もしも、ぐだ男とぐだ子が笑顔の素敵な公務員だったら【連載版】 作:MAGMA
1
燃え盛る炎に包まれたビル街から離れた大きな橋の上、そこから追い立てられるように逃げる立華。その背にはオルガマリー所長が背負われており、今にも消えそうな己の生命を辛うじて繋ぎ止めている状況に、白い肌を病的なまでに青ざめさせ、立華のきているカルデアの制服に爪を立てそうな勢いでしがみ付いてる。
その後から、マシュに守られながら立香が走る。
「なんつー馬鹿力してやがんだあのデカ女!」
「先輩! なんだか余計攻勢が激しくなりました!」
一つの生き物のように鎖の蛇たちが、立香たちをかみ殺さんと迫る。マシュの盾と立香の刀がいなし、弾いていくがそれでも間に合わない分が立華とオルガマリーを攻め立てる。華奢な少女、と言えども人間を一人抱えた状態で横っ飛びや回転で攻撃を躱していく立華の体力は、間違いなく削れていく。直撃すれば死、と言った死線は何度も潜り抜けてきた立香達とは違い、オルガマリーは勿論、敵と相対し、その攻撃を受け止めているマシュの心に掛かっている負担は計り知れない。
「決定打がねえな……マシュがせめて攻勢に出れれば何とかなるんだが」
「生憎、お荷物三つも抱えさせる訳にゃいかないわね」
既に牽制と迎撃で立華は弾切れになってしまい、彼女の火力は既に低下してしまっている。
「せめてカルデアの戦闘礼装を装備させていたら、まだ何とかなったかもしれないわ」
因みにカルデアの戦闘礼装はぴっちりとしたボディスーツである。
「無いものねだりはどうしようもないわ。マシュ!」
立華の隣にマシュが並走した。大きな盾を持っているにもかかわらず立華たちに追いつく健脚に、今ばかりは感謝する。
「いい? マシュ。攻勢に出るわ。いつまで逃げててもこっちがやられる。所長、こっから先は自力で危険を排除してください。立香!」
立華が声をかけると同時、立香が両腕を射出した。標的は先程から襲い掛かってくる真っ黒なサーヴァント。しかしその両腕はサーヴァントの持つ鎌で難なく弾かれる。
「やあああっ!」
立香の腕の迎撃にそれた一瞬の隙をついて、マシュのシールドバッシュが炸裂する。確かな手ごたえを感じた物の、張り巡らされた鎖の上にふわりと着地された。
「(直前で後ろに飛ばれたか……)マシュ、深追いすんな。無傷ってわけじゃねえ」
「はい……!」
「(極度の緊張による発汗及び息切れ、ここまでの連戦での消耗……)」
徐々に追い詰められていくことを敏感に、冷静に分析する立華。無論立香もそれは分かっていた。この場で最も強い打撃力と防御力を兼ね備えたマシュでなければ対応ができない相手。仮にその役割が立香、あるいは立華だったのならば問題は全くなかっただろう。しかし、現実としてその立場に立っているのは、マシュという先程までただの少女だったサーヴァント。命のやり取りなんて経験のない
「(あと一手、あと一手があればこの戦いの天秤はこっちに傾く)」
立華の意識が戦況を覆す一手を模索するべく、思考を割き始めたその瞬間だった。
「―――! 立華!!」
り、と聞こえた時点で立華は横に飛んでいた。背負っていたオルガマリーを器用に横抱きにし、抱え込むようにして転がる。極力オルガマリーを傷つけないよう、しかしながら大きな回避行動をとった立華。彼女が立っていた場所には黒いナイフが数本突き立っていた。
「人間の分際でよくも避けたものよな」
再び何かが飛んでくる気配、その発生源からほんの僅かに漏れ出る殺気を敏感に肌で感じ取り立華は避ける。
「くうっ!」
「ハハハハハハ! そら、どうした。上手く避けろよ?」
浅く切れた頬と腕に奔る痛みに、立華の口から呻きが漏れる。二回目の攻撃からすでに狙いは立華から、その腕に支えられるオルガマリーに変わっていた。立華が避けるのならば問題は何もない、しかしオルガマリーを
「調子に乗りくさって……」
「おいロマン! もう1体……、いや2体来たぞ!」
「こっちでも補足が追い付かない! くそっ、万全の状態のカルデアだったらもっと早く警告できたはずなのに!」
立香の目の前にも大柄な影が立ち塞がり、マシュと分断されてしまう。すぐさまマシュが援護に動こうとして、女性型サーヴァントの猛攻を受けて足止めを受けていた。
「ふむ……名刀とまではいかぬとも中々の業物。どれ、お前を殺して奪うとしよう」
「やってみやがれデカブツ」
刀の目釘を舌で湿らせ、気合いとともに立香が斬りかかる。大柄なサーヴァントは手に持った薙刀で間合いを確保し、立香を寄せ付けない。一合、二合、三合と刃が交錯した。
「やるな小童」
「ほざいてろ木偶の坊」
立香は相手の力量を今の三合で感じ取った。腕力も速度も相手が上、おまけに得物の間合いも相手が有利。それだけでなく、今いる戦場が限りなく自分たちにとって不利。
「きゃあっ!」
「ふふ、お嬢様にしては頑張りましたね」
マシュが自分の背後に飛ばされてきたのを立香は耳で判断した。すぐさま立ち上がり、盾を構えるマシュから、怯えている気配を感じ取る。
「チッ。ホントいやらしいやつ。絶対アイツモテなかった陰険野郎ね」
カルデアの制服をところどころ赤く染め、立華もオルガマリーを抱えながら合流する。立華の前には細身のサーヴァントがゆらりと姿を見せた。
三人が背中合わせ、加えて三方を囲まれた状態。
「先輩……、マスター……」
「気張りなさいマシュ。私たちが潜ってきた死線じゃこんなの日常茶飯事よ」
「ああ、こういう時に限っておもしれえことが起きやがる」
じりじりと包囲を狭めてくるサーヴァントたち。女性型サーヴァントが先陣を切るように鎌を振りかぶり、踏み出したその瞬間。マシュはあまりの極限状態に、一種のトランス状態に陥った。ゆっくりと迫りくる死神の鎌、何もかもがゆっくりに流れていく程に鋭敏になった感覚器官。そのスローモーションの世界の中で、思わず振り返ったマシュは、立香たちを見た。そこに居たのは死神よりも恐ろしい―――
「―――!!」
あるいは禍々しく、神々しいモノだった。
2
立華の背に立つのは、二振りの銃を握り、冠の如く髑髏をその頭にいただいた皇帝。そして立香の背に立つのは、黒鉄の鎧に身を包み、胸に悪魔を宿した魔神。生き写しのように似た風貌のそのナニカ達がマシュを見たとき、マシュの中で何かが燃えた、いや、煮え滾った? 沸騰した? この感覚をマシュはどうしても言葉にできなかった。後に辛うじてイメージできたのは、いつしか資料で見た火山の噴火。まさしくマシュという火山から魔力が噴火した。
「―――あああああああああああああああ!!!」
獣じみた咆哮と共に突き出した盾。原点に習うならば何にも染まっていない無垢な心を現したかのように、巨大で純白な魔方陣は、何者であっても染めることができない漆黒の魔方陣に変わっていた。
「ここにきて宝具だと!?」
女性サーヴァントが振るった鎌はその魔方陣に弾かれ、大きく後退させられた。
「ああああああああああ!!!!」
腹の底、丹田、あるいは魂とでも呼ぶべきところから湧き上がる魔力の奔流に従って、マシュは魔力を盾にありったけ込めた。身体に流れる何もかもをぶつける気で盾に込めた。そして、それが何なのかはマシュには分からなかった。
その場にいたサーヴァント、否、この空間にいる誰も彼もがそれを感じ取った。とてつもなく大きな力が、風に吹かれて散りそうな程に儚げな少女を通して放たれる。計測していたカルデアのスタッフたちも計器が叩き出す圧倒的な魔力に肝が潰された。そんな中で笑っていたのはマシュのマスターである二人だけ。なんだかよくわからないが、マシュから感じ取った力が自分たちにとってよく憶えがある気がしたから。
「そっか、マシュ。あなたも」
「へへっ、ならば名乗るっきゃねえよな? マシュ!」
「はいっ!」
眼前に広がる鉄火場でこそ、生きてきた二人だから、いや、そもそも二人が体現し、名乗ってきたモノを、今マシュは体中、霊基、魂で感じ取った。
「(ごめんなさい、私を助けてくださった英霊の方。貴方が授けてくださった力は
レイシフトの最中に、死せる運命の流れからマシュを引っ張り上げ、生きるチャンスを授けて消えた英霊に、マシュは一人謝っていた。守るための、護るための力を授かりながら、マシュは今明確に攻撃の意思を漲らせていた。
「(でも、私は……先輩とマスター、お二人と所長、フォウさんやドクターたちと一緒に戦います、一緒だから戦えます! だから、見ていてください)」
女性サーヴァントは、吹っ飛ばされた反動で動けないまま、目の前の獲物でしかなかった少女から湧き上がるものを見ているしかなかった。見ていることしかできなかった。他の二体が妨害すべく動きを見せた。
「無粋な真似はお天道様が許しても」
「俺たちが許さねえ」
細身のサーヴァントが投げたナイフは、オルガマリーを背に庇った立華が出血を厭わず掴み、大柄なサーヴァントが振るった薙刀は立香の義手が叩き折った。
展開された魔方陣が赤く、紅く燃え上がる。辺りの炎よりも熱く、煌々と輝く太陽よりも鮮烈に、今のマシュを体現するかの如く、魔方陣が熱烈に輝く。
「―――私が! 私たちが!!」
噴火直前の火山口に、いや、火炎の息を吐こうとしている竜の眼前に、いや、すべてを焼き尽くす焦熱地獄に身を投げたと錯覚するほどに、その場にいた全員が死を体験した。だが、立香たちとマシュは違った。立香たちはもとより、マシュもまた今放とうとしている
「―――地獄です!!」
魔方陣から撃ち出された炎、最早熱線とも呼べるほどの奔流が女性サーヴァントを直撃した。断末魔を上げる間もなく焼き尽くされた女性サーヴァントを飲み込んだ熱線は背後のビル群たちをもぶち抜き、地平へと消えていった。撃ち抜いたビルに悪魔の顔を刻みながら。
全力を使い果たしたからか、無茶がたたったか、あるいは両方か。マシュはその場で気を失った。穏やかな顔で眠る後輩を守るように、地獄が並び立ち、その後ろで
「そこなサーヴァントの宝具、確かに恐ろしかったが」
「倒れてしまえばそこまでよ。マスターと言えど所詮は人間、このまま捻り潰してやろう」
残りの二体が攻撃の意思を見せ、踊りかかってきた瞬間、二体の足元から巨大な腕が生えた。燃え盛る木の腕だ。あっという間に二人を捕まえた腕は両手を思いっきり合わせるように、二体のサーヴァントをサンドした。
「あんなもん見せられちゃ、黙って見ているわけにもいかねえよなぁ」
先ほどまで感じなかった新しい気配に、オルガマリーが振り向いた。そこにいたのはフードを被った精悍な男。杖を持っているところからして魔術師のような印象を受ける。
「グ……き、貴様! キャスター!」
「応ともよ」
巨大な腕ごと二体のサーヴァントが燃え尽き、黄金の粒子となって消えていく。霊基をやられて、現界できなくなったのだ。先程の女性サーヴァントも、熱線にかき消されていたが同じように消滅している。
「さて、お前さんらに俺から提案があるんだが―――、どうだ? 俺と組まねえか?」
マシュ「インフェルノブラスター!!」
ヤリタカッタダケー