本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP6 洗脳

 依然、緊迫した状態が続いているアナグラでは、多数のフェンリル職員が様々な機械をフル稼働させつつ働いていた。オペレーターのヒバリが負担する労力も既に限界近く、ツバキが補佐に入っているほどである。

 それだけでなく、現在のアナグラ内はある理由で言い争いも起きていた。

 

 

「俺も出撃させてくださいツバキ教官!」

「ダメだといっているだろう神薙ユウ。貴様は傷が深すぎる。行っても邪魔にしかならん」

「く……シスイの安否も不明なのにっ!」

 

 

 右腕を骨折し、身体に凍傷を負った神薙ユウは自分の不甲斐なさに苛立っていた。

 先のミッション中にトラブルが発生し、アリサが錯乱。そしてリンドウをアラガミと共に閉じ込めてしまうという事件が起こった。同時にプリティヴィ・マータと命名されたアラガミに囲まれ、撤退するも大怪我を負ってしまったのである。ソーマが殿を務め、ユウが錯乱するアリサを、コウタがリンドウを助けようとするサクヤを連れて帰投する際中、二人はアリサとサクヤを庇ってプリティヴィ・マータの攻撃を受けることになった。

 結局、軽症で帰投できたのはソーマだけだったのである。

 さらに、すぐにリンドウを救出するために神機使いを派遣するつもりが、今のように活性化した多数のアラガミによって極東支部が襲われる事態が発生したのである。

 神機使いが不足している中、極東支部全てを守り切るのは難しい。

 結局は個人の才に頼ることになってしまい、南部はシスイを、西部はソーマ一人を派遣することで現状維持している状態だった。シスイとソーマに関してはヨハネス・フォン・シックザール支部長の推薦という名の命令で決まったことであり、ツバキにはどうしようもなかった。出来るとすれば、他のエリアでの戦いをすぐに終わらせて援軍を送るぐらいである。

 だが、その前に南部エリアでは異常が発生していた。

 見たこともないほどにオラクルが活性化し、レーダーが正常な反応を示さなくなったのである。南部エリアでは超弩級アラガミ、ウロヴォロスが確認されたばかりだった。レーダーに異常が発生して以降、通信障害によってシスイとも連絡を取ることが出来ず、ヒバリは他エリアのオペレートをこなしつつも涙目でシスイに呼びかけ続けていた。

 

 

「レーダー班! まだ異常は直らんのか!」

「申し訳ありません雨宮三佐。これはレーダーの異常ではなく、現地の異常です。徐々に活性化オラクルは減っていますが、こちらからではどうしようもありません!」

「東部エリア担当の防衛班から確認に回せるか?」

「無理です。テスカトリポカを中心としたクアドリガ系列アラガミとの戦闘が始まりました」

「ダメかっ!」

 

 

 バンッと拳を机に叩き付けるツバキ。

 悔しさで噛んだ唇から血が流れる。

 

 

「ツバキ教官。やはり俺が」

「ダメだと言っているっ! 神薙ユウ、貴様は極東支部で唯一の新型神機使いだ。ここで死ぬのは許さん」

「死にません!」

「その傷で何が出来る! 役に立ちたいなら、今は少しでも休んで傷を癒せ!」

「シスイの様子を確認しに行くだけです!」

「どうせ貴様はシスイの戦闘を見れば飛び出すことになる。認められん」

「ぐ……」

 

 

 ユウは全く言い返せずに黙り込む。例え傷だらけの体だったとしても、シスイがピンチならば助けに飛び出してしまうだろう。その光景が自分でも容易に想像できた。

 シスイが強いのは知っているが、数百体のアラガミとウロヴォロスが相手ではどうなるか予想できない。年も近く、仲が良かったシスイを助けることが出来ないことにユウは悔しさを感じた。

 

 

(肝心な時に動けなかったら、新型だったとしても意味がないじゃないか!)

 

 

 ある種の絶望がアナグラ内に漂い始めていた。

 誰も諦めることなく抗ってはいるが、極東支部史上初とも言えるほどのアラガミに、皆が心を疲弊させていたのである。また、極東支部最強だった雨宮リンドウの行方不明も重くのしかかっていた。

 今日でアナグラは滅びるかもしれない。

 そんな思いすら過り始めたとき、レーダーに変化が起きた。

 

 

「これは……極東支部に集結していたアラガミが次々と撤退していきます」

 

 

 そう言ったヒバリが各エリアの神機使いに確認を取ると、激しい猛攻を仕掛けて来たアラガミが、急に何処かへと逃げて行ったという。

 

 

『こちらタツミ。テスカトリポカはどこかに行っちまったぜ。クアドリガも一緒に消えちまった。どうなってんだヒバリちゃん?』

『こちらソーマ。西エリアのアラガミもどこかに逃げやがった。まるで新しい別の獲物でも見つけたかのような動きだったぜ』

『こちらユウキ。北部のアラガミも逃げたみたいです。助かりました。流石に僕ら偵察班には荷が重いですって』

『こちらシスイ。南部のアラガミは殲滅しました』

「はぁぁ……皆さん無事で良かっ――え?」

 

 

 ヒバリが安堵しかけた時、この場に居た皆が違和感を覚えた。

 通信の最後に何か色々おかしい報告が聞こえた気がしたのである。

 

 

「シ、シスイさん!? 無事だったんですか!」

『僕自身は無事ですよ。ただ、神機が完全に破損しました』

「あと殲滅したとか聞こえましたけど……」

『はい。ウロヴォロスを含めた全てのアラガミを殲滅ました』

 

 

 とても信じられない報告に皆が唖然としていると、ここで異常をきたしていた南部のレーダーが元に戻った。レーダー班がすぐに解析し、巨大ディスプレイに映し出す。

 

 

「南部エリアの半径数キロにはアラガミ反応がありません。全滅しているものと思われます」

 

 

 その結果を聞き、アナグラに居たフェンリル職員は誰もが安堵した。人当たりの良いシスイは、ゴッドイーター以外のフェンリル職員とも比較的交流があり、心配している者が多かったのだ。

 だが、まだ作戦は終わったわけではない。

 一番に気を引き締めたツバキを声を張り上げる。

 

 

「まだ油断するな! 神機が破損したシスイは引き上げろ。東の防衛班から数人ほど南に回し、後一日は警戒を怠るなよ」

『了解』

 

 

 この場だけでなく、通信の向こう側からも返事が聞こえる。

 だが、ツバキは安堵する一方で別のことも考えていた。

 

 

(リンドウ……)

 

 

 この騒ぎで捜索を断念せざるを得なかった弟リンドウである。公私は弁えているが、それはイコール感情が無いわけではないのだ。ツバキは表情を崩さないまま指揮を取りつつも、人知れず拳を握り締めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 帰投した血濡れのシスイを見て、アナグラに居た誰もが驚いた。殆どが返り血なのだが、何も知らずに見れば驚愕ものである。シスイは腕輪が消えた右腕を背中に隠しつつ、困ったような表情で説明した。

 

 

「返り血ですよ。取りあえず部屋に戻ってシャワーを浴びても良いですか?」

 

 

 まだ警戒が続いている中で褒められた行動とは思えないが、流石に全身が血塗れではダメだと言いにくい。また、南部エリアのアラガミを殲滅したことも確かなのだ。それぐらいは許されるだろう。

 破損した神機も向こうに置いたままということもあり、これ以上はシスイを戦力として数えることは出来ないと判断され、ツバキから特別に休憩が許可されたのである。

 シスイは右腕を真っ赤になった白衣の中に隠しつつ小走りで部屋に戻り、全身の血を洗い流してから予備のダミー腕輪を装着する。

 すると、そのタイミングで扉がノックされた。

 

 

「シスイ、居るか?」

「ユウ君?」

 

 

 声から扉の向こうにいるのはユウだと判断して、シスイは鍵を開ける。そして扉を開くと、暗い表情を浮かべたユウが立っていた。骨折した右腕を吊り、身体の所々に包帯が巻かれている。かなりの重傷だった。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、その……役に立てなくて済まなかった」

「……」

「新型だって言われて、みんなより強い神機を与えられて……でも肝心な時に動けなくて」

「それは怪我だよね? なら仕方ないでしょ。幾らフェンリルでも怪我人に働かせるはずないよ。それにエリックさんの時も言ったよね? 君は手を広げ過ぎているよ。自分の手で守れるのは届く範囲だけ。欲を出してしまえば、守れるものすら零れ落ちる」

 

 

 新型でも旧型でも、人間に届く範囲は決まっている。個人差はあれど、全てに届き得る手を持った人間など絶対に居ない。フェンリル本部で厳しい世界を生きてきた経験のあるシスイには、それが身の底まで染みついていた。

 

 

「ユウ君。今の君は一番近い範囲になる自分すらも守れない怪我人だよ。他人に手を伸ばす余裕は無かったってことさ」

「けど俺はそれでも多くを守りたいんだ。そのために神機使いになった!」

「僕にも目標はあるよ。そのために研究者をしているし、ゴッドイーターとしても働いている。けど、目標を達成するためには絶対的に力が足りないと感じている」

「シスイでも……なのか?」

「焦らなくていいさ。僕たちには頼りになる先輩もいる。忘れているかもしれないけど、君はまだ就任して一か月も経っていない新人なんだよ? 僕もメンテナンスでは君を助けるよ。本来はそちらが僕の仕事なんだけどね」

 

 

 ユウとて聖人ではないし、アラガミが蔓延る世界の厳しさは理解している。助からない人もいれば助かる人がいることも知っている。頭では自分の器を理解しているのだ。所詮、自分ではこの程度のことしか出来ないのだと分かっている。

 しかし感情が許せない。

 新型として期待されているということもあり、ユウには納得できなかった。

 それを理解しているシスイは、更に言葉を続ける。

 

 

「今回の迎撃作戦でかなりのゴッドイーターが負傷しただろうね。死んだ人もいると思う。少なくとも、命を張って守ってくれたわけだ」

「それは……俺が弱かったからなのか?」

「そうだよ。先輩たちは弱い人を守るために命を張った。でも、僕たちだっていずれは後輩が出来るだろう? その時はきっと、僕たちが弱い後輩のために命を張るんだろうさ。リンドウさんのようにね」

「……そうか」

「まぁ、今回は僕も死ぬかと思ったけどね」

 

 

 実際、数百体のアラガミと戦闘してきたのだ。

 珍しくシスイにも疲労は溜まっている。

 だが、休むよりも先に第一部隊に何があったのか、それを確認しておきたかった。

 

 

「ユウ君。病室に行って皆のお見舞いに行こう。僕もリンドウさんに何があったのか、詳しく聞きたい」

「分かった」

 

 

 二人は居住区画から移動して病室へと向かう。今は外も落ち着いて、怪我をしたゴッドイーターたちが運び込まれているところだった。シスイとユウは邪魔にならないように通路の端を通り、コウタやアリサやサクヤが寝かされている病室に向かったのだった。

 

 

「ここだよ」

 

 

 ユウはそう言ってから数回ノックする。すると向こうからサクヤと思しき声が帰ってきたので、扉を開けて二人は病室に入った。

 

 

「あら? ユウにシスイ」

「サクヤさん……落ち着きましたか?」

「ええ。正直整理しきれないけど、少しは落ち着いたわ。ユウも怪我はいいの?」

「良くはないですね」

 

 

 今回のトラブルで、実際に怪我をしたのはユウ、コウタ、ソーマの三人だった。その中で重傷だったユウとコウタは強制入院させらえている状況である。ユウは動けるようになって無理やり飛び出したが、本来はまだ病室で寝ていなければならない立場だった。ちなみにコウタはまだ眠っている。

 一方で取り乱していただけのサクヤは、身体的な不調はない。

 ただ、心理的な要素を鑑みて出撃を停止させられていたのである。

 同じく錯乱していたアリサは重症で、鎮静剤が無ければ常に泣いたりうわ言が止まらなかったりする。現在は主治医の大車ダイゴによって、眠らされている状況だった。

 一通り、現在の状況を確認したシスイは、改めて本題に入る。

 

 

「サクヤさん。それで一体何があったんですか?」

「あの時シスイだけは居なかったものね。まず、私たちは同じ地区で別任務を受けていたの。どんな任務だったかは割愛するけど、それで私、ソーマ、ユウ、コウタのチームとリンドウ、アリサのチームが鉢合わせたのが始まりだったわ」

「ああ、そう言えばヒバリさんも変だといっていましたね。僕が任務を受けるときに他の第一部隊のメンバーがどんな任務を受けたのか聞いたのですが、贖罪の街でブッキングしているという話でした」

「それを知っているなら話は早いわね。それで―――」

 

 

 シスイはサクヤの言葉に耳を傾け、何が起こったのかを詳しく聞く。

 教会を探索していたアリサがいきなり錯乱し、アサルトを乱射してリンドウを閉じ込めた話を聞いた時は、流石のシスイも声を上げて驚いた。アリサの態度が悪いのは事実だったが、上司を閉じ込めるような暴挙に出るとは考えられなかったのである。

 更に悪いことに、リンドウが閉じ込められた場所にはあるアラガミが居た。ヴァジュラの近親種でプリティヴィ・マータと名付けられた白いアラガミは、教会の外にも大量に出現したのだという。

 実を言えば、サクヤたちも外を警戒していたので詳しいことは分かっていない。

 だが、その時は大量のプリティヴィ・マータに囲まれ、それどころではなかったという理由もある。リンドウを閉じ込めた瓦礫から離れようとしないサクヤと、へたり込んだアリサをコウタとユウが連れて行き、ソーマが道を開きつつ殿も務めることで撤退できた。

 その時、ユウとコウタはそれぞれアリサとサクヤを庇い、アラガミの攻撃を受けて大怪我を負ったということである。

 

 

「それで、アリサも今は鎮静剤のお陰で眠っているけど、運び込まれてすぐは大変だったのよ? 凄い力で暴れ出すし、うわ言も止まらないし、突然泣き出すし」

「なるほど。アリサは元々、精神的な疾患にかかっていたそうです。その関係かもしれませんね。今の時代にはトラウマになる奴が無数にいますから」

「アラガミね」

「親兄弟を喰われたってところでしょう。良くある話です。ゴッドイーターの中にもトラウマを持ったまま戦場に立たされ、錯乱して戦死した話は珍しくありませんよ。本部ではよくあることでした。あそこは孤児を無理やりゴッドイーターにして次々と戦場に送っていますからね。適切な精神治療など施されません」

「あなたもそうだったのシスイ?」

「……いえ、僕の本業は研究ですから。それなりに優秀だったので」

「あなたそう言えば新型神機の研究員だったわね」

「だからそっちが本業ですよ。おまけみたいに言わないでくださいって」

 

 

 実を言えば、シスイは本部でもかなり前線に送られていた。極東に比べればイージーすぎる前線だったが、毎日のように誰かが死ぬ戦場だったのは覚えている。アラガミ化したシスイを合法的に処分する意図が透けて見えるようだった。

 その後、相殺された偏食因子を操作することであらゆる神機を扱えるという異能を見込まれ、フェンリル情報管理局の特務部隊に配属されることになるのだが、今はどうでも良いことだ。

 ともかく、精神的に不安定なゴッドイーターが戦場に立った時の問題が今の論点である。

 

 

「ともかく、アリサは目覚めても戦場には戻れないかもしれませんね。戻れたとしても、間接的にリンドウさんが行方不明となっている現状を作り出したわけですから、完全に針の筵ですよ。すぐに異動が命じられるでしょうね」

「そうね。それが私たちにとっても、アリサにとっても一番だと上は判断するわ」

 

 

 アリサに精神疾患があるとすれば、今回の件も責めにくい。内心ではアリサを責める気持ちが燻っているのも確かな事実だが、それと同時に理性が歯止めをかけるのだ。

 話を聞いていたユウも苦々しい表情を浮かべているし、サクヤも煮え切らない様子を見せていることから明らかだった。

 

 

「少なくとも、アリサが目覚めるまでは進展しそうにありませんね」

「けどシスイ。今のアリサはかなり不安定なんだろ? 鎮静剤なしでも大丈夫なのか? 俺も錯乱しているアリサを見たけど、かなりヤバかったと思う」

「こういうのは気持ちが大事だ。こちらは焦らず、じっくりと対応しなければ始まらない。アリサには余裕がない状況だからね。僕たちが合わせてあげないと。差し当たって、手でも握って気持ちを送ってあげるのはどうかなユウ君?」

「……何で俺?」

「君が新型だから」

「あら、面白そうね」

「サクヤさんまで……」

 

 

 何故か悪ノリし始めたサクヤの押しもあり、ユウは逃げ道を塞がれる。眠っている女性の手を勝手に握るといわれると犯罪臭が漂ってくるが、今のユウに選択権などなかった。

 とは言え、シスイの言葉にも一理ある。

 手を握って思いが伝わるというのは、昔から偶に囁かれている現象だ。もしかしたらという思いがユウの中にもあったのである。

 ユウは座っていた椅子から立ち上がり、足音を立てずにそっとアリサのベッドまで近寄った。右腕は骨折しているので、左腕を伸ばし、アリサの手に触れる。

 

 

『もういいかい』

『まーだだよ』

『もういいかい』

『まーだだよ』

『アラガミだ! 早く逃げろ!』

『いやぁっ!』

『パパ……ママ……っ!』

 

『いいかい? これが君のパパとママを殺したアラガミだよ?』

『アラ……ガミ』

『悪ーいアラガミはやっつけなきゃいけない』

『アラガミ……倒す』

『そう、簡単だよ。銃口を向けてこう言うんだ。アジン・ドゥバ・トゥリー』

『アジン・ドゥバ・トゥリー……』

『そうだ。そう言って引き金を引くだけで君は強くなれるんだよ』

『アジン・ドゥバ・トゥリー……』

 

 

 追体験するような映像がユウに流れ込む。だがそれは一瞬の出来事であり、すぐに現実へと戻された。茫然としたユウは思わず呟く。

 そして更に驚くべきことが起こった。

 

 

「ユウ……ですか?」

 

 

 鎮静剤と睡眠薬で眠らされていたばかりだったアリサが目を覚ましたのである。一瞬だけユウの方を見た後に目を閉じたが、確かに目を覚ましていた。

 再び静かな寝息を立て始めたアリサに目を遣りつつ、ユウは言葉を漏らす。

 

 

「今のは……?」

「感応現象だね? 何か見たんだろう?」

「知っているのかシスイ!?」

 

 

 ユウの疑問に答えたのはシスイだった。

 食いつくように聞き返すユウに、シスイは落ち着いた様子で答える。

 

 

「新型同士で偶に起こるとされている現象だよ。特有の感応波が影響し合い、昔の記憶や現在の気持ちを言葉なく伝えることが出来るそうだ。取りあえず何を見たのか言ってくれる? サクヤさんも訳が分からなそうな顔をしているし」

「え、ええそうね。お願いするわ」

「分かりました。俺が見たのはアリサの記憶と思しき映像です」

 

 

 ユウは今見た光景を出来るだけ詳しく語る。

 かくれんぼをしていた時に両親が目の前でアラガミに喰われた光景。そしてその時に見た黒いヴァジュラ。更に洗脳によって、親の仇である黒いヴァジュラがリンドウにすり替えられていた光景まで、ユウは全てを語った。

 

 

「なるほどね。大方予想通りだったけど、そんなことまでしていたとは」

「洗脳……まさかそんな……」

「サクヤさんがそう思う気持ちは分かります。ただ、映像がぼやけて分かりにくかったんですけど、洗脳していた奴にどうも見覚えが――」

 

 

 するとここで病室の扉が開き、同時に煙草の異臭が漂ってくる。目を遣ると、白衣を着て煙草を咥えた怪しすぎる中年の男が立っていたのだった。

 ユウはその男を見た瞬間、大声で叫ぶ。

 

 

「コイツだっ!」

『え?』

「こいつです! アリサを洗脳していた男だ!」

 

 

 『アリサを洗脳』の部分を聞いて明らかに動揺する中年の男。シスイはすぐに動いた。連戦の後で疲労が溜まっていても、ただの中年男が偏食因子を取りこんだシスイの身体能力に対抗できるはずがない。

 怪しい男は一瞬で取り押さえられ、床に叩き付けられた。

 

 

「ぐあっ!?」

「お前は確か……大車ダイゴだったか。アリサの主治医だっけ?」

「ぐ……そうだ! いきなり何をする」

「まぁ、病室でタバコを吸っているような医者なんて信じられないけどね。アリサを洗脳し、黒いヴァジュラとリンドウさんを記憶からすり替えたのは何故かな?」

「……何の話だ?」

「大車ダイゴさん。極東のアラガミは世界最強ということで有名なのは知っていますか? ところで、今の時代には絶対に証拠が残らない処分方法というのがあってですね―――」

「何でも聞いてくれたまえ!」

 

 

 呆れるほどの掌返しである。

 どうしようもないほどの小者臭すら漂っていた。

 ともかく、シスイはダイゴを押さえつけながら問いただす。

 

 

「さっき、そこにいる神薙ユウ君が感応現象でアリサの記憶を読み取った。その時に君がアリサを洗脳している映像が見えたらしくてね。これは事実かな?」

「そ、そうだ」

「誰からの命令だった?」

「……」

「答えられないかな?」

「そ、それは……」

 

 

 口籠るダイゴはかなり悩んでいるように見えた。このまま何も言わなければ、人知れずアラガミの餌にされるかもしれない。だが、言ってしまえば自分が処分されるのは確定的である。

 必死に思考を巡らせるが、所詮は小者でしかないダイゴにはこれが限界だった。

 だが、そんな風に悩むダイゴを見て、シスイは拘束を解いた。手を放してダイゴから離れたことにユウとサクヤは驚いたが、この中で誰よりも驚いているのはダイゴ自身だった。

 茫然としつつも起き上がるダイゴにシスイは冷たく告げる。

 

 

「答えられないならどこへでもどうぞ。僕が聞きたいことはもうありませんよ」

「何……?」

「シスイ!」

「ちょっとシスイ!」

 

 

 これにはユウとサクヤが反論するが、シスイは手で制する。有無を言わせない雰囲気を発するシスイに、二人は黙るしかなかった。

 ダイゴもシスイに言われたことを理解し、逃げるようにして病室から出ていったのだった。

 そしてダイゴが出ていったあとの自動ドアが閉まると、改めてサクヤが問い詰める。

 

 

「どういうことシスイ? 説明してくれるんでしょうね?」

「勿論ですよサクヤさん」

「なら、何故あの男を逃がしたの?」

「黒幕が分かったからです」

 

 

 何でもない風に重要なことを述べるシスイにサクヤは言葉を詰まらせる。あの質問だけで黒幕が分かったなどと言われても理解不能だ。それはユウも同意だったのか、再びアリサの手を握りつつシスイに問いかける。

 

 

「どういうこと?」

「ダイゴは僕が『誰からの命令だった?』と聞いた時、口を閉ざしましたね?」

「そうだな」

「そうね」

「ということは、少なくともダイゴの独断専行ではなく、確実に黒幕がいるということになります。そしてアリサの洗脳を鑑みれば、ロシア支部に居た時からダイゴの手が及んでいたと推察できます?」

「なるほど」

「理屈は通っているわね」

「それで、アリサをロシア支部から連れてくる前から、リンドウさんをアリサで始末しようとする計画は始まっていたわけだと分かる。更に、ロシア支部からアリサを連れて来たのは誰でしたか?」

「誰って……神機使いの異動は支部長しか――」

 

 

 サクヤはそこまで言ってシスイの言いたいことを理解する。

 フェンリルの各支部において、神機使いの異動は支部長に権限があるのだ。これだけの情報を与えて貰えたなら、誰だって黒幕を推察できる。

 

 

「そういうことですよサクヤさん。もっと言えば、今回アリサを連れてくるのに結構な無理をしているとリンドウさんが言っていました。エイジス計画を盾にして強引に引き込んだという話です」

「まさか……そんな……リンドウが支部長に?」

「絶対ではないですが、十中八九アタリでしょうね」

「それが分かったからシスイはあの医者を逃がしたのか。いやでもシスイ、だからと言って大車ダイゴって医者を逃がしていい理由にはならないだろ? なんで逃がしたんだよ。シスイがあいつを尋問したって証言されたら不利になるのは俺たちだぞ?」

 

 

 ユウの言葉は尤もである。

 だが、シスイはそれにも冷静な口調で答えた。

 

 

「あのまま取り押さえていても、僕たちにはどうしようもないよ。脅してみたけど、実際にそんなことを実行できるわけないだろう? 人の目を掻い潜ってアラガミに食わせるとか無理だって。でも、こうして逃がしておけば勝手に始末されるよ。不当に尋問されたと証言されても、僕たちが本当のことを言えば困るのは向こう側だ。揉み消そうにもアナグラの皆が知っている状況証拠が揃いすぎているし、支部長も大車を見限るはずだよ。トカゲの尻尾切りって奴だね」

「あなたそんなことまでよく頭が回るわね……」

「伊達に本部の魔窟を生き残ってきた訳ではないので」

「察したわ」

「ともかく、大車は勝手に始末される。だから僕たちは気にしなくてもいいよ。それよりも問題は現在進行形で行方不明なリンドウさんだね」

 

 

 現在、アラガミから大規模攻撃を受けて極東支部全体が警戒態勢を取っている。とてもリンドウを捜索できる雰囲気ではないので、探せるとしても早くて明日からだろう。腕輪に偏食因子を供給するタイムリミットを考えれば、急がなくてはならない状況だ。

 ユウ、コウタ、アリサはすぐに復帰できない状況なので、動くとすればシスイとサクヤになる。

 その日は看護師のヤエに追い出されるまで、リンドウ救出のために話し合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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