もしも、ぐだ男とぐだ子が笑顔の素敵な公務員だったら【連載版】 作:MAGMA
マシュが覚醒したとき、最初に感じたのは右側頭部に感じる暖かな柔らかさだった。普段自室のベッドで使う枕よりも安心感が違う。まだハッキリと覚醒しきってない思考でぼんやりとそんなことを考えていた。
「起きたみたいね」
頭上から降ってきた聞きなれた声に視線を向けると、安心した様子のオルガマリーが微笑んでいた。そしてマシュの思考が急速に覚醒し、現在の状況を把握した。
「しょ、所長!? すみません、すぐにどきます!」
「駄目よ。貴女はぶっつけ本番で宝具を展開して、その後魔力不足と疲労で気を失ったのだから。もう少し休みなさい」
オルガマリーに諭され、そのまま膝枕を甘受することになったマシュは、羞恥に頬を染めながら先の戦闘に関する報告を聞いていた。マシュの気絶後に現れたサーヴァント『キャスター』によって窮地を脱した一行は、比較的損害の少ない武家屋敷風の家に仮拠点を設置。幸いにも霊脈があったことで物資の補給が行われた。立香たちは居間のほうで冬木の地図を広げ、キャスターと共に作戦を練っている最中だという。
そして、戦力補充のためにサーヴァントの召喚を行う準備をしているということだ。
「不安かしら? マシュ」
ほんの少しの震えでも、肌が密着している状態ではダイレクトに伝わる。マシュの心の奥底に僅かに巣食う不安の発露を所長は感じ取った。
「ええ。正直なところもう一度宝具を使えと言われても、私には発動させる自信がありません。あの時は、その、無我夢中で自分でも訳が分からなかったので」
マシュの脳裏に再び甦る二柱の魔神の姿。普通なら心を焼かれ、魂を潰されてたはずのその姿は、マシュにとってはどこか優しく、それでいて鼓舞をするような勇ましいモノだった。
「(私にできる事……)」
無垢な心に、一度燃え上がった熱い闘志。静かに燻るそれは、ゆっくりと、しかし確実に、少女の身を焦がし始めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そのころ、立香達はキャスターのもたらした情報と照らし合わせながら、今回の特異点、冬木での聖杯戦争を終わらせるべく、大聖杯と呼ばれる魔術炉心を破壊する方向で作戦が立案された。現在生き残っているサーヴァントはバーサーカー、アーチャー、セイバー、そしてこちら側の陣営に着いたキャスター。このうち、バーサーカーはとある廃城から動こうとしないため、脅威としてはワンランクダウンする。最優先事項は大聖杯を確保したセイバー、そしてその軍門に下ったアーチャー。この両名を排除しない限り、この特異点の解決は達成できないだろう。
キャスターのマスターは立香が受け持つことになった。戦力の分散は愚策だが、そのためにサーヴァントを追加で召喚し、戦力の底上げを図る。触媒となるのはマシュの盾、そして魔力の塊である聖晶石。地味にフォウが拾い集めていたそれを用いる。
「つーかお前はどこにいたんだよ」
「フォウ」
「は? ずっと所長の背中にへばりついてた? マジか」
「何バカやってんのよ、立香」
マシュの盾の上に聖晶石を置くと、盾が光を放ち始める。一際眩しく光った後に、盾の上には赤い銃が二丁と大剣と斧が一本ずつ。
「何だこりゃ?」
「さあな、俺もこいつは見たことがねえ」
キャスターの持つ知識の中にこの銃や大剣、斧に関する知識はない。立香が大剣と斧を手に取り、立華が銃を手に取った。
「気持ちワリィな……初めて触ったっつーに嫌に馴染みやがる」
「おまけにちょっと懐かしさまで感じたわ」
銃の口径は立華の銃に比べると大型で、今持っている弾薬では合わない。色々と弄っているうちに魔力を充填し、弾丸として発射する機構があることが分かった。立香達はまだ魔力の扱いが上手くない為、キャスターの魔力を込めることで運用できそうだ。
「もったいねえな。お前たちの魔力は質も量も凄まじいの一言に尽きるんだが、使い方を知らないんじゃ宝の持ち腐れってな」
「俺達魔術に関してはマジでからっきしだからな。頼りにさせてもらうぜ、キャスター」
「俺もこの狂った聖杯戦争にはうんざりしてたところだ。準備ができたら早速動くとしようぜ」
口には出さなくとも、この三人は徐々に強くなっていく嫌な魔力を感じ取っていた。虎の口の中へ誘われるような感覚を感じながらも、前に進む以外にない。静かに決意を固める立香達を、キャスターは少し嬉しそうに見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
回復したマシュを連れ立って立香達は移動を始めた。目的地はセイバーが陣取っている大聖杯のある洞窟。キャスターから聖杯戦争についておおよその説明を受けた一行は、アーチャーの狙撃に注意しながらゆっくりと、確実にその牙城へ向けて進行していく。
マシュはあのあと、子供が自転車に乗れるようになるように宝具を展開するコツを掴んだ。所長によって『
「(アンヌンに近い気配を感じる炎だったな。それにこいつらからも近い気配を感じるぜ)」
特に何の妨害も無しに、大聖杯のある洞窟の入り口付近までたどり着く一行。
「ここまで何もしてこねえっつーことは、アーチャーはセイバーの傍にいるとみるべきか」
「あるいは、何もするなと命じられたか」
「どうだかな、本人に聞こうじゃねえか。どうやらやっこさんこっちに来るみてえだしな」
言うが早いか、洞窟の入り口から浅黒い肌の男性が現れる。弓を手にしているという事はアーチャーであっているのだろう。
「悪いが、ここから先には通せないな」
「ふーん、アンタ結構やり手ね?」
立華が手の中で銃を弄びながらマシュの前に出ようとして、マシュに止められた。キャスターの傍では大剣を肩に担いだ立香が欠伸をしている。
「で、門番さんをぶちのめせば奥のセイバー様とご対面ってか?」
言うが早いか、矢が立香に飛来するが髪を数本切るだけで躱す。それを皮切りに立華が銃を撃つ。吐き出される魔力は音速で飛来し、弓兵の肉を食い破らんと迫る。弓兵はそれを手にいつの間にか握っていた双剣で叩き落とした。指が痙攣しているように引き金を引く立華。その尽くを弾く弓兵の技量は、物心ついたときから戦場にいる兄妹ですら舌を巻くほどの修羅場を潜ってきた、圧倒的技量を体現していた。
「無駄弾になるわね」
最後に響いた二発の銃声、これも当然の如く叩き落とされる。しかし、それも立華達には想定内だった。刃が弾に食い込んだ瞬間に、爆発的に炎が広がる。目晦ましの為に撃った特別な弾丸だ。そして、炎の影から突きだされる鋭利な影。
「甘いッ!」
弓兵はこれすらも読んでいた。しかし、彼が予測したものとは全く違うものを受け止めることにより、弓兵の思考は一瞬の空白を生む。
「今ですッ!」
盾に誂えられた十字の装飾、その最も長い部分を突き出した盾兵の頭上にて猛獣の牙が煌く。
「獲ったッ!!」
立香の振り下ろした大剣は、間違いなく弓兵の体を左右に泣き別れさせるに十分な威力があった。そして、弓兵はその危機からも脱するほどに芸達者な男だった。両の手に握り、盾兵の一撃を受けていた双剣を、どのような手品かその場から消しさる。渾身の力で抑え込んでいた盾兵の力は均衡していた反発を失いつんのめり、間の悪いことに――あるいは魔が差したとでもいうのだろうか――その剣が辿る軌道へと滑りこんでしまう。
「あっ――」
盾兵の後頭部が立香の視界に入るのと、立香の両腕が振りかぶったままの状態で射出されるのは同時だった。そして盾兵の首と、弓兵がいつの間にか再び握る双剣の間に刃が滑り込むまでの時間は、正しく間一髪であった。
「どんな手品使ってやがる」
「君こそ、その奇妙な腕は一体何だというのだね?」
空白から思考が戻ったマシュは盾を構え直しながら後退、両腕を失っている立香を庇うように立つ。
「すみません! サーヴァントの私が足を引っ張るような真似を……」
「反省会にゃ早ぇ。生きて帰ってからメソメソしろ」
不器用な激励――少なくとも立香にとっては――を己の従者にかけながらも、立香の思考は止まらない。そして、立香が動けない状況で動く者もまた存在する。
「キャスター!!」
「まかせなぁ!!」
空中で輝くルーン文字から放たれる火球が弓兵を追い、その隙間から飛来する弾丸が逃げ道を制限していく。立華は魔力の充填を終えた双銃にて魔術師を援護する。
「いい連携だな」
本命の弾丸と火球のみを冷静に見極め、双剣が砕けるそばから生み出して捌き続ける弓兵を見て、この場で最も優秀な、そして臆病な魔術師が状況を、相手を見極める。
「嘘でしょ……アレ、もしかして投影魔術だというの!?」
非常に効率の悪い魔術で、投影でレプリカを作るなら、ちゃんとした材料でレプリカを作った方がよほど手軽で実用に耐える。本来は失われた道具などを儀式のためなどに一時的に復活させる魔術であり、数分間だけ自分の時間軸に映し出して代用する魔術だ。つまり、外見だけのレンタル。投影した道具はオリジナルの道具と比べると劣化が激しく、さらに時間を経れば投影したものは世界の修正により魔力に戻ってしまう。
投影した物の脆弱性は語るに及ばず、ましてやサーヴァント同士の撃ちあいにも到底耐えうるものではない。なによりオリジナルの骨子への理解度、そしてこの弓兵のように短時間での連続投影などは並大抵の魔術師では難しいレベルだ。
だが、現実にこの弓兵はサーヴァントの攻撃を受け流し、壊されても瞬く暇すらなく次を握るほどの短時間での投影、そしてそれを壊れていくそばから行うほどの連続行使。熟練度が
「全く、常々思ってたが何が弓兵だ。いっそ俺みたいにキャスターで呼ばれてみろ」
「生憎、弓だけにかまけて生きていけるほど生温い
「成程道理ね、叩きつぶしたいぐらい正論よこの●●●野郎!」
「女性がそんな言葉使いをするのは感心しないな!」
時折立香とマシュへ剣を投げながら立華とキャスターの弾幕を捌く弓兵。一対四という圧倒的不利にありながらも彼は拮抗して見せる。しかし、攻めあぐねている弓兵と違い、立香とマシュは隙あらば果敢に接近戦を仕掛けていく。戦場と緊迫した空気の中で疲弊が著しくなっていくマシュと違い、立香達とキャスターはさらにギアを上げていく。そして、おおよそ10分ほどに渡り絶え間なく行われてきた猛攻、その綻びの一瞬を縫うように弓兵の渾身の一矢が煌く。
「――――
捻じれた剣を一瞬で番え、放つ。真っ直ぐそれは立華の心臓へと向かい、
「
驚異の反射神経でもって左肩を抉られる程度に終わる。立華の左耳は音速で物体が飛来した結果、一時的に感覚が鈍り、左側の視界が紅く染まった。
「――マスター!」
マシュの悲鳴に返事をするように、立華はオルガマリーが盾代わりにしていた斧を掴むと、弓兵に向けて投擲した。風切り音を立てながら迫る重量に、弓兵は回避を選択した。
――それが悪手だった。
「がはっ!」
視界いっぱいに広がった斧の刃、そしてその重量が生む風切り音、長時間の戦闘。どれもこれも大した要因とはならなかっただろう。しかし、小さな塵も積もり積もれば山となるように、その小さな要因が大きな原因となった。腹部に奔った痛みに視線を下げれば、双銃の銃床につけられた刃を腹部に突き立てるオレンジ色――かつての自分によく似た色の髪をした少女。
「――目だ!!」
両目に魔力弾を撃ち込み
「――耳だ!!」
両耳を振り上げた刃にて削ぎ落とし
「――鼻ァ!!」
胴回し回転蹴りで鼻を砕き
「ついでに玉ァ!!」
執拗なまでに金的を踏み抜いた。
「マ、マスター……?」
怯える従者を余所に、羅刹すら裸足で逃げ出す悪鬼と化した立華の凄惨な攻撃は続き、首を素手でもぎ取った後サッカーボールのように蹴り飛ばした。不幸にもオルガマリーはそれをキャッチしてしまい、彼女に消えないトラウマを刻むこととなる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
結論から言えば、立華はキレるとこの中で一番ヤバい。ケルト出身の戦士が軽く引くほどの凶暴性を発露し、殺害目標の息の根が止まった後であろうと執拗なまでに破壊する。かつて戦場にて敵味方問わずにPTSDを植え付け、国連に所属する前まではミンチメイカーとまで呼ばれてた時期があったほどだ。国連に所属してからは鳴りを潜めてはいたが。
「あー、マシュ」
「ひゃい!? 何でしょうマスター!?」
こうして慕ってきた相手に引かれれば傷つくくらいの心も持っている。
「いいか、ああなりたくなかったら立華をキレさせんな。アレを止めるのは、その、面倒だ」
相方も手を焼く狂戦士状態。その反動は軽い傷心。あれでも立華も女の子なのだ。
「そういえば所長はどうされたのでしょう?」
「あぁ、誰かさんの所為で伸びてる」
「おーい、生きてるかー?」
キャスターの杖とフォウの前足でつつかれながら、口から何か白いのが昇っていく所長を慌てて介抱するマシュの姿があったとかなかったとか。
まがみんもキレるとヤバいからね。しょうがないね。