び声も聞こえる。
神機を持った三人は、すぐに走り出した。
「こっちだ!」
ソーマの案内に従い、ユウとアリサは後に続く。途中で住民と擦れ違った際、怪訝な顔をされたが、緊急事態ゆえに気に留められることもなかった。
ゴッドイーターとしての身体能力を存分に使い、三人は一分もせずにアラガミと遭遇する。
青いシユウの亜種にも見えるアラガミがまさに人を襲おうとしているところだった。
「させるか! アリサは援護を! ソーマはトドメ!」
「はい!」
「分かっている!」
ユウは飛び出し、アリサは銃形態にしてアサルト弾を発射する。大量の弾丸が青いシユウへと突き刺さり、少しだけよろめいた。その隙にユウが襲われていた人の前に立ち、切り上げて隙を作る。
そしてソーマが空中から重力と共にチャージクラッシュを叩き込んだ。
ズガン、と地面が揺れて青いシユウが吹き飛ぶ。
「新種かな? 油断せずに行くよ!」
「はい」
「ああ」
青いシユウは羽毛のような柔らかい翼を有しており、一見すると防御が薄そうに見える。だが、防御が薄いアラガミは高確率で攻撃力が高い。スサノオなどが良い例だ。油断すると死に繋がりかねない。
「キイィィィィィッ!」
吹き飛ばされた青いシユウは、強く鳴いて羽ばたき、空中へと移動する。
すると、ユウたちの神機に変化が起こった。
「あれ?」
「神機が……」
「何だと……」
青いシユウの鳴き声と同時に、神機が停止したのだ。神機から送られてくる偏食因子が消失し、全身をみなぎる力が消えていく。
ユウとアリサは神機を変形できず、ソーマも装甲展開すら出来ない。
神機がただの鈍器と化した瞬間だった。
「拙い!」
「キギャアアアアアアアッ!」
空中からの急襲。
普通のシユウにはない攻撃である。
神機に停止により動揺したユウたちは回避が遅れ、その余波を喰らって吹き飛ばされてしまった。
「クソが!」
ソーマはすぐに起き上がり、元から有している腕力で無理やり神機を振るう。頑丈な鈍器でしかない今の神機では攻撃力に期待できないが、吹き飛ばす程度なら余裕だ。青いシユウはソーマの攻撃を受けて吹き飛び、近くにあった家屋へとぶつかる。
だが、これでは倒せない。
「キイィィィィィッ!」
青いシユウが再び鳴くと、今度は地面から湧き出るように青いオウガテイルが現れた。その数は三体だが、この特殊能力にはユウたちも驚く。状況を見れば青いシユウが作り出したのは明白で、アラガミを創り出す能力など初めて見た。
余程特殊な進化を遂げたということだろう。
「厄介な奴だ……」
ソーマは苦々しい表情で呟く。
神機の無効化に加え、下位のアラガミ創造。
個体の強さは大したことないが、特殊能力が異常である。特に、神機を停止させられるとアラガミを倒す方法が皆無となる。これは痛い。
そして崩れた家屋から青いシユウも現れ、三体の青いオウガテイルと合わさって一つのチームとなった。
ユウはクレイドルの隊長としてアリサとソーマに指令を出す。
「ネモス・ディアナの外へと誘導する。俺が引き付けるから、アリサが援護。ソーマは隙を見て吹き飛ばしつつ、俺の負担を減らしてくれ」
「任せてください!」
「ふん。やってやろうじゃねぇか」
クレイドル精鋭部隊と未知のアラガミとが戦闘を開始した。