私の付き人はストーカー   作:眠たい兎

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結局三つに分けることにしました。
(書きたい料理の数の都合上)


十二皿目 ラムチョップのソテー

 最初の審査が行われる瞬間、参加者の反応は大きく3つに分けられた。

 1つ目は彼女を良く知らない者達、これは実力者が集まった選抜において多くの割合を占めていた。値踏みするような視線を送った彼らは、審査の結果を見て彼女を下に見ただろう。

 2つ目は彼女を良く知り、深く絶望した者達。意外にも少数派で、審査の結果を見て絶望を深めただろう。総帥は彼らを『捨て石』と称すだろうが、彼女の実力を良く知っていると言う事は彼女の数少ない公式の場を見た事がある、他者を良く見る人物が多くだ。

 最後は、彼女の実力を知り、その上で己の皿で挑む者達。総帥の言う『玉』であり、本戦出場の可能性がある者達だ。”僕の可愛い後輩”達もそこに含まれていた。

 

「⋯⋯しかしまぁ、この審査結果は無いよね」

 

 参加者、観客の去った会場で得点版を見上げながら呟く。ほぼ間違いなく遠月学園の(黒)歴史に残る戦績は、生来現場を知らぬ者が見れば『Bブロックには落ちこぼれしかいなかった』と判断するだろう。

 

「一色先輩、これは予め回避できた筈ですよ」

 

「そうだね。知ってはいるだろうけど、僕はこの審査順に反対したからね?」

 

 『神の舌』と言われる後輩の咎める様な視線に、にこやかに返す。どこかのヤンキーがルール厳守なんて似合わない主張をしなければ回避出来たのだ。僕だって現時点で『神の舌』を”満足”させる事が出来る”料理人”に後輩が勝てると思うほど彼らを過信してはいない。

 

「後輩思いの先輩なら、少々無理をしてでも避けるべきだったのでは?」

 

「あの子達はこれくらいで挫折したりはしないだろうからね。むしろ同じ会場で彼女の料理を見る事が、”料理人を目指す”上でプラスになると思ったんだ」

 

 もっとも、僕は審査員が80点くらいを彼女に付けると思っていたので、そこは激しく予想外であったが。

 

「⋯⋯そうですか。それでは失礼します」

 

 そう言うと”神の舌”は踵を返し会場を後にする。

 

「僕ももう帰ろうかな、後始末は叡山君が上手くするだろうし」

 

 彼の我侭を通したのだ、これくらいは許されて然るべきだろう。僕は後輩達との慰労会の準備でもするとしよう、生憎の結果ではあったがあの子達の品は十分にいい品だった。今晩は僕も腕を振るおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 案の定、Bブロックは悲惨な結果に終わっていた。選抜参加者の発表の場で、美咲さんが出場者達を小山の上から見下ろした時点でこうなる事は分かりきっていたが、あの時挑戦的な目をして彼女を見ていた者達の心境はもうお察しだろう。

 

「美咲さん、本当に手伝わなくていいのか?」

 

「あぁ、ゆっくりしててくれ」

 

 現在、俺は彼女の家で少々居心地が悪いながらも寛いでいる。というか寛がされている。選抜の予選が終わった後、別段なんらかの集団に属しているわけでもない俺達は直帰する事となったのだが、彼女がふと提案したのだ。

 

『せっかくだから選抜予選の慰労会をしよう』

 

 結果として彼女の家に訪れる事となったのだが、いざ手伝おうとすると断られ、非常に落ち着かないが厨房に隣接したリビングのソファに腰掛けるに至ったのである。

 

「やはり私達では足手纏いなのでしょうか⋯⋯」

 

「うーん、確かに僕達では犬神さんには及ばないだろうけど」

 

 そう言うのは何故かいる珈琲研の猫間先輩と以前食戟をした潮田だ。どうやら彼女が呼んだらしいのだが、潮田の方は害意の無い敵意を向けてくるので少々息苦しい。

 

「俺もあの人が誰かと調理してるの見た事ねぇな」

 

「貴方もご一緒させてもらった事は無いの?」

 

 そう呟くと潮田は何故か勝ち誇った顔をしながら確認してくる。彼女の前で料理する事や彼女の料理を見ている事はあれど、一緒に作った事は無い気がする。そう告げると鼻歌を歌い出しそうなくらい機嫌が良くなったのは、こいつは彼女と料理をしたことがあるのだろうか。

 

「そういえば美作君はここ数ヶ月彼女と居るみたいだけど、何か得るものはあったかい?」

 

 のほほんと聞いてくる彼は正直頼りない印象を受けるが、二年生に持ち上がる数少ない先輩の一人であるからして実力は侮れない。そう考えるとこの家猫の様なのんびりとした雰囲気が素なのか勘繰ってしまう。

 

「勿論です、何だかんだ美咲さんは面倒見がいいですから」

 

 言葉で教える事はほぼ皆無だが、そもそも料理は言葉でなく見て食べて学ぶ物だ。前で実演して貰えるだけで取っ掛かりくらいは掴めるし、彼女の品を食べた後だと己の品が如何に妥協を許したものかが良く分かる。完成品の水準が上がるのだ。ただ、基本に於いてほぼ極まっている彼女の技術は早々真似出来るモノでもないので、未だ何一つとて追いつけていないのが悩みだ。

 

「力になれているのなら何よりだ。先輩、潮田さんゆっくりしていってくださいね」

 

 突然話題の人物が背後から現れた俺はビクリとする。ニコニコと笑っている猫間先輩は確信犯だろう、来るのを見て話題を振ったに違いない。

 音無く置かれたのは珈琲と、ドライフルーツだ。それだけ置くと彼女は厨房へと戻って行き、その背中を名残惜しげに見送った潮田が今度はドライフルーツをうっとりと眺めそれを口にする。

 

「ネーブルオレンジとマーコットオレンジだね、丁寧に仕上げてある」

 

「へぇ⋯⋯そう言えばココ暫く柑橘系の匂いがしてたな」

 

「あ⋯⋯あ⋯⋯」

 

 もしかすると課題を満たす品を作った後は早々に別料理の試作をしていたのだろうか。彼女であれば数日で課題突破が可能な品を作り上げたと言われても驚きはすれど不思議は無いし、最悪突破だけなら普通に作っても十分可能だろう。いや、そんなことより一口齧って夢の彼方に飛び立った潮田が流石に心配だ。

 

「それじゃ、頂きます」

 

 何処までも自分の道を突き進む先輩はドライフルーツを、俺は珈琲を口にする。ただこの時、選抜での疲れの所為か、元々挙動不審の極みであった潮田に気を取られていたからなのかすっかり忘れていたモノがあるのである。

 

「⋯⋯うわぁ」

 

「____ォ!?」

 

 その忘れ物を『心構え』と言う。気が付いたときには30分が立っており、カップと皿は空であった。

 

 

 

 

 

 

 

 珍しい事に我が家に人間が四人もいる、これは過去最多の記録である。最近は連日シャペル先生が来ていたりした為複数人いる事は多かったが、美作が課題に集中するために借り厨房に篭っていた事もあり3人以上の人間がいたことは無かったし、美作が付き人になる前など推して知るべしだ。初めてのホームパーティー(?)に少々張り切っている。

 

「美咲さん、本当に手伝わなくていいのか?」

 

「あぁ、ゆっくりしててくれ」

 

 彼以外の2人だが、今回は良い品を横流ししてくれたりと非常にお世話になった事もあり来ていただいた。もう頭が上がらない、感謝してもしきれないとはきっとこの事だ。

 

「珈琲でいいよな」

 

 そんな言葉が口から出たが、これは彼らが飲めるか飲めないかの話ではない。日夜研究会で研鑽を積む珈琲の専門家達に齧った程度の素人が珈琲を振舞っていいものかどうかと言う話だ、感想を聞きたい気持ちはあるが気分を害さないか不安でもある。付け合せにドライフルーツを出すつもりである以上、紅茶より珈琲だとは思うので珈琲を出す事にする。

 考え方的にどちらが付け合せか最早分からないが、それだけドライフルーツには凝ったのだ。カレーに使うためにも。選抜予選で作った柑橘カレー(仮)は、元々キツイ制限時間内に味に深みを出すために深炒りした珈琲を使ったレシピを用いるつもりだったのだが、珈琲研を訪れた際に頂いた珈琲から浅炒りにして柑橘類で纏める方向へとシフトしたのである。

 

「あー⋯⋯砂糖とか無いが大丈夫だろうか?」

 

 生憎私は普段から珈琲を飲まないし、滅多に来客も無いので角砂糖等は無い。業務用だったり手の込んだ試作用ならあるのだが...また今度仕入れておこう。入れた珈琲と、皿に大量に乗せたドライフルーツを運ぶ。

 

「勿論です、何だかんだ美咲さんは面倒見がいいですから」

 

 何の話かは詳しく知らないが悪い話ではないのだろう。若干照れくさい。

 

「力になれているのなら何よりだ。先輩、潮田さんゆっくりしていってくださいね」

 

 薄く割れやすい皿に乗せてあるのでうっかり握りつぶさない様に注意して皿を下ろす。日頃からガチャンガチャン割っているわけではないが、夏の始めごろにうっかり美作の芋を握りつぶしかけて以来気を使うようにしている。

 

「ネーブルオレンジとマーコットオレンジだね、丁寧に仕上げてある」

 

 猫間先輩の評価を受け少し喜ぶが、暫定柑橘類専門家の潮田さんはじっとドライフルーツを睨み続けている。柑橘類を扱う人間の目にはまだまだ及第点を貰えないようだ、確かにコーティングの出来はいまいちだったかもしれない。要練習といったところか。

 改善点も見つかったので早く夕食の支度に取り掛かるとしよう。厨房に戻り冷蔵庫から羊肉、大蒜、エシャロット、タイム等の臭み消しに用いるハーブを取り出す。

 

「羊肉はまだ扱い慣れてるが⋯⋯肉類の練習もしないとな」

 

 本戦で醜態を晒さない為にも肉類の扱いはこれを機になんとかするべきだろう。格段苦手な訳ではないが、唯でさえオリジナリティの無い料理しか作れないのだから技術で劣っていては話にならないのだ。

 早速羊肉の解体に入る、尤も元が然程大きくは無いので食戟の場で水戸さんが見せたような派手な動きは無いが、普通に料理を作る分には滅多に握らない『筋引』と言われる包丁を用いるため難易度は割りと高い。『筋引』とはその名の通り『筋に沿うように引き切る』包丁で、今回使用するラムチョップ等の摘出に適している。野菜なんかのスライスにも便利だが、肉の解体時とは使い勝手が大きく違う。

 

「やっぱり匂いが強い」

 

 実は羊肉の臭みが苦手と言う人は多いのではなかろうか。包丁を『骨透』に持ち替え食べやすいように切れ込みを入れる、こちらは包丁の扱い自体には然程技術を必要としないが、刃を入れる為の固定に慣れが必要だ。その後は刻み潰した大蒜やハーブと共に塩や胡椒を揉み込んで寝かす。

 次に、エシャロットを微塵切りにし、バターと赤ワイン、蜂蜜を絡めて弱火で煮詰めてソースを作る。時計を確認すると夕飯時まで少し早いと言った時間になっており、メイン以外の料理の準備も進めていく。

 

「⋯⋯盛り付けも要勉強だな」

 

 宿泊研修の際も同じ事を意識した気がするが、単純にセンスが無いのだろう。寝かせていた羊肉に火を通し、テーブルの準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 流石は犬神さんだと思う。柑橘類は私の専門分野だと自負していたのに、あっさりと二段三段と上を行く。宿泊研修以降も彼女に並ぶ事を目標に励んできたつもりだけれど、いつまで経っても彼女には追いつける気がしない。恥ずかしながら始めの一口を食べて以降の記憶が飛んでおり、今も厨房からの香りに意識を引きずられているところだ。

 

「犬神さんはこの珈琲を使ったんですね」

 

「彼女が会場で説明しなかったのも頷けるだろう?」

 

 先輩は予め知っていたらしく、ニコニコとしながら彼女が行った工程を語る。今回彼女が使ったのは『ブラックアイボリー』という珈琲で、『コピ・ルアク』等と並べて『世界一高価な珈琲』なんて呼ばれる代物だ。正直製法が製法なだけに口にするのに抵抗のある人も多いが味や香りは一級で、それでいて珈琲特有のくどさが無いのが特徴だ。この特徴がお題である『カレー』に上手く噛み合ったのだろう。

 

「へぇ⋯⋯美咲さんは珈琲で攻めたのか。発想自体はあったがさらに柑橘類と合わせるとはなぁ」

 

 私の元怨敵、今でもその場所を譲れと詰め寄りたい男が感心した様に残り香に鼻をヒクつかせる。この男、付き人等と称していながら一夏の間彼女から離れていたらしい。事前に知っていたらもっとお手伝いをしたものの。

 

「有名所だと柑橘系のチョコレートをカレーに使う所もあるからね、恐らくその辺りからヒントを得たんだろう。本来コクを出すための後付けの部分に味の主軸を持っていくとは、やることが実に大胆だ」

 

「それとあのドライフルーツも使われたとか、お役に立てたようで何よりです」

 

 元怨敵に軽く嫌味を送るが、これくらい許されるだろう。私だって彼女と一緒に通常生活を送りたいのだ、よりによってこの男が彼女の隣にいるのかという気持ちもある。

 

「ドライフルーツに珈琲、遠心分離機を使った苦味を抑えた調節か。本戦じゃなるべく最後まで当たりたくねぇな」

 

 彼女以外に敵はいないと言いたげなこの態度はAブロック首位の余裕なのか、ただの慢心なのか。事実実力は相当伸びている(らしい)のでただの自惚れではないのだろうが、これで彼女以外に敗北して彼女の面子に泥を塗る真似をしたら如何してくれよう。やはり彼女の付き人交代を申し出て⋯⋯

 

「彼女の来年度十傑入りは確実だろうなぁ⋯⋯美作君も頑張ってね」

 

 噂によると彼の【神の舌】、薙切えりなさんも高く評価したとか。噂も何も例の食戟での審査員は彼女であったのだから、彼女が犬神さんを認めていない等と言うことは無いだろうが。

 

「十傑か⋯⋯」

 

「なんだ? 目指すのか?」

 

 座っている場所の都合上、厨房の入り口に背を向けている元怨敵の巨体がビクリとする。

 

「美咲さん⋯⋯足音立てて歩けよ。心臓に悪いだろうが」

 

「悪いな。そろそろ出来上がるんで声を掛けに来たんだ」

 

 先程から漂っていた香りが完成度を増し、宿泊研修の時に感じたそれに近い感覚が私を襲う。普段はニコニコとしていて表情の読めない先輩も真面目な顔をしているし、やはり先輩の目から見ても彼女は凄い人なんだなと思う。

 

「運んでくるから少し待っててくれ」

 

 テーブルに布を引いた彼女は一旦厨房に戻り、円形のトレイの上に黄色いゼリーの様な物が入ったカクテルグラスと恐らくトマト系の煮込み料理を盛った小鉢を載せて出てくる。4人分を一気に運び終えると恐らくはメイン、今この場に漂う香りの原因を持ってくる。

 

「あー⋯⋯取りあえず先の二品が玉蜀黍のムースと夏野菜のラタテュイユ、メインがラムチョップのソテーだ。どうぞ」

 

「⋯⋯フレンチは珍しいな」

 

「お洒落ですね!」

 

「冷めないうちにいただこう」

 

 恐らくは前菜とメインの組み合わせなのだろう。だけど...この香りは反則でしょう!

 彼女を除く全員が真っ先にメインに手を出し、骨付きの肉とは思えない取り分け安さに驚く。そしてそれらを口へと運ぶ。

 

「「「_____!?」」」

 

 口の中で解けるような柔らかさ、掛けられた甘めのソースと羊肉が口の中で踊る。明日からどんな基準で己の料理を作れば良いのだろうか、元怨敵が成長したと言われる所以がよくよく分かった。

 

 

 

 

 

 これでは生半可な料理では満足する事が出来なくなってしまいます!

 

 

 




できれば貞塚ナオを書きたかった...

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