アナグラのロビー。多くのフェンリル職員が慌ただしく働いている中、その一角に数人の神機使いが集まり、ある人物を取り囲んでいた。重い雰囲気を醸し出しており、とても関わりたくはない状況だ。
そこに任務を終えた神薙ユウ、藤木コウタ、復帰したアリサ・イリーニチナ・アミエーラが帰投し、その現場を目にすることになった。
「アレって防衛班のタツミさんだよな?」
「後はシュンさん、カレルさん、ジーナさん、カノンさんだっけ」
「う……顔を合わせ辛い人たちが固まっています……」
「というか、囲まれているのってシスイじゃない?」
「ホントだ。なんかやらかしたのか」
「まさか……私じゃあるまいし、シスイに限って」
第一部隊のような積極的アラガミ討伐を任務とは違い、主に極東支部の防衛と人命救助を目的とする防衛班が一か所に塊り、何か険悪な空気を見せていたのである。
その中心にいるのが第一部隊のサポート要員シスイであることに、ユウ、コウタ、アリサは強い驚きを感じていた。オペレーターのヒバリがオロオロとしてしているにも関わらず、ヒバリさん大好きで有名なタツミがシスイを真っすぐに見つめて静かな怒りを見せているのだ。
これが異常でないはずがない。
「俺たちが言いたいことは分かっているなシスイ?」
「……はい」
「何であんなことをしたっ! こうなるのは誰だって予想できたはずだ!」
「すみません。言い訳にしかなりませんが、僕には予想できなかったんです。まさか……まさかあんなことになるなんて知らなかったんです!」
「テメェ知らなかったで済むかよ」
「ああそうだ。お前のせいで酷い目に遭った。見損なったぞ」
タツミだけでなく、シュンとカレルも怒りをあらわにしてシスイを責めたてる。ジーナは腕を組んで厳しい目を向けており、カノンは動揺しながら行方を見守っていた。
ロビーに響き渡ったこのやり取りで誰もが驚いた。
様子を見ていたユウたちも同様である。
「やっぱりシスイが何かしたのか? それも深刻な何かを」
「嘘だろ? あのシスイがそんなことするわけ……」
「コウタの言う通りですよ!」
「でも何かあったのは確かだ。あのタツミさんがこんなに怒っているなんて、余程のことが無いと有り得ないよ」
三人がこうして話し合っている間にも、防衛班とシスイのやりとりは続いていく。
「いいかシスイ。あんなモノがあったら俺たちの命が幾つあっても足りない。君はゴッドイーターとしても科学者としても優秀だし、人としても良い奴だと思う。だから……アレは永久に封印するんだ!」
「待って下さいタツミさん! シスイさんを責めるのは間違っています! それにシスイさんのお陰で助かった部分があるのも確かです!」
「カノン……でもこれだけは認められないんだ」
「でも……」
「良いんですカノンさん。あれは僕の認識不足が招いた結果ですから」
「そんな……ジーナさんも何か言ってください!」
「ソウネ。理不尽だってわかっている。でも私だって彼を弁護できないわ」
カノンはその場で崩れ落ちた。
そして顔を覆い、涙を流して嗚咽を漏らしている。
タツミはそんなカノンを横目に、左手でシスイの胸倉をつかみつつ口を開いた。
「これはケジメだ。受けてくれるよな?」
「覚悟は出来ています……」
その言葉と同時にタツミの右拳が空を切り、シスイの頬を捉えた。ゴッドイーターとしての身体能力から繰り出される一撃は凄まじく、シスイは大きく吹き飛んで壁に激突する。その光景を見ていたヒバリは悲鳴を上げ、ロビー中に響き渡った。
様子を見守っていたユウたちも流石に傍観できない。
シスイが殴られた瞬間に走り出し、ユウはタツミたちの前に立った。その間にアリサとコウタはシスイを抱え起こし、肩をまわして支える。
「タツミさん。シスイが何をしたって言うんですか!」
「新型の……神薙ユウか。そこにいるシスイはな、とんでもないことをしてしまったんだ。それも俺たちの命に関わるほどのな」
「シスイが……? きっと何かの間違いです!」
「庇わなくていいよユウ君。タツミさんの言っていることは事実だから」
「何……?」
「嘘だろシスイ!」
「嘘ですよねシスイ! 貴方がそんなことをするはずがっ!」
ユウだけでなく、シスイを支えるコウタとアリサも信じられないと言い張る。これだけで、普段のシスイがどれだけ信頼されているのかがよく分かる光景だった。
そしてこの三人がシスイを庇うのを見て、傍観するだけだったヒバリもタツミの前に立つ。
「タツミさん。確かにシスイさんはとんでもないことをしました。ですが彼には悪気があったわけではなく、皆さんのためになると思ってやったことです。それはタツミさんも分かっているでしょう? シュンさんもカレルさんもこれは八つ当たりに過ぎないと分かっているハズです!」
「……そうかもしれない。でもヒバリちゃん、これは死活問題なんだ」
「そうだそうだ」
「同意見だね。これについては甘い顔を出来ない」
あのタツミがヒバリの言葉でも引かない。
これにはユウたちも驚きを隠せなかった。毎日のようにヒバリを口説いているタツミを思えば、ヒバリの言葉には全てイエスで返事をすると予想できる。しかし、今回に限ってはそうではなかった。
何が何だか分からないコウタは遂に声を張り上げる。
「タツミさん! 一体シスイは何をしたんですか!? こんな顔が腫れるほど殴られる程の事をしたって言うんですか!?」
確かに、ユウ、コウタ、アリサの三人は状況をよく理解していない。あのシスイが問題を起こしたとは到底信じられないが、まずは起こったことを聞くのが先だった。突然シスイが殴られたことで、今の今まで忘れていたのである。
そしてタツミは、コウタの言葉を聞いて静かに語り始めた。
「シスイはな……とんでもない発明をしてしまったんだ」
「とんでもない発明?」
「その名も……『オラクルリザーブ』!」
なんだそれ?
ユウたち三人は首をかしげる。シスイが発明したという時点で、神機関連の何かだろう。そこまでは言われなくとも予想できる。あとは名前からオラクルを貯蓄する系統だと考えられるぐらいか。
要領を得ないユウたちにタツミは説明を続ける。
「ブラストの新機能でな。オラクルをこれまでの十倍溜めることが出来るようになるシステムなんだ。それでいて神機の重量はほとんど変わらない。そんな発明をしてしまったんだよ」
「……良いじゃないですか」
「というか大発明だよな」
「寧ろ褒められるべきでは?」
「馬鹿野郎! シスイはあろうことか、このオラクルリザーブをカノンの神機に搭載しちまったんだ! ご丁寧に、オラクルリザーブを有効活用できる高威力バレットまで同封してな! お陰でアラガミからのダメージよりも味方からのダメージの方が多かったぐらいだ! というか死にかけた!」
その言葉で誰もが察した。
また誤射姫か、と。
「はうぅ。ごめんなさい!」
タツミが発した魂からの叫びに対してカノンは必死に頭を下げる。
この人は本当に先輩なのだろうかという情けなさである。流石のユウたちも憐れみの目を向けていた。それと同時にタツミたちには同情の目を向ける。そして最後にシスイへと非難の目を向けた。
「すみません。カノンさんの誤射伝説を知らず、とんでもないことをしてしまって……」
「マジで止めてくれ! お願いだから! お陰でブレンダンが入院しているんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「こっちは死活問題なんだ。稼ぎが減ったらどうしてくれる!」
普段はほんわかしたキャラのカノンだが、戦闘中に限り人が変わる。アラガミに向かって高威力のバレットを叩き込むまでは良いが、味方への誤射率が凄まじいのが問題なのだ。
その上『射線上に入るなって、私言わなかったっけ?』などと言いだすのである。その度に『言ってねぇよ』とか『今のは射線上じゃなかったよね?』とか『こいつわざと当ててんじゃないだろうか』とかの言葉を全力で飲み込むのだ。
戦闘が終了するとひたすら謝ってくるので怒るに怒れない。
そんな所以からカノンは誤射姫という不名誉な二つ名を頂いていたのである。
「なんだか」
「気が抜けたな」
「そうですね」
ユウ、コウタ、アリサも溜息を吐きつつ顔を見合わせる。
ともかく、シスイが大きな失敗をした訳ではなくてよかった。
誤射姫にオラクルリザーブを与えてしまったことは大きな失敗だが、神機の機能を向上させる上では悪くない。今回は相手が悪かったのだ。
つまるところ、今日も極東は平和だった。
◆◆◆
「いやぁ。酷い目に遭ったよ痛い!」
「はいはい喋らない」
シスイは腫れた頬をリッカに手当して貰っていた。
医務室へと行かずに、わざわざ技術室のリッカに手当てして貰っていることから、密かに二人は付き合っているのではないかと噂されているのだが、当人たちは全く知らない。
単純にシスイは偏食因子を取り込んでいるので回復力が高く、医務室の世話になるほどではないと判断しただけだった。それを聞いたリッカが自主的に世話を焼いているだけなので、二人の間には特に恋愛がらみのアレコレはない。現段階は……
「カノンちゃんのオラクルリザーブはやっぱり不評だったかー」
「やっぱりって……リッカは誤射姫のこと知ってたの?」
「そりゃね。有名だもん」
「そうだったのか……タツミさんたちには悪いことしたな。入院しているブレンダンさんには後で差し入れでも持って行こう」
「そうしたらいいよ」
発明としては素晴らしいオラクルリザーブだが、搭載させた人物が悪かった。偵察班にもブラスト使いがいるので、そちらのゴッドイーターにもオラクルリザーブを搭載させたのだが、概ね好評である。やはり不評だったのはカノンだったからなのだろう。
そんな会話をしていたところで技術室の扉がノックされ、二人の人物が入ってくる。
ユウとアリサだった。
「あれ? お邪魔しちゃった?」
「ちょっとユウ。下品ですよ」
付き合っている云々の小話を耳に挟んでいたユウが冗談っぽくそう言う。アリサはユウと一緒にゴッドイーターとして鍛え直しているらしく、復帰直後のようなオドオドした様子が無くなっていた。二人はすっかりチームメイトらしくなっている。
「ユウ君にアリサか。別に邪魔ではないよ。そもそも僕たちが呼んだわけだしね」
「今日は測定に私も付き合うよ。今シスイ君と取り掛かっている研究は感応波が鍵みたいでね。新型の二人には協力して欲しいんだ」
「どんな研究なんです?」
「お、興味があるかいアリサちゃん? なら少しだけ教えてあげるよ。シスイ君はその間に測定器の準備をお願いできるかな?」
「了解」
シスイがガーゼを張り付けた頬を撫でつつ立ち上がり、謎の機械を操作し始める。そしてリッカは改めてユウとアリサに向き直り、説明を始めた。
「今やっている研究はかなり先進的でね。新型の能力をフル活用できるようにするためのものだよ。私とシスイ君では研究の方向性が違うんだけど……そうだね。例えば私の研究は、神機に広範囲に及ぶ補助システムを搭載するって感じかな? 例えば戦闘中にアラガミを結合崩壊させやすくなったり、神機の攻撃力が上昇したり、アラガミに捕捉されにくくなったりってね。リンクサポートって聞いたことないかな?」
「ああ、大きなミッションで偶に使われる奴ですよね。接触禁忌種が相手の時とかじゃないと使用コストに見合わないって聞きました」
「それなら私も聞いたことがあります」
「そう、それだよ。今はコストが高いし、リンクサポートと戦闘を両立できない欠点がある。でも、理論上ではリンクサポートと戦闘は同時に出来るはずだし、研究を進めればコストも下げれるはずだよ。そうなればゴッドイーターの生存率も高まる。私はそれを目指しているんだ。元はお父さんの夢だったんだけどね」
専門的な話ではユウもアリサもついていけないので、リッカは概要を掻い摘んで話す。二人もリッカの説明はよく理解できたのか、感心したように頷いていた。
「次にシスイ君の研究だね。彼はバースト状態の更に上を目指しているんだよ。詳しい話は難しいから省略するけど……例えば、三十秒だけ十倍の身体能力と神機攻撃力になるとすれば、それは凄いことだと思わない? シスイ君の研究はそれを可能にするんだよ」
「十倍……」
「想像も出来ませんね」
ゴッドイーターは素の身体能力もかなり高い。また、神機と接続すれば、送られてくる偏食因子の効果で更に強くなれる。各種耐性や、力の増加も望めるのだ。
その状態から更に十倍ともなれば、三十秒という限定的な時間でも大きな力となる。
戦場に出ている二人は、その凄さがより理解できた。
「で、そんな凄い力を制御できる可能性が高いと思われるのが、新型の感応波だよ。ちょっとだけシスイ君から聞いたけど、二人は既に感応現象を体験しているんだよね?」
「ああ」
「はい」
「感応現象はオラクル細胞を影響させ合うと捉えることも出来る。それを神機に応用して、感応波の力で神機の力を極限まで引き出すんだ。勿論、引き出すだけじゃなく安全に制御もしなくちゃね」
まぁ、まだまだ構想段階なんだけど……と締め括り、リッカの話は終わる。そのタイミングでシスイの方も用意できたらしく、測定器が全て起動させられていた。
「さてと。今日はどちらから測定する?」
椅子に座ったシスイがそう問いかける。
今日もシスイとリッカは新型のデータを集めるのだった。
◆◆◆
「やっぱりおかしい」
サクヤは支部長が黒幕である可能性が浮上して以降、一人でリンドウの行方不明について追っていた。それは実際の捜索だけでなく、フェンリル内部の調査も含まれる。暇を見つけてはノルンを操作し、様々なデータバンクへと侵入して情報を得る。
そんな毎日だった。
「あの日のミッションが無かったことになっているわ。どういうことかしら?」
リンドウが行方不明となったミッションは、記録上なかったことになっている。極東支部へのアラガミ大侵攻に上書きされ、綺麗に消え去っているのだ。
同地区でのブッキング。
突然現れた白いアラガミの群れ。
タイミングの良すぎる大侵攻。
どれを取ってもリンドウを始末するために図られていたとしか思えなくなる。
「シスイの推理……まさか本当に支部長が?」
ここまでくると、相当な上層部が関わっているとしか思えない。これだけの大事件を引き起こすとすればフェンリルでも上位の権力が必要だ。あれ以来、大車ダイゴの姿も見かけなくなり、ますます信憑性が上がってくる。
そんなことをブツブツと呟きながらノルンを操作していると、不意に扉がノックされた。
やましいことをしている自覚のあるサクヤは、肩を飛び跳ねさせつつ声を上げる。
「誰っ!?」
「俺だ」
部屋の扉の向こうから聞こえて来たのはソーマの声だった。
何故ソーマが、と疑問を浮かべていると、聞かずともその答えが返ってくる。
「そろそろミッションの時間だ。メールで呼んでも来ないからわざわざ来てやった」
「そ、そうなの? 気づかなくてごめんなさい。すぐに出るわ」
「ふん。早くしろよ」
その言葉を最後にソーマの気配が消える。
本当に呼びに来ただけだったのだ。
「ふぅ……」
サクヤは大きく息を吐いてノルンを閉じ、ミッションに行く準備を整えた。時間を見れば、遅刻は確定的である。ツバキに変わってブリーフィングを担当するシスイに怒られてしまうだろう。
そう思って覚悟しつつロビーに向かったのだが、シスイは特に何も言わなかった。
サクヤの遅刻に触れることなく、ただ真剣な表情で資料を手にしていたのである。
「来ましたね。ブリーフィングを始めますよ」
「え、ええ」
普段から真面目だが、今日のシスイはいつもに増して真面目な様子である。
だが、それもミッションの内容を聞かされて理由を理解した。
「鎮魂の廃寺にてリンドウさんの腕輪反応を検知しました」
「え?」
「何?」
「リンドウさんの?」
「マジか!」
「……」
サクヤ、ソーマ、ユウ、コウタ、アリサがそれぞれ反応を示す。未だに行方不明だったリンドウの手がかりとなる情報なのだから当然だろう。そして空気が一気に引き締まり、次の言葉を待つ。
「近くにはプリティヴィ・マータの反応もあります。注意して捜索してください。また、このアラガミがリンドウさんを捕喰したために腕輪反応を発していると考えることも出来ます。言いたくはありませんが覚悟はしておいてください」
それを聞いてサクヤは苦々しい表情を浮かべる。
正直、既にリンドウの生存は期待していない。ゴッドイーターに不可欠な偏食因子の投与期間は既に過ぎているので、生きていたとしてもアラガミ化が始まっているハズなのだ。少なくとも人間としては生きていないだろうと思われる。
だが、腕輪さえ見つかれば、リンドウの遺志を引き継ぐことは可能だ。
(リンドウの腕輪があれば……あの記録ディスクを開くことが出来る)
冷蔵庫の配給ビールと一緒に隠されていた記録ディスクを発見したのは偶然だった。何となく、リンドウを思い出すように飲んだことのない配給ビールに手を付けようとして見つけたのである。
ディスクにはロックが掛かっており、リンドウの腕輪が鍵となっていた。
支部長黒幕説も浮上している以上、リンドウが消されたとすれば、その理由はディスクを見れば分かるはずだとサクヤは考えているのである。
「――というわけで作戦は……ってサクヤさん聞いてます?」
「え? ああ、ごめんさない」
「リンドウさんの手掛かりが見つかって動揺するのは分かりますけど、話は聞いてくださいね。サクヤさんだけでなく第一部隊の命に関わるので」
「本当にごめんなさい」
「では、すみませんが初めから話しますね―――」
リンドウ捜索と同時に接触禁忌種プリティヴィ・マータの討伐。
力を付けた第一部隊のメンバーならば十分に可能な任務だった。より洗練された神薙ユウを始め、ベテランの力を見せつけたサクヤとソーマ、さらに復帰したアリサや実力を伸ばしているコウタが力を合わせれば、接触禁忌種すらも討伐できる。
さらに、シスイの仲介もあって、アリサが起こした事件は水に流されている。禍根はなく、第一部隊のメンバーは一丸となっていた。
その結果、第一部隊は危ない部分を見せながらもプリティヴィ・マータの討伐に成功した。
だが、プリティヴィ・マータの死体からはリンドウの腕輪を見つけることは出来なかった。
リンドウは生きているのか?
それとも別のアラガミに喰われたのか?
サクヤの苦悩はまだまだ続くことになる。
誤射姫ェ
原作から解離しつつ、大まかには沿っていきます。
バタフライ効果めんどい。