とある科学の氷葬地獄(インフェルノ)   作:水谷祐

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第六話 幻想猛獣(AIMバースト)

「ぐぁっ!」

 

近くで化け物に銃弾を撃ち込み続けていた同僚の黄泉川が、触手の一撃で壁際まで吹っ飛ばされる。

 

「あっ、隊長!?」

 

 一瞬、視線が逸れた隙を狙って迫ってくる触手。恐怖からか、狙いを定めずに引き金を引き続ける。

 

「っ!? あ、いや、来ないで!」

 

カチカチ、と弾切れを知らせる音を聞きながら後退した。だが触手は成長しながら鉄装を捕まえようとする。その瞬間、彼女の脇腹に衝撃が走る。

 

「何ぼやっとしてんのよ! 死んでも知らないわよ!」

 

見えたのは茶髪に強気な目。灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーターという格好の少女。その隣には銀髪に黒縁眼鏡を掛けた見覚えのある少年が居る。

 

「あ、貴方たち誰? 一般人がこんなところで何してるの!」

 

「ったく。どいつもこいつも一般人、一般人って……」

 

「まぁ風紀委員(ジャッジメント)ではない以上、一般人には変わりないだろ」

 

「あんた、どっちの味方よ?」

 

 「正義の味方」だと言い出した少年と口論を始めた少女。

 そして思いだした。少年の方は黄泉川の勤める高校のレベル5だ。

 

「と、とにかく、すぐにここから逃げな……きゃあっ!」

 

襲ってくる触手を少年は鉄装を連れたまま避け、少女が電撃で触手を焼き落とす。少年が触れた瞬間、分厚い装備を着ているのにも関わらず、ひんやりとした冷気に触れた気がした。

 

「逃げるのはそっち! アイツはこっちが攻撃しなければ寄って来ないんだから」

 

「それでも、撤退するわけにはいかないじゃん」

 

 脇腹を抑えながら、黄泉川が遠くの施設を指さす。

 

「え?」

 

「月浦。あれが何だか分かるか?」

 

数秒の間が空いた後、

 

「原子力実験炉、ですか? 都市開発計画要綱で呼んだ覚えがあります」

 

「……え? マジ?」

 

 さっと青ざめた少女。何故警備員(アンチスキル)が身を挺して化け物の進行を止めようとしているのか、ようやく理解したようだ。少年から続けて説明を受けている少女を横目に何処か安全な場所に黄泉川や仲間を運ぼうと周りの様子を確認。そうしたら、一人の女の子が必死に階段を昇っている姿が見えた。

 

「何やってんの、あの子!」

 

「あれは! 木山の人質になっていた……。くっ! この混乱で逃げ遅れてるじゃん」 

 

「違う。初春さんはもう人質でも逃げ遅れてるんでもない……。頼みがあるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲の磁力を操り、砂鉄の剣を生成した御坂がそれを原子力実験炉へ進む幻想猛獣(AIMバースト)に向かって一振りした。その一動作で剣はうねり、進み続ける幻想猛獣(AIMバースト)の足を容易に切り落とす。

 甲高い悲鳴を上げ、足を再生しながらこちらを向いたそれに容赦なく冷気を浴びせる。それと同時に空気中の水分はますます下がっていく。

 

「アンタの相手は、このあたしよ!」

 

「いや、俺もなんだが……」

 

 話している間に頭上で生み出した光線を打ち出してくる幻想猛獣(AIMバースト)。お互い攻撃を避けながら攻撃を加えていくが、あまりの再生力に攻撃が追い付かない。

 

「ったく、少しは人の話を……、ヤバっ!」

 

 全方位に向けて発射された光線が初春や警備員(アンチスキル)の居る高速道路付近を直撃しようとしている。あそこを撃たれれば、ネットワークの破壊がさらに遅くなるだろう。それは困る。

 月浦の能力は氷系の能力だ。彼の能力の範囲に制限はない。空気中の水分とある程度の風さえあれば幾らでも氷を作ることが出来る。例えそれがどんなに離れた場所であろうとも、場所さえ分かっていれば能力の行使は可能なのだ。

 高速道路の下辺りにちかっと青白い光が瞬くと、それは氷の壁へと変化を遂げた。この間僅か三秒。光線が届くギリギリで防げた、くらいの時間である。

 

「セーフ、か」

 

「……あんたの能力って制限ないの?」

 

「基本はないな。範囲も凡そ学園都市全体だろうという判定だ」

 

 呆れた顔でこちらを見る御坂に心外だと言いつつ返答する。

 

「その辺りは、あたしと変わんないのね!」

 

 再び電撃でこちらに注意を向ける御坂。原子力実験炉に近づけるわけにもいかなかったと言うのもあるが、流れ弾が友人を襲うのを止めたいという思いの方が強いらしい。幻想猛獣(AIMバースト)が少しでも高速道路の方面に光線を撃とうとすれば、「さっさと止めなさいよ!」とお叱りの言葉が飛んでくる。人に任せるのかと内心ため息を吐きながら対処する。

 月浦の能力は元々戦闘に向いていない。彼自身が近接戦闘を得意とするだけあったからか、能力による攻撃手段が少なくとも対処できたからだ。

 

「初春はまだか……!」

 

 やろうと思えば出来る能力攻撃は、残念ながらほとんどが近接戦闘用である。御坂も限界が近い。とにかく早くしてくれ、それだけだった。

 

「? この音は……」

 

 五感に働きかける様な不思議な音色(メロディー)が学園都市上に流れる。するとどうだろう。攻撃しても再生を続けていた幻想猛獣(AIMバースト)が、急にその再生をやめた。

 

「初春さん、やったんだ……! なら悪いけど、これでゲームオーバーよ!」

 

「俺が行く」

 

 電撃を放とうとした御坂より先に飛び出す。再生しないとなった今、月浦には近接戦闘という術が示された。

 月浦がパーカーのポケットから取り出したのは二本の剣の柄の様なもの。彼の周囲の温度がさらに下がると同時にそれは構築されていた。青く輝く二つの刀身が真っ直ぐと幻想猛獣(AIMバースト)に向けられていた。

 フィンランド人の血が濃い月浦の母方の祖父は日本人だった。仕事で忙しい両親に代わって面倒を見てくれた祖父は彼に剣道を教えた。

中でも月浦がハマったのは二刀流だった。両手に握った二本の剣を高度な連携で持って操るそれに魅せられたのは僅か四歳のころ。腕を上げ始めた頃に、学園都市に来た月浦は、それをあまり褒められた事ではない喧嘩で覚えていったのだ。故に動きに無駄は無く、最小限の動きだけで構成された剣技に隙はない。

 

「やった?」

 

「気を抜くな!まだ終わっていない! ネットワークの破壊には成功しても、あれはAIM拡散力場が生んだ1万人の思念の塊。普通の生物の常識は通用しない!」

 

「話が違うじゃない! だったら、どうしろって!?」

 

 痛む体を引きずりながらもやって来た木山の言葉に方法を求める御坂の声に、

 

「核が、力場を固定させている核のようなものが、どこかにあるはずだ! それを破壊すれば……」

 

『ntst欲kgd』

 

 しかし無数の剣閃で切り刻まれた幻想猛獣(それ)は、人語でない何かを話した。そこから感じられる劣等感、悲壮感、嫉妬、切望と言った様々な負の感情。幻想御手(レベルアッパー)に縋った能力者たちの苦しみの声。

 

「さがって、巻き込まれるわよ」

 

「構うものか! 私にはアレを生み出した責任が……」

 

「あんたが良くても、あんたの教え子はどうすんの!? 回復した時、あの子たちが見たいのは、あんたの顔じゃないの? こんなやり方しないなら、私も協力する」

 

「知り合いに連絡を付けてやることも出来る。一人で何もかもやろうとしたって上手くはいかないさ」

 

 驚きで目を見開いてこちらを見た木山に数枚の名刺を放ってやる。それはAIM拡散力場の研究を海外で行っているチームのメンバーの名刺。その中には月浦の従兄の名前も含まれている。

 

「あとね、アイツに巻き込まれるんじゃない。私達が巻き込んじゃうって、言ってんのよ!」

 

瞬時に形成された誘電力場で、電撃を防ぐ幻想猛獣(AIMバースト)。しかし、数秒後にそれは効果を無くしていく。月浦の絶対零度が誘導力場に使われていた原子の動きを完全に止めたのだ。

 

「本当に手間が掛かる奴らだな」

 

「あんたも人の事言えないんじゃない?」

 

「違いない」

 

「……ごめんね。苦しんでるのに気付いてあげられなくて。でもさ、だったらもう一度頑張ってみよ」

 

「努力が実らないと嘆くことは何時だって出来る。だが、嘆くだけでどうする。嘆いて未来の可能性まで捨てるのか、貴様らは」

 

 頑張ってそれでも駄目で挫折して幻想御手(レベルアッパー)に手を出してしまった者たちにもう一度だけ頑張れというのは残酷で、けれども大事なことだった。それさえ分かっていれば、後はどうにでもなる。人間誰だって努力してもダメな時がある。身を以て知っている月浦には彼らの気持ちがよく分かった。

 

「最近レベル5に上がったばっかりのアンタらしい言葉ね」

 

「馬鹿にしているのか?」

 

「まさかね。合わせなさいよ」

 

ピンっ! 指ではじかれたコインが綺麗な放物線を描いて空を舞う。もう日常となってきている命令口調に肩を竦めると、短銃を取り出す。過保護な従兄から送られてきた物騒なもの《プレゼント》。寮から出るときに持ってきておいたものである。

銃の安全装置を外し、コッキング。カチリと鳴ったのを確認し、コインが御坂の正面に落ちて来たのと同時に打ち出す。軽い衝撃と共に打ち出されたそれは幻想猛獣(AIMバースト)の内部に入った瞬間弾けた。それを打ち抜きながらも進む超電磁砲(レールガン)が見事にたくさんの思いの核を打ち抜いた。

厳しくもあり優しくもある、そんな学園都市第三位と四位の手により、幻想猛獣(AIMバースト)はゆっくり消失していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 ようやく現れた警備員(アンチスキル)の応援を内心「役立たずめ……」と思いながら眺めていた。

 

「あの……その、どうするの? 子どもたちのこと」

 

 今回の事件を起こした事情を知っているらしい御坂が木山にそう聞いた。

 

「もちろん、あきらめるつもりはない、もう一度やり直すさ。刑務所だろうと、世界の果てだろうと、私の頭脳はここにあるのだから。ただし、今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければその時は、また邪魔しに来たまえ」

 

 おいおい、と思いながら連行されていく木山を見ていると、すれ違いざまに「君も気をつけたまえ」と忠告を受けた。あまりに心当たりが有り過ぎるため、心に留めておくことにした。

 そして次の瞬間、月浦は頭を抱えた。ああ、そう言えばこの後食べ放題に付き合わないといけないんだった。警備員(アンチスキル)や白井からの感謝の言葉を受けても、それは変わらない。

 帰りたくない、切実に感じた夏の日の出来事だった。

 

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