今回はあまり料理しませんが次こそは⋯⋯
2019年10月11日 修正
十皿目 鯛ちらし
充満するカレーの香り、いい加減匂いに飽き飽きしているが試作を止める訳にいかないのが辛い所だ、えりなの厳命(?)もあるし、何より付き人が本戦に行っておいて主人が善戦すらせず予選敗退は流石に笑えない。それにコレには私の料理人生が掛かっている。
「⋯⋯問題はカレーなのに十分に煮込めないって所なんだよな」
意外に多い過去の食戟でのカレーレシピを片っ端から再現しつつもう何度目か分からない溜息を吐く、気分転換に林檎酢を炭酸水で割ったものを一息に飲む。やはり暑い夏場はコレに限る。贅沢を言うならばアイスなんかも欲しい所だが、遠月の敷地を移動してアイスを買いに行くくらいなら作った方が早いのが難点だ。
「⋯⋯美作も一瞬入って来たと思ったら『コレじゃ駄目だ!』とか訳の分からない事を叫んで出て行ってしまったし」
これで私の移動手段は徒歩に限られてしまったのだ、やはり自前でバイクの免許くらい取るべきだろうか?
「そもそも何でこの暑い時期にカレーを作らないといけないのさ」
それは数日前に遡る。
・・・5日前・・・
美作に連れられた私は、よく分からないままに、普段は進級テストや定期テストの上位陣が張り出されているらしい中庭にいた。らしいと言うのも上位陣に私が居るわけでも無いだろうし、また不合格であれば通知も届くため実は来た事が一度も無かったのだ。
「で、これは何だ?」
「美咲さん⋯⋯話聞いてなかったのかよ。秋の選抜の出場者が張り出されてるんだよ」
「ほぉ」
確かにココはぴったりだろうが、何体もの屍や抱き合う男共、泣き崩れる女子生徒等が多数転がっていたり座り込んでいたりと、なんとも濃い空間が完成していた。ウミウシやヒトデの打ち上げられた浜辺の様な光景に違和感を感じて聞いたのだが、美作の中で私は人の話を聞かない奴と認識されていたらしい。
「まぁしかしコレに関しては出ざるを得ないのは知っていただろう?」
「敵を知るってのは大事だぜ?敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うじゃねぇか、俺は99で止まっちまったがな」
生憎と美作の様に電子錠を素通りする等、ストーカーの極意を身に着けている訳でも無いので出来る事と言えば過去のレシピを組み合わせて見劣りしない品を作るだけだ。
「しかしまぁ、食戟の常連が大量だな」
幾度と無く目にした名前がずらりと並んでいる、(レシピ的に)お世話になった事のある人も多いので周りにいるかと思い、少し盛り上がった小山の上から周囲を一望する。生憎目に入った光景の殆どは先程の混沌とした光景だったが、闘志を燃やしている目も見える。少し静かになった気はする、燃え尽きたのだろう。
「流石だな⋯⋯それはさておき編入生も出場決定みたいだな」
「⋯⋯なぁ、急に寒気がしてきたんだが」
この悪寒には覚えがある、もしや誰かが宿泊研修から幽霊(仮)をつれて帰ったのだろうか、帰ったら一応盛り塩でもしておこう。
「美咲さんに限って風邪はねぇだろ、マジでなんか憑いてんじゃねぇか?」
人をなんだと思っているのかこの美作は、周囲も騒ぎを再開しはじめた所でクレーン車が突っ込んで来た。
「選抜入りした方々! 本当におめでとうございまーす!」
そんな事を言いながらクレーン車で突っ込んできたのは顔立ちの整った女子生徒だった、彼女はそのまま選抜の説明を開始し、もう既に何度も見学しに行っていた私は聞き流していたのだが、彼女の話で一点、耳に残った言葉があった。
『選抜には多くのVIP、料理界の重鎮がゲストとして訪れる。自分の腕を示す絶好の機会だ。だが、無様な品を晒せば、その時点で料理人として成り上がる未来が消滅する事もある』
この後『ま、精々がんばれや』と締めくくられたこの伝言は、伝言主のキャラの立ち様からして凄くその場の声が想像に容易かったのが、無様な品を晒しかねない私としては叡山先輩がどれだけヤンキーか等どうでもいい、もっと重大な事がある。
「美作、課題が分かったらとっとと試作しような」
「お、おう?」
2日後、予選の課題が『カレー料理』だと通知が届いた。
・・・現在・・・
「⋯⋯なんというか、もっと涼の取れそうなチョイスにすればいいのに」
片方のブロックだけでも30食、一口ずつ食べても胃に来るのは間違いないだろう。作る側としてもカレーは処分に困るし熱い、後でえりなに頼んで施設まで運んでもらおう。
因みにだが今まで試作したカレーはヨーグルトカレーやトマトカレー等の王道や、白菜や長ネギを使った和風カレーやサンバールの様な変り種を合わせて約20種類だ、まだまだ半分にも届いておらず、方向性すら決まっていない。
「一度頭を冷やすのもいいかもな」
美作を誘ってどこかの祭りにでも参加してみるのもいいかもしれない、偶には食べる側で。そう思い押しかけた彼が拠点としている貸し厨房で見たものは、きっと夏の暑さで狂ってしまった私が見た幻覚だったと信じたい。私の付き人にミニスカで厨房に立つ趣味があるなんてそんな事はある筈が無いのだから。
数日掛けて過去のトレースで身に付けた料理を組み合わせ、やっとの思いで満足いく品を作った。出来は上々だと思うし、少なくともそこいらの凡百相手には絶対に負けない出来だろう。偶には美咲さんに試食してもらおうかと思い立って、彼女の厨房に押しかけたのだが、そこに広がっていたのは香ばしくもまろやかな強烈な香りであった。
「ん、美作か」
凸凹したジャガイモ相手に流れる様な手付きで皮を向いていた彼女が振り返る。しかし今の俺は彼女に挨拶をする余裕すら感じていなかった。数日の内にここまで深く強烈な香りを練り上げ、今も尚上へ上へと試作を続ける彼女に、付け焼刃の技術の組み合わせで作り上げた料理を試食させよう等と考えた少し前の己をぶん殴ってやりたい。
「コレじゃ駄目だ!」
俺は叫ぶと厨房を後にする。舐めていたつもりは無い、しかし出場者発表の場で大勢の参加者を見下ろし、宣戦布告するような彼女に今の俺が追いつける訳が無いのだ。彼女に試食を頼むなら過去に無い程の会心の一品を作り上げてからだ。
ならばどの様にその一品を作り上げるのか、俺の武器はトレース唯一つ。幸いな事に俺の知る限り最有力の優勝候補がすぐ近くにおり、ココ数ヶ月はずっと彼女を見てきたのだ。今なら彼女に少しは近づけるかもしれない、イメージするのは理想の調理、最低限の手数で食材を捌き、最大限の効率で煮詰める彼女の姿。また何者にも臆さず、何事にも動揺しないその精神力。
「犬神美咲だ⋯⋯あん?」
よくよく思い返してみれば彼女の主義を俺は良く知らない、弱者の為に立ち上がる姿勢から徹底した実力主義では無いのだろう。また試作する料理を考慮するとこの学園に多い高級料理至高主義でも無いはずだ、寧ろ安価に抑えて良心的な価格での提供が可能な料理を作る傾向にある。
「ペンギン⋯⋯は結局料理しなかったが⋯⋯」
そして食材はペンギンだろうが蛇だろうが美味ければ恐らく無差別に使う、魚介をメインに使うのは実家での応用性を考えてと包丁技術を活かす為だろう。調理法にもこだわりと言えるものは無い。以前調べた時は『卓越した包丁技術を使い基本に忠実な女』といった印象であったため、余りにイメージしたものと違っていて勝負にもならなかったが、やはり今でもその印象は間違ってはいなかったと思う。程度と彼女の知識が大が何個も付く程間違っていたが。
「口数は少なく交友関係は狭いが付き合いが悪いわけではない」
これは実際付き人(主に移動手段)として関わっていく中で知った事だ、実際薙切なんかの頼みは聞くし、遊びに誘われれば付いて行く。権力が無い相手でも、施設の子供達との関係は若干怖がられているようではあるが良好であるし、施設の管理人とも(やや管理人の一方通行感は拭えないが)世間話をするくらいの間柄ではいる。
「ファンクラブがあり一部から崇拝⋯⋯?」
コレに関しては俺から包丁を取り戻した事が原因であるが、それ以前からも人気はあり、最近ではストーカーが近くに居るという噂も聞く。これは俺か?
「そして慢心せず黙々と技術の向上をはかる」
既に学園でも単純な技能は学年の垣根を越して上位ランカーだろうが、上からは兎も角下から見上げる分には皆一様に化物にしか見えない為どれ程のものかは正直不明。奇抜な獲物を使う事は滅多に無いので、専門的な技術を要するものへの技術もこれまた不明だ。
「分からねぇ⋯⋯まぁ先ずは格好から入るか」
悲劇の瞬間まで後数分。
流石に美作の幻覚に話しかける訳にもいかず、学園内を走るバスを捕まえて学園を出ると、パンフレットと常備品(包丁を含む)を持って小規模な祭り会場へと向かう。今回向かったのは神社で行われるその地区の人間だけが参加する様な祭りだ。
「ぼっちで祭りもどうかと思うがな」
しかしそうと決めると寂しかろうが出てしまうのが私である、頑固な性格だと思うがそうしないと何と言うか気持ち悪いのだ。行く先で出会える友人も居ない私は着いてからもぼっちであり、わたあめを買うとベンチに座って人混みを眺める。
そういえば地元の祭りだと必ずといっていいほど餅を撒いていたのだが、それがローカルな伝統だと知った時には酷く驚いたものだ。わたあめをちぎって口に入れる。
「⋯⋯久しいな」
「ッ!よく分かったね、美咲っち」
後ろからの声に内心驚きながら振り返ると、宿泊研修の時に眼鏡君関係で知り合った女の子が2人と、遠月では滅多に見ないまともそうな女の子がいた。
「もぉ悠姫ったら⋯⋯ごめんなさいね犬神さん」
「ん、かまわないさ」
よく分からないので謝罪に対する万能ワードを返す、榊さんは名前を聞いた記憶があるのだが、悠姫と呼ばれた女の子と見覚えの無い女の子は名前を聞いた覚えが無い。しかしココで名前を聞いてもう名乗っていたら気まずくなってしまう可能性がある以上、ここは慎重にだ。
「遠月で外の祭りに参加する人が居るとは思わなかったな」
無難な話題を振って名前を探る、ココに美作がいれば彼を紹介する流れで自己紹介に扱ぎ付けたのだが、生憎本物の美作は行方不明なのだ。
「そうですね、学園の生徒の大半は高価な美食至上主義ですから地元のお祭りなんかは見下してますから⋯⋯」
「確かに遠月でイカ焼きなんて出したら減点待ったなしだもんね」
まぁ教師の大半も高価な美食至上主義であるからしょうがないと言えばしょうがない。シャペル先生等、美味ければ何でも認めてくれる先生も存在するが、彼らの舌をそこらの屋台で出品される様な品で満足させようと思うと十傑並の技能が要求されるだろう。
「でも創真君ならやりそうだよね」
「「それ、洒落にならない」」
誰だろうかと首を傾げていると榊さんが此方の意図を察して説明をしてくれた。どうやら編入生の彼の事だったらしい、確かに食戟の時も1パック1000円程度の肉を持ち出して大ブーイングを喰らっていた筈だが懲りてはいないらしい。
「中々に強心臓の持ち主らしいな、もしかして彼は選抜にも出るか?」
「えぇ、私達3人も出場しますよ。犬神さんも出場おめでとうございます、といっても当然過ぎますよね」
「いや⋯⋯そんな事はない。榊さん達も出場おめでとう」
正直例年通り見学していたかったのだが、あの尾鰭の付きまくった噂のせいか選ばれてしまい内心全くおめでたくない。程々の成績まで頑張ったら後は早々に見学をしていたい。
「恵っちも選ばれて極星から5人出場だからね。あ、美咲っちは何カレーにするか決めた?」
「煮詰まって逃げてきた所だ、3人はどうなんだ?」
どうやら初見(?)の女の子の名前は恵と言うらしい、選抜に選ばれるという事は猛者なのは間違いないのだが、過去に彼女の料理を見た記憶が全くないのが謎極まる所だ。
「私達も⋯⋯『とっとと店仕舞いしたらどうなんだぁ?』」
榊さんがそう言いかけた所で嫌らしく粘ついた男の声がした。どうやら現場は近くらしく、海鮮ちらしを売っていた店舗どうしの諍いらしい。まぁ関わる理由もなければ、煩くなったこの場で彼女達と雑談を続けるのも話し難い事この上ないので場所を変えるなりするべきだろう。
「はぁ⋯⋯行くか」
「ッ! そう来なくっちゃね!」
「流石は犬神さんね」
「あわわわわ」
妙にノリの良い悠姫さんと当然とばかりに頷いた榊さんが私の両側を固め、後ろを恵さんが塞いだ状態で騒ぎの中心地に真っ直ぐ向かって歩き始める。いや、近付いてどうする。
「さぁ、のいたのいた」
そう言い人混みを掻き分けて進む小さな背中は妙に逞しかったのだが、後で思えば多少無理矢理にでもここで引き返すべきだったのだ。
当然の様に立ち上がった犬神さんはやはり噂に名高い『神の包丁』なのだと思う。実際に彼女が立ち上がる場面を見たのは初めてだが、迷い無く立ち上がるその姿は一部の生徒から『美咲様』なんて呼ばれるのも頷ける。
「美咲っちは流石だなぁ」
悠姫もそんな事を言っている、恵は唐突に連れて来られた人混みの中心地でわたわたとしていたが、中心で踏み躙られる料理を見ると男に謝罪を要求し、男と口論の真っ只中だ。犬神さんはやや戸惑っている様だが、あの恵がまくし立てるのを目にすると当然だろう。
「お前達ァ⋯⋯笠原グループにたて突く意味分かってのか?あぁ!?」
遠月の制服を着ていたら少しは話が違っていたのだろうが、生憎全員が私服である為遠月の威光は当てに出来ない。というか先ず笠原グループって何だろうか。
「笠原グループ⋯⋯? 知っているか?」
犬神さんが躊躇無く挑発に出る。選抜メンバーの発表の場であれだけ対抗心のある視線を浴びても動じない女性だ、流石の精神力である。ここから先に求められる流れは遠月にいると慣れるものだ。男が青筋を立てているが悠姫が流れに乗る。
「知らなーい、自信満々に名乗るんだから大層なグループなんじゃない?」
「んだとぉ?ふん、まぁどうせそこの貧相なちらし寿司も売れのこんだ、ちったぁ買ってやったらどうだ?」
「へぇ⋯⋯随分と自信があるのね」
貧相なちらし寿司、確かにそう見えるが年季を感じる確かな技術をそこに感じる。生憎専門外なので詳しくは分からないが、食べ比べであれば早々負ける事はないだろう出来なのは確かだ。遠月の上位陣と比べると話にならないのは間違いないが。
「そりゃそうだろ、人生引退間際の小汚い爺が一人でやってる所と違ってこっちは現役のプロがやってる寿司弁当だぜ?味も素材も段違いなんだよ、それが向かい側にいて売れのこらねぇ訳がないね」
「プロが作った寿司弁当って言うのは⋯⋯これか?」
犬神さんが懐疑的な声を発する。いつの間にか向かい側の店にいた彼女は売り物を覗き込んでおり、ひとしきり見終えると顔を上げて残念そうに戻ってくる。
「はん!勝負にならねぇのが分かったろ?」
「美咲っち、どうなの?」
彼女は首を振る事で答えると、男の妙な存在感ですっかり忘れられていたこけたお爺さんを引っ張り起こす。その首を振る動作を勝ち目が無いと判断したのか男は満足気に鼻を鳴らすと、人集りに対して自身の店のアピールを始める。
「お爺さん、大丈夫ですか」
「あぁ⋯⋯少し腰を悪くしていてね。助かったよ」
自慢げに話し続けている男を放置し、お爺さんを恵と犬神さんが店の椅子に座らせる。私と悠姫が少し遅れて駆け寄ると彼女は包丁ケースがはみ出ているバッグを持って言った。
「さぁ、いこうか」
お爺さんを腰掛けさせ、『さぁ行こうか』と声を掛けると、何故か全員が覚悟完了した目で調理場に立ちはじめてしまった。挙句恵さんはお爺さんに『私達に任せてください』なんて言っているし、明らかに『私達』の中には私も含まれているだろう。
「ふぅ⋯⋯」
未だに得意気に自慢している男の店は実際学ぶべき所が素材程度と言う有様で、一切の収穫は無く、宿泊研修でこんなものを出そうものならその場で退学間違いないものだ。
「美咲っち、準備オーケーだヨ!」
「魚はこの場で捌いていたのね。魚は任せていいですか?」
この空気で逃げ出せるわけも無く、面倒ごとを引き起こしてくれた男に若干の殺意を抱きながら包丁を取り出す。元々お爺さんが一人で作業するスペースで四人も入るのは物理的に不可能なので、調理台の一部を動かしてスペースを確保する。
「何を捌けばいい?」
クーラーボックスに入っているのは鯛ばかりで、マグロなどを起用して酢飯に色が移るのを避けたのだろう。結果として貧相な見た目になってしまったわけだが、素材も良く厳選されており、産地にだけ拘って仕入れたらしいあちらとは比較にならないだろう。
「しかしまぁ鯛は鯛でもよくこれだけ仕入れたもんだっと」
鯛をまな板に置くと一息に解体していく、遠月だと注目を浴びる事の殆ど無い動作だが、料理学校に通うわけでも無い一般の人の目にはもの珍しい動きに見えたらしく、話し続ける男をそのままに人目が集まっていく。
「鯛だけで統一すると包丁を一々洗わなくていいのか」
初めて気付いた利点である、基本一食ずつ作る学園での課題では気付かない点だが、こう実践して見ると良く分かる。捌く端から恵さんが運んでいき、悠姫さんが盛り付け、榊さんが売り捌いていく。もともとはほぼ0だった客足も男の起こした騒ぎと、榊さん達の魅力により小規模ながら絶えず列が出来ている。
「休日返上かぁ⋯⋯」
この後素材が無くなるまで子供達に囲まれながら捌き続けた。
・・・数時間後・・・
「ありがとう、助かったよ」
お爺さんが何度も頭を下げる中、端切れや余った酢飯を使ったちらし寿司を手に落ち着ける場所へと向かう。
「見事な包丁捌きでしたね、犬神さん」
「流石は【神の包丁】その人だよー、美咲っちはどこかで修行とかしたの?」
素直に首を振る、別段修行に行ったことは無い。全てが遠月で学んだ事や見て盗んだものなので、ある意味日々修行中ではあるが。
石段に腰掛けるとちらし寿司に手をつける、張りのある良い鯛の食感が心地よく、また柔らかくしっかり焼き上げられた卵が甘い酢飯としっかりと馴染んでいる。鯛のみで構成する事で味の喧嘩を極限まで押さえ、その上でしっかりと相乗効果を生み出しているのはあのお爺さんの確かな技術の裏付けだろう。
「え、てっきり秘境に住む包丁妖怪とかの元で修行したのかと思ってました⋯⋯」
「恵さん、私に敬語はいらない」
私の認識はどうなっているのだろうか⋯⋯師匠が妖怪ってどんなコミュニケーション能力があればいいのだ。いや、今までぼっち貫いてたから人と関わるイメージが無いのだろうけどさ。
「え、あ、はい⋯⋯じゃなくてうん」
戸惑わせてしまったのは申し訳なく思うが、選抜の予選入りを果たした猛者に敬語で話されるのは落ち着かないのだ。
「しかし何処かに師事してくれる人がいればとは思うな、せめて味見役だけでも」
「あら、薙切さんには頼めないんです?」
中々敬語を止めてくれない榊さんだが、彼女はまぁ妙にしっくりくるので然程気にならない。
「【神の舌】に自信を持って出せる品がそう簡単に作れるなら今頃厨房にいる」
彼女は食に関しては人が変わったと思うくらい厳しいので、下手なものを出そうものなら『ゴリラと混浴する様な味』や『鳥の怪物に連れ去られるような味』といった良く分からない表現で散々な評価をもらうだろう。味覚は確かなのに妙な感性をもっている所為でそもそもあまり頼ろうと思えないのだ。
「あーーー! そろそろ帰らないとバス逃しちゃうよ!」
ちらし寿司を頬張っていた悠姫さんが唐突に声を上げる、都会故に学園までならどうとでもなるのだが、学内便が無ければやってられないのが遠月学園の敷地だ。
「3人は寮生なのか?」
「えぇ、極星寮よ。森の奥の古い建物だからか殆どの人が知らないのだけど」
立ちながら聞くと榊さんが答える。しかし極星寮と聞いたとき、聞き覚えは無いのだが何故か漢字が頭をよぎったのは何故だろうか?
「2人とも! 暢気に話してないで急がないと!」
その場で駆け足をしている悠姫さんの声を受け、学園への帰路へ就いた。帰りに美作を覗いて見ようとも思ったのだが、どうしても足が向かなかったので諦めて早く帰り、カレーの試作をする事にした。
「あぁ?4人組の女にしてやられただと?」
「は、はひ⋯⋯」
高いコンサルト料を納める家畜⋯⋯上客からの電話に溜息が出る。遠月の感覚で見ると高等部進学も危ぶまれる3流職人しかいない寿司チェーンの男だが、今は利を削って商売敵を潰す事で売り上げを磐石の物していた筈だ。
「⋯⋯特徴は?」
「一人はえらく大きい黒髪長髪、後は偉くいい体した赤毛にチビと地味な奴です」
その条件に当てはまる4人組が何組いると思っているのか、内心で罵声を浴びせながらも質問を続ける。
「手法は?」
「そりゃちらし寿司を作って⋯⋯包丁使った解体ショーなんかもしてましたよ」
包丁と言う言葉に引っかかりを覚える、別人の可能性のほうが断然高いが最近やけに影響力を拡大してきた女の顔が浮かんだ。
「その解体をしていた女が黒髪長髪か?」
「えぇそうです。っくそ、次に会ったらただじゃおかねぇ」
非常に三下染みた言葉を使う男に溜息を溢しながらも今後の指示を出し、通話を切ると部下の一人に連絡を取る。2コールと待たず電話にでた部下に明日、例の女を連れてくるよう告げると秋の選抜の書類に目を移す。
「犬神美咲、邪魔だけはすんなよな」
手駒になるなら欲しいが、生憎既に手駒にするには名が売れすぎている。未だ実力を目にした事は無いが、【食の魔王】と【神の舌】の推薦に加え、宿泊研修での評価から推察するに相当な腕の持ち主だろう。従属しろとは言わないから敵対はするな、そう忠告するつもりで呼びつけた。