本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP39 フライア潜入

 

 その日、フライアでは緊急迎撃態勢が発動された。

 

 

『神機兵、自動迎撃モード起動』

 

 

 フライアに収容されている神機兵が解き放たれ、侵入者を迎撃するべく動き出す。

 

 

『防衛シークエンスに移行』

 

 

 通常はアラガミを倒すために動かされる神機兵だが、こういった拠点防衛にも利用できる。自律制御型神機兵は、対アラガミ兵器でありながら、対人兵器でもあった。

 

 

『関係者以外の立ち入りは禁止されています』

 

 

 しかし、ブラッド隊はそれでも侵入を止めない。神機で無理やりフライアの扉を破壊し、内部へと侵入した。加えて、ペイラー榊が渡したハッキングツールで扉のパスワードを強制突破し、破壊が難しい大扉も抜けていく。

 

 

『直ちに、当施設から三百メートル以上離れてください。繰り返します――』

 

 

 そしてアナウンスも虚しく、ヒカル、シエル、ナナ、ギルバート、そしてユノとサツキは黒蛛病患者が収容されている施設へと難なく乗り込んだ。

 六人は黒蛛病患者が収容されている部屋を見て言葉を失う。

 そこには、用途不明の機器に繋がれ、実験用のケースに入れられた患者が数えきれないほどいたからだ。

 

 

「ヒデェな」

 

 

 ヒカルの呟きが聞こえたのか、シエルも頷いて答える。

 

 

「はい。予想はしていましたが……まさか……」

 

 

 まるで実験動物のような扱いだと六人は感じていた。

 神機兵の輝かしい実績の裏に、このようなものが潜んでいたとなると、許せることではない。ヒカルは患者たちをすぐに開放しようとしてケースに手を触れた。

 しかし、それと同時に聞きなれた声が響く。

 

 

『待て。勝手なことは許さん』

 

 

 艦内放送で聞こえたその声に、ブラッドだけでなくユノすら反応した。

 

 

「ジュリウス……!」

 

 

 そしてギルバートの言葉に、やはりと皆が確信する。

 こちらの声も届いているのだろうと考えたシエルは、ジュリウスに問いただした。

 

 

「ジュリウス、状況の説明を求めます」

『お前たちに話すことはない。極東支部に戻れ』

 

 

 想像以上に冷たい反応だった。

 しかし、ユノは強く言い返す。

 

 

「いいえ、帰りません。このような非道は……全て明るみに出します! 極東支部、それに本部にも通告し、正式な抗議として――」

 

 

 そこまで言って、ユノは言葉に詰まる。

 彼女も思い出したのだ。ジュリウスがサテライト拠点を気にかけて、フライアに黒蛛病患者を受け入れるように計らってくれたことを。それにもかかわらず、このような事態となっていることに、悲しみを覚えたのだ。

 ユノは改めてジュリウスに問いかける。

 

 

「……サテライト拠点の人たちに一生懸命だった貴方の姿は……嘘だったんですか? ブラッドの皆や極東の人たちと一緒に頑張っていたのも嘘だったんですか?」

『……』

 

 

 泣きそうな声で言われるとジュリウスも言葉に詰まる。

 ジュリウスも理性では何が正しいか理解しているのだ。

 しかし目的のためには止まれない。既に走り出した決意は振り返ることを知らない。

 

 

『もう一度だけ警告する―――』

 

 

 だからジュリウスは敢えて非情な判断をとった。例えブラッドやユノ、極東支部と敵対することになったとしても、最後に残る楽園のために今を切り捨てると。

 

 

「ジュリウス! どうして貴方は何も言ってくれないんですか!」

 

 

 ユノの叫びに再びジュリウスは言葉を失った。

 

 

「どうして……一人で抱え込もうとするんですか……」

 

 

 それを聞いてジュリウスは観念しそうになった。ロミオのため、後の世界のために一人で何かを抱え込んでいることはバレていたらしい。

 不器用で隠し事の出来ない性格は治っていなかったようだ。

 とある部屋で画面を眺めながら、ジュリウスは天を仰いでいた。

 しかし、妥協はしない。

 ジュリウスは力強く……突き放した。

 

 

『……好きにするがいい。どうせ止められはしない。フェンリルの全戦力を使ってもな。

 警告はここまでだ。そこから先に侵入するならば、たとえ元部下であっても容赦なく打ち払う。お前たちでも命の保証はしない。以上だ』

 

 

 そこまで言い切り、ジュリウスはアナウンスを切った。

 画面には、涙を流すユノと、それを気遣うブラッド、サツキの姿が映し出されている。ジュリウスは、もう二度とあの中に戻れないだろうと悟り、少しの後悔を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じくフライアに単独潜入したシスイは、研究棟で資料を探っていた。

 データの資料だけでなく、紙の資料も一つずつ確認していくのは結構大変だ。しかし、ブラッド隊が陽動として暴れている間に、シスイは任務をこなさなければならない。そうでないと、避難した研究員が戻ってきてしまうからだ。

 時間は無駄に出来ない。

 

 

「今頃、ユノとサツキさんも黒蛛病患者を救出しているかな……」

 

 

 研究棟と神機兵保管庫は近いので、偶に轟音が聞こえる。ブラッド隊が神機兵を相手に戦っているのだろうと予想できた。

 

 

「しかし予想以上にデータが少ないね」

 

 

 神機兵について基本的なデータは幾らかある。しかし、コアとなる部分や、ラケルの計画に関するものと思しき資料は一つも見つからなかった。

 

 

「となると、やっぱりラケルの研究室か実験室になるか」

 

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 そんな言葉もある。ラケルに見つからないようコソコソと動くだけでは欲しいデータも集まらない。そう考えたシスイは、移動を開始した。

 目的はラケルに会うこと。

 あの気味悪い女ならば、シスイを待ち構えているぐらいやりそうなので緊張する。

 シスイは予め頭に入れておいた研究棟マップを参考に歩いていき、まずはラケルの研究室へと向かうことにした。道中は誰にも会うことなく進んでいき、目的地へと到着する。

 

 

「ここか……」

 

 

 シスイはノックをしそうになったが、踏みとどまってそのまま扉を開けた。中を覗いてみると、誰もいないことに気付く。

 

 

「まぁ、都合は良いかな」

 

 

 シスイは研究室に入り、画面や紙の資料を漁り始めた。

 

 

(ジュリウスの『統制』を利用した神機兵制御、加えて黒蛛病因子の利用法ね。それで黒蛛病患者をフライアに受け入れていたってわけか)

 

 

 資料を探れば、すぐに状況は把握できた。

 つまり、黒蛛病因子を利用して感応現象を引き起こし、ジュリウスの『統制』による制御で神機兵を操る計画だ。ジュリウスが黒蛛病に感染したことで可能となった試みである。

 そして黒蛛病因子を安定的に抽出するため、黒蛛病患者は利用されているのだ。

 

 

(黒蛛病因子の抽出か……上手くやれば治療も可能できる……?)

 

 

 だが、シスイはすぐに首を振った。

 

 

(いや、あの女がそんな目的を持っているとは思えないね)

 

 

 ラケル・クラウディウスの本質を知っているが故に、シスイはそう考えた。そして再びモニターへと視線を移し、調べ物を続ける。

 しかし、唐突に背後から声を掛けられた。

 

 

『あら? 懐かしい顔ね』

「っ!」

 

 

 驚いてシスイが振り返ると、そこには車椅子に乗ったラケルがいた。いや、その身体は半透明に透けているので、ホログラムによる投影なのだろう。

 

 

「久しぶりですね。ラケル・クラウディウス」

『ええ、久しぶりですシスイ』

「何か用ですか?」

『うふふ……女性の部屋を探っておいて、それはないでしょう』

 

 

 一理ある……が、ラケルにそんなことを気にする感性があるとは思えない。

 シスイは無視して問いただした。

 

 

「神機兵制御に黒蛛病患者の利用……ジュリウスまで使って何が目的ですか?」

『やがて来る、晩餐の日の下拵えです』

「晩餐の日というのは?」

 

 

 シスイがそう聞き返すと、ラケルは笑みを深めて嬉しそうに答えた。

 

 

『運命によって決められた終末。人というバグが外した歯車を嵌め直すのが私の役目』

「……終末捕食」

『よく知っていますね。ペイラー榊博士が提唱し、三年前には実際に起こった終焉。しかし、それは月へと行ってしまいました』

「そうらしいですね」

 

 

 その時はシスイも極東から離れていたので、詳細は知らない。あらましをコウタなどから聞いているだけだ。

 しかし、三年前に終末捕食の特異点……シオは月へと行ってしまった。

 地球は特異点を失っており、終末捕食が完成する条件は満たせない。

 

 

「ラケル・クラウディウス……お前は特異点を人工的に完成させるつもりか?」

『ええ、そうですよ』

「……」

 

 

 半分冗談のつもりで聞いたのだが、事実のようだ。

 ラケルは意味深なことを口にする一方、嘘や冗談は全くと言ってよいほど言わない。これも事実なのだろうと確信していた。

 そんな衝撃を受けるシスイをよそに、ラケルは更に爆弾とも言える事情を投下する。

 

 

『そんなに驚くこともないでしょう? なぜならシスイ、貴方も特異点候補だったのですから』

「何……?」

 

 

 耳を疑うシスイに対して、ラケルはそのまま言葉を続けた。

 

 

『全ての偏食因子を受け入れる神に選ばれた子、ジュリウスが第一候補。そして実験により全ての偏食因子に耐性を得たリヴィが第二候補。シスイ、貴方は人工的に特異点を作り出す実験のプロトタイプ。複数の偏食因子を宿すことを目的としてM2プロジェクトは実行された』

「あれは二種類の神機を同時に操ることを目的とした実験だったのでは?」

『表向きは……ね。真の狙いは別にあるということよ』

「……つまり、M2プロジェクトで得たデータをもとにリヴィを作ったと?」

『ええ、その通り。でも――』

 

 

 ラケルはここの底から笑みを浮かべて告げた。

 

 

『――貴方とリヴィは保険ね』

 

 

 そう、ラケルにとってシスイとリヴィはジュリウスが順調に育たなかった時の保険だった。本命であるジュリウスが特異点になり得ると確信した時点で、すでにシスイとリヴィは用済み。

 だから廃棄した。

 

 

『でも、保険の貴方たちが本命(ジュリウス)に牙を剥くなら、容赦しないわ』

「……それはこちらのセリフですね」

『ふふ……勇ましいわ』

 

 

 その言葉と同時に、ピコンッという音がモニターからした。シスイがモニターに目を向けると、神機兵専用実験室までのルートが立体図で表されている。

 

 

『そこまで来なさい。歓迎してあげましょう』

「なら、是非とも歓迎にあずかりましょう」

 

 

 シスイの返事に満足したのか、ラケルのホログラムが消失する。

 再びモニターでルートを確認した後、シスイは動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神機兵保管庫の近くで、ブラッド隊は周囲を警戒していた。

 

 

「終わったか?」

「そのようだな」

 

 

 ヒカルの言葉にギルバートが答える。

 ジュリウスの命令で襲いかかってきた神機兵は全て撃退に成功した。中型種を狩れる実力がある神機兵を何体も相手にするのは骨だったが、ブラッドは問題なく生き残った。

 そこでシエルが代表して通信する。

 

 

「ブラッド、神機兵を撃破しました。黒蛛病患者の収容所に戻り、保護部隊の援護に回ります」

『了解です。黒蛛病の運び出しも間もなく終了します。ブラッドの皆さんも急いで向かってください』

 

 

 ヒバリからの指示は皆聞こえたのだろう。ヒカルが頷き、他の三人も無言で応える。四人は元来た道を戻って、ユノとサツキが動いている収容所に向かった。

 その道中で、ふとギルバートが声を漏らす。

 

 

「ジュリウスの奴……本気で殺しに来てたな」

 

 

 それは神機兵の動きを見れば明らかだった。確実に人間の急所を狙い、殺害の意思を持って神機兵を動かしていた。それが分からない彼らではない。

 もう、ブラッド隊長のジュリウスはいないのだと言われているような気がした。

 

 

「関係ないな」

 

 

 しかし、ヒカルは力強くそう告げる。

 

 

「ジュリウスは間違っている。だったら俺たちが正してやるまでだ。それに、ロミオだって取り戻さないといけない。嘆いている暇なんてない」

「隊長……」

「俺たちブラッドの絆はこんなことで消えたりしない。ジュリウスは連れ戻すし、ロミオも絶対助け出してやる」

 

 

 皆も無言で頷き、ヒカルに同意する。

 シエルも、ナナも、ギルバートも、皆ヒカルに助けられたものばかりだ。だからこそ、ヒカルの言葉は信用できる。

 壊れた神機兵の部品が散らばる通路を駆け抜け、四人は収容所へと戻った。

 そこでは、ユノとサツキ、そして保護部隊が次々と黒蛛病患者を運び出しているのが見える。感染しないように保護部隊は専用の全身装備を使っていた。

 

 

「ユノ! ブラッドの皆さんが戻って来たみたいよ」

「あ、ヒカルさん! 無事だったんですね」

「なんとか。そっちも順調みたいだな」

 

 

 合流したヒカルたちは周囲を警戒することに決める。フライア内部アラガミの心配をする必要はないだろうが、神機兵がまた襲ってくるかもしれないのだ。

 あれからジュリウスは何も語って来ないので、その不気味さもある。

 

 

『こちら保護部隊。退避は完了した。患者はいつでも連れ出せる』

「よし、ならとっとと逃げますよー」

 

 

 収容所から連れ出した患者は車へと運び込まれ、第一部隊に警護されている。サツキはその連絡を聞いてすぐに脱出しようとした。

 

 

「逃げるわよユノ! ブラッドの皆さんも早く」

「待ってサツキ! まだ一人いる!」

 

 

 しかし、念のために一つ一つの収容ケースを確認しているユノが残された患者を見つけてしまった。慌てて駆け寄り確かめると、それはアスナという少女であることが分かった。

 

 

「アスナちゃん!?」

「くっ……なんでこの子だけ残されているのよ! 誰か一人だけ戻ってきて!」

 

 

 サツキが慌てて通信で保護部隊のを一人呼び戻す。黒蛛病は接触感染するので、ユノやサツキ、ブラッド隊メンバーが運ぶわけにはいかない。

 この時間がもどかしかった。

 そして、この隙を狙っていたかのように神機兵が現れる。

 

 

『グオオオオオオオオ……』

 

 

 唸り声を上げて出現した神機兵は六体。

 慌ててヒカルが命令を下した。

 

 

「二人を守るぞ! 最低でも時間稼ぎだ!」

 

 

 ブラッドが四人に対して神機兵は六体。

 これでは一人が一体より多く相手にしなければならない。

 

 

「うおおおおおおお!」

 

 

 素早いヒカルがスタミナの限り動き回って神機兵を切りつける。出来るだけヘイトを集め、ユノとサツキの方へと向かないようにしたのだ。

 だが、所詮はショートブレードによる攻撃。

 大剣型神機兵の一体が、ヒカルを無視してアスナの側に立つユノに迫ろうとする。シエル、ナナ、ギルバートは別の神機兵を相手にして気づいておらず、気付いたとしても間に合いそうにない。

 

 

「させるかあああああああ!」

 

 

 唯一気付いたヒカルは、手に持った神機を投げた。

 バスターブレードを振り上げた神機兵の腰にヒカルの神機が突き刺さり、一瞬だけ止まる。その間に、ユノはアスナを抱えて避けた。

 

 

「グオオオオオオオオ!」

 

 

 その直後、再び動き出した神機兵がバスターブレードを振り下ろす。アスナが眠っていたケースはバラバラに砕かれた。後一瞬でも遅ければ、手遅れになっていたことだろう。

 いや、ユノが素手のままアスナに触れてしまった時点で手遅れだが。

 

 

「ユノ!」

「だめサツキ! 黒蛛病が感染しているかもしれないから触らないで!」

 

 

 サツキは伸ばした手を引き戻す。

 それに、まだ神機兵は止まったわけではないのだ。とにかく逃げなければならない。

 

 

「このまま脱出しますよ! ブラッドの皆さんは殿(しんがり)をお願いします!」

 

 

 ユノがアスナに触れてしまったのなら、もう保護部隊を待つ必要はない。このまま脱出する方が速いので、神機兵はヒカルたちに任せることにした。

 更にサツキはシスイへと通信を繋ぐ。

 

 

「シスイ君! 今出られる!?」

『どうかしましたかサツキさん』

「ユノが黒蛛病に感染したかもしれない! 耐性のあるシスイ君に来て欲しいの!」

 

 

 黒蛛病患者に触れても感染しないシスイならば、ユノの助けになる。そう考えて呼び出した。

 しかし、シスイからの返答は否定の言葉だった。

 

 

『すみませんが今は無理です』

「ちょっと! もうすぐ脱出よ! どちらにしろ戻ってきなさい!」

『すぐに戻るので先に行ってください』

 

 

 その言葉を最後に通信が切れる。

 サツキは苛立ちを感じたが、シスイは無駄なことをしない性格だと理解していたので、踏みとどまった。戻ってくるのが難しいほどの重要なことがあるのだろうと考えたからだ。

 

 

「ったく……仕方ないわね! 行くわよユノ!」

「うん。ブラッドの皆もお願い」

「任せろユノ!」

「こっちは心配しないでください」

「ユノちゃんたちは早く脱出してね~」

「さっさとぶちのめして追いつく」

 

 

 ブラッドが神機兵六体を押さえつけている間に、二人は脱出を図ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキさんには悪いことをしたね。それにしても……ユノも感染か……」

 

 

 通信を切ったシスイは、既に神機兵専用実験室の前までやってきていた。電子ロックで閉じられているハズの実験室は、丁寧にも開錠されている。

 まるでシスイを誘っているかのようだった。

 

 

「急がないとね」

 

 

 シスイは扉の前に立つ。すると自動で開かれたので、躊躇いなく中へと入った。

 実験室の内部は神機兵専用だけあって非常に広い。シスイでもよく分からない機械が配置され、神機兵のパーツも転がっている。

 そして黒蛛病患者を利用した実験にでも使ったのだろう。ベッドも幾らかあった。

 周囲を見渡しつつ実験室の中央まで来ると、その奥に一つのケースがあることを確認する。それは黒蛛病患者を収容する専用のものであり、収容所では大量に並んでいた。

 

 

「あれは……」

 

 

 シスイが目を凝らすと、中にはロミオが眠っていた。

 なぜ、実験室にロミオがいるのか疑問に感じるものの、その思考を遮るかのようにラケルの声が聞こえ始める。

 

 

『ようこそシスイ』

「ここはなんですか?」

『黒蛛病を研究する場所。正確には、黒蛛病因子と神機兵、そしてブラッドの因子を総合的に実験する専用の実験場よ』

「ロミオも利用していた、ということですか」

『いいえ。ロミオはジュリウスを完成させるための舞台装置、そして枷』

 

 

 本来なら、ロミオの役目は終わっているハズだった。

 ラケルはそのつもりで計画していたのだから。しかし、シスイの活躍によってロミオは一命をとりとめてしまう。計画に修正を加え、ジュリウスを次のステージへと進める上に、その枷として活用することに決めた。

 

 

「ジュリウスの特異点化……そのためにロミオが必要だった?」

『ええ。彼の役目は王に奉げられる贄。そしてジュリウスが完成しようとしている今、もはや不要ね』

 

 

 ラケルがそう言った瞬間、実験室の奥にある大扉が開く。

 そこから、赤い装甲を持つ神機兵が出現した。

 

 

『よくできているでしょう? 神機兵にノヴァの因子を注入してみたの』

「ノヴァ……そんなもの一体どこで。ノヴァの素材は極東支部が厳重に管理しているハズ……」

『フェンリルの闇を甘く見過ぎよシスイ』

 

 

 まるで子供を諭すようにラケルが告げる。

 かつて極東を襲ったアリウス・ノーヴァの脅威を二度と再現しないため、極東ではノヴァの因子を厳重に管理していた。決して外部に漏れださないよう、廃棄核燃料よりも厳重な処理が行われていたハズである。

 それが持ちだされ、あまつさえラケルに利用されているというのはシスイにとって見逃せるものではなかった。

 

 

『ふふふ。ノヴァ因子の処理、そしてロミオ……どちらも見逃せないでしょう?』

 

 

 これがラケルの狙い。

 シスイを始末するために、二つの枷を用意した。

 ノヴァ神機兵はロミオを始末するために襲ってくる。そしてシスイはロミオを守りながら、ノヴァ神機兵を処理しなければならない。

 最悪の状況で戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです
最近寒いですね。皆さんも体調には気を付けてください。

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